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第3章 西の大陸

第08話 対ケルベロス

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 そらの旅は気持ちよかった。旅じゃないのかもしれないが、今の気分は旅で間違いない。
 ノアが元の龍の姿に戻って、その背に乗り飛んでいるのだが、まったく恐怖感が無い。
 かなり高空を飛んでいるのだが、なんだろう、まったく怖くないのだ。
 それに、超高速で飛んでいるはずなのに、風を受けないのだ。これはノアの能力なんだろう、そよ風さえ感じないのだ。

「我が主ぃ、わらわの背中はどうかえ?」
「ああ、快適だ。凄く気持ちいい」
「うん、さいこー」
「はい、眺めが素晴らしいです」

 私だけじゃなく、二人も気持ちがいいようだ。
「おや? ココアはその状態でも周りが見えるのか?」
 ブレスレッドに変身して私の腕に巻きついてるのに、よく分かるものだな。

「はい、視覚や聴覚は普段と変わりません」
「そ、そうか……」
 どこが耳でどこが目なんだと聞きそうになったが、辞めておこう。ココアなら、そういうのを気にしそうだ。女の子だからな。

 快適な空の旅を終えると、もうそこはヴァルカン山から続いてたエミューナル山脈の端だった。ようやく日が暮れて来たところだから、予定よりも早く着いたようだ。ノアが張り切って飛ばしてくれたんだろうな。それとも、火龍から神龍に進化した事で速くなったのかもな。

「思ったより早く着いたな。ノアが頑張ってくれたんだな。ご苦労様」
「それほどでもないのじゃ!」

 照れくさいのか、私が褒めると大声で謙遜した。
 私達がノアの背中から降りると、ココアもノアも人型に変身した。

 さて、今日はもう今からだと暗くなるから探索は明日にしようかな。
 私達は暗闇を苦にはしないが、魔物は夜の方が活発だし、明るい方がまだ安全に探索できるだろう。
 周辺探索サーチでも、森の奥から徐々に魔物が増えて来てるからな。

「ソラ、ココア。今日はここで泊まる事にしよう」
「はーい」
「かしこまりました」
 返事をする二人に対して、どうしていいか困ってるノア。

「ノアは、今日のところは私達がどうやってるか見ておいてくれ。明日からは手伝ってもらうが、今日は初めてだし見て覚えようか」
「心得たのじゃ」

 ふむ、手伝おうという感じには見えるな。ぬしをやってたし、強いだろうからソラの狩りの方を手伝うように頼もうか。そういや料理スキルアーツも持ってたな。熟練度は低かったが、やれば上がるだろうし、料理を手伝ってもらうのもいいな。ま、今日のところは見てもらおうか。

 既にソラとココアは森に消えている。もう、次に何をやるかは分かっているからな。
 ソラは夕食の肉を狩りに、ココアはそれ以外の山菜や野菜を採りに行っている。
 私はその間に準備だ。まずは米を炊く。【東の国】での物々交換で仕入れた米は、精米したものだけでも、まだ十俵以上ある。私達が食べるだけだから、まだまだ無くならないだろう。だが、【東の国】へ行けないと、その内無くなってしまうだろうな。この大陸には米は無いようだから、米のためにも早く行く方法を見つけなければな。


 さて、今夜のメニューは何にしようか。汁物もいいが、今日はノアもいる事だし、焼肉でいいか。
 だったらタレを作っておこうか。
 醤油はあるし、酒もある。砂糖は無いが味醂で何とかなるだろう。【東の国】では醤油、酒、味醂もあったからな。でも、こっちは米より先に無くなりそうだ。早くなんとかしないとな。

 いつものように、ソラが獲って来た魔物を二人で解体。ココアは山菜と野菜を切って洗う。今日は焼肉なので大きめにカットしてもらうように指示を出した。
 太陽が沈んで、空が大分暗くなってきた頃に、ようやく準備が完成。肉をスライスするのに思ったより時間が掛かってしまった。
 厚切りだとステーキになってしまうから、薄切りにするのに時間が掛かってしまったのだ。
 こういう時に機械があればいいのにと思ってしまうよ。全て手作業だからな。
 だが、料理スキルアーツの恩恵もあり、綺麗に切れるのだ。後は、もっと早く手を動かせばいいだけだな。

 そうだ、スキルだ。【那由多】に醤油、酒、味醂を解析してもらって、作り方を教えてもらえばいいんじゃないか?

『【那由多】、醤油、酒、味醂を解析して、作り方を教えてくれ』

―――現在、転送された魔法陣の解析中。二番目に石碑の解析も予約されています。

 あ、そうだったな。でも、こっちのはそんなに時間が掛からないんじゃないのか?
『醤油、酒、味醂の解析はどのぐらい掛かるんだ?』

―――三分も掛からないでしょう。

『だったら先にこっちの解析をしてくれ』

―――わかりました。魔法陣の解析を一時中断して、醤油・酒・味醂の解析と製造方法を報告します。

『あと、塩と砂糖はどうだ?』

―――塩はできますが、砂糖はできません。

『そうか、だったら塩だけでも頼む』

―――わかりました。

 これで、私の食生活も、最低限は保てそうだ。作れるかどうかは別にして、作り方を知ってるだけでも希望に繋がるかなら。


 その後は、焼肉の美味さに叫び声を上げるノアと共に、皆で楽しく夕食を済ませた。
 焼肉のタレを非常に気に入ってくれたようだ。

「す、少し…うっぷ、食べすぎたのじゃ」
 食いすぎで苦しむノアだったが、話ぐらいはできるだろう。食事の片付けを終えると、キッチン&ダイニングの小屋を収納し、代わりに風呂の小屋と寝室小屋を出した。
 先に寝室小屋に入り、町で仕入れた四人掛けテーブルを出した。布団などの寝具は【亜空間収納】の中だから、一服が終わったらテーブルを収納して、寝具を出す予定だ。
 その前に風呂にも入るが、今日は先に話し合いをしないとな。

「ノアはケルベロスについて何か知らないのか?」
「詳しくは覚えておらぬのじゃ、わらわからすれば取るに足りない小物ですゆえ」
「小物? という事は、会った事があるのか?」
「ええ、わらわの周りをチョロチョロとしておったと思うがのぅ」
「その時はどうしたんだ? 戦ったのか?」
「どうじゃったかのぅ、二〇〇年ぐらい昔の話じゃからのぅ。ファイアブレスで消し炭になりおったのか?」

 え? 質問? いや、私は回答がほしいのだが。

「思い出してくれ。弱点とか対策とかないのか?」
「どうかのぅ」
 ノアはケルベロスに会った事があるみたいだが、何も覚えてないようだな。だったら、ノアの時のように様子を見てからか。今度はココアが暴走しないように言い聞かせておかないとな。

「ケルベロスという名と、ギルマスのアラハンさんが言ってた番犬から想像すると、三つ首の魔犬だと思うんだが、どう対処するかだな」
「やっぱり突くー?」
「私が斬ります!」
「そうじゃの、斬ればいいのじゃ。あんな小物などわらわのブレスで消してやるのじゃ」

 おいおい、あんな小物って、覚えてないんだろ? 二百年も経ってれば、相当強くなってるんじゃないのか?
 ソラもココアももう少し考えてくれよ。あー、相談できる仲間がほしい! 古龍だからと期待したノアも期待ハズレだったようだしな。

「あ、そうだノア。ケルベロスって話せるのか? それも思い出せないか?」
「むぅ…三つ首の魔獣のぅ……話してた気がするのぅ。なにせ三つも首があるのじゃ、どれか話すじゃろ」

 もういいや、私が決めてしまおう。

「それじゃ、対策を言うから聞いてくれ。まずは、いつも通り私が正面を受け持とう。そしてココアは背後から陽動だ。今回は頼むから先走らないでくれよ」
「かしこまりました。肝に銘じます」
 それはノア戦の時も言ってたよな。頼むよ、ホント。

「ソラもいつも通り、サイドから隙を見て攻撃だ」
「わかったー。必殺技出していいー?」
「…出さなくていい……」
「え―――出すのー」
「……わかった。ケルベロスが話す魔獣じゃ無ければ出していいぞ」
「やったー! ご主人様ありがとー」

 必殺技って……ソラは何をする気なんだ。聞いても分からないんだろうな。

「ノアはソラの逆サイド…いや違うな。ソラと一緒に行動してくれ。ブレスで攻撃するなら対角に味方がいない方がいいからな」
「お任せなのじゃ。今度はサンダーブレスをお見舞いするのじゃ」
 前の事も覚えてないのに今度はって…

「そのサンダーブレスもケルベロスが話せない奴だったらだからな。話せる場合は、先に私が『仲間にならないか』と聞くからな、先走るんじゃないぞ」
「分かっておるのじゃ、我が主もくどいのぅ。わらわはそのお陰で命があるのじゃ、骨身に染みる体験したのじゃから小物にもそれぐらいの情けは掛けてやれるのじゃ」

 お、ちょっとはまともな事を言うじゃないか。

「ファイアブレスぐらいにしてやろうかのぅ」
「その前に私が首を二つほど落としましょう」
「うちもやるー、必殺技ー」

 ……ダメだこいつら、何も分かってない。これじゃ作戦会議にならないぞ。ココアよ、首を二つも落としたら一つしか残らないぞ。そうなった時にはたぶん死んでしまってるんじゃないかな。よくて瀕死かな。
 あー作戦会議がしたいなぁ。

「お前達がやりたい事は分かった。だから一つだけ言う事を聞いてくれ」
「はーい」
「はい、なんでしょうか」
「なんじゃ?」
「私がヨシ! と言うまでは絶対に攻撃しない。これだけは守ってくれ」
「はーい」
「かしこまりました」
「わかったのじゃ」

 ……不安がいっぱいだな。

「ん? それはそうと、ノアはその格好で戦うのか?」
「なぜじゃ?」
「その服もソラやココアと同じで変身なんだろ? だったら二人みたいに冒険者風にした方がいいと思うな。今後、町に行く事もあるだろうし、その方がいいだろう」
「わかったのじゃ」
 ノアは淡く光ると冒険者風の服に変わった。

 美人傭兵って感じだな。なぜ短パンをチョイスしたのかは分からないが、凄く似合ってるな。美形はいいよな、何を着ても似合うから。

 ノアの変身が終わると、一つ質問をしてきた。

「我が主、ソラ殿とココア殿が持っているものは何なのじゃ? なにやら強い力を感じるのぅ」
 ノアの視線を感じ、胸元に手をやるソラとココア。
「あげないよー」
「そうです、これは私達がご主人様から頂いたものです」
 あー、箸ね。式具って言い張ってるからもう式具でいいけど、食事もそれで食べてるから、有り難味も無いように見えるんだけどな。マイ箸と扱いが変わらない気がするんだが。

「うっ、なんだよその目は。もう箸は無いんだよ」
 薄っすらと涙を浮かべて物欲しそうに見てくるノア。龍だと分かっていても美人だから負けそうになる。しかし、無いものは無いのだ。無いものはあげられないのだ。

「式具ー」
「そうです、これは式具です」
「ああ、そうだったな。式具だったな。でもどうせノアには箸は使えないだろ。他にあるものは……」
 今度はソラ達がキラキラネームを強請る時のような期待感満載の目で見てくるノア。

 はぁ、なんて目で見て来るんだよ。大した物なんて持ってないんだぞ。
「これぐらいか。これは扇子という団扇みたいな…団扇もわからないかな、風を扇いで涼しい風を送るものだ」
「おおお! センスというのじゃな。気に入ったのじゃ!」
「お、おう。気に入ってくれたのなら何よりだ」
 それほどの物じゃないんだけどな。ま、気に入ってくれたのなら良かったよ。


 その後は風呂に入り、就寝だ。もちろん風呂は別々に入ったさ。いくら人間じゃないと言っても流石にな。
 しかし、寝床は一間だ。布団は別々だが、例によって私を真ん中にしてソラとココアが挟むように両隣を占領する。ノアはソラの隣だな。
 見張りは立てない。今日もソラが『四点結』をしてくれてるから必要ない。どれぐらい耐えられるか知らないが、まだ破られた事は無いし、何かあったら【那由多】にも起こすように命令してるから大丈夫だろ。まだ、一度も起こしてもらった事も無いが。


 ド―――――――ン!!

「なんだ!」
 寝いってからどのぐらい経ったか分からないが、大きな音で叩き起こされた。

「攻撃されてるー」
 探索サーチで確認すると、ソラの言うように大きな赤点が近くにいた。この赤点の主が『四点結』に攻撃しているのだろう。

 ド―――――――ン!!

 窓から覗くと巨大な三つ首の犬のような魔獣がこの小屋目掛けて体当たりをしている。
 
 ド―――――――ン!!

「ソラ、『四点結』は破られないか?」
「うん、これぐらいなら大丈夫~?」

 ……分からないんだな。これは早めに対処した方が良さそうだ。

「よし、奴が離れた隙に展開するぞ。ソラ、奴が離れたら『四点結』を解いてくれ。まずは私が出て隙を作る。奴を突き放すから、その間に作戦通り展開してくれ」

 ド―――――――ン!!

「わかったー」
「かしこまりました」
「わかったのじゃ」
 流石にこの切羽詰った状況なら、皆も先走らないだろう。まずは作戦通りに展開してからAプランの『仲間にならないか』を実行できそうだ。

 ド―――――――ン!!

「ソラ! 次に奴が引いたら行くぞ!」
「りょうかいー」
 全員、臨戦態勢になって武器を用意する。
 ソラとココアは薙刀を出し、ノアはさっきあげた扇子を出す。
 扇子は武器にはならないだろ。ま、ノアはブレスだと言ってたから龍に戻るのだから関係ないか。
 さ、気を取り直して。

 ド―――――――ン!!

「今だ!」
 私の合図でソラが『四点結』を解除した。
 それを確認した私が外に出た時には、奴は既にこちらに向かって助走に入っていた。

 予想より早い! このタイミングだと後ろから来る仲間が出られない。ここは一発殴って少し怯ませて隙を作るか。
 私は向かって来るケルベロスの前に躍り出た。奴も私を確認したのか、少し速度が落ちた。が、すぐに今まで以上に速度を上げて向かって来た。
 ちょうどいい、奴のスピードに私のスピードが加われば、奴も付いて来れないんじゃないか?
 向かって来るケルベロスの真正面に私も向かって行く。そして、最後の一踏みの時に、もう一段スピードを上げて踏み込んだ。

 体高が三メートルもあるケルベロスだ。懐に入られたら私が消えたように見えただろう。
 私はそのまま右腕を振り抜いた。私の拳が真ん中の首の根元を捉える。

 DOGOOOOOooooooN!!

 ヒュ―――――――――――……

 ズズ――――ン!

 え?

 ケルベロスは三〇メートルほど吹き飛んで行ってズズーンと音を立てて地面に叩きつけられると動かなくなった。ピクピクしている。

 え?

 い、いや、ちょちょっと……私は少し後ろに吹き飛ばして全員が外に出る隙を作りたかっただけなんだぞ?

 パンチを放った格好のまま固まっていると三人が駆け寄って来た。

「えー? もう終わりー?」
「さすがはご主人様です。そのポーズも最高でございます。次からは私も参考にさせて頂きましょう」
「おや? わらわの出番は無かったのじゃ」

 ココアよ辞めてくれ、立ち直れなくなりそうだ。

「ご主人様ー? 生きてるよー。必殺技、試してい~い?」
 いや、ダメだから。

 ソラが確認に行ってくれてたようだ。全員でケルベロスに駆け寄り確認する。私は心が回復するのに時間が掛かり、最後の到着となってしまった。
 ……作戦も立てたのだがな。残念だ。

 確かにケルベロスは生きていた。


 名前: なし
 年齢: 480
 種族: 魔獣族
 加護: なし
 状態: 気絶 瀕死 気絶 
 性別: (男)女(女)
 レベル:35
 魔法: 土(3)・回復(1)・闇(7)・空間(3)
 技能: 牙(7)・体術(6)・槍(4)・剣(4)・弓(1)
 耐性: 熱・風・木・水・雷・
 スキル:【変身】【俊敏】
 ユニークスキル: 【冥界とのつながり】
 称号: 地獄の番犬 サントスの森の長

 ケルベロスは、頭が三つあり尻尾も三つある大きな犬の魔獣だった。尻尾は蛇になっているが、頭が気絶しているので、尻尾の蛇も動かないようだ。

 今日はもういい、考えることを放棄したい。

「ソラ、こいつに影縛りできるか?」
「できるよー」
 と言って式具を地面に投げつけるソラ。

「影縛り―!」
 拘束完了。

「すまん、今日はもう休みたい。明日の朝、改めようか」
「まだ眠いもんねー」
「明日の朝、改めて削るということでございますね」
「戦いにもならなかったのじゃ。やはり小物じゃったのぅ」

 ココアさん、これ以上削れませんから。真ん中の首なんか瀕死ってなってるから。
 必殺技ー! ってまだ言っているソラは無視して小屋に入ってさっさと寝てやった。

 身体のダメージは受けてないが、心のダメージの大きな戦いだった。


 翌朝はゆっくりと朝食を摂った。起きたのも珍しく結構遅めで、もう陽が昇って大分経つと思うが、まだ朝食を食べていた。ケルベロスは昨夜の状態のまま放置中である。
 その理由は四つあった。

 一つ目は、私が心に大きなダメージを負ったため、あまりやる気になれなかったから。

 二つ目は、ノアが朝食作りに参加したからだ。
 まずは、米を炊かせたが、米に馴染みが無いからか、それともただ単に料理が下手なのか、何度も手を止めて教える羽目になった。ただ、飯を仕込むだけで結構な時間が食われた。

 三つ目は、話せる魔物かどうかも分からないんだから、死んだら死んだで別にいいかと思ってる。

 四つ目は、ケルベロス問題も終わったので、次の行動予定を話していたからだ。

「ノア、食べながらでいいから教えて欲しい。私達は火龍…ノアの事だな。ノアがあのヴァルカン山の主で、その主があの周辺一帯で暴れているから鎮圧してほしいと聞かされてノアの所に行ったのだが、どうもそうでは無いと思っている。ヴァルカン山の魔物は多かったとはいえ、活発化というか暴走状態とは言え無かったし、まだ一日程度だがノアと一緒にいて、そんな事はしていないように思う。口では人間に興味がないと聞いているが、それは本当なのだろう。人間に危害を加えてノアが得する事があるとも思えない。という事は、何か別の原因があって、それが火龍が犯人だと思わせる何かがあったのではないかと思うのだが」

 三人とも口をモグモグさせながら、私の話を聞いていた。
 と、唐突にノアが涙を零しお礼を言い始めた。

「出会ったばかりのわらわをそこまで信用して頂けるとは感無量なのじゃ。我が主からの信用とは、他の何にも代え難いものじゃ、わらわは果報者じゃな」
 我が主よ、ありがとうございます。と頭を下げたノア。未だ感涙の涙を流しつつ、更に続けた。

わらわがタロウ様に仕えることになったのは必然じゃったのじゃ。これは龍神様のお導きに違いないのじゃ。わらわは我が主のために何でもするぞえ」

 …重い…重いな。有り難い決意ではあるが、ちょっと大袈裟じゃないか? そんな涙する程でも無いと思うぞ。
 ココアの場合は、山の主だったオオカミおじさんの命令もあるんだろうし、ソラはあんなんだし、従者と言っても色々だな。
 しかし、龍神様って…ノアは進化して神龍になってたぞ? 龍神と神龍、どっちも神が付いてるんだけど龍神の方が偉いのか?

「年のため聞いておくが、ノアは最近暴れてないんだな?」
「当然じゃ、我が主に嘘はつかぬ。わらわはここ三○年はあの場から動いておらぬ。ずっと寝ておったからの」ほっほっほっほ

 ずっと寝てたって…三○年も寝てたら目が腐っちまうぞ。
 ま、三○年って分かるのだから睡眠という意味では無いのかもしれないが、龍とはそんなにジッとおれるおものなんだな。

「だとすると、やはりもう一度戻って付近を調査する必要があるな。依頼は火龍の沈静化だったが、実際の依頼は付近で何かが暴れていて、その解決を求められてるのだからな。火龍は鎮めたが、魔物の活性化が収まってなければ依頼達成とは見られないだろうしな」
 魔物の活性化にも疑問はあるんだが、元になる原因を突き止めれば自ずと原因も分かるだろう。

「誰ぞがわらわの名を語ったという事じゃな? ふっふっふ、万死に値するのぉ」
「私も微力ながらご協力させて頂きます」
「必殺技~?」

 なんかノアが怖いな。美人が目を細めて含みのある笑いというのは、これほど恐ろしく感じるものだとは……
 さっきの涙は何だったのだろう。まるで別人のようだ。
 ココアもソラもノアに協力的なようだが、必殺技は協力に必要なのか?

 しかし、火龍に罪を着せてまで暗躍している存在があると見ていいか。そして、そいつらによって被害を受けている人達がいて、中には殺されてる人もいるのだな。
 アラハンさんから貰った依頼書に目を通してみると、壊滅した村は十四、町が一つとなっている。犠牲者も多数となっているが、単純に考えて四桁は死んでると見ていいだろう。

 先日聞いたロンレーンで起こった魔物の襲撃スタンピートでも、死傷者が多数出たと聞いている。
 平和な日本にいた私からすれば、これだけ死が身近にあるのは受け入れ難いのだが、どこか他人事のようにも感じている。
 数え切れないほどの魔物との戦闘で麻痺して来ているのか、自分は死なないと思ってるのか。
 このまま日本に戻って、普通にやって行けるのだろうか……


 そんな事を考えながら、放置中のケルベロスの下へと足を向けるのだった。

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