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「白い魔人と黒き少女の出会い」編

44話 「門番のお姉さんと、さよならラブヘイア」

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「お姉さん、ただいま!」


 東門に到着するや否や、アンシュラオンは門番のお姉さんに抱きつく。

  もはや恒例の挨拶である。


「お帰りなさい。早かったのね」

「うん、がんばったからね!」

「心配していたのよ。怪我はない?」

「ほら、大丈夫だよ」

「あら、額に傷があるわね。大変! ほら、見せて」

「平気だってば」

「そんなこと言わないの。ほら、ね?」

「じゃあ、お願いします」

「よろしい。見てあげよう。ふふふ、いい子、いい子」


 再び頭を撫でてもらいながら手厚い看護を受ける。

 甘えるためにわざと傷跡を残しておいたのだ。見事に作戦成功である。


「ところで、あいつは大丈夫だった?」

「あいつ? ラブヘイアのこと?」

「そう、彼よ。何か変なことをされなかった?」

「うーん、大丈夫かな。それよりあの人、すごい強いんだね。びっくりしたよ」

「そうなの?」

「うん、おかげで大量なんだ」


 アンシュラオンが後ろにある六台の荷車を指差す。


「あれ全部なの!? すごいわね!!」

「ラブヘイアががんばったおかげだよ」

「へー、あの男も少しは役に立つのね」

「ほら、あそこにいるから褒めてあげてよ」

「そうね。君を守ってくれたお礼を…」


 アンシュラオンが指差した場所には、髪の毛をもらって夢中でスーハーしている「HENTAI」の姿があった。

 顔を紅潮させ、とても幸せそうだ。


「ふーん…」


 お姉さんの顔が再びアンシュラオンに向く。口元は笑っているが、目が笑っていない。

 それから髪の毛を注視。


「…思ったんだけど、君の髪の毛…少し短くなったかしら?」

「そうだよ。あの人にあげたからね」

「あげたの? どうしてかな?」

「あげないと働かないって駄々をこねるから、しょうがなくね。あーあ、この髪型気に入っていたのに、ちょっと変になっちゃったかな? でも、大人の人ってなんであんなに髪の毛に固執するんだろうね。不思議だなぁ」


 わざとらしく短くなった箇所を触る。

 その言葉を聞いて、お姉さんがすっと立ち上がった。

 アンシュラオンには、処刑用BGMが流れた気がした。


「ちょっと待っててね。【お礼】をしてくるから」

「お手柔らかにね」

「そこの変態! ちょっと来なさい!!!」

「えっ!? な、何を―――ひぐっ!」


 再び裏に連れて行かれる。


「このクソ野郎が!! 今度という今度は、もう許さないからね!!」

「私は何も…ごばっ―――!」


 ドッゴーーーーンッ!

 お姉さんの拳を受けて、ラブヘイアが城壁に叩きつけられる。その衝撃で門全体が揺れた気がした。

 つい先日も見たことがある光景だ。


「がっ…はっ……、これはいったい……何事…!?」

「その髪の毛が何よりの証拠! あの子から切り取ったわね! ここまで堕ちればもはや鬼畜! 外道! 成敗あるのみ!」

「ご、誤解です! これは謝礼としてもらった正当な報酬で―――ぶほぉおおっ!? いや! やめて! いやぁああ!」


 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!


「くたばれ、変態!!!」

「ひっ、ひっーーーー! た、助けてくださ―――ぶばっ! げほっ!」


 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!
 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!
 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!
 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!
 ドン、バキ、ドコ、ガス、グッチャッ!

 グッチャッ! グッチャッ! グッチャッ!

 グッチャッ! グッチャッ! グッチャッ!

 グッチャッ! グッチャッ! グッチャッ!


 最後のほうはもう濡れた打撃音しか聴こえなくなっていった。


(馬鹿なやつ。髪の毛をあげたからって、ここで吸わなくてもいいのに。やっぱり変態なんだな。まあ、今後は二度と会わない予定だからいいけどさ)


 そう思っていても会ってしまうから世の中は皮肉なのだが。


(それより門番のお姉さん、相当強くないか? ラブヘイアがまったく抵抗できないぞ。ちょっと見ちゃうか?)


―――――――――――――――――――――――
名前 :マキ・キシィルナ

レベル:47/60
HP :1880/1880
BP :650/650

統率:D   体力: C
知力:D   精神: C
魔力:D   攻撃: B
魅力:D   防御: C
工作:F   命中: D
隠密:F   回避: D

【覚醒値】
戦士:3/4 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:第七階級 達験たつげん級 戦士

異名:グラス・ギースの鉄壁女門番
種族:人間
属性:火
異能:鉄鋼拳、鉄壁門、我慢、根性、低級戦闘指揮、物理耐性、銃耐性、即死耐性、母性本能
―――――――――――――――――――――――


(あっ、ラブヘイアより数段強かった。やっぱり一緒に行くなら、お姉さんのほうがよかったなぁ)


 明らかにラブヘイアより強い。総合評価も、彼の上堵級より一つ上の『達験級』である。

 上堵級が一人前の中でも優れた技術を持つ武人を指し、その上の達験級は『奥義』を身につけた達人クラスの腕前であることを示す。


(『鉄鋼拳』、『鉄壁門』はユニークスキルっぽいな。身のこなしも普通じゃないし、能力値も高い。どう考えてもラブヘイアより優秀だ。まあ、あいつはあくまでハンターとしては一番強いだけであって、他にも強い武人もいるって話だったかな。じゃあ、しょうがないか)


「ふー、終わった、終わった。これですっきりしたわ」

「ラブヘイアは生きてる?」

「救護班に渡したから大丈夫よ。腕の数本が折れて、ちょっと内臓もやっちゃったから入院だろうけどね」


 腕は二本しかないはずだ。ならば二本ともイッたのだろう。

 うん、大丈夫ではない。入院だし。

 だが、変態なので仕方ない。入院すべきだと思う。主に精神科に。


「そろそろお姉さんの名前が知りたいな! 結婚するためには名前を知る必要があるんだよ! ねえ、教えてよ!」


 ↑ すでに知っている男。


「んふふ、どうしようかなぁ~」

「当ててみせようか! じゃあ、当たったら結婚してくれる?」

「あら、いいわよ! がんばって当ててみて!」

「えっとね…、『あ』からいけばいいかな。あ…あ……アイ。い、い……イエリタ……う、ウメコ…え…」

「大ヒント! 『マ』が付くかも」


 ヒントがやたらピンポイントだ!


「ま…マイ……マオ……マキ…」

「そう、マキ! 私の名前はマキよ!」

「マキさん! 素敵な名前だね!!」


 そこでマキの顔がぱっと輝く。

 だらしなく顔が緩んで、アンシュラオンを抱きしめる。


「やーん、当たっちゃったぁ~。お姉さん、君と結婚しないといけないのねぇ~。やだ、どうしましょう。毎日、エッチなことされちゃうのかなぁ~。お姉さん、困っちゃうわ」

「えへへ、結婚だよ! マキさん、約束ね! 絶対に誰にも身体を触らせちゃ駄目だよ。もうオレのものだからね!」

「ええ、わかったわ。約束するわ」

「絶対だよ! ぎゅっ!」

「はぁあ! 可愛い! ぎゅっ~~~」


 お姉さんとラブラブしてみた。

 特に意味はない。姉成分を補充したかっただけである。


「それにしても、これだけの量となるとすごい額になりそうね。何に使うの?」

「実は、この都市に生き別れになったオレの【妹】がいるんだ。ここに来たのは、その子を迎えにきたんだよ」

「あら、妹さんがいたのね。生き別れなんて…つらかったわね」

「ううん、気にしないでいいよ。もうすぐ会えるから大丈夫。ただ、今まで面倒を見てくれた人にお金を包まないといけないからね。それで狩りに行ったんだ」

「そう…苦労しているのね。何があっても私は君の味方だからね。いつでも相談してね。大人には悪いやつもいるから油断しちゃ駄目よ」

「ありがとう、マキさん! そうそう、自己紹介が遅れちゃったね。オレの名前はアンシュラオンだよ」

「アンシュラオン君……力強くて美しい名前。こんな可愛い子が私の旦那様になっちゃうのねぇ…! ああん、どうしよう!」

「マキさん、好き!」

「ああ、私もよ! ぎゅっ!」


 相変わらず『姉魅了』効果は凄まじい。

 しかし何かを強制するわけではなく、あくまで相手が勝手に悶えるだけなので、お互いにとってメリットがあるスキルなのかもしれない。

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