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「英才教育」編

109話 「サナの大物狩り その2『芽吹く才覚』」

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 ベビモアは混乱しているのか、無秩序に周囲を走り回っている。

 相手はダンプカー並みの大きさなので、それが猛スピードで走ってくるだけでも恐怖で足が竦むだろう。


「…じー。すたた」


 しかしながらサナは、向かってきたベビモアから何事もなく離れる。

 何度か突っ込んでくるも、すべて冷静にかわすことができた。

 彼女には恐怖心がない。だから「もしかしたら死ぬかもしれない」といった仮定の悪いイメージがないのだ。

 教えた通り常に腰を落として、あらゆる方向に跳躍できるように体重移動を行い、確実に回避していく。

 回避ができれば、次は攻撃だ。


「…ごそごそ」


 サナが水刃砲の術符を取り出し、発動。

 水の刃がベビモアの皮膚を切り裂く。

 相手のHPが高いゆえに与えたダメージは微々たるものだが、強い相手に術符を使うことは完全に理解しているようだ。

 そして二撃目で、ベビモアの鼻から目元にかけて切り裂いた時だ。


「ブオオッ! ブオッ!!」


 魔獣の目に、怒りの感情が宿った。

 生物が発するもっとも強い感情は―――怒り

 恐怖も強い感情ではあるが、生存本能が極限まで高まった時には、激しい怒りと闘争心を抱くものだ。死んでたまるか、という防衛本能である。

 サナを敵と認識したベビモアは、今までとは違って狙いをつけて攻撃を開始。

 後ろ足を激しく蹴り上げ、土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで突っ込んでくる。

 サナは、さっきと同じように回避―――

 するが、通り過ぎようとしたベビモアの大きな足が、地面を強く叩いた。


「…っ」


 その衝撃でサナの身体が浮き上がり、大きくバランスを崩す。

 ベビモアの『踏みつけ』攻撃だ。直接当たらなくても、こうやって地面を揺らすことで獲物の動きを封じることができる。

 そこにベビモアが旋回して再び突進。

 サナは転がって回避するものの、やはり体勢が悪い。

 立ち上がっても膝は伸びきっており、揺れる地面の上にいるので移動もままならない。


 そして、ついにベビモアの体当たりが―――サナに激突


 身長差があるためベビモアの足が蹴り飛ばした形になったが、人間はこれほど遠くに吹き飛ぶのかと思うほど長時間宙を舞い、四十メートル先の大地に叩き付けられた。

 倒れたままサナは動かない。

 これが常人ならば死亡か、全身打撲と骨折で瀕死だろう。

 が、数秒後、サナはむくりと立ち上がる。


「…ふー、ふー」


 顔が土で汚れ、まだふらついているが、その目には生命の光が宿っていた。


(耐力壁の効果は絶大だな。だが、これはサナの『判断』が間に合った結果だ)


 アンシュラオンの目は、サナが生み出した術式を見逃していない。

 彼女はよけられないと悟った瞬間、『無限盾の符』を展開しており、目には見えない『質量シールド』を展開していた。

 魔力依存であるためF程度では一撃で割られるものだが、それでも大幅にダメージを軽減することができた。それによって致命傷を避けていた。


(使い方だけは説明していたが、実戦でこうも使えるとは。頭の良い子だ。センスもある。さぁ、次はどうする? 一撃で倒せないのならば術符での攻撃も危険だぞ)


 手出しはしないと決めた以上、サナの戦いに助言はしない。

 すでに彼女には戦うための方法と、倒す手段を与えているからだ。


「…じー」


 サナは即座に自分のダメージと相手の状態を計測。

 身体は動く。問題はない。

 一方の相手のダメージは軽微。普通に術を使っても倒せない。

 なおかつ大型で突進が厄介だ。今度も同じ方法で攻撃されたら危険だ。

 ならば、先に『長所』を消す。


「…ごそごそ」


 サナが先端に大納魔射津が付いた『爆発矢』を構える。

 向かってきたベビモアに発射。

 矢は肩に当たり、五秒数える必要もなく即座に爆発。

 衝撃でベビモアがよろける。

 だが、相手が相手だ。肩の肉が少し削げた程度では倒れない。

 逆に痛みによってますます錯乱し、口から泡を吹いて全力で突進してきた。


「…ささ」


 サナは感情的になる相手の動きを見定め、冷静に回避。

 常に逃げ道を複数確保しつつ、その中からもっとも相手が攻撃しづらい場所を選択。踏みつけの効果範囲に入らないように、あえて大きく間合いを取る。

 それによってベビモアは、余計な迂回の時間を取られる。

 身体が大きいがゆえに急旋回はできないのだ。

 その間にサナは再び爆発矢の準備を済ませていた。


「…じー」


 今度は敵の足に狙いをつけ―――発射!

 相手が大きいため細かく狙う必要はない。タイミングだけ合わせればいい。

 矢はベビモアの左前足に命中し、爆発。


「ブヒィイイッ!」


 突然足に衝撃を受けたベビモアは、驚いて前屈みの状態で地面に激突。

 顔が地面に叩き付けられ、牙が土に食い込んで動けない。


「…ごそごそ、かちゃ」


 そこにサナがすかさず接近し、『リボルバーガン』を構えて発射。

 一発、二発、三発、四発、五発、六発。

 計六発の銃弾が、次々と動けなくなったベビモアの顔面に命中し、その中の一発が右目を抉り、さらに追い込んでいく。

 相手の防御は「E」なので、銃弾が通用するかは微妙なラインであったが、こうした弱い部位ならば十分攻撃が通る。


(いいぞ、サナ! 爆発矢に加えてアレも使ったか! がんばった甲斐があったぞ!)


 これは昨晩アンシュラオンが衛士の銃を改造し、リボルバータイプにして六発撃てるようにしたものだ。

 いわゆるシリンダー式のライフルの『リボルバーライフル』や『リボルビングライフル』といったものと同じである。

 機構はとても簡単。撃ったあとに手動でレバーを引けばシリンダーが回転し、次の弾がすぐに撃てるようになる。

 もともと木製の銃であり、風のジュエルを使って撃ち出す仕組みなので、改造はかなり簡単にできる。あとは使い勝手だが、サナの行動を見る限りは上手くいったようだ。

 サナは撃ち終わった銃をすぐに投げ捨て、術符を取り出す。

 そのタイミングで、ベビモアが復帰。強引に土を削って顔を引き出す。

 右目と左足を抉られたベビモアは、さらなる怒りをもってサナに向かってくる。

 だが、すでに機動力は削いでいるため、抉った目の側の死角に難なく潜り込むと、風鎌牙の術符を使って動きを封じつつ、身体中に細かい傷をつける。

 次に『雷刺電らいしでんの術符』を三枚取り出し、その傷口を狙って発動。

 鋭い雷の針が傷口に突き刺さり―――バチバチンッ!


「ブビビビビッ!?」


 痛みと同時に強いショックを与える。雷刺電の感電作用である。

 どんなに大きく強い肉体でも、神経が麻痺してしまえば動けない。

 これによって完全に動きが止まったところに、サナが接近。

 『火痰煩かたんはんの術符』を取り出すと、相手の眉間に発動。

 噴き出した炎の塊が額にまとわりつき、肉を焼いたところに、よじ登って眉間にダガーを突き立てて抉る。

 強い魔獣なので普通に刺しても刃は通りにくいが、こうやって爛れた肉ならば簡単に突き刺さる。

 ベビモアは感電からわずかに復帰。首を振ってサナを叩き落とす。

 サナも抵抗せずに飛ばされ、地面に着地。受身を取りながら距離を取る。

 しかしながら、すでに目的は達成している。


 ベビモアの額が―――爆発!


 顔面を破壊。無事だった左目が吹き飛ぶ。

 サナはダガーで抉ると同時に、相手の体内にカプセル状の大納魔射津をねじ込んでいたのだ。

 これが本来の大納魔射津の使い方なので、まったく問題はない。あの五秒は自分が退避するために必要な時間である。

 ベビモアは視力をほぼ失い、その場でひたすら暴れ回るだけの存在と化した。

 怒りと恐怖が入り混じった野生動物の暴走である。


「ブッ! ブィッッ!!」


 ベビモアの抉られた右目が、『逃げるサナ』をかすかに捉えた。

 自分を痛めつけた、この小さな存在だけは絶対に許せない。必死に追いかける。

 そして、立ち止まったサナに渾身の体当たり。

 攻撃は見事命中。牙がサナを貫いた。

 してやった! 殺してやった! ベビモアは歓喜に打ち震える。


 が、直後サナが―――消える


 煙で出来ていたように霧散。何も残らない。

 ベビモアは意味がわからず、ただただ混乱している。

 そこに―――激痛

 身体中に雷の針が突き刺さり、再度感電。今度は後ろ足が動かなくなる。

 背後には、『本物のサナ』がいた。

 ベビモアの額が爆発した時には、すでに分身符を起動しており、自身は背後に隠れて分身体だけを目立つように走らせたのだ。

 抉られた右目の歪んだ視界では、それが本物であるかはわからない。そもそも魔獣の知能では見破ることはできなかっただろう。


「…じー」


 サナの目が、冷静にベビモアの状態を把握。

 目が見えず、足も動かない魔獣は、もはや単なる動物と同じ。爆発で鼻も破損しているので嗅覚もあてにならないはずだ。

 離れた位置から術符と爆発矢を使い、確実にダメージを与えていく。


 完全に―――場を制した


 この戦場いくさばは、もはやサナのものだ。

 『戦術の檻』に入れられた段階で、彼の運命は決まっていたといえる。


「ブビッ……ビッ……っ」


 そして、ついにはバターンと横に倒れ、そのまま動かなくなった。

 しばらく様子を見ても変化はない。完全に死に絶えたようだ。

 その間もサナは油断せず、常に武器を構えながら後ろに下がる準備もしていた。

 完全な勝利であった。


「やったな、サナ!!」


 アンシュラオンがサナに駆け寄り、力一杯抱きしめる。


「…こくり、ぐっ」


 サナも勝利に喜ぶが―――


「サナ、左腕の骨にヒビが入っているぞ」

「…?」

「最初に跳ね飛ばされた時だな。痛くないのか? ここだよ、ここ」

「…こくり。…じー、さわさわ」


 指摘された腕を不思議そうに触っている。違和感はあるらしい。

 もしこれが普通の子供ならば、痛みで泣き叫ぶところだ。我慢強い大人だって顔をしかめるだろう。


(そうか。痛みすら理解できないのか。これも戦闘には好都合だが、いつか痛みを知る日がやってくるのかもしれない。その時のためにいろいろと教えておかないとな。それもオレの役割だ)


「ごめんな、お前に痛みを与えるお兄ちゃんを許してくれ」

「…? こくり」


 傷を癒して地面に下ろすが、サナはへたっと座り込んでしまった。

 終始優勢に進めたとはいえ相手は強敵。死ぬかもしれない真剣勝負だったのだ。疲労も訓練とは段違いである。


「これが真剣勝負の空気だよ。今のうちから、この感覚に慣れておくんだ。そのうちこれが当たり前になっていくからね」

「…こくり」

「戦い方はとてもよかったぞ! 自分ができることをすべてやっていたな! サナ、お前はすごい子だ! この歳で根絶級を倒せるハンターは少ないはずだ! 誇っていいぞ!」


 サナを優しく撫でる。

 彼女はアンシュラオンが教えたことを見事に実践した。

 機動力が高く、圧力の強い相手には正面から戦わず、隙を見て術符や爆弾矢で相手の長所を削り、時には銃を使って道具の消耗を避けつつ怒らせ、さらに状況を有利にして、頃合と見るや一気に勝負を決めにいった。

 術符の使い方も、どれも効果的だった。分身符を使った時などは見ているほうが驚いたものだ。


「サナは『天才』だ。間違いない!」


 アンシュラオンが言ったことは、けっして贔屓目ではない。

 いくら優れた道具があっても、普通のハンターでは根絶級魔獣を倒すことは難しい。

 それはまさにブルーハンターの領域。ラブヘイアでさえも安全を重視し、何日もかけてじっくり削って倒すような相手である。

 それをすでにサナは単独で倒しているのだ。褒めていい。誇っていい。


(すごい! 才覚は思った以上だ! 言われたことを素直にやるから成長が早いんだろうな。可愛い、可愛い、可愛い!)


 サナに頬ずりしながら、その才能の高さを感じ取る。

 彼女の長所は、何も経験が無いがゆえに教えたことを全部吸収するので、教える側が強ければ強いほど、サナも強くなっていく点だ。

 アンシュラオンとしても、教えたことをちゃんとやるので可愛く思える。誰だって反発しない教え子は可愛いものだ。その最上級の存在がサナなのである。


「残りの時間は軽い走りと格闘の練習にあてよう。何の道具もないときのために素手でも戦えるようにしないとな。剣士だって、あの魔剣士のおっさんみたいに格闘を使えれば有利に立てるんだぞ。ちゃんと集中できたら、あとでケーキをあげるからな」

「…こくり!!」


 修練はそこそこに、子供らしく水場で石を投げたり、シャボン玉を作って遊んだりと、強敵を倒した余韻を楽しむことを重視した。

 美しい夕焼けを堪能したあとは、ベビモアの肉を試食してみた。

 脂身が多いが、よく火を通せば全体的に良質だとわかったため、今後も食材として使えそうだ。

 ご褒美用のケーキも食し、命気風呂に入ったサナは、終始ご機嫌で眠りについたのであった。


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