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「海賊たちの凱歌」編

148話 「ア・バンド殲滅戦 その1『激震の狼煙』」

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「はー、はぁ…!」


(手ごたえはあったわ! 今のは致命傷のはず!)


 紅蓮裂火撃は、建物を破壊する際に使った『赤覇・烈火塵拳』の連撃バージョンであり、トータルダメージはほぼ同じだ。

 その大半の攻撃が直撃したのだから、ただで済むはずがない。


「っ…がっ……はっ……ごばっ…」


 壁に叩きつけられたハプリマンの身体は、爆発の衝撃でいくつも破損しており、重度の火傷で焼け焦げて炭化している部分もあった。

 これでも防御の戦気を展開していたことを考えると凄まじい威力だ。それを貫いてここまでのダメージを与えている。

 自慢の悪戯猫シリーズも完全に破壊され、ただ呼吸しているだけの瀕死の状態といえる。普通に考えて戦闘不能だろう。


(あいつはもう戦えない。でも、まだ敵は山ほどいる!)


 ハプリマンを倒せば、次の相手は部下になるだろう。

 マキは敵の増援が来ると身構える。

 がしかし、クラッカーたちは少し離れた位置でマキを注視しながらも、その意識はハプリマンに向いていた。

 こちらに襲いかかってくる様子はない。


(どういうこと? どうして来ないの? まさか―――)


 マキがハプリマンに視線を戻すと、すでに彼は立ち上がっていた。


「げぼっ…おえええ……ごぼっ!!」


 そして何度か血を吐き出すのだが、その色が徐々に赤から紫に変化していく。

 あたりに刺激臭が立ち込め、身体にも異常が発生。

 欠損部分が強制的に腱や筋肉によって補強され、焼け焦げた部分も妙なてかりのある皮膚が生まれて再生していく。

 よくよく見れば、彼の身体の至る所は継ぎはぎのパーツのように色や大きさも違う歪な形をしていた。コートに隠れていたので気づかなかっただけで、最初からこうだったのだ。


「これだけじゃ足りない…か。しょうがない。苦いんだよなぁ、あれ」


 ハプリマンが、自分の胸に指を突き入れてごそごそまさぐると、そこから何枚かの術符を取り出す。

 この術符に込められているのは単なる空間術式であり、簡易版ポケット倉庫の効果しかない。

 取り出した中身は、やたらと赤い液体が入った瓶。

 それを一気に飲み干すと激しく痙攣を始める。

 体表から大量の蒸気が噴き出し、新たに生まれた筋肉によって体格も今までよりもがっしりとしたものに変わっていく。

 そのたびに血を吐き出すのだが、色合いが毎度異なるのも奇妙であった。


「なに…あれ?」


 あまりの異様な光景にマキも困惑を隠せない。

 そうこうしている間にハプリマンの肉体が復活。

 殴られた時に飛び出た目玉を押し込みながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「よぉ、よくもやってくれたな。お気に入りの猫シリーズをバラバラにしやがって。新調するのにかなりの金がかかるんだぞ。だがまあ、お前にはそれだけの価値があるってことだ。そう思えば心も休まる」

「…何をしたの?」

「俺はお前みたいに強い身体も強い技もない。さっきやったようにコソコソ隠れながら攻撃するだけの器の小さい武人さ。それでも一つだけ長所があってな。それがこの力さ。散々毒を飲まされ続けた結果、特殊な抗体が生まれて毒をエネルギーにすることができるようになった。ほんと、監獄での人体実験ってのも案外悪くない」


 ハプリマンのユニークスキル『毒吸収限界突破』と『毒素能力転化』。

 通常の『毒吸収』スキルはそこまで珍しいものではないが、あくまで当人のHPの限界値までしか回復できない。

 が、これらのスキルでは上限を超えて上昇し続け、それに伴って能力値が強化されていく。

 効果は一時的なものかつ、一度に大量の毒を摂取するとしばらく障害が残ってしまうものの、こうやって体内に自ら毒を仕込んでおくことでピンチの時に急速回復が可能になる。

 さきほど吐いていた血の色が変わったのは、胃袋や骨髄に仕込んでいた毒袋が破れて中身が染み出したからだ。それだけ多くの薬物を摂取したことを意味している。


「じゃあ、続きをやろうか」

「まさか、まだやるつもりなの!?」

「当然だろう? これで終わるとでも思っていたのか? 俺をここまで追い詰めたやつは久々だ。捕まった時と王様に出会った時以来だよ。まあ、イキったものの王様には秒で潰されたけどなぁ。はははは!」


 続いて術符から大型の篭手を取り出して両手に装着。

 悪戯猫シリーズの手袋状のものとは違い、サメの頭部を模した不思議なデザインをしている。


「これからはキツくいくぞ! 多少花びらが散っても我慢することにしたからなぁ!」


 頭部にあいた穴から発砲。高速で無数の弾丸が飛んでいく。

 マキは回避しながら両手をクロスさせて防御。

 だが、弾丸は戦気を一部貫いて篭手を削っていく。


(これは…! 普通の弾丸じゃないわ!)


 術具、『ジャークガンヘッド〈血溜まりの海鮫うみざめ〉』。

 特徴的な頭部から発せられるのは『魔力弾』であり、術式での攻撃のために防御を無視する。

 それ以上の戦気で覆えば防ぐことは可能だが、そこらの防具ならば簡単に穴だらけにすることができる凶悪な武装だ。

 スーサンが持っている銃を小型化して、威力を落とした代わりに手数を増やしたタイプだと思えばいいだろう。

 術式武具の製造は現代の技術力では非常に難しく、アズ・アクスといった一部の上級鍛冶師と優秀な錬金術師のセットがそろって初めて成立する希少性の高いものだ。

 しかも、このような魔力弾を生み出すものに関しては、さらに難しい技術が必要になるため、これも遺跡から発掘されたかつての文明の武器であると思われた。


(身体が重い…鉛のようだわ! さっきの攻撃で無理をしすぎたわね)


 こうなるとマキは、できるだけ防御せずに回避を選択するしかないが、動きが悪くて弾をすべてよけきれない。

 誤算だったのは、ハプリマンの特殊能力を知らなかった点だ。

 予定では、これから他の敵を相手にしながら少しずつ回復を図るつもりだったのだが、強敵のハプリマンがまだ戦えるのならば話は変わってくる。

 奥の手は最後まで取っておく。これも戦いの基本であった。


「踊れ踊れ踊れ!! 俺を踊らそうとした罰だよなぁああ!!」


 やはり彼の攻撃の質は飛び抜けており、的確に行動を予測して当ててくるのがいやらしい。

 しかもこの術具の長所は、近接戦にも対応できる点である。

 マキが防御のために動きを止めると、今度は急接近。

 コートを失ったので今までのように消えることはできないが、その一方で身体能力はかなり向上しているため、動きが鈍ったマキを捉えるのは容易であった。

 腕を突き出し―――ガブリッ!

 マキは咄嗟に篭手でガードしたものの、開いた頭部のギザギザの牙ががっしりと食いついていた。


「なっ…噛みついた!?」

「こいつに噛まれると痛いぞぉ。傷口がぐちゃぐちゃになって血が止まらなくなるのさ!」

「くっ、離しなさい!」


 マキがハプリマンごと強引に振り回すが、その咬合力はかなりのもので簡単には離れない。

 さらに腕はもう一本ある。

 左手の海鮫がマキの肩に噛みついて、引きちぎる!

 抉られた箇所にはギザギザの傷跡が残り、そこからドバドバと出血。


「ぐぅっ…調子に乗るな!!」


 マキはハプリマンの腕を掴んで床に叩きつける。

 が、ビシビシと大きな亀裂が入った。


「いいのか? 床が抜けるぞ?」

「あっ…!」

「それがお前の甘さだなぁ!」


 その一瞬の躊躇の間に、ハプリマンが蹴り。

 たいして強い蹴りではなかったが、足裏には術符があり、マキの腹にぽんっと貼り付ける。


「しまっ―――」


 雷貫惇の術式が発動。

 雷撃が迸り、マキの腹を貫通。

 筋肉が焼き爛れ、臓器にまでダメージを負ってしまった。

 そこに海鮫の牙が食いついて、さらに噛みちぎる!!


「きゃはっ!!」

「はは、初めて花っぽい声を出したなぁああ!! 興奮するねぇえええ!! いい、イイネ!! それがイイ!! もっと俺に浴びせてくれよな! ぴちゃぴちゃごっくんってよおお!」


 マキの腹からドバドバと血が流れ出す。

 肉体操作と練気でかろうじて大量出血は防いでいるが、相手も剣気を常に牙にまとわせているため、その破壊力は見た目以上だ。

 肉体が傷ついて体力も低下し、徐々に血が抜けて意識が朦朧とする。

 が、なんとか踏みとどまり、気合を入れて戦気を練り出す。


「この変態がぁあああああああああ!!」


 ハプリマンの腹に、お返しとばかりに全力の一撃が叩き込まれる。

 ぶちぶちと筋肉が断裂する音が響き、肋骨がへし折れ、臓器が破壊される。

 続いて二撃目。

 顔面に渾身の拳を繰り出す。

 ハプリマンは身体を捻って回避するも、掠った耳が砕かれて吹き飛ぶ。

 これではたまらないと自分から海鮫の噛みつきを解除し、緊急回避して距離を取った。

 が、笑いながら海鮫の牙に付いたマキの血を舐めている。


「いい蜜の味だ。興奮するぞ! あはははは!! もっとこい!! その分だけまた噛みついてやるからなぁああ! シャーーッ!!」


 海鮫の歯をガチガチさせて「噛みつくぞ」のポーズを取る。

 相変わらずの変態っぷりだが、相手は毒を吸収しているのでまだ余力があり、特段説明はされていないが牙にも毒が塗られている。

 これを防げているのは『坐苦曼ざくまん』のおかげだ。

 小百合が買った坐苦曼は四つ。二つは最初の日に使い、一つは先日の戦いで使い、最後の一個はハプリマンが近づいてきた今さっき服用した。

 戦いが長引けば、もう薬物を中和することはできない。マキのほうもギリギリの状態であるのは事実だ。


「どうした? 明らかに疲弊しているな。だが、回復の時間は与えないぞぉ!」


 すでに力を使い果たしたマキは、ハプリマンの攻撃に防戦一方になる。

 魔力弾で撃たれて傷を負わされ、その間に噛みつかれて血を流すを繰り返す。

 どんなに耐久力があっても、いつかは限界がやってくるものだ。

 徐々に視界が霞んでいき、ハプリマンの姿が二重に見えてきた。


(まずい…これはかなり危険な状況ね。呼吸が苦しい。練気をしても、それ以上にダメージと消耗が続いていく。このままじゃ…アンシュラオン君に会う前に倒れちゃう…)


「もう終わりだなぁ! このまま血を奪って気絶させてやるさ!」


 ハプリマンが勝負を仕掛けてきた。

 ただし、またカウンターをくらう可能性があるので、大胆な攻撃ながらも常に背後に逃げられるように慎重に攻めてくる。

 こうなれば、あとは時間の問題だ。

 こちらは幾多のハンデを背負いながらの戦いとはいえ、やはりハプリマンは強かった。互いに条件が同じだったならば勝てたかもしれないが、それも言い訳にしかならない。

 だが、負けるわけにはいかない。負ければ終わりだ。


(負けない…私は負けない! せめて一瞬だけ隙が作れれば…! 何かで気を逸らせれば!)


 奇策を持たないマキができることは、耐えながら最後の一撃にかけることだけだ。

 他は捨てて、右手だけに力のすべてを集めてチャンスをうかがう。

 しかしながら相手は慎重だ。次はミスを犯さないだろう。これは本当にピンチである。

 その時であった。


 街が―――揺れる


 地震が起き、廃墟全体が唸りを上げ、上下左右に激しく揺れ動く。

 そして、遠くから何かが迫ってくる音がした。

 振動はどんどん強くなり、それに伴って破壊音も大きくなっていく。


「ハプリマンさん、街が!!」


 建物の屋上で見張りをしていた部下が叫ぶ。


「ちっ、せっかくいい気持ちなんだ! 邪魔をするなと―――」


 と、ハプリマンは苛立つが、無視できない状況が襲ってくる。

 押し寄せた【大量の土砂】が廃墟の街の建物すべてを呑み込み、押し倒しながらこちらに向かってくるではないか。

 その速度はゆっくりではなく、一瞬にして街を蹂躙する。

 ハプリマンも思わず防御の戦気でガードを固めてしまうほど、圧倒的な力の奔流であった。

 が、土砂は眼前まで迫ったものの、そこで突如として左右に弾け、ハプリマンたちがいる場所だけを残して散っていった。


「な、なんだこれは…!? どうなっている!」


 ハプリマンが驚くのも無理はない。

 目の前の光景は、まさに震災後の倒壊した街そのもの。

 高い建物はすべて倒れ、家屋は完全に土砂に埋まってしまっていた。

 これがわずか数秒の間に起こったことなのだから、混乱して当然だろう。


「ハプリマンさん!!」

「次は何だ!!」

「敵です!」

「敵…だと? まさか…!」


 慌てて階段の方向を見ると、次々と甲冑を身にまとった兵が突入してくるではないか。

 それを指揮していたのは、青い甲冑を着たシンテツであった。


「賊を討伐しろ!! 相手は袋のネズミだ! 一人たりとも逃すなよ!」

「ちっ!! あの鎧、ハピ・クジュネ軍か! 馬鹿が! のこのこやってきたのはお前らのほうだ! やっちまえ!」


 それに気づいたクラッカーたちも、次々と降りてきて交戦を開始する。

 場は一気に混乱に陥り、至るところで剣撃の音と怒号が響き渡る。


(ああ、間に合った…のね)


 マキはこの時、確信した。

 アンシュラオンが来てくれたのだと。

 そして、自分がやってきたことが無駄にはならなかったのだと。


「邪魔をするなああああああ!!」

「ぐぁっ!」


 ハプリマンが銃を乱射し、突入してきた海兵たちを蹴散らす。

 だが、ここにいるのは屈強な海の兵士。その中でも精鋭が交じっているため、ハプリマンの攻撃でも簡単にはやられない。

 盾を持った兵が被弾しながらも銃弾に耐える。


「大将首だ! もらったぞ!」


 その間にシンテツが、シミターでハプリマンを狙う。

 ハプリマンは海鮫でガードしつつ蹴りを放つ。

 シンテツは回避するが、足から出てきた刃が甲冑を抉る。どうやら身体中にいろいろと武器を仕込んでいるようだ。


「むっ…この臭い、毒か!」


 毒を吸収したハプリマンは、その全身が毒に溢れている。

 少しでも触れれば、良くて昏倒、悪くてそのまま死亡するだろう。


「雑魚が!! 俺の楽しい時間を邪魔するなよぉおお! 今が一番ハイになってんだからよぉおお!! ざけんな! ざけんな!! ふざけんなぁあああ!!」

「なんだこの男は…イカれているのか?」

「下がって! そいつには毒があるわ!」


 この一瞬の隙をマキは見逃さない。

 殴りつけて押し倒すと、力を振り絞った一撃を見舞う。

 ハプリマンの顔面がひしゃげ、回復しかけていた頬骨もへし折れると同時に、床が砕ける。

 さきほどの大きな地震と土砂によって、地盤に亀裂が入っていたようだ。

 今度こそ完全に崩落を始める。


「キシィルナ!!」

「あなたたちは他の敵を! こいつは私が始末する!」

「っ…」


 そう言うと、マキとハプリマンは地下に落ちていく。

 彼女の目に宿った気迫を感じ取り、シンテツは動けなかった。


「シンテツ様、どうしますか!?」

「…追う必要はない。どのみち逃げ道は塞いである。あの女が幹部クラスを引き付けているのならば、我々の仕事もやりやすい。敵は多いぞ! 一つでも多く首級を挙げろ! それが主への手土産となる!!」

「了解しました。声を出せ! 敵を追い詰めろ! 我らの力を見せつけてやれ!!」

「おおおおおおおお!」


 シンテツは周囲を見回す。

 この付近の建物が破壊されていることから、マキたちがいかに激しく戦ったのかがよくわかる。

 それ以上に、この街に起こったことが何よりも怖ろしい。


(まさか…これをあの男がやったのか? 街一つを一人の人間が簡単に落とすとは…もしかしたら、とんでもないやつを引き入れてしまったのかもしれぬな)


 これが狼煙。

 ア・バンド殲滅戦の開始であった。


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