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「英才教育」編

112話 「カジノに行くよ その1『カジノの内情』」

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 ハピナ・ラッソは、ハピ・クジュネを模倣した中継都市の一つで、ハビナ・ザマ同様に交易消費都市の側面が強い。

 ただし、ハビナ・ザマが普通の観光に力を入れているのとは違い、ハピナ・ラッソでは娯楽施設そのものに力を入れている。

 商店街を含む表通りは、家族連れでも普通に楽しめる遊楽施設が並ぶが、裏通りに入ると少しずつ雰囲気が怪しくなっていき、歩く人々の気配も変わっていく。

 誰もが訳ありの顔をしており、自堕落で退廃的な様相になっていくのだ。


(いい空気だ。スレイブ館に近い気配だな。こういう場所は落ち着くよ)


 夕食を終えたアンシュラオンはロリコンたちと別れて、その裏通りに入っていた。

 目的地は―――『カジノ』

 ジョイに「ギャングが仕切っているから行かないほうがいい」と忠告されていた場所だ。

 だが、行くなと言われると行きたくなるものである。表の観光地は見飽きたので、サナの教育のためにも見せておきたいと考えていた。


(人間は清濁併せ持つから面白い。綺麗な表面おもてづらの裏側は真っ黒な人間なんて、そこらじゅうに山ほどいる。それに騙され、物事を見た目通りに鵜呑みする馬鹿では世の中を生きてはいけない。闇を知るからこそ光を知ることができるんだ)


 賭場の近くには、怪しいバーや風俗店も同時に存在するものだ。客引きをしている商売女もちらほら見える。

 そんな裏路地を、とても楽しそうに二人の子供が歩いていれば目立つものである。

 しかし、アンシュラオンから放たれる気配が明らかに表側のものではないこともあり、今のところ誰からも声をかけられていない。

 蛇の道は蛇。スレイブ館のモヒカンのように、裏の人間は同類がわかるのだ。


(ええと、たしかここを真っ直ぐ行けばあるんだっけ? おっと、あれかな?)


 裏通りの大きな一画に、夜にもかかわらず強い光を放っている建物が存在した。

 思っていたより大きく、ハローワークの施設に引けを取らないレベルだ。

 その外観は高級ホテルのようだった。外灯に使われる幾多のジュエルでネオンが作られており、看板が定期的に点滅しては、夜の闇の中で存在感を激しく主張している。

 入り口の大きな鋼鉄製の扉の前には、スーツを着た筋骨隆々の中年男性が二人立っている。警備の人間なのだろうが、その雰囲気から『武人』であることがわかる。

 アンシュラオンが近寄っていくと、少し驚いた顔をしつつ呼び止めてきた。


「申し訳ありません。招待状はお持ちですか?」

「そんなのがいるの?」

「未成年者の場合、そういう決まりになっております」

「オレはとっくに成人してるんだけどなぁ。この子はまだ子供だけどね」

「証明できるものはございますか?」

「グラス・ギースの市民証でいいかな?」

「けっこうです」


 アンシュラオンが中級市民証を手渡す。

 特に年齢は書いていないが、市民証を持っている段階で身分は証明されるし、それだけの財力を持っていることを示すことにもなる。

 ハンター証でもよかったのだろうが、ここはあえて市民証にしてみた。


(ホワイトハンターだと知られると面倒だ。ロリコンはともかく、ジョイさんとかは驚いていたしね。目立つと利用しようとする連中が群がるからな。いちいち排除するのにも時間を取られる)


 グラス・ギースを離れた以上、市民証はあまり意味がない。こういうときに遠慮なく使うべきだろう。

 男は術具らしきものを使って磁気のチェックを行っていた。本物を見分けるための道具があるらしい。

 また、他人から奪った可能性もあるため、当人の生体磁気も一緒に確認しているようだ。


「確認させていただきました。どうぞお通りください」

「この子も一緒でいい?」

「大丈夫です」

「子供もたまに来るの?」

「保護者同伴ならば問題ありません。ただし、トラブルがあっても当店は責任を負いかねますので、そこはご了承ください」

「ボンボンが親に連れられてやってくることもあるか。注意事項はある?」

「暴力行為や、言いがかり等の脅迫行為がなければ、あとはゲームのルールに従う限り問題はございません。フロントに案内人がおりますので、何かご質問があれば、そこでご確認ください」

「暴れたら怖いお兄さんたちが来るわけね。武人が暴れた場合でも対応できるの?」

「我々にもそれなりの備えがございます。たとえカジノから逃げられても、街から逃げることはできません。お客様ならば大丈夫だと思いますが、くれぐれも短気を起こされないようにしていただけると、こちらも助かります」

「うん、わかったよ。ありがとう」


(やっぱり裏側には暴力組織がいそうだな。このおじさんはレッドハンター級だけど、裏にはもっと強いやつがいるってことだろう。街全体がギャング団の影響下にあるらしいし、変なことをしたら街ぐるみで捕まえにくるんだろうな)


 表面上はハビナ・ザマと大差ないが、平和的な商業組合が支配していたあの街と違い、こちらは暴力を生業にしている連中が支配しているのが大きな違いだ。

 さきほど見かけた夜の店も、ロリコンが泊まっているホテルも、おそらくは彼らの手の内にある。

 国家がなく、法律が存在しない都市や街では、そこの支配者がルールを決めるものだ。あくまで彼らの都合が良いように、であるが。


「では、楽しい夜を。幸運をお祈りいたしております」


 扉を開けてもらって、中に入る。

 入り口のロビーは明るく、壁を含めた至る所に、あからさまな金色の装飾品が目立つ。それによって人々の金銭欲を刺激しているのだろう。

 床には真っ赤な絨毯が敷かれており、中央左側はバーやレストランになっているようで、多くの人間で賑わっていた。

 その右側に受付があったので、さっそく行ってみる。


「初めてなんだけど、ここのやり方を教えてもらえるかな?」

「いらっしゃいませ。当店では現金をコインに換えて、中でさまざまなゲームを楽しんでいただくことができます。再び現金に換金する際も、ここの受付で承っております」

「コインのレートは?」

「コインには三種類ありまして、銅コインが一枚千円、銀コインが一枚一万円、金コインが十万円となっております」

「ゲームでかけられるコインの数には制限がある?」

「一般的なゲームに関しては天井がありますが、ディーラーとお客様双方の了承があれば、交渉次第で制限を解除することができます。各種ゲームのルールに関しましては別途説明役がおりますので、その都度お尋ねください」

「ありがとう。じゃあ、金コインを百枚ちょうだい」


 アンシュラオンがポケット倉庫から、一千万を軽く出す。

 受付の男はプロなので態度はまったく変わらなかったが、実際は少しだけ驚いた様子がうかがえた。優れた洞察力がないとわからない小さな変化である。


「かしこまりました。では、会員証をお作りいたします。コインの枚数は会員証に記録されますので、紛失しないようにお気をつけください」


 男から会員証と、金コインが百枚入ったカジノ専用のコインケースを受け取る。

 ちなみに会員証は金色の豪華なカードだった。この会員証にもランクがあり、出した金額が大きかったこともあって最初から最上位のゴールドカードであった。


「オレは安い勝負はしない主義なんだ。一番レートの高いフロアに連れていってもらえるかな」

「かしこまりました。お客様のご案内をよろしくお願いします」

「どうぞこちらへ」


 やや胸元が開いた扇情的なスーツを着た綺麗なお姉さんが、笑顔でアンシュラオンたちを案内してくれる。

 階段を上がり、二階へ。さらに上がって三階へ。

 薄暗い中でもそこが他の階よりも豪華な造りになっていることがわかる。どうやら三階は、より高額な勝負ができる特別フロアのようだ。


「こちらでは金コインのみが使用できます。お食事、お飲み物はすべて無料です」

「サナ、何か飲むか?」

「…こくり」

「この子にジュースをお願い」

「かしこまりました」


 運ばれてきたジュースも露店で売っているものとは違い、一目で濃度が高いものだとわかる。果汁百パーセントだ。

 サナがジュースを飲んでいる間、アンシュラオンは周囲を観察。


(客はそれなりに入っているな。比較的静かだが、強い熱気がこもっている)


 客層は、やはり裕福な者が多いようだ。

 商人風の男や、身分が高そうな身なりの良い男、たまに女性もいるが総じて派手である。

 ただし、すべてがそうした金持ちばかりではない。


「あああああああああああ! 人生、オワタ!!」

「お客様、どうされましたか?」

「嘘だ、うそだ!! こんなの嘘だよおお! ねえ、現実じゃないよね? これ、夢だよね?」

「他のお客様の邪魔になりますので、どうぞこちらへ」

「こんなのイカサマだ!! ありえない! いやっほおおおおおお! 夢だ、夢なんだ!! 俺様、サイキョー! いーーっひっひっひ!! うおおおおーーん!」


 気が狂ったかのように大声を出して泣き崩れた男が、係員に運ばれていく。

 変なテンションになって現実逃避しているようだが、全財産を失った事実は変わらない。現実は残酷なものである。

 それからも「勝った! やった!」という台詞や、「ちくしょおおおおおおお!」と某芸人に似た怒声や悲鳴が上がっている。


(カジノに来るのは、金持ちだけではないか。そりゃそうだな。競馬に全財産かけるやつだっているくらいだ。どこの世界も賭場はこんなもんか。負けた人間は哀れだな)


 そんな敗者は放っておき、ゲームの様子を観察する。


(ゲームは主に、カードとダイスとルーレットの三種類のようだ。ルールは地球のものに近いかな? 思えば、オレのほかに地球からの転生者がいてもおかしくはない。そうした連中が流行らせた可能性もあるか。さて、まずは軽くやってみるとしよう。最初は無難にカードでいくか)


 アンシュラオンは、カードの台に向かう。

 カードはいわゆる『バカラ』に似たルールで、ディーラー(バンカー)ともう一人の相手役(プレイヤー)が勝負しているので、そのどちらが勝つかを当てる単純なものだ。


「賭けてもいい? やり方を訊いてもいいかな?」

「いらっしゃいませ。賭け金は、一度の勝負で金コイン十枚までとなっております。配当はバンカーが0.9倍、プレイヤーが等倍です」

「十枚だから百万円が最高額か。じゃあ、バンカーに十枚」

「俺もバンカーに一枚!」

「わしはプレイヤーに三枚じゃな」


 アンシュラオンが景気良く賭けたせいか、他の人間もこぞって賭け始める。

 結果は、バンカーの勝ち。

 アンシュラオンには金コインが九枚配当され、賭けた十枚も戻ってくるので、この一回で九十万稼いだことになる。

 それから何度か勝ったり負けたりを繰り返し、結果は金コイン五枚のマイナスになった。五十万の損失だ。

 だが、そんなことはまったく気にせず、サナに新しいジュースを注文してから新しい台に向かう。


「次はダイスを見てみようか」

「…こくり」


 続いてダイスの台。

 こちらは時代劇で見る『丁半博打』とまったく同じで、ケースの中に入れたダイスの目の和が、奇数か偶数かを当てるものだ。

 こちらも適当に賭けて、結果はマイナス十枚。百万円の損失だ。


「ふーん、こんなもんか。最後はルーレットかな」


 こちらも普通のカジノのルーレットと大差はない。

 各エリアごとの倍率を考慮しながら賭けていくもので、当たりやすいほど倍率が下がっていく仕組みだ。

 こちらでも十枚マイナスとなり、三ゲーム合わせて二十五枚失った。

 【計250万の損失】である。


「今日はこんなもんでいいかな。サナも眠そうだしね」

「…うつらうつら」


 サナがおねむ一直線だったので、今日はここで終わりにした。

 一階に戻り、受付に行く。


「明日も来るから、コインはこのまま預かってもらえるかな?」

「かしこまりました。またのご来店をお待ちしております」


 男やお姉さんたちに見送られてアンシュラオンがカジノを出ると、帰り際に入り口の男に話しかけられた。


「どうでした?」

「今日は負けちゃったね。運がなかったよ」

「それは残念です」

「カジノなんて、そんなもんだよね。でも、楽しいから明日も来るね」

「お気をつけてお帰りください」

「ありがとう。バイバイ」


 特に寄り道もせず、ホテルにまで戻る。

 帰り道では、財産を失って途方に暮れる者を何人も見かけた。カジノで一攫千金を夢見て敗れた敗者たちの末路である。

 二百五十万も負けたのだから、自分も敗者の一人といえるかもしれない。

 が、アンシュラオンは笑っていた。


(カジノか。なかなか面白い場所じゃないか。それなりに仕組みも理解したし、明日から楽しむとしようか)


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