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第1章 異世界へ
第02話 異世界へ出てしまった
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「もう一つの仲間スキルって?」
分からない事は聞いてみる。相手が若くて痛い娘でも関係ない。
会社でも若い者にどんどん上に行かれ、若い上司に聞く事にも慣れている。
まぁ、その度に嫌味は言われるんだけどな。そんなのはもう慣れちまったよ。
「ステータスに載ってるよね~? うちも全部じゃないけど自分のは見れるんだよー。レベルとスキルの一部だけなんだけどねー」
え? 何その誰でも知ってるじゃん! 的な物言い。
レベル? スキル? …ゲームとか異世界物のライトノベルでよくあるやつか?
……この娘はやっぱり残念な娘だったか……可愛いのにな。可哀想に……
「他には何があるんだい?」
もうついでだ、最後まで聞いてやろう。最後になぜこの娘が押入れにいたのか分かればいいんだが、分からなくてもお小遣いを少し持たせて帰してやればいいだろう。
流石に警察を呼ぶのは可哀想だろうしな。
「ご主人様のステータスやユニークスキルは、うちじゃ見れないよ。まだレベルが足らないんだー。尻尾もまだ三本だしね。うちのステータス見れる?」
尻尾??
ソラちゃんのお尻のあたりに目をやってみると、確かにフサフサの狐の尻尾が三本あった。
耳といい尻尾といい、こういうのが今の流行りなのか? そういうのはテーマパークでやる事だろ? 普通、街中では恥ずかしくてやらないよな? この娘達の世代では恥ずかしくないんだろうか。
あと、気軽な口調でステータスを見れる? って聞いてきたけど、ここも話を合わせてやらないといけないんだろうな。
もう保育士さんの気分になってきたよ。
でも、この娘が言う『ステータスを見る』だけど、さっきから視界の端の方に何かあるのが気にはなってたんだ。
そちらに集中してみると突然目の前にメニュー画面が出てきた。
「うおっ!」
なんか出てきた。
眼鏡型スクリーンみたいな眼鏡型携帯端末のようなそんな感じだ。
ソラの説明どおりにしたら私の目の前にゲームでよく見るステータスメニューが出てきた。残念な娘だと思ってたけど、ソラの方がマトモだったのか? 私の方がおかしい? いやいや、そんなはずは……
「すごーい! 何も言わずにできるんだねー! うちはまだまだメニューって言ったりとか手で操作したりだよ。もちろん小声でだけどねー」
そんな常識知らねーし。でも出てきた。まだ目の端の方で何か点滅している。
そちらに意識を向けると
―――【スキャン】を【那由多】に統合しますか?
Yes/No
と表示された。統合?
Yes? No? 何の事だろうか。とりあえずYesでいいか?
Yesに視線を向けて少し力を込めて睨んでみた。
―――【スキャン】を【那由多】に統合されました。これにより周辺探索可能になります。
さらに派生スキル【複製】を獲得しました。
私の中で音を立てて何かが壊れた。
ここまで何とか踏ん張って来たが、もう私の常識など通用しないと悟った瞬間だった。
さっき押入れで聞こえてた声だ。
これって簡単にスキルを獲得するチート的なやつだ、間違いない。ユニークスキルという言葉も出てきた。
これは…ライトノベルの世界だ。異世界物っぽい。
もう、信じるしかないか。今ならどんなヘナチョコ詐欺師にでも騙される自信がある。もう、なんでも信じてやろうじゃないか。
読書は好きな方だしラノベにも少しはまっていた時期もあった。タダで読めるサイトもあったからな。パソコン好きな私にとってはちょうどいいサイトだった。最近でも偶に読むこともある。
ゲームも二〇~三〇年ぐらい前まではかなりやり込んでた時期もあった。ネットゲームは全然だが、今でも携帯端末のゲームアプリでやっているものはある。一応、フューチャリングホンではなくスマホを使っている。
でも、どういうことなんだ? 私は死んでない。はず? しかも現代日本にいて年も若くない。
異世界にも渡っていない。
私の読んだラノベには、まったく当てはまらない。
やはり神隠し的な何かなのか? でもそれだとステータスだとか、さっきの声が当てはまらない。
新しい神隠し的なやつなのか? いや、まずは異世界的な方で考えてみよう。今までの流れからその方がしっくり来る。
そう考えてみると、そういう異世界的なやつに巻き込まれたんだろうと、なんとなく理解できた気がする。
ステータスメニューなんか見れるのは、現代日本では有り得ない。さっきから聞こえてくる声も『世界の声』ってやつかもしれない。レベルアップやスキルを取得した時に聞こえる声だ。うん、しっくり来る。
そうなると、ソラちゃんは残念な娘じゃなく異世界の住人なんだと思えてくる。だったら、あの耳や尻尾も本物なのか。
それって獣人ってやつか? ラノベでは獣人の女の子は皆可愛いって書かれてるが、確かにソラちゃんは可愛いな。
今は長期大型連休が始まったところだから、時間的には余裕もある。この娘を保護するのは警察ではダメだろう。ちゃんと押入れの向こうに送り届けてやるしかない。現代日本だとソラちゃんが見世物になってしまうかもしれない。いや、なるだろうな、この尻尾を見る限り。アキバやデンデンタウンに連れて行ったらスカウトされる事間違いなしだ。
もしかしたらどこかの研究機関で研究材料にされて解剖されることになってしまうかもしれない。そういう漫画は昔からやってる。今の日本の状況から見ても、あながち出鱈目な考えでも無いだろう。
やはりここは私がキチンと送ってやらなければな。
私も、家から出ない=ヒマ、という感じではなかったが、別にこの娘に付き合ってもいい。この娘を無事送り届ける事は吝かではない。
なぜか私の部屋がこの娘の世界と繋がって、そこにソラちゃんが巻き込まれたって感じなんじゃないだろうか。
「ソラさん? 君がここにいるという事は何か目的でもあったのかな?」
「わかんなーい。それと、うちはソラさんじゃなくてソラだよー」
やはり思ってた通り、会話のキャッチボールは苦手な娘のようだ。
「……では、ここは君がいていい世界なのか?」
「どうなんだろ? よくわかんない場所だね。ご主人様の世界とうちの世界のちょうど真ん中~?」
首を傾げて答える仕草は、ソラの容姿と合ってて可愛らしい。いや、そうじゃない、まずは今の答えの方だ。
今のソラの回答はなんとなくわかる。玄関を出たら現代日本。押入れの向こうは別世界。そんな感じなんだろう。
私は初老の現代日本人、ソラは異世界人。その二人が居れる私の部屋。
私も何かに巻き込まれたのかもしれないが、ソラはもっと巻き込まれた感がある。やはり、私が送ってやらないとだな。
しかし、異世界とはどういう所なんだろうか。異世界でいいのかも分からないが。
非常に興味はある。時間もある。しかもチートっぽい。サクサクとスキルを取得する感じがチートを匂わせる。
もしかして、ソラの世界に行くと、私はチートな存在になれるのでは無いかと思わせる。だったら全部を合わせて送って行ってあげる一択ではないか?
それなら、まずどこに送ってあげればいいのかを聞かないとな。
「ソラ? ソラはどこに住んでいたんだい?」
「うちはねー、この山ー」
「家は?」
「家は無いけど、村の人がたまにご飯を置いて行ってくれるんだよーいつも油揚げなんだよー」
はい、お稲荷さん決定!
狐の獣人さんなんだもんね。でも、尻尾が三本の獣人っているのかね?
「その村は近いのか?」
「んー、歩いて2日ぐらいかな? 狐になって走れば半日ぐらいかな?」
ちょっと遠いかな? でも時間はある。狐になってって……なれるのか? ちょっと見てみたい。
異世界探検か…ソラを送るがてら、行ってみるか? もうここまで来たらもう異世界でいいだろ。異世界ってどんな所か興味は尽きないし、行ってみるか。
枯れかけたオヤジの心が漲ってくるようだよ。
「その村は、よそ者には厳しいのか? 行ってみたいんだが」
「うちが行くとみんな優しいよ。たまに油揚げくれるしー」
ばれてるよね、それって正体ばれてるよね。
「いつも人間のフリして行くのか?」
「そうだよー」
「そうは言うが、尻尾が見えているようだが……」
「これは普通の人間には見えないって、神主っていうおじいちゃんが教えてくれたよー」
残念な娘だ。絶対騙されてるよなー。ま、話を聞いてても悪意は感じられないがな。
いつも油揚げをくれるって事からも、気のよさそうな村だし、行ってみるか。
「その村に私も行ってみたいと思うんだが、案内できるか?」
「本当!? うちもご主人様と一緒に行きたいって思ってたんだよー。あ、でも……」
「でも?」
「魔物が出るんだよー。でも、ご主人様は強いから問題ないねー」
いやいやいやいやそうだった。異世界だ! 魔物は出る。
私は平和な日本人。武術もやってない。運動神経に少しだけ自信があるおっさんだ。
魔物が出たら戦うのか? そんなの絶対無理だ。こんなおっさんに何ができるっていうんだ。
でも? 私が強い? そうか、さっきから色々取得しているみたいだし、私も強くなってるんじゃないか?
ソラがお世辞を言えるキャラにも見えないし、今一度確認してみようか。
「メニュー」
ステータスメニューが出てきた。さっきいきなり出たやつと同じやつだ。
自分のステータスを確認する。
名前: 佐藤 太郎
年齢: 50歳
種族: 人族
加護: なし
状態: 普通
性別: 男
レベル:1
魔法: 火・水・土・風・氷・雷・闇・光
技能: 刀・剣・槍・弓・料理・採集
耐性: 熱
スキル: 【亜空間収納】【鑑定】【複製】【仲間】
ユニークスキル:【那由多】
称号: 『異空間の住人』『命名師』
従者: ソラ
さっきも驚いたが、二度目でも違和感がありありだ。
今まで生きてきた中でこんな経験をしたことは無い。
もし、こんなのが見えるって誰かに言ったら、それなりの施設に入れられる事になるだろうな。
ま、今はそれはいい、実際に見えてるんだから。目の前には尻尾の生えてる狐耳の女の子もいる。こんな状況で異世界を認めないわけにはいかないからな。それなら、まずは状況を把握しないと。
一応、年を食ってる分、若い者より落ち着きはある。その分、勢いは無いかもしれないが。
まさかこの年でこんな事になるとは……でも、結構ワクワクしている自分がいるのも事実だ。それなら若者には無い経験を武器に慎重に対処していこう。
まずはしっかりと確認だ。分からないものが多いが、分かるものだけでも把握しておこう。
今まで読んだラノベが比較対象となるが、このステータスはチートと言っていいかもしれない。
勇者のチート定番である収納と鑑定も持っている。これを見る限りチート確定かもしれない。
しかも全属性の魔法もある。ユニークスキルも持ってる。よく分からないが、ユニークスキルというぐらいだ、役に立つスキルなんだろう。おいおい調べて行こう。
今から異世界訪問をするとして、魔物がいるのだろ? 恐らくチートではあるようなんだが…レベル1で何とかなるのか? さっきソラが言ってた【仲間】スキルってのもあるな。どういうスキルか結局聞いてないけど、戦闘には関係無さそうだ。
比較するものが周りに無いので普通がどうなのか分からないが、結構色々と持ってる方じゃないだろうか。魔法なんて全属性あるみたいだし、刀や剣の適正も初めから付いてる。もうチートって事でいいんじゃないだろうか。
数字が無いからどの程度か分からないが、ソラが私の事を強いって言うんだから、そこそこ強いんだろう。自分より強そうな感じで言ってたしな。
しかし武器や防具も持ってないし、魔物に素手で立ち向かう勇気なんて無い。
ラノベ知識通りなら、魔物はライオンや熊より強いんだろ? しかも、ブレスや魔法を使う魔物もいたりするんだよな? だからソラも一度は確認して来たんだよな?
「ソラ? ちょっと教えてほしいんだが、この山ではソラが一番強いのか?」
「微妙かな? 同じぐらい強い子もいるしー、もっと強い子もいるしー。でも大体は、うちより弱い子ばっかりだよー」
強いのもいるのか……出会わないように祈っておこう。
「その強い子は近くにいるのか?」
「ん~ん、山の反対側だよー。でも式具をもらったから今ならうちの方が強いかもねー」
山の反対側なら会わないか……え? いやいや式具って、それはただの箸ですから。
ちょっとソラのステータスも見てみよう。
「鑑定」
名前: ソラ
年齢: 250歳
種族: 九尾族
加護: 異空間住人の加護
状態: 普通
性別: 女
レベル:60
魔法: 火・水・土・風・雷・闇
技能: 牙・刀・薙刀・採集
耐性: 熱・雷
スキル: 【鑑定(小)】【変身】
ユニークスキル:【天災】
称号: 九尾族の姫
「姫!?」
「そうだよー、クラマ様はうちの母様だよー」
「!! そうなんだ……」
クラマ様ってのがソラの母親で、女王様みたいな感じなのか? 当然って感じでソラが話してくれるけど、やっぱりソラとの会話は難しい。
「そんな子が従者契約っていいの?」
「いいよー、ぜんぜん問題ないよ~」
んー、ありそうだよねー。あとで、その母様に怒られるような気がしてきた。
あー、知らない内に巻き込まれてるよねー。
色んな感じで色んなものに巻き込まれてる。これは送るのは辞めた方が良くないか? いやいや、それは可哀想だろ。こんな娘を一人で行かせる訳にはいかないよな。
村まで2日かぁ、食料だけでも確保してくるか。
「村には行ってみたいけど、食料もいるだろ? もちろん装備もしっかりとして行きたいし。ちょっと買い物に行ってくるな」
「うちも行きたーい」
行きたいってその姿でか? ま、いいか。私のパーカーでも着せれば誤魔化せるか? ギリギリアウトな感じはするが、特に付き合いが深い人がいるでもなし、一度ぐらいはいいんじゃないかな。テーマパーク帰りって設定ならなんとかなる気がしないでもない。
「じゃあ、一緒に行くか」
「ありがとー! 嬉し~」
結論から言うとソラは連れて行けなかった。玄関から出られなかったのだ。
異世界の住人はこの世界に入れないということか。
買い物は近所のスーパーとホームセンターで済ませ、少し確認した後さっさと家に戻ってきた。
スーパーではソラが気に入ったという焼き鳥のタレの缶詰を大量にと、うどん用の甘い味付けをした油揚げを少し多めに購入した。ホームセンターでは武器になりそうなものを探したんだが、特に目星いものは無かった。
家に戻れば金属バットがあるし、ホームセンターでは金属バットに勝る武器になりそうなものは見つからなかった。包丁なんて怖すぎるし。
玄関を開けると異様な雰囲気がしたので、急いで部屋に上がった。
テレビはついていたが人の気配がしない。
ただ、あちらこちらと破壊されている。押入れの襖も開きっぱなしだ。
「なんだ! これは!」
まさか、ソラより強いという子がやってきて戦いになったのか?
周辺を探索してみる。さっき買い物中にやってみたが、よく分からなかった。
緑色の点がいっぱい頭に浮かんだんだが、あれが人間という事だったんだろうか……あとでソラに聞いてみようと思ってたんだが、その肝心のソラがいない。
あ、【異空間収納】も試した。便利だったなぁ。買い物したものを隠れて収納してみたが、いくらでも入りそうだった。手に触れて収納って念じるだけで収納されていくのだ。
この能力っていつまであるんだろ? 今後ずっと消えないんだったら運送屋でも始めようか。
そんな事はどうでもいいな、今はソラだ。探索では押入れの向こう側まで分からないようだ。押入れの奥に見える森に向かって呼んでみる。
「ソラー」
返事は無い。
これはやっぱり押入れから向こうの世界に出て行ったんだろうな。玄関からは出られなかったのだし、何かがあって慌てて出て行ったんだろう。しかし、ソラの話では、あの黄色い膜のようなもの――ソラは結界と呼んでいたが――を超えることはできないと言っていた。それなら、すぐ近くにいるんじゃないのか?
仕方がないので金属バットを片手に恐々と押入れから森に出てみた。押入れから靴を履いて外に出るって違和感が凄いな。
さっきと同じ風景が目に入る。何も変わってないようだ。
薄い黄色の膜のようなものの外側には森が広がっている。
この黄色い膜の事をソラは結界って言ってたな。
「ソラー!」
ガサッ
反応があった。
音のした方に目をやると、大きな樹の陰から涙目で隠れながらそーっと顔を出すソラの姿を見つけた。
丸見えだけどね。涙目でプルプルしてて小動物みたいで可愛いな。
無事のようで何よりだ。でも、この膜は超えられないって言ってたのに、なぜ超えてあそこにいるんだろう。それは後でいいか、ソラの様子を見る限り怯えているようだし、迎えに行ってやるか。
黄色の膜を通り抜ける時、空気を圧縮したような壁を通り抜ける感じがした。手で触れないけど身体全体に圧力が掛かる感じだ。
黄色い膜を通り抜けると一気に森特有の青臭い匂いが周囲を支配した。植物が多い証拠だろう。咽返るほど濃い匂いだ。しかし、世界が違うためなのか、身体に力が漲ってくる気がする。いや、実際に身体が軽く感じられる。これはどういう……
「なっ!」
結界から出ると一瞬で結界ごと部屋への入り口が消えてしまったのだ。
違和感を感じ振り返った時には、時既に遅し。部屋への入り口は無くなり森が広がっているだけだ。黄色い膜も無くなっている。だが今はソラが心配だ。まずは先にソラの無事を確認しよう。
部屋の方は後で考えるとして、先に気になるソラを見かけた方へ行ってみた。
どうやらまた隠れていたようだ。
「ソラ?」
「ご主人様? ……誰?」
ほんの一時間前に別れた所なのに、もう忘れられた?
「ソラ? 私だよ」
「……やっぱりご主人様だ~! 変わってて初め分かんなかった」
?? 変わってる? よく分からんが今はソラの怪我の確認だ。
「どうしたんだ? 何があったんだ? 怪我はないか?」
「追いかけて来ないから大丈夫みたいだねー。あー、ビックリした―」
なんだか分からんがソラは大丈夫そうだ。怪我も無さそうだな。どうにもこの娘とは会話が噛み合わないんだよな。これが世代差ってやつか? 会社ではこれほどでも無かったんだがな。
「誰かに追いかけられたのか?」
ソラの話は長いしわかりづらいので要約してみると、テレビをつけたらいきなり侍が切りかかって来そうになって逃げ出したんだそうだ。テレビなんか無い時代の奴ならそうなるのかもな。
しかし、よくテレビをつけられたもんだな。リモコンはテーブルの上に置いてはいたけど。
更に結界の外に出られたのは「式具のおかげー」とは言っていたが、ただの箸にそんな効力など無いはず。私の持ち物を持っていたから、という事なのかもしれない。私は出られたのだから。
「机の上にあった黒いもののボタンを触ってたらいきなり神妙にいたせ御用でござる~って。怖かったよー」
「……あれはテレビという道具だ、危険なものじゃない。ソラが知らないのも当然だし、知らなかったのなら仕方がないか。でも、もっと装備を整えたかったのに、入り口が消えてしまったよ。どうやったら帰れるのかなぁ」
「ふ~ん……魔道具?」
分かって無さそうだな……
さてと、買い物帰りの姿のままなので、寒さは凌げる程度の服装だ。武器は金属バットだけ。魔物もいると聞いてるだけに、少し心許ないな。
でも、服装の方はなんとかなりそうだな。この気温だと季節的には変わりが無さそうなので、こちらも五月頃なのだろう。
しかし、まだ夜は少し寒いのだろうな。ま、なんとかなるか。手持ちの物で何とかするしかないな。
しかし参ったなぁ、ソラが心配だったから結界から出てしまった事に後悔は無いけど、まさか部屋への入り口が消えてしまうとは思わなかった。黄色い膜のようなものも完全に無くなってしまってるな。
どうやったら帰れるんだろうか……
「ソラは私の世界への帰り方を知らないか?」
「うーん、わかんなーい」
「うん、そうだろうな。じゃあ、帰り方を知っている者を知らないか?」
「なっとく?」
「いやいや、誰か知らない?」
「そーだねー、母様なら知っているかもね。」
「その母様にはどこに行けば会える?」
ふと思い出したが、ソラと従者契約してしまっている。あんまり会いたくないな。
「かなり遠いよー」
「それは良かった。じゃあ、他に知って知っていそうな者は?」
「よかったの?」
「いや、続けて。近くでは誰かいない?」
「他にはねー、オオカミのおじさんかな?」
ほぉ、狼か。少しは期待が持てそうだな。古い狼や大犬って知恵ある魔物ってイメージがあるもんな。帰る方法は知らなくても何か情報を持ってそうな気がするよ。
「その狼はどこにいるだい?」
「山の反対側ー」
あれ? それって・・・
「それってもしかして、ソラより強いって……」
「そうだよ、正解ー。でも今ならうちの方が強いよー、式具があるしー」
ソラさん、それはただの箸だから。
箸を手に持ち空に翳すソラに、心の中でツッコミを入れた。
他に手がかりも無さそうだ。ソラも何度か会ってるんだろうし、とりあえず話ができそうな気がするので行ってみようか。
ソラもおじさんって言ってるぐらいだから、いきなり戦うことになったりしないだろ。
「じゃあソラ、オオカミのおじさんのところまで案内してもらえるか?」
「りょーかいー、こっちねー」
やはりこれは神隠しのようなものなのだろうか……そう思いふとソラを見て違うと悟った。異世界落ちだな。
分からない事は聞いてみる。相手が若くて痛い娘でも関係ない。
会社でも若い者にどんどん上に行かれ、若い上司に聞く事にも慣れている。
まぁ、その度に嫌味は言われるんだけどな。そんなのはもう慣れちまったよ。
「ステータスに載ってるよね~? うちも全部じゃないけど自分のは見れるんだよー。レベルとスキルの一部だけなんだけどねー」
え? 何その誰でも知ってるじゃん! 的な物言い。
レベル? スキル? …ゲームとか異世界物のライトノベルでよくあるやつか?
……この娘はやっぱり残念な娘だったか……可愛いのにな。可哀想に……
「他には何があるんだい?」
もうついでだ、最後まで聞いてやろう。最後になぜこの娘が押入れにいたのか分かればいいんだが、分からなくてもお小遣いを少し持たせて帰してやればいいだろう。
流石に警察を呼ぶのは可哀想だろうしな。
「ご主人様のステータスやユニークスキルは、うちじゃ見れないよ。まだレベルが足らないんだー。尻尾もまだ三本だしね。うちのステータス見れる?」
尻尾??
ソラちゃんのお尻のあたりに目をやってみると、確かにフサフサの狐の尻尾が三本あった。
耳といい尻尾といい、こういうのが今の流行りなのか? そういうのはテーマパークでやる事だろ? 普通、街中では恥ずかしくてやらないよな? この娘達の世代では恥ずかしくないんだろうか。
あと、気軽な口調でステータスを見れる? って聞いてきたけど、ここも話を合わせてやらないといけないんだろうな。
もう保育士さんの気分になってきたよ。
でも、この娘が言う『ステータスを見る』だけど、さっきから視界の端の方に何かあるのが気にはなってたんだ。
そちらに集中してみると突然目の前にメニュー画面が出てきた。
「うおっ!」
なんか出てきた。
眼鏡型スクリーンみたいな眼鏡型携帯端末のようなそんな感じだ。
ソラの説明どおりにしたら私の目の前にゲームでよく見るステータスメニューが出てきた。残念な娘だと思ってたけど、ソラの方がマトモだったのか? 私の方がおかしい? いやいや、そんなはずは……
「すごーい! 何も言わずにできるんだねー! うちはまだまだメニューって言ったりとか手で操作したりだよ。もちろん小声でだけどねー」
そんな常識知らねーし。でも出てきた。まだ目の端の方で何か点滅している。
そちらに意識を向けると
―――【スキャン】を【那由多】に統合しますか?
Yes/No
と表示された。統合?
Yes? No? 何の事だろうか。とりあえずYesでいいか?
Yesに視線を向けて少し力を込めて睨んでみた。
―――【スキャン】を【那由多】に統合されました。これにより周辺探索可能になります。
さらに派生スキル【複製】を獲得しました。
私の中で音を立てて何かが壊れた。
ここまで何とか踏ん張って来たが、もう私の常識など通用しないと悟った瞬間だった。
さっき押入れで聞こえてた声だ。
これって簡単にスキルを獲得するチート的なやつだ、間違いない。ユニークスキルという言葉も出てきた。
これは…ライトノベルの世界だ。異世界物っぽい。
もう、信じるしかないか。今ならどんなヘナチョコ詐欺師にでも騙される自信がある。もう、なんでも信じてやろうじゃないか。
読書は好きな方だしラノベにも少しはまっていた時期もあった。タダで読めるサイトもあったからな。パソコン好きな私にとってはちょうどいいサイトだった。最近でも偶に読むこともある。
ゲームも二〇~三〇年ぐらい前まではかなりやり込んでた時期もあった。ネットゲームは全然だが、今でも携帯端末のゲームアプリでやっているものはある。一応、フューチャリングホンではなくスマホを使っている。
でも、どういうことなんだ? 私は死んでない。はず? しかも現代日本にいて年も若くない。
異世界にも渡っていない。
私の読んだラノベには、まったく当てはまらない。
やはり神隠し的な何かなのか? でもそれだとステータスだとか、さっきの声が当てはまらない。
新しい神隠し的なやつなのか? いや、まずは異世界的な方で考えてみよう。今までの流れからその方がしっくり来る。
そう考えてみると、そういう異世界的なやつに巻き込まれたんだろうと、なんとなく理解できた気がする。
ステータスメニューなんか見れるのは、現代日本では有り得ない。さっきから聞こえてくる声も『世界の声』ってやつかもしれない。レベルアップやスキルを取得した時に聞こえる声だ。うん、しっくり来る。
そうなると、ソラちゃんは残念な娘じゃなく異世界の住人なんだと思えてくる。だったら、あの耳や尻尾も本物なのか。
それって獣人ってやつか? ラノベでは獣人の女の子は皆可愛いって書かれてるが、確かにソラちゃんは可愛いな。
今は長期大型連休が始まったところだから、時間的には余裕もある。この娘を保護するのは警察ではダメだろう。ちゃんと押入れの向こうに送り届けてやるしかない。現代日本だとソラちゃんが見世物になってしまうかもしれない。いや、なるだろうな、この尻尾を見る限り。アキバやデンデンタウンに連れて行ったらスカウトされる事間違いなしだ。
もしかしたらどこかの研究機関で研究材料にされて解剖されることになってしまうかもしれない。そういう漫画は昔からやってる。今の日本の状況から見ても、あながち出鱈目な考えでも無いだろう。
やはりここは私がキチンと送ってやらなければな。
私も、家から出ない=ヒマ、という感じではなかったが、別にこの娘に付き合ってもいい。この娘を無事送り届ける事は吝かではない。
なぜか私の部屋がこの娘の世界と繋がって、そこにソラちゃんが巻き込まれたって感じなんじゃないだろうか。
「ソラさん? 君がここにいるという事は何か目的でもあったのかな?」
「わかんなーい。それと、うちはソラさんじゃなくてソラだよー」
やはり思ってた通り、会話のキャッチボールは苦手な娘のようだ。
「……では、ここは君がいていい世界なのか?」
「どうなんだろ? よくわかんない場所だね。ご主人様の世界とうちの世界のちょうど真ん中~?」
首を傾げて答える仕草は、ソラの容姿と合ってて可愛らしい。いや、そうじゃない、まずは今の答えの方だ。
今のソラの回答はなんとなくわかる。玄関を出たら現代日本。押入れの向こうは別世界。そんな感じなんだろう。
私は初老の現代日本人、ソラは異世界人。その二人が居れる私の部屋。
私も何かに巻き込まれたのかもしれないが、ソラはもっと巻き込まれた感がある。やはり、私が送ってやらないとだな。
しかし、異世界とはどういう所なんだろうか。異世界でいいのかも分からないが。
非常に興味はある。時間もある。しかもチートっぽい。サクサクとスキルを取得する感じがチートを匂わせる。
もしかして、ソラの世界に行くと、私はチートな存在になれるのでは無いかと思わせる。だったら全部を合わせて送って行ってあげる一択ではないか?
それなら、まずどこに送ってあげればいいのかを聞かないとな。
「ソラ? ソラはどこに住んでいたんだい?」
「うちはねー、この山ー」
「家は?」
「家は無いけど、村の人がたまにご飯を置いて行ってくれるんだよーいつも油揚げなんだよー」
はい、お稲荷さん決定!
狐の獣人さんなんだもんね。でも、尻尾が三本の獣人っているのかね?
「その村は近いのか?」
「んー、歩いて2日ぐらいかな? 狐になって走れば半日ぐらいかな?」
ちょっと遠いかな? でも時間はある。狐になってって……なれるのか? ちょっと見てみたい。
異世界探検か…ソラを送るがてら、行ってみるか? もうここまで来たらもう異世界でいいだろ。異世界ってどんな所か興味は尽きないし、行ってみるか。
枯れかけたオヤジの心が漲ってくるようだよ。
「その村は、よそ者には厳しいのか? 行ってみたいんだが」
「うちが行くとみんな優しいよ。たまに油揚げくれるしー」
ばれてるよね、それって正体ばれてるよね。
「いつも人間のフリして行くのか?」
「そうだよー」
「そうは言うが、尻尾が見えているようだが……」
「これは普通の人間には見えないって、神主っていうおじいちゃんが教えてくれたよー」
残念な娘だ。絶対騙されてるよなー。ま、話を聞いてても悪意は感じられないがな。
いつも油揚げをくれるって事からも、気のよさそうな村だし、行ってみるか。
「その村に私も行ってみたいと思うんだが、案内できるか?」
「本当!? うちもご主人様と一緒に行きたいって思ってたんだよー。あ、でも……」
「でも?」
「魔物が出るんだよー。でも、ご主人様は強いから問題ないねー」
いやいやいやいやそうだった。異世界だ! 魔物は出る。
私は平和な日本人。武術もやってない。運動神経に少しだけ自信があるおっさんだ。
魔物が出たら戦うのか? そんなの絶対無理だ。こんなおっさんに何ができるっていうんだ。
でも? 私が強い? そうか、さっきから色々取得しているみたいだし、私も強くなってるんじゃないか?
ソラがお世辞を言えるキャラにも見えないし、今一度確認してみようか。
「メニュー」
ステータスメニューが出てきた。さっきいきなり出たやつと同じやつだ。
自分のステータスを確認する。
名前: 佐藤 太郎
年齢: 50歳
種族: 人族
加護: なし
状態: 普通
性別: 男
レベル:1
魔法: 火・水・土・風・氷・雷・闇・光
技能: 刀・剣・槍・弓・料理・採集
耐性: 熱
スキル: 【亜空間収納】【鑑定】【複製】【仲間】
ユニークスキル:【那由多】
称号: 『異空間の住人』『命名師』
従者: ソラ
さっきも驚いたが、二度目でも違和感がありありだ。
今まで生きてきた中でこんな経験をしたことは無い。
もし、こんなのが見えるって誰かに言ったら、それなりの施設に入れられる事になるだろうな。
ま、今はそれはいい、実際に見えてるんだから。目の前には尻尾の生えてる狐耳の女の子もいる。こんな状況で異世界を認めないわけにはいかないからな。それなら、まずは状況を把握しないと。
一応、年を食ってる分、若い者より落ち着きはある。その分、勢いは無いかもしれないが。
まさかこの年でこんな事になるとは……でも、結構ワクワクしている自分がいるのも事実だ。それなら若者には無い経験を武器に慎重に対処していこう。
まずはしっかりと確認だ。分からないものが多いが、分かるものだけでも把握しておこう。
今まで読んだラノベが比較対象となるが、このステータスはチートと言っていいかもしれない。
勇者のチート定番である収納と鑑定も持っている。これを見る限りチート確定かもしれない。
しかも全属性の魔法もある。ユニークスキルも持ってる。よく分からないが、ユニークスキルというぐらいだ、役に立つスキルなんだろう。おいおい調べて行こう。
今から異世界訪問をするとして、魔物がいるのだろ? 恐らくチートではあるようなんだが…レベル1で何とかなるのか? さっきソラが言ってた【仲間】スキルってのもあるな。どういうスキルか結局聞いてないけど、戦闘には関係無さそうだ。
比較するものが周りに無いので普通がどうなのか分からないが、結構色々と持ってる方じゃないだろうか。魔法なんて全属性あるみたいだし、刀や剣の適正も初めから付いてる。もうチートって事でいいんじゃないだろうか。
数字が無いからどの程度か分からないが、ソラが私の事を強いって言うんだから、そこそこ強いんだろう。自分より強そうな感じで言ってたしな。
しかし武器や防具も持ってないし、魔物に素手で立ち向かう勇気なんて無い。
ラノベ知識通りなら、魔物はライオンや熊より強いんだろ? しかも、ブレスや魔法を使う魔物もいたりするんだよな? だからソラも一度は確認して来たんだよな?
「ソラ? ちょっと教えてほしいんだが、この山ではソラが一番強いのか?」
「微妙かな? 同じぐらい強い子もいるしー、もっと強い子もいるしー。でも大体は、うちより弱い子ばっかりだよー」
強いのもいるのか……出会わないように祈っておこう。
「その強い子は近くにいるのか?」
「ん~ん、山の反対側だよー。でも式具をもらったから今ならうちの方が強いかもねー」
山の反対側なら会わないか……え? いやいや式具って、それはただの箸ですから。
ちょっとソラのステータスも見てみよう。
「鑑定」
名前: ソラ
年齢: 250歳
種族: 九尾族
加護: 異空間住人の加護
状態: 普通
性別: 女
レベル:60
魔法: 火・水・土・風・雷・闇
技能: 牙・刀・薙刀・採集
耐性: 熱・雷
スキル: 【鑑定(小)】【変身】
ユニークスキル:【天災】
称号: 九尾族の姫
「姫!?」
「そうだよー、クラマ様はうちの母様だよー」
「!! そうなんだ……」
クラマ様ってのがソラの母親で、女王様みたいな感じなのか? 当然って感じでソラが話してくれるけど、やっぱりソラとの会話は難しい。
「そんな子が従者契約っていいの?」
「いいよー、ぜんぜん問題ないよ~」
んー、ありそうだよねー。あとで、その母様に怒られるような気がしてきた。
あー、知らない内に巻き込まれてるよねー。
色んな感じで色んなものに巻き込まれてる。これは送るのは辞めた方が良くないか? いやいや、それは可哀想だろ。こんな娘を一人で行かせる訳にはいかないよな。
村まで2日かぁ、食料だけでも確保してくるか。
「村には行ってみたいけど、食料もいるだろ? もちろん装備もしっかりとして行きたいし。ちょっと買い物に行ってくるな」
「うちも行きたーい」
行きたいってその姿でか? ま、いいか。私のパーカーでも着せれば誤魔化せるか? ギリギリアウトな感じはするが、特に付き合いが深い人がいるでもなし、一度ぐらいはいいんじゃないかな。テーマパーク帰りって設定ならなんとかなる気がしないでもない。
「じゃあ、一緒に行くか」
「ありがとー! 嬉し~」
結論から言うとソラは連れて行けなかった。玄関から出られなかったのだ。
異世界の住人はこの世界に入れないということか。
買い物は近所のスーパーとホームセンターで済ませ、少し確認した後さっさと家に戻ってきた。
スーパーではソラが気に入ったという焼き鳥のタレの缶詰を大量にと、うどん用の甘い味付けをした油揚げを少し多めに購入した。ホームセンターでは武器になりそうなものを探したんだが、特に目星いものは無かった。
家に戻れば金属バットがあるし、ホームセンターでは金属バットに勝る武器になりそうなものは見つからなかった。包丁なんて怖すぎるし。
玄関を開けると異様な雰囲気がしたので、急いで部屋に上がった。
テレビはついていたが人の気配がしない。
ただ、あちらこちらと破壊されている。押入れの襖も開きっぱなしだ。
「なんだ! これは!」
まさか、ソラより強いという子がやってきて戦いになったのか?
周辺を探索してみる。さっき買い物中にやってみたが、よく分からなかった。
緑色の点がいっぱい頭に浮かんだんだが、あれが人間という事だったんだろうか……あとでソラに聞いてみようと思ってたんだが、その肝心のソラがいない。
あ、【異空間収納】も試した。便利だったなぁ。買い物したものを隠れて収納してみたが、いくらでも入りそうだった。手に触れて収納って念じるだけで収納されていくのだ。
この能力っていつまであるんだろ? 今後ずっと消えないんだったら運送屋でも始めようか。
そんな事はどうでもいいな、今はソラだ。探索では押入れの向こう側まで分からないようだ。押入れの奥に見える森に向かって呼んでみる。
「ソラー」
返事は無い。
これはやっぱり押入れから向こうの世界に出て行ったんだろうな。玄関からは出られなかったのだし、何かがあって慌てて出て行ったんだろう。しかし、ソラの話では、あの黄色い膜のようなもの――ソラは結界と呼んでいたが――を超えることはできないと言っていた。それなら、すぐ近くにいるんじゃないのか?
仕方がないので金属バットを片手に恐々と押入れから森に出てみた。押入れから靴を履いて外に出るって違和感が凄いな。
さっきと同じ風景が目に入る。何も変わってないようだ。
薄い黄色の膜のようなものの外側には森が広がっている。
この黄色い膜の事をソラは結界って言ってたな。
「ソラー!」
ガサッ
反応があった。
音のした方に目をやると、大きな樹の陰から涙目で隠れながらそーっと顔を出すソラの姿を見つけた。
丸見えだけどね。涙目でプルプルしてて小動物みたいで可愛いな。
無事のようで何よりだ。でも、この膜は超えられないって言ってたのに、なぜ超えてあそこにいるんだろう。それは後でいいか、ソラの様子を見る限り怯えているようだし、迎えに行ってやるか。
黄色の膜を通り抜ける時、空気を圧縮したような壁を通り抜ける感じがした。手で触れないけど身体全体に圧力が掛かる感じだ。
黄色い膜を通り抜けると一気に森特有の青臭い匂いが周囲を支配した。植物が多い証拠だろう。咽返るほど濃い匂いだ。しかし、世界が違うためなのか、身体に力が漲ってくる気がする。いや、実際に身体が軽く感じられる。これはどういう……
「なっ!」
結界から出ると一瞬で結界ごと部屋への入り口が消えてしまったのだ。
違和感を感じ振り返った時には、時既に遅し。部屋への入り口は無くなり森が広がっているだけだ。黄色い膜も無くなっている。だが今はソラが心配だ。まずは先にソラの無事を確認しよう。
部屋の方は後で考えるとして、先に気になるソラを見かけた方へ行ってみた。
どうやらまた隠れていたようだ。
「ソラ?」
「ご主人様? ……誰?」
ほんの一時間前に別れた所なのに、もう忘れられた?
「ソラ? 私だよ」
「……やっぱりご主人様だ~! 変わってて初め分かんなかった」
?? 変わってる? よく分からんが今はソラの怪我の確認だ。
「どうしたんだ? 何があったんだ? 怪我はないか?」
「追いかけて来ないから大丈夫みたいだねー。あー、ビックリした―」
なんだか分からんがソラは大丈夫そうだ。怪我も無さそうだな。どうにもこの娘とは会話が噛み合わないんだよな。これが世代差ってやつか? 会社ではこれほどでも無かったんだがな。
「誰かに追いかけられたのか?」
ソラの話は長いしわかりづらいので要約してみると、テレビをつけたらいきなり侍が切りかかって来そうになって逃げ出したんだそうだ。テレビなんか無い時代の奴ならそうなるのかもな。
しかし、よくテレビをつけられたもんだな。リモコンはテーブルの上に置いてはいたけど。
更に結界の外に出られたのは「式具のおかげー」とは言っていたが、ただの箸にそんな効力など無いはず。私の持ち物を持っていたから、という事なのかもしれない。私は出られたのだから。
「机の上にあった黒いもののボタンを触ってたらいきなり神妙にいたせ御用でござる~って。怖かったよー」
「……あれはテレビという道具だ、危険なものじゃない。ソラが知らないのも当然だし、知らなかったのなら仕方がないか。でも、もっと装備を整えたかったのに、入り口が消えてしまったよ。どうやったら帰れるのかなぁ」
「ふ~ん……魔道具?」
分かって無さそうだな……
さてと、買い物帰りの姿のままなので、寒さは凌げる程度の服装だ。武器は金属バットだけ。魔物もいると聞いてるだけに、少し心許ないな。
でも、服装の方はなんとかなりそうだな。この気温だと季節的には変わりが無さそうなので、こちらも五月頃なのだろう。
しかし、まだ夜は少し寒いのだろうな。ま、なんとかなるか。手持ちの物で何とかするしかないな。
しかし参ったなぁ、ソラが心配だったから結界から出てしまった事に後悔は無いけど、まさか部屋への入り口が消えてしまうとは思わなかった。黄色い膜のようなものも完全に無くなってしまってるな。
どうやったら帰れるんだろうか……
「ソラは私の世界への帰り方を知らないか?」
「うーん、わかんなーい」
「うん、そうだろうな。じゃあ、帰り方を知っている者を知らないか?」
「なっとく?」
「いやいや、誰か知らない?」
「そーだねー、母様なら知っているかもね。」
「その母様にはどこに行けば会える?」
ふと思い出したが、ソラと従者契約してしまっている。あんまり会いたくないな。
「かなり遠いよー」
「それは良かった。じゃあ、他に知って知っていそうな者は?」
「よかったの?」
「いや、続けて。近くでは誰かいない?」
「他にはねー、オオカミのおじさんかな?」
ほぉ、狼か。少しは期待が持てそうだな。古い狼や大犬って知恵ある魔物ってイメージがあるもんな。帰る方法は知らなくても何か情報を持ってそうな気がするよ。
「その狼はどこにいるだい?」
「山の反対側ー」
あれ? それって・・・
「それってもしかして、ソラより強いって……」
「そうだよ、正解ー。でも今ならうちの方が強いよー、式具があるしー」
ソラさん、それはただの箸だから。
箸を手に持ち空に翳すソラに、心の中でツッコミを入れた。
他に手がかりも無さそうだ。ソラも何度か会ってるんだろうし、とりあえず話ができそうな気がするので行ってみようか。
ソラもおじさんって言ってるぐらいだから、いきなり戦うことになったりしないだろ。
「じゃあソラ、オオカミのおじさんのところまで案内してもらえるか?」
「りょーかいー、こっちねー」
やはりこれは神隠しのようなものなのだろうか……そう思いふとソラを見て違うと悟った。異世界落ちだな。
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