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第2章 江戸時代のようなの国

第01話 身体が軽い

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 まさかの異世界落ち。しかも、自分の意思で踏み入れた異世界だったが帰る家が消えてしまった。
 元の世界へ帰る方法を探すべく、ソラの言う狼のおじさんの所へ向かうことにした。

 ここは見渡す限り森の中。
 少し傾斜になってる所を見ると、山の麓かもしれない。
 山歩きなど何十年ぶりだ? 最低でも十年以上は山など来た事なんて無いな。

 準備運動がてら軽く走ってみた。
 まずは軽くランニングをしてから準備体操をしないと、すぐにどこかを痛めてしまいそうだ。
 若い頃は準備運動など必要なかったんだがな。

 !! 

 身体が軽い! 軽く地面を蹴ってるだけなのに、なんだこの躍動感は。
 異世界って重力が月程度なのか? 非常に身体が軽いぞ!?

 シュッ シュッ シュッ シュッ シュッシュッ シュッシュッ シュッシュッシュッ
 シュッシュッシュッシュッ シュッシュッシュッシュッシュッシュッ
 シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ……

 軽く準備運動がてらのランニングのつもりが、身体か軽い事が嬉しくなってどんどんとスピードを上げていく。
 山中の深い森に道などあるわけもない。さっき、この世界に出て来た場所と違って、ここから先は自分の背丈より少し低いぐらいの雑草生い茂っていた。雑草というより雑木だなと思えるぐらいの高さの草が生えている。
 だが、そんな雑草群にも邪魔されずぐんぐんスピードは上がっていく。手で掻き分ける必要が無いほどだ。
 足で踏み込みだけで、そんな背の高い雑草を踏む事で押し分けて行ける。
 いや、足も当たってるかどうか怪しいぐらいだ。身体にすら雑草が当たらないのだ。何か身体の前にバリアのような膜があるみたいな感じだ。

 ここは大きな深い森という感じの場所で、巨大な樹ばかりだった。
 その分、樹々の間隔も広く雑草さえ踏み倒せば問題なく走れた。雑草と呼ぶにはしっかりしすぎてる気はするが……
 途中、何かを何度か踏みつけたような気もするが、雑草の中に折れた小枝でもあったんだろう。雑草自体も踏み付けて走ってるし、こんな所に人間がいるはずもない。問題無いだろう。そんな事より、今は走れ! 走る事が楽しすぎる! 

 一気に山頂まで駆け上がった。山頂にたどり着くまで10分もかかっていないだろう。一気に登りきってしまったが、まるで息が上がってない。
 途中からあまりに早い自分に感動して、我も忘れて全力で走ってたのにだ。
 なんだ? 私は普通のオヤジのはずなのに、いつの間にこんなに体力が付いたのだ? 異世界ではオヤジでもスーパーマンになれるのか?

 ソラはというと、少し遅れで付いて来ていた。さっきは心配してたのに、走るのに夢中で置いて来てしまったな。これは反省だ。でも、なんだかんだ言ってもやっぱり狐の姫だな、もう追いついて来た。
 ソラも身体能力は高そうだな。狐モードにはなっているようだが。そう、ソラが三本尾の狐の姿になってるのだ。でも、私にはあれがソラだとすぐに分かった。普通なら分からないのだろうが、なぜか私にはすぐにあの三本尾の狐がソラだと分かったのだ。

 ソラの奴、狐になれるんだな。凄いな異世界。
 到着したソラに聞いてみたが、私が踏み倒した跡を通ってきたので楽だったと言っていた。
 そんなに踏み倒してたか? 途中からは我を忘れて足元も見ずに、山頂目指して全力で走ってたから後ろは気にしてなかったな。

 山頂にあった樹の天辺に登りソラと少し休憩を取ることにした。
 そんなアクロバティックな事なんてとも思ったが、さっき体験した身体の軽さを考えるとできる気がした。木登りなんて十代の子供の時以来だけど、出来る気がしたんだ。

 樹の天辺を目指して一足飛びでジャンプ!
 マンガやアニメの世界でしか出来ないと思ってた事だけど、できてしまった。
 自分でも驚いた。まさに樹の天辺までひとっ飛びだったのだ。忍者だってこんなことは出来ないと思う。
 怖いやら嬉しいやら呆れるやら。どうも現実として客観的な目線で自分を見れないな。私の常識では理解できない。この世界だと全員こういう事ができるのだろうか。

 疲れ加減からして休憩を取る必要も無い程疲れてなど無いのだが、これ程疲れないのも不思議だし、自分の体調はキチンと確認しておこう。チートな体力と年齢は別枠なのだ。あれだけ全力で走ったんだ、体調チェックはしておかないとな。

 荷物に関しては、バットも含め全て亜空間収納の中に収納している。服装は長袖Tシャツに薄手のブルゾン、カーゴパンツにスニーカーという、この季節の街中で見かける日本人のおじさんの格好をしている。特に破れた所や汚れも無いようだ。おかしいな、雑草の中を走って来たのに……
 次は体調チェックか、まずはステータスの確認をしてみよう。


 名前: 佐藤 太郎
 年齢: 18
 種族: 人族
 加護: なし
 状態: 普通
 性別: 男
 レベル:25
 魔法: 火・水・土・風・氷・雷・闇・光
 技能: 刀・剣・槍・弓・料理・採集
 耐性: 熱・風・木・水・毒・麻痺・腐食
 スキル: 【亜空間収納】【鑑定】【複製】【仲間】【超速再生】【痛覚無効】
 ユニークスキル:【那由多】
 称号: 『異空間の住人』『命名師』
 従者: ソラ


 ほえ? レベルが上がってる? なぜだ? 耐性も増えてる。スキルも。

「ご主人様~。たくさん倒してたよねー。やっぱり強いねー」

 ステータスを確認しているとソラが私と同様に一足飛びで飛び上がってきて、隣に座って話し掛けて来たので確認を中断。
 やっぱりこの世界だと全員がこういう事をできるのかもしれない。

 しかし、今なんと言った? いつ? どこで? 何を? 誰が倒した?

 「途中、仲間にして―ってのもいたよー」
  だから、どこで? 誰が?

 身体に力が漲って、躍動する自分に嬉しさがすぎて周りが見えて無かったのは認めよう。でも、何かを倒した覚えなどないんだが……なんとなく予想ができた。
 確かにあれだけの速度で走ってぶつかるとお互いにダメージを負いそうだ。しかし私は無傷。踏み倒した雑草の中に、樹木系の魔物でもいたのだろうか。
 詳しく聞くとダメージを負いそうだから今は置いておこう。
 ここまでをトータルすると半端なくチートのようだな。だからチートって言うんだっけか?

 ……ふぅ、一旦リセットしよう。今は考えを纏められそうに無い。先に体調の確認と今後の事だ。

 確認する限り体調には問題無さそうだし、ステータスメニューにも数字が何も出ないからいいのか悪いのか分からない。体調は悪くは無いけど、せめてHP・MPぐらいは数字が出てくれたらハッキリするんだが。そういうのって異世界チート物語では定番じゃないのか?
 ま、体調は問題無さそうだし、怪我もない。他に確認出来る事も無さそうだし、ソラにオオカミおじさんについて尋ねてみるか。

「ソラ? 方向はこっちで合ってる?」
「合ってるよー、もうご主人様ならサーチできるんじゃない?」
 あ、そうか、そうだよな。あったなそういうの。

「サーチ」

 隣に座るソラが言うので試しに言ってみた。
 脳内に周辺地図が思い浮かぶ。
 そこに青や緑や赤の点が幾つか現れる。意外にも地形まで分かってしまって、岩の下や樹の中に隠れているやつらまで確認できる。透明な3D映像に色付きの点が表示されている。試してみたら視点も変えられるようだ。
 正面から、斜め上から、真上からと自在に視点が変えられた。これは便利だな。

 点によって大きさが違うようだ。もしかすると強さに応じて点の大きさが変わるのかもしれないな。因みに青い点は私の隣のソラの事のようだ。他に出ている緑や赤の点に比べて一際大きな点で示されている。
 近いから大きいのか? いや違うな。遠くても大きめの点はある。という事は強さなんじゃないだろうか。そうだとするとソラって強いんだな。姫の称号は伊達じゃないって事か。

 近くには大きな点が確認できないので、真上からの視線に変えて探索範囲を最大まで広げてみる。
 何となく出来ると思ったからやってみたが、実際にズームイン・ズームアウトが出来てしまって驚いた。頭の中で考えるだけだとイメージしにくいので、スマホ画面を二本指で操作する時のような仕草をしてみるとイメージしやすかった。現在は半径20キロと出てる。まだ広げられそうだが、これで十分だろう。
 探索範囲を広げたら赤と緑の点が大幅に増えた。
 それだけ生き物がいるって事なんだろう。これってやっぱり魔物なんだろうか……
 出来る限り近づきたくないものだ。

 そういえば、【那由多】ってユニークスキルってあったよな? これってどんなスキルなんだろ。どうやって発動させればいいんだ?

 メニューを出して【那由多】と表示された文字を睨んでみる。
 ……何も起こらないな。

 次は指で触ってみる。
 実際に触れた感じはしないが、発動できそうな気がした。
 ……何も起こらないな。

 では、こういうので定番の厨二っぽく声に出してみようか。
 五〇のオヤジには少しハードルが高いんだが、聞いてるのは隣にいるソラだけだからな。
 試してみないと分からないというのは分かるんだが、もし何も起こらなかった時のダメージは凄いものがありそうだな。

 チラっと横目でソラを確認する。
 ソラは遠くを眺めていて私には興味を示していない。
 小声でならいいんじゃないか?
 小声で「【那由多】」と言ってみた。

 ん? という感じでソラがこちらに視線を向けたが、そしらぬ顔で惚けてやり過ごす私。

 カチッ キュイィィィン

 と、かすかに起動音が聞こえた。
 お!? やっぱり声が正解か? 音声認識って異世界には相応しくないような……
 ソラには聞こえなかったんだろうか、さっきのようにこちらに目を向ける事は無かった。

――サーチ結果詳細をお知らせします。

「ちょーっと待った―!」

 いきなりサーチ結果の報告を始めようとするアナウンスに慌てて待ったをかけた。
 いきなり大声を出してしまったのでソラを驚かせてしまったようだ。大きな目をして私を凝視している。

「す、すまん、ソラ。今、ちょっと色々と確認をしていてな、つい大声を出してしまった。ソラに言ったんじゃないんだよ」
「そうなの~? わかったー」
「因みに今なにか聞こえなかったか? 結果をお知らせしますとかなんとか」
「ん~ん、何も聞こえないよー」
「そ、そうか、ありがとう」

 これは困ったな、何も無い所に向かって話すと頭がおかしくなったと思われてしまうぞ?
 これは私にしか聞こえてないようだし、心の中で話しかけてみよう。

『今、アナウンスしたやつ、もう一度出て来い』
―――何か御用でしょうか。

 おお! 出てきたよー。声に出さなくてもいいみたいだ。これは非常に助かる。

『お前は誰だ?』
―――ユニークスキル【那由多】です。以後宜しくお願いします。

 ユニークスキル【那由多】か、確かにステータス項目にあったな。何ができるか分からなかったので放置してたけど、こうやって話すと答えてくれるスキルだったんだな。
 話し方としては流暢にしゃべるけど、感情は薄い奴みたいだな。言葉に抑揚が無くて機械と話してるみたいだ。

『それで? 今から登場なのか? 色々と説明してほしいところだが』

―――色々とはどのような事でしょうか。

『そうだなぁ。ユニークスキルという事だが、どんな事ができるんだ?』

―――ユニークスキル【那由多】は超演算処理能力により情報処理を行ない、助言はもちろん、他のスキルと連動する事で周辺警戒や相手情報を解析する事で異世界人タロウをサポートするシステムです。

『サポートね。超演算処理って…よく分からんがスーパーコンピュータみたいなものか? 異世界なのに? でも、だったらなぜ今まで出てこなかったんだ? たぶん音声認識か何かだったようだが…』

―――【那由多】というキーワードがございませんでしたので、起動していませんでした。スーパーコンピュータのようという事ですが、あの程度のものではありません。

 なんかちょっと怒った? スーパーコンピュータと一緒にされて気分を害したのか? スーパーコンピュータって相当凄いんだが。
 しかし、やっぱりキーワードだったか。でも心の中では言ってたような気もするんだがな。

『それは声に出さないとダメだったのか? もし、言わなければ起動しなかったようにも聞こえるが、お前は私の能力なんだろ?』

――起動時にのみ、音声でのキーワードが必要でした。この世界では言葉が大事なのです。確かに起動できなければ何も役に立てませんが、今は起動できました。今後は自動でサポートを行ないます。

『答えになってないような……納得いかないが、今後はよろしく頼む。ではサーチ結果については?』

―――検索対象は【オオカミのおじさん】で宜しいでしょうか。
 !
 おー、そうだった。オオカミおじさんを探してたんだった。
『そ、そうだな、それでいい』

―――【オオカミのおじさん】の情報がありませんので特定できませんでした。但し、この周辺で一番強い個体という事であれば一番大きな赤い点で表示されています。

 やっぱり点の大きさは強さを示してたんだな。さっきの推理は正解だったみたいだ。
『サーチで表示されている点についてはわかった。では、次の質問だ。今オオカミおじさんを探している要因として、元の世界に戻る方法を探している。それについて何か情報を持って無いか?』

――検索【元の世界に戻る方法】該当ありません。この世界の情報が少なすぎます。この地は特殊な地域のようです。

 それはそうか、まだこの世界に来て一時間も経ってないしな。特殊な地域というのは異世界という事なのだろうか。でも、こういうスキルって私自身が知らない知識でも知ってたりするもんなんだがな。そう上手くは行かないようだな。
 まずは、やはりオオカミおじさんだな。オオカミおじさんを探し出して教えてもらうしかないな。いい情報を持っててくれればいいんだがな。その前に、戦闘にならないように友好的に話せればいいんだがな。

「じゃあ、行くか!」
「ご主人様ー、もうちょと休憩~。さっきの缶詰が食べたい~」
「ん? そうか、じゃあひとつだけな。」
 そろそろいいかと思ってソラに声をかけたが、もう少し休憩したいらしい。
 休憩より缶詰が食いたかっただけかもしれないが。

 亜空間収納から缶詰を出し、ソラに一つ開けて渡してやる。箸はあげたやつがあるからそれを使えばいいだろ。

「お、おい! ソラ! 箸を使いなさい。手で食べちゃダメだ」
 いきなり手で食べだしたので、慌てて注意をした。
 しかし、その食べてる姿を見てると、グ~っと腹の虫が鳴った。

 人モードになったソラがバクバクと食べる姿を見てたら、私も無性に食べたくなって来たのだ。
 あれ? なんでだろう? いつもはそうでもないのになぁ? すごく空腹感があるぞ?

 折角だから自分の分も出して食べる。
 一個では満足できずに何個も缶詰を出した。
 気がついた時には一人で十個の缶詰を食べていた。バクバク食えるのだ。
 なにか状態が悪いのか? やはりいつもの私ではないぞ。
 もう一度ステータスを確認してみた。

 !!!!!

 18歳??

 え!? そこまでチートなのか?
 では、姿はどうなってるのだろう。ここでは自分を見れるものが無いので分からない。
 手を確認すると皺も無く艶々している。

 もしかして本当に若返ったのか? チートってそこまでなのか? 人間の永遠のテーマの若返りまでやってしまうのか?

 色々と疑問は尽きないが、まずは今出来る事をしないとな。
 食休みも終え、サーチでオオカミおじさんの探索を開始。すると先刻まで無かった大きな赤い点が、すぐ近くに現れている事を確認した。

 !!!

 近っ!!

『【那由多】!警告が無かったぞ!』
――こちらが警戒する必要性を感じませんでした。

『感じませんでしたって、この山で一番強いかもしれない奴だぞ!』
――その大きな赤い点程度の個体は警戒するレベルではありません。従者のソラでも対応可能です。

 『そうなの?』と視線をソラに向ける。
 なに? って感じのソラと目が合う。
 本当にソラで対応できるのか? いやいや、私は武闘派じゃないんだから、まずは話し合いだろ。帰る方法を聞くだけなんだから争う必要はない。魔物だろうって事で警戒しすぎだな。

 一応、ソラを示す青い点も確認すると、大きな赤い点と同程度だった。
 若干ソラの方が大きいぐらいだ。
 【那由多】の言った通り実力は互角なのかもな。交渉決裂して争いになったらソラに任せよう。

 もう一度赤い点を確認する。かなり近い。たぶん、目視できる距離ではないだろうか。
 赤い点が反応する方角へ視線を移す。

 おうふ、いるじゃないですかー。しかも歯茎が見えるぐらい怒っているように見えますが……
 あれって絶対ウウゥゥゥゥゥゥとか言って唸り声を上げてるよな。
 1キロぐらい先に白いオオカミが見えた。

「あー! オオカミのおじさんがいるね。ご主人様どうするー?」
 どうって話し合いがしたいんですが…
 何度見ても怒っているようにしか見えませんね。

「ソラ? オオカミのおじさんって話せるんだよな?」
「話せるよー」
「では、今、オオカミおじさんとはお話し合いはできそうか?」
「んー…無理っぽいねー、今日のおじさんは機嫌悪そー」

 あ、そうですか、そうなんですね。なんか原因も、よそ者が山を荒らすなー的な?
 そんな感じの視線を感じますねー。絶対睨んでますよねー。歯茎が見え隠れする所を見ると、ここまで聞こえないけど唸ってるんだろうな。
 しかもソラさん、強いとか言って無かった? おじさんとも聞いたけど。
 ではありませんよねー。

 こちらの目線に気付いたのか、ワオォォォン! と遠吠えをすると、白い大きな犬はこちらに向かって全速力で走ってくる。
 樹の上を全速力で駆けてくる。樹の天辺を上手く見極め、普通に全力で走っている。凄い身体能力だ。

 その姿がどんどん大きくなる。遠くにいたので大きさまでは分からなかったのだが、かなり大きな犬だ。あ、オオカミか。

 私のイメージでは、大きくても2メートルぐらいだろうと決めつけていた。
 周りの樹が大きかった事も頭から抜けていた。距離も1キロどころでは無かったかもしれない。まだ周辺検索に慣れてないせいもあるが、目視と合わせるとうまく認識できないな。

 近づいてくる毎に、みるみる大きくなってくるオオカミ。近くまで来た時には、その大きさは体高5メートルぐらいあった。
 周囲の何もかもが大きくて、大きさや距離感が全く私のイメージと噛み合ってなかったようだ。

「うぉっ!」
 慌てて木から飛び降りて避ける。ソラも一緒に。
 そのまま何もしなかったら間違いなく正面衝突してただろう。完全にオオカミおじさんは私達を標的としたようだ。

 白いオオカミのおじさんは、勢い余って私のいたところを少し通り過ぎてしまったが、木の反動を利用して反転して戻ってくる。
 すぐに樹から降りた私のところまで追いかけて来た。物凄く速い!

 オオカミおじさんは、着地と同時に弾むようにこっちに向かって飛んできた。見惚れるような流れの一連の動作だった。

 そのままでは噛み付かれそうだったが、何故かオオカミおじさんの動きが急に遅くなったように見えた。
 そのお陰で、私はオオカミを避けると同時に手で払う事ができた。
 オオカミは進行方向を変えられたため、そのまま直径5メートルはありそうな大木に激突する。
 私の払った力も加算されたようだ。

 ドオォォォォン! と大きな音と共に大木が周りの樹も巻き込みながら音を立てて倒れた。
 大木に激突したオオカミおじさんも倒れて動かなくなった。ピクピクしている。

「……すごい」

 自分でやってて言う言葉じゃないかもしれないが、素直な感想がそのまま口から出た。
 凄いスピードだったはずなのだ。なのにいやにゆっくりと感じたさっきの感覚は何なんだろう。
 倒れてるオオカミを見ながら、さっきの感覚を思い出していた。
 咄嗟の事とはいえ、あんな高い樹の上から飛び降りて来たんだなと樹の天辺を見て少し身震いした。

「ご主人様って派手だねー、おじさん死んじゃったかな?」
 ソラが他人事のようにトコトコとオオカミに近寄って様子を見ている。そのソラの声で我に帰ると私もオオカミおじさんに視線を戻した。

「大丈夫~。おじさん生きてるよー」

 気の抜けるようなソラの言葉で更に現実感が無くなるが、ソラが生きてると言うし私も心配だったのでオオカミおじさんに近寄って様子を見る事にした。
 近くで見ると凄く大きなオオカミだった。
 さっきのやり取りを思い出し、胸がドキドキしてきた。手もちょっと震えている。
 そんな私に「どうする?」っていう目を向けてくるソラ。

 そうだな、まずはオオカミの状態を確認しないとな。でも、医者でも無い私に診察などできるはずもない。【鑑定】だと状態が分かるんじゃ……
 試しに【鑑定】してみよう。

「【鑑定】」


 名前: なし
 年齢: 930歳
 種族: 白狼族
 加護: 森の精霊の加護
 状態: 気絶
 性別: 男
 レベル:73
 魔法: 火・土・風・雷
 技能: 牙・刀・採集・
 耐性: 熱・雷
 スキル: 【変身】【同族召喚】【加速】【統率】
 ユニークスキル:【天災】
 称号: 山の神

 正解だったな。【鑑定】で気絶してるだけなのが分かった。HP表示が無いのでダメージまでは分からないが、命に別状は無いように見える。
 しかし…山の神って……
 他にも気になる部分はあるが、そんなの倒しちゃったらバチが当たんないか? ヤバイなぁ。

 このまま放置ってわけには行かないよな?
 聞きたいこともあるし……
 ただ、起きるとまた襲われそうだし、どうしたものだろうか。
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