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『翠清山の激闘』編

206話 「アイラとユキネ その2『ユキネの性癖』」

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「あなたから見て、私は合格かしら?」


 ライムグリーンの髪の毛が、成熟した女性の香りとともにふわりと舞う。

 黄色おうしょくの健康的な肌に、綺麗な形の豊満なバスト。

 身体付きは武人らしく締まっていながらも、戦士ではない分だけマキより若干ふんわりしていて、触れると十二分の柔らかさを感じさせる。

 顔はすらっとしていながらも輪郭はやや丸く、目元が少し垂れた日本人らしい美人だ。


(ユキネという名前からしても日本人らしさがある。やっぱり名は体を表すのかな。オレも元日本人のせいか、近くにいる人は日本風の女性が多いからね)


 マキと小百合も、どこか日本を感じさせる雰囲気を持っている。何よりサナ自体が一番日本人らしい。

 あるいは自分が元日本人だからこそ、そういう女性を引き寄せてしまうのかもしれない。


「ねぇ、どうかしら?」

「もちろん合格だよ。武人としても優秀そうだし、女性としても魅力的だ」

「本当? 嬉しいわ」

「ユキネさんは、オレの妻になりたいの?」

「私だって女だもの。強い男性には惹かれるわ。べつに妻じゃなくてもいいのよ。妾でも愛人でも使用人でもかまわないわ。あなたの傍に置いてくれれば何でもいいの」

「どうしてオレなの?」

「初めて見た時から少しおかしいの。あなたのことを思い出すたびに身体が熱いし、胸がキュンキュンして収まらないのよ。まるで十代の頃に戻ったみたい」

「アイラみたいにお金目当てかと思ったよ」

「それもあるけど…仕方ないわ。女は不安になる生き物ですもの。でも、あなたはそういうところも、しっかりわかっているのでしょう?」

「そうだね。世の中で不倫や浮気があるのは、女性を満足させないからだ。女性ってのは世界で一番欲張りでワガママで、いつだって自分を一番に見て欲しいし、愛して欲しいと思っている生き物だもんね。溺れるほど愛してあげないと、するっと逃げちゃう。だから愛らしいんだ」

「やっぱりあなたは素敵ね。私のことも愛してくれる?」

「この肌の感触と匂いは…処女かな?」

「うふふ、そんなこともわかるのね。お客さんに誘われることは多いけど、座長が守ってくれているから、今までそういった経験はないのよ。どう? こう見えても身持ちが固いでしょ」

「そのわりに積極的にアピールしてくるね」

「もうこんな歳ですもの。いい人を見つけたら、ちょっとくらいは必死になるわ」

「一座のほうはいいの?」

「恩義はあるけど…今までの謝礼を払って抜ける子もいるわね。座長はべつにいらないって言うけれど、やっぱりケジメとして必要ですものね。代わりの子も見つけないといけないから、その資金でもあるわ」

「なんだかスレイブに似ているね。つまりはオレに買い取ってほしいってことだよね? いくらくらい?」

「私だと一千万くらいかしら。アイラだと二百万だと思うわ」

「安すぎるね。世の中の相場に文句を言ってやりたいくらいだ。ただ、アイラはべつにいらないかな」

「そう? かなり気に入ったように見えたけど。年下は駄目?」

「うーん、妻としては無理だけど、サナの遊び相手としてはいいのかもしれないな…」


 今もアイラは、サナと一緒になって砂遊びをしていた。

 精神年齢が近いせいか、くだらない遊びにも本気だし、感情豊かで喜怒哀楽が激しいのでサナとは正反対だ。


(正反対…か。サナにとって、これ以上の『教材』はない。その一点だけでも価値がある。それにサナが話せないことを知っても、特に疑問に感じることもなく、理由も訊かないで普通に接している。何も考えていないだけなんだろうが…)


「サナのためなら…アイラが一緒でも悪くないかな。たかだか二百万だし、失敗しても安いもんだ」

「そうしてくれると嬉しいわ。あの子を残しておくのは不安だもの」

「買ったら全部をオレのものにしちゃうけど、いいの?」

「手を握ってもらえる? 両手で私の両手首を押さえるようにしてみて」

「…こう?」

「そ、そうよ。いい感じ。これから私が抵抗するから、それを力ずくで押さえ込んでくれればいいわ」

「…? よくわからないけど、こうかな?」

「…んっ! んんんんっ! はぁはぁ、んーーー! す、すごい…全然手が動かない…!」

「押さえつけているからね」

「本当にまったく敵う気がしないわ。いい、すごくいい…はぁはぁ!」

「大丈夫? 息が荒いよ? 肌も赤くなってきたし…」


 ユキネの頬が紅潮し、身体も熱を帯びてくる。

 それに伴って目が潤んできて、息遣いも激しくなっていった。


「あ、あのね…実は……力ずくで押さえ込まれると…興奮するの」

「え? どういうこと?」

「最初は芸の稽古で重いものを持った時に、だんだんと息苦しいのが気持ちよくなってきたの。でも、強くなってからは私を押さえつけるものがほとんどなくなってきて…自分で縛ったりもしてみたけど、やっぱりそうじゃなくて……もっとこう、暴れても抵抗できないくらい押さえつけられて求められるみたいな、そういうのをずっと夢見てたの」

「そ、そうなんだ。そういう趣味の人もいるよね」

「ね、ねぇ、もっと強くしてもいい? 全力を出してもいい?」

「いいよ。オレも見てみたい」

「はぁはぁ…い、いくわよ。いいのよね?」

「うん」

「んっ―――はぁああああ!」


 ユキネの身体から戦気が噴き出る。

 彼女は光属性を持っているせいか、戦気に白い粒子が混じっている明るい色合いだったが、その爆発力はなかなかのものだ。

 シートが浜辺の砂ごと吹き飛び、パラソルが蒸発するが、その中にいてもアンシュラオンは平然と腕を掴んでいる。

 押しても引いてもびくともしない。

 筋肉が悲鳴を上げてちぎれる感覚、身体を強くねじって骨が軋む感覚。


「わ、わたし…全力であらがっているのに……手が、手が引っ張られて…! 全然抵抗できないのぉおおおおおおおお! 痛い、苦しい、きもち―――いぃいいいい!」


 恍惚な表情を浮かべて、髪の毛を振り回し、その勢いでよだれや涙も飛んでいく。

 そのたびに身体が疼き、抑圧されている快感に満たされる。


「ああ、駄目! こんなに強く押さえつけられたら…屈服しちゃう! 屈服させられちゃうぅうう! 初めてなのに…! 私、まだ経験がないのに…滅茶苦茶にされちゃう!! うううう、はぁあああ!!」


(なるほど、女性の武人って欲求不満なんだな)


 がくがくと痙攣して『悦んでいる』ユキネを見て、マキとの共通点に気づく。

 多くの普通の女性は、その気性はともかくとして、経済や肉体的に弱い傾向にあるため、嫌でも男の支配下に入らねばならない。

 しかしながら、これが武人になると立場が変わってしまい、さきほどナンパしてきた男たちのように簡単に排除ができてしまう。

 周りもよほどのことがなければ、無理やり従わせようとはしないだろう。ある意味で自由なのだ。

 かといって、女性特有の『征服されたい願望』は消えない。


(男に征服欲があるように、女性は無理やりされたい欲求を持っているもんだ。強引な押しに弱い女性が多いのが証拠だな。だが、これはメスをオスが取り合う生物的な欲求だから仕方ない。逆に文明が進むと強引なやり方は犯罪になっちゃうから、ますます女性にストレスが溜まることになる。これはこれでかわいそうだな)


「はーー、はーーーーー。はぁあ…はぁあああ…」

「どう? 満足した?」

「え、ええ…すごかった……わ。やっぱり私の勘は正しかった。あなたしかいないわ。私を滅茶苦茶にしてくれる男性は……あなたしか…。お願い、私を買ってくれる? 何でもするわ。命令してくれれば何でもするから…ね?」

「うっ、そんなことを言われたら…オレも興奮しちゃう!」

「私、とても従順よ? ね、いいでしょ?」

「う、ううむ…そんなに言うなら仕方ないよね」


 ユキネが身体をこすりつけてくる。

 男は男で単純なもので、こうして甘えられるように迫ってこられると簡単に受け入れてしまう。

 アンシュラオンとしても、年上で美人で巨乳で従順、という好みどストライクなので拒む理由がない。


「ちょっとーー! 何やってるのー!? 全部吹き飛んじゃったじゃんー!」


 が、こんなに派手にやったら目立たないわけがない。

 アイラがすっ飛んできた。


「ユキ姉、またモーションをかけてー!」

「あら、今はプライベートよ。何をしてもいいでしょ?」

「そうだけど、既婚者だよー?」

「うふふ、そんな小さなことを気にしていちゃ駄目よ。女は好きになったら一直線で迷っちゃいけないの。そうそう、私とアイラを買い取ってもらうことにしたからね」

「買い取る?」

「一座を抜けて、彼のお世話になるのよ」

「ええええええ!? なんで勝手に決めちゃうのー!? そんなことしたら、お父さんたちが泣いちゃうよー!」

「旅一座は、移動しながら増えたり減ったりする宿命よ。そうやって循環していくの。どのみちいつか出て行くことになるのなら、自分が一番輝いている時に選んだ人と一緒になりたいわ。それが女というものでしょ?」

「それはわかるけどー。って、私もなの?」

「あなた一人で何ができるの? 男に騙されて妊娠させられて、そのまま夜のお店コースよ」

「同じこと言われたー!? 私ってそんなに危ないかなー?」

「あなたが無事なのは守られてきたからよ。でも、このご時勢だもの。いつどうなるかわからないわ。少しでも強い人と一緒にいないと、いざとなってからじゃ遅いのよ」

「お姉ちゃん、なんか今日はすごく女っぽいというか、現実的だよねー」

「逞しい人と出会ったせいかしら? ふふふ」

「でも、公演もあるし、今すぐってわけにはいかないよー?」

「じゃあ、今回の公演が終わってから。それならばいいでしょう? それまでに座長たちには話を通しておくわ」

「えー、でもー、どうしようかなー? 私まだ決めてないしー、お姉ちゃんが決めただけだしー」

「お前は無理に来なくてもいいぞ」

「そこは引き止めてよー!」

「アンシュラオン様、またやってしまいましたね。一人にすると、すぐこうなんですから」


 そこに小百合たちもやってきた。

 その表情は、「やっぱりこうなったか」といった苦笑である。


「な、なんか成り行きで…ごめん」

「もうっ、ちゃんと管理できるんでしょうね?」

「それは…が、がんばります。マキさんは大丈夫?」

「私はずっと第一夫人でいいのよね?」

「それはもちろんだよ」

「じゃあ、ますます負けないようにしないとね。何もない生活だと自分で自分の限界を決めちゃうもの。私にとっては刺激になるから、どんと受けて立つわ!」

「ありがとう、マキさん」

「それにアンシュラオン君には、もっと大きな『使命』があるものね」

「使命って何かしら?」

「実はアンシュラオン君は本物の王子様で、国の再興を―――」

「マキさあぁーーーーんっ!」


 忘れた頃に自分がついた嘘が返ってくる地獄。

 因果応報とはこのことである。


(まあでも、戦力強化としては大きな前進だぞ。ユキネさんはもちろん、アイラも武人として最低限使えるやつだ。サナの弾除けくらいにはなるかな。ホロロさんが嫌がるかもしれないけど、サナの護衛は多ければ多いほどいい。そのあたりも慣れてもらうしかないか)


 スレイブ館に行った時から武人を増やすことは目標の一つだったので、それがクリアできたことは喜ばしいことだ。


「はぁはぁ…男性に押し倒されるなんて……素敵、興奮しちゃう」


 若干ユキネの今後が心配ではあるが。


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