『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「翠清山 最終決戦」編

435話 「妹武勇決戦 その1『姫の資質』」

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 話は少し戻り、アンシュラオンがマスカリオン軍と戦っている時。

 小百合が破邪猿将の精神体を確保。

 引きずり出して閉じ込めてしまい、巨体がバターンと倒れて動かなくなる。


「確保! 確保しました!」


 小百合がジャンプしてガッツポーズ!

 嬉しそうに跳ね回る姿は、まさに兎を彷彿させる。


(やった…のか? 彼女が? 本当に!?)


 ここでまさかの偉業を小百合が成し遂げてしまったので、スザクも呆然としていた。

 両軍が入り乱れる戦場では、足軽が将を討つことも珍しくはない。場合によっては逃げた先の農民に狩られるくらいだ。何が起こるかなど誰にもわからないものである。

 まさに無常だが、戦いなどそんなものだろう。


「将は倒したぞ! 敵軍を包囲しろ!」


 それを見たグランハムが、すかさず敵に圧力を加える。

 数ではまだ猿神の軍勢のほうが圧倒的に多いが、あっさりとボスが倒されてしまったことに激しく動揺。一気に戦意が削られていた。

 グランハムたちが距離を詰めても、じりじりと後退して固まるだけで、反撃らしい反撃はない。


〈今です。投降を呼びかけなさい〉


 ホロロが一度下がって思念を送ると、隠れていたケウシュが空を飛んでやってきた。

 ここで安全のために『束縛の嘶鈴せいりん』も発動。精神感応波の鈴の音が響き渡り、範囲内にいた魔獣たちが硬直する。

 このスキルは、鈴羽が刺さっていない場合の成功率はあまり高くはないが、敵の精神状態に大きく影響されるため、格下や追い詰められている相手には極めて有効な手段だ。

 大半の敵が止まったところで、ケウシュが間に入って魔獣たちに投降を呼びかける。

 ただの慈悲でやっているわけではなく、敵を壊滅させるにはこちらの戦力が少なすぎるのだ。もはや無駄な戦いをするだけの余裕は人間側にはなかった。

 当然プライドの高いグラヌマたちには拒絶反応が出たが、破邪猿将が倒されたことも事実である。

 現状ではショックのほうが大きすぎて、少なくともいきなり特攻を仕掛けるような個体は出ていない。

 かといって、ケウシュの説得だけで話がまとまるとも思えない。


(ここで猿神の軍勢と停戦することができれば、ご主人様の目的も果たされるでしょう。可能性は五分五分ですが、まずは打てる手をすべて試してみるべきです)


 ホロロがさらに合図を送ると、今度は琴礼泉から一緒についてきた若猿がやってきて、アンシュラオンが提示した条件を仲間に伝える。

 他種族経由ではなく直接猿の言葉で語るため、グラヌマに与えた動揺は従来の比ではなかった。さまざまな場所でヒソヒソと話し声が聴こえてくる。

 アンシュラオンがケウシュと若猿の帯同を許したのは、火乃呼の情緒安定のためでもあるが、一番の目的は『和平交渉』にある。

 ディムレガンやヒポタングル同様に、こちら側に引き込んで立場を有利にしようという計画だ。もし魔獣を味方に加えて翠清山での地の利を得ることができれば、かなり美味しい儲け話になるはずだ。

 なにせ本来ならば負け戦。勝ったことが奇跡なのだから翠清山の大部分の利権を奪うことができる。それゆえに単なる討伐ではなく、破邪猿将の確保を最優先にしたわけだ。

 猿神に伝えた条件は、ほぼマスカリオンと同じ。支配下に入れる代わりに庇護と繁栄を約束するものであった。


「ギギッ!! キッ!」


 だが、これに激怒したのは、幹部のグラヌマーハたちだ。

 破邪猿将が倒れたとはいえ、グラヌマ全体を統括する責任がなくなったわけではない。むしろボスがいないのならば、この中から新たなボスを作らねばならない。

 全部の種族がそうではないが、猿社会は基本的に上下関係が厳格だ。

 破邪猿将には子供が多数いるものの、まだ成人しておらず群れを率いるだけの力がないので、最低でもその間はグラヌマーハから選出せねばならないだろう。

 ここで一頭のグラヌマーハが、前に出て威嚇の声を上げる。

 ボス猿候補の一頭であり、常に破邪猿将の近くで戦ってきた側近だ。体格も大きく顔も左腕猿将に少し似ているので、もしかしたら兄弟の可能性もある。

 その個体がまず目を付けたのは、人間との和平を訴える若猿だった。

 支配下に入れなどという提言は彼らからすれば裏切者であり、到底許しておけるものではない。

 大きな剣の切っ先を向けて標的を見定めると、いきなり斬りかかる。


「キキッ!?」


 若猿は火乃呼が打った武器を持っており、あれから調整を施して少しはましになったものの、そもそもの魔獣のレベルが違いすぎる。

 突然の剣撃に驚いたことも相まって剣を弾かれてしまい、無防備な状態を晒してしまった。

 そこにとどめの一撃が無慈悲に振り下ろされる。

 が、その刃が若猿に届く前に、素早く走り込んだサナが黒千代を振って、横から剣を弾く。

 不意をつかれたグラヌマーハは、邪魔をした彼女をキッと睨みつける。

 が、サナもじっと相手を睨み返す。

 その視線に思わずグラヌマーハが怯んだ。彼女の瞳に激しい怒りの感情が宿っていたからだ。

 すでに若猿はアンシュラオンに下った存在であり、かなり地位に差はあれど、短い間ながらも一緒に過ごしたサナの『舎弟分』の一人でもある。

 アンシュラオンの妹は、兄がそうであるように身内を第一に考える。説得に応じないことよりも、その子分を殺そうとしたことに怒っているのだ。

 怯んだ相手に、今度はサナが無慈悲に斬りかかる!

 鋭い斬撃で三回ほど敵の剣を叩いて動きを封じると、剣士の間合いから突然蹴りを放ち、膝に足の雷爪を突き刺す!

 今のサナは魔石と融合した状態であり、普通の打撃にも青雷狼の爪と雷撃が付与されているため、グラヌマーハの片足が感電して麻痺。

 さすがにこの程度の攻撃で昏倒までは起こせないが、敵がよろけただけで十分。

 即座に後ろに回り込むと、もう片方の膝裏を刀で切り裂く!

 両足に力が入らなくなって腰が落ちたところに、尻尾の付け根をぶん殴る!


「―――ッッ!!?」


 剣を振る都合上、猿のわりに二足歩行が多いということは、腰にかかる負担も通常種より大きいことを示している。

 人間同様、そこは弱点の一つ。

 殴られた衝撃と雷爪で抉られた激痛に加え、内部に迸った雷撃で神経がやられて腰が完全にノックアウト。

 剣を支えにしながらも、ずるずると崩れ落ちて身動きが取れなくなる。

 腰を痛めた者ならばわかると思うが、腰が痛いと本当に動けなくなる。ギックリ腰ならば四つん這いになるほどだ。

 この瞬間を見てしまった七騎士の一人であるペーグは、かつて変態紳士にやられた傷が疼いたという。それだけインパクトがある光景だった。


「…じー」


 サナは動けなくなった個体に黒千代を突き付けながら、他のグラヌマーハに睨みを利かせる。

 魔獣の世界は人間以上に実力主義の世界。より武力が強い者が群れを率いる資格を得るものだ。

 文句があるなら倒してみろ、と言わんばかりに悠然と立つ小さな少女の姿に、グラヌマたちも興味を引かれていく。

 我々とて、雌の子猿が人間の大人、それも剣の達人を倒したら驚くだろう。それと同じことだ。

 堂々と佇む姿に刺激されたのか、違う個体のグラヌマーハが一頭やってきてサナに剣を向ける。

 ここで一斉に襲いかからないのが誇り高いグラヌマの特徴だ。むしろ人間の子供相手に大勢で挑むほうが恥ずかしい、という価値観を有していた。

 サナとグラヌマーハが激突!

 周囲も決闘のためのスペースを自然と空け、戦いの結末を見守る。

 サナは大猿の鋭い剣撃を、小刻みで素早い体重移動でいなしていく。

 グラヌマーハの素の攻撃はBだが、剣を装備しているうえ術式武具ともなれば攻撃力は跳ね上がる。

 いくら融合化したサナでも、それをまともに受けることは難しい。大猿の足元にまとわりつくような動きで対応し、的を絞らせない。

 そして、よけた大猿の剣が地面に当たって勢いが弱まった瞬間を狙い、足に斬撃を繰り出して地道にダメージを与えていく。

 サナの攻撃力は、あくまでトップスピードに乗った時に最大化する。

 もともとの腕力に難があるため、距離が短い場合は半分以下の力になってしまうのは物理法則上、仕方がないことだ。

 それを知っているからこそ無理をせず、敵の弱点を見極めてダメージの蓄積を狙うのだ。

 さきほどの個体のように足を削られると踏ん張りが利かなくなり、必然的に剣撃の威力も落ちていく。

 それをしつこく続けていけば―――がっくん

 この個体も動けなくなり、這いつくばる結末が訪れる。

 サナはとどめを刺さず、ただじっと見つめるだけ。

 殺されるよりも、あえて見逃されるほうが屈辱が大きい。自身が見下されていることを痛感するからだ。

 その勝者からの視線を受けた大猿は、足を引きずりながら静かに群れの中に戻っていった。潔く負けを認めた証拠である。

 すると、また違う個体がやってきてサナに勝負を挑む。

 サナはその大猿相手にも、けっして退かない戦いを見せつけ、こちらも撃退に成功する。


「キーーキーーッ!!」

「キッキッ!!」


 気づけば周囲から、ガキンガキンと金属がぶつかる音が聴こえてきた。

 この戦いを見ていた大勢のグラヌマたちが、互いの剣を叩きつけて音を出していたのだ。

 その表情には人間への敵意ではなく、純粋な闘争への好奇心と興奮が込められていた。

 ガッキンガッキン!ガンガンガン!とさらに音は大きくなり、よりリズミカルになっていく。

 それはまるで闘技場で試合を観戦する客のようだ。

 その音に導かれるように、また違う挑戦者がやってくる。

 今度はグラヌマーハではなく普通のグラヌマだったが、片目が潰れていても中核部隊に選ばれるほどの精鋭であり、猿神からすれば名有りの剣豪といったところだろうか。

 サナは、それを堂々と剣撃だけで叩き伏せる!

 すると周囲の音はまた大きくなり、興奮した様子で次の挑戦者が現れる。サナはそれも叩きのめし、また違う挑戦者が出現するを繰り返す。


(これは…何事なんだ!?)


 人間の子供独りと猿神の群れの奇妙な戦いに、スザクも身動きが取れなかった。

 和平交渉を始めた時も驚いたが、いきなりこんな戦いをするのだからもっと驚いて当然だろう。

 しかし、そんなスザクでさえ自身の血潮が滾っていくのがわかる。

 彼も以前、マスカリオンとフラッグファイトをやったくらいだ。互いにわかり合うためになぜか殴り合う、という謎の行動が場を盛り上げることをよく知っていた。

 所詮は人間と魔獣。

 言葉で話すよりも肉体を通じて語ったほうが早い。感じる痛みは種族が違えど似たようなものなのだ。

 グラヌマが剣に強い興味のある魔獣であることも相まって、徐々に猿たちのサナを見る目が変わっていく。

 自分たちの英雄とも呼べる破邪猿将にも食い下がり、その配下の猿たちにも臆さずに立ち向かっていく姿は、なんとも勇ましいの一言だ。

 冷静に考えれば、なんて不合理で不条理な戦いだろうか。

 それこそ何の打ち合わせもなく勝手に勝ち抜き戦になっている段階で、サナにとっては不利でしかない。

 魔石の制御が上手くなっても、彼女の小さな身体を支えるために依然としてエネルギーの消費量は多く、戦うごとに確実に疲弊していく。

 少しずつ相手の攻撃を受けるようになり、耐久値が限界を迎えたところから雷の鎧が剥げてしまい、肉体にもさらなる負荷がかかっていく。

 しかし、それでも彼女は戦いをやめない!!

 休みのない連続運動に呼吸が荒くなっても、刀を持つ手の握力が弱まっても、歯を食いしばって戦い続ける。

 それが、その姿が、人と魔獣を関係なく惹き付けていく!


(なんという闘争心だ! あれは簡単に真似できない!)


 サナを守る役割のサリータも、彼女の意思を汲んで見守っているが、その迫力に気圧されてしまう。

 ただ真っ直ぐ進むだけならばサリータでもできるだろう。されど、そのうえで勝つことができる者は、はたしてどれだけいるのか。

 アンシュラオンに教わった闘争への心構えと戦闘技術に加え、彼女には他者の『心』を引き寄せる求心力があった。

 サナが困っていれば助けたくなる。サナが戦っていれば応援したくなる。サナが苦しんでいたら自分もつらくなる。

 アンシュラオンでさえ、多くのスレイブの中から彼女を選んだのだ。となると、ベルロアナに選ばれたことも偶然ではないだろう。

 彼女には―――【姫の資質】がある

 スキル欄にも『黒き魔人の姫』と表示されているが、ただ守られるだけではない、自ら戦うことで場を支配してしまう力があるのだ。

 まだ感情表現が乏しく、何を考えているのかわからないこともあるが、一度意思を発した瞬間の力強さはアンシュラオンに匹敵する。

 猿神たちも次第に彼女を認め、戦場にこびりついていた憎しみや恨みといった負の感情が軽減されていくのがわかる。

 その戦いぶりに、スザクも破邪猿将に対する憎しみを完全に捨てることを決意。


(不思議な人だ。もしかしたら彼女こそ、この戦いにおけるキーマンなのかもしれない。どこにたどり着くのかわからないけど、その先を見てみたくなる。…これで終わりにしよう。終わりにしなければならないんだ)


 怒りはあれど憎しみで戦わない彼女を見ていると、殺し合うのがなんとも馬鹿らしくなってしまうのだ。

 アンシュラオンは利で動き、サナは心で動く。

 両者のバランスが上手く噛み合うことで、少しずつ場が誘導されて収まっていく気配を感じる。


「みんな、剣を引け! この戦いはここで―――」


 と、スザクが正式に停戦を命じようとした時だった。


「ギ―――ギッ!?!!」

「ウキィ―――イイッ!!?」


 突然、魔獣たちが苦悶の表情を浮かべて暴れ出す。

 それはいきなり訪れた激痛に悶えるごとく、大地に転がってもんどりうつ様子は『異常』の一言に尽きる。

 ジタバタと十数回、身体を地面に打ちつけると、今度は跳ね上がるように立ち上がって争いを始める。

 隣にいた猿を剣で斬りつける個体、噛みつく個体、拳を叩きつける個体等々、やり方はさまざまだが、はたから見ると完全に錯乱状態に陥っていた。

 そして、一番の標的は―――人間

 魔獣同士でも争ってはいるが、人間を見た瞬間に彼らの目が真っ赤に染まり、無我夢中で突っ込んでくる。

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