『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「翠清山死闘演義」編

356話 「新たなる魔獣の王 その2『六翼魔紫梟』」

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 戦闘態勢に入った黄装束の集団が、ハイザクを包囲する。

 錦王熊とも対等以上に戦った青年もいるので、単独のハイザク相手ならばなんとかなる。普通ならばそう思うだろう。

 しかし、まずここで一つ目の異変が起こった。


「ちょうじょう……の……んんんっ…ヘイカに……陛下に……んんん。ひれ伏すのだ。ふーー、んん-ーー、あーーあーー! マイクテスッ! マイクテスぅううッ! うむ、繋がったか」


 ハイザクが、しゃべった。

 もし正常な状態のギンロがここにいたら、それだけでぽっくり逝ってしまいそうになるかもしれないほど、すごいことが起きている。

 だが、彼はサナとは違って意思がないわけではない。ただ単に話すのが苦手なだけで声帯自体は問題ないのだ。

 問題は、それを六翼が『乗っ取った』ことだ。

 すでにこの声の主はハイザクではなく、中にいる六翼のものである。


「ちっ、もう肉体の制御までできるのか」

「…ああ、お前たちか。覚えているぞ」


 六翼が少年を見て笑う。

 なぜならば、この両者には一度だけ面識があるからだ。


「弱っていた私の世話をしてくれて感謝している。おかげでこの地域の状況も理解できたし、この身体も手に入れることができたよ」

「世話をしたつもりはないんだぞ。牢から勝手に逃げただけじゃないか。その時もうちの連中を操作したな。まさかお前に『他者を操る能力』があるとは思わなかったぞ」

「自分の能力をひけらかすのは愚か者のすることだろう? そちらの警戒が緩んで油断するのを待っていたのだよ。だが、このようなところまで追ってくるとは、よく私の居場所がわかるものだ」

「こっちはお前みたいな『超危険種』を専門で取り扱っている。すでに因子データも登録してあるからな。見つけるのはそう難しくはない」

「なるほど、因子のパターンを探知できるのか。しかし、私が『憑翼ひょうよく』している間は、それもあまり効果的ではないようだな」


 少年たちが六翼を取り逃がしてから、こうして再度捕捉するまで半年もの時間を要している。

 六翼自体も極めて隠密能力が高いうえに、『寄生』すると術の効果が遮断されて探知できなくなるのだ。

 今回は彼が操っていた依代がくたびれていたため、そこから漏れた波動を追うことができたにすぎない。


「それにしてもグラス・ギースの『マングラス』という組織が、ここまでの技術力を持っているとは思わなかったぞ。表側の評判と実態はかなり異なるようだな。私を捕らえていた施設にしても、この地域の技術レベルを超えている。お前たちは何者だ?」

「それはこちらの台詞なんだぞ。お前こそ魔獣たちを操って何をするつもりだ! その肉体を手に入れることだけが目的じゃないだろう!」

「おかしなことを言う。この世界のすべては『超常なる王』のものであろう。どうやらこの地域は、太陽の光も届かぬ日陰に位置しているようだ。ならば、私は守護者としての使命を果たすのみよ」

「超常なる王? なんだそれは?」

「知らぬのか!?」

「知るか!」


 なぜか六翼のほうが激しく驚き、しばし呆然とする。

 それはまるで文明をまったく知らない未開人と出会った時の現代人そのものだ。


「…よもやそこまで辺境だとはな。それに『大陸語』と『大陸歴』…か。今までこのようなものは存在していなかった。私は異世界にでも迷い込んでしまったのか? それともここだけの慣習なのか?」

「これ以上、おしゃべりに付き合う必要はないんだぞ。『クルルザンバード〈六翼魔紫梟ろくよくましきょう〉』、ここでお前を滅し、災厄の芽を摘み取る!」

「ふっ、因子からわが名を知るか。だが、もはや貴様ら程度の存在に後れを取ることもない。試運転がてらに世話になった礼をしてやらねばな」

「コウリュウ! いくぞ!」

「はっ!」


 コウリュウと呼ばれた青年が、槍を投げつける。

 錦熊を六頭も貫いた凶悪な投擲術だったが、それをクルルは軽々と腕で弾き飛ばす。

 しかし、それはすでに織り込み済み。

 その間にコウリュウは接近しており、綺麗なフォームで腹に直突きを叩き込んだ。

 踏み込みで大地に大きな亀裂が走ったことからも、その一撃を受ければ大型魔獣でさえも粉砕できる威力があるはずだ。

 クルル側にも力はしっかりと伝わり、腹筋が破壊されて衝撃が突き抜ける。

 さらにコウリュウの追撃。

 素早く放った蹴りが顎を捉えて弾き、体勢が崩れたところに拳打による三連撃が命中。

 クルルがわずかに後ろによろめき、その身体にも拳の跡が刻まれる。


「なかなかの攻撃だ。攻撃力もAAはありそうだな」


 クルルは、その攻撃をまともに受けながらも冷静に分析していた。

 コウリュウは殺す気で殴っているため、錦王熊に対して攻撃した時以上の打撃を繰り出しているのだが、それでもダメージは軽微だ。

 しかも、さらに驚くべき事実が明かされる。


「『戦気無しの状態』で直撃を受けて、あの程度なのか!」


 少年が、ハイザクの身体の強さに驚く。

 今現在のクルルは戦気を放出していない。それにもかかわらずコウリュウの打撃を受けきったのだ。


「戦気? ああ、そうだったな。ここにいる人間たちはそんなものを使っていたか。しかし、なんとも粗雑な力を使うものだ。それではせっかくの可能性が台無しではないか」

「戦気が粗雑だと? どういうことだ!」

「辺境の野蛮人に説明するのも面倒だ。されど、この身体もそれに合わせねば力は出ぬか。よかろう。力の使い方を見せてやる」

「っ…!」


 直後クルルの身体から膨大な戦気が放出されて、コウリュウが飛び跳ねて回避。

 その場に残っていたら身体を焼かれていたほどの出力だ。

 ただし、これは攻撃のために発したものではなく、単なる『練気』でしかない。

 練られた戦気によって、破壊されたはずの腹筋も即座に修復。単純な自然治癒力で治してしまう。

 戦気はすぐに闘気に変化し、クルルの周囲にマグマが渦巻く。


「ふむ、段階的に上がるのか。多少手間はかかるが、予定通りの力は出そうだな。もう一段階上げる前に少し慣らしておくか」


 ハイザクは上手く扱えていなかったが、クルルは完全に闘気を制御しているようで、闘気を使って華を生み出したり、回転させて『あやとり』までしている。

 これはかなり高度な戦気術で、アンシュラオン並みの技術がないと不可能な業だ。


「さあ、いくぞ」


 準備が終わると、渦巻いて濁流となった闘気が襲いかかってきた。

 その熱量によって、周辺にあった木々が一瞬で蒸発するほどの威力だ。


「若! お下がりを!」


 コウリュウが下がり、炎の壁を生み出して闘気を防御するが、それを貫いて腕が呑まれる。

 さらに強い炎を生み出して防ぐものの、その両腕は真っ黒に炭化してしまった。


「大丈夫か!」

「この程度は問題ありません」


 少年の心配の声にコウリュウは余裕をもって答え、腕もすぐさま修復。元通りになった。

 これだけ見ればどちらも化け物だが、二人は警戒しながらクルルを睨みつける。


「明らかに先日出会った時より、戦気の扱い方が上手いようですな」

「身体を乗っ取ることまではわかっていたが、こんなにも簡単に順応できるものなのか? 宿主より上手く扱えるとは厄介すぎるぞ」

「やはり総攻撃で一気に仕留めるのが得策でしょう。周囲には操られた魔獣もおります。あまり時間をかけられません」


 コウリュウが目配せをすると、他の者たちも少しずつクルルに近寄っていく。

 これだけの強力な部隊が、ここまで慎重に対応するしかない段階で、相当危険な存在であることがわかるだろう。


「その闘気を軽減させてもらうぞ!」


 まずは少年が、両手を突き出して大量の水気を放つと闘気と激突。

 パワーでは闘気のほうが上なので水気を蒸発させながら迫ってくるが、少年の水気の質もかなり高く、勢いを鈍らせることに成功する。

 そうして水の膜を張って最低限の防御を固めてから、他の者が中距離から攻撃を開始。

 ヒポタングルたちにも放った真空の刃や空圧による攻撃が降り注ぎ、包囲したクルルに命中していく。

 大半は闘気によって防がれるが、敵の注意を引けるうえ安全な場所から攻撃しているので反撃される心配もない。彼らの役目は、あくまで牽制である。

 そこに腕が鎌に変化した黄装束の二人が突撃。

 錦熊の首を撥ねた強烈な一撃がクルルの首に命中するが、刃はわずかに傷をつけただけで切断には至らない。

 もう一人の鎌の攻撃も同様で、強靭な肉体に防がれてしまう。

 だが、これは一斉攻撃だ。次々と黄装束の男たちが襲いかかる。

 熊よりも大きい巨躯の男が、妙にねばねばした粘液を放って動きを封じる。

 次に腕が三本ある男が強烈な剣撃を叩き込み、直後に身体から衝撃波を放つ男がクルルを吹き飛ばす。

 そうして無防備にしたところで、コウリュウが炎の槍をもって迫り、身体に突き刺した!

 今度は一本ではなく、大量の炎の槍を生み出して何本も突き刺すたびに、体内で炎が荒れ狂って焼いていく。

 一人一人が強力な武人であるにもかかわらず、見事な連携でクルルに反撃の余裕を与えない。


「悪くない強さだ。お前たちも陛下に力を捧げよ」


 ここでクルルが、背中から六枚の翼を生み出す。

 そこから大量の羽根が放出されて、黄装束の者たちに刺さっていく。

 この羽根は『魔操羽まそうば』というスキルで、カンロたちがそうだったように、刺さった標的の精神に介入して乗っ取ることができる術式攻撃だ。


「精神操作だ! 抵抗しろ!」


 だが、その情報を知っている少年たちには通じない。

 黄装束の者たちが力を解放すると、各部位だけの変質だったものが全身に及び、各々が『半人半獣』の姿に変わっていく。

 唯一コウリュウだけがそのままだったが、彼も力を放出することで精神操作に抵抗。


「ほぉ、人間の形をしているが『中身は魔獣』か。魔神…ではないな。遺伝子操作か?」


 羽根を通じて敵の情報を収集できるクルルには、彼らが常人ではないことがわかる。

 それは武人ですらなく、中身の半分は魔獣で出来ていた。

 これに近しい存在、魔神とはつい最近出会ったばかりだが、彼らはその原理が違う。

 自らの身体に『魔獣因子を移植』して力を得た者たちである。


「そうだ! 俺たちは災厄に対抗するために『人を捨てた者』なんだぞ! マングラスの覚悟を侮るなよ! いくらお前が『西から来た危険種』だろうが、負けてたまるか!」


 少年の両手の包帯が解かれると、手の甲には二つの『青緑色の魔石』が埋められていた。

 魔石が輝きを増すごとに少年の身体も輝いていく。


「うおおおおおおおおおお! 輝け生命の水! ツイン・エメラルド・ブースト!」


 少年がクルルに向かって飛び出し、拳を叩き込む!

 その一撃を受けたクルルの身体がひしゃげて、肉が断裂し骨にヒビが入る。

 パワーだけではなくスピードも桁違いに上がっているため、目にも留まらぬ高速拳撃をお見舞い。

 それだけならばただの打撃だが、攻撃を当てた部位から『輝く水』が内部に侵食。闘気の放出を阻害して止めてしまう。


「むっ、攻撃した場所を『封印する能力』とは変わった魔石だな。しかも数値がおかしい。人為的に変質させた【人造魔石】か?」

「コウリュウ! 追撃だ!」

「お任せを!」


 クルルの呟きを完全無視してコウリュウが動く。

 少年の力で敵の能力を封じている間に、コウリュウの右手に膨大な炎が集まり、貫手で体内に突き入れると同時に―――業炎!

 ヒポタングルと錦熊を焼き殺した圧倒的な炎を、さらに何倍にも増した業火で内部から焼き尽くす。

 やはりコウリュウの力は他の黄装束を圧倒しており、クルルもそのことには驚いていた。


「貴様、何を内部に宿している! ただの魔獣ではないな!」

「お前が知る必要はない! 滅べ、災厄の芽!」


 いくらハイザクの身体とて、これは簡単に防げるものではない。

 激しい業火に包まれて真っ黒焦げに炭化してしまう。

 そこに少年のとどめ。

 両手の魔石を合わせて力を放出すると、輝く水による何重にも及ぶ膜が生まれ、クルルを覆い尽くして固まってしまった。

 その表面はまるでクリスタルのように輝き、完全に凝固しているようだ。

 しばらく様子を見ていたが、クルルが動き出すことはなかった。


「…仕留めたか?」

「わかりませんが、この程度で死ぬようならば前回も逃がしてはいません。最大限の注意が必要でしょう」

「そうだな。エメラルドで力を吸収しているとはいえ、所詮は疑似的な力だ。いつまでもつかはわからない。早く隔離したほうがいいだろうな」

「では、このまま移送ですか? できればここで殺しておきたいところですが…」

「相当危険なやつだ。迂闊に刺激するより方舟で解体するほうが確実だろう。『うちのジジイ』もまだ完全に目覚めていないし、わからないことも多いから情報が欲しい。なぜ西から来た魔獣が災いをもたらすのかもな」

「若は、あの与太話を信じておられるのですか?」

「実際に西から来たと思われるやつが言っているんだぞ。四大悪獣も西から来たといわれているし、見過ごせない類似点があるだろう? 検証してみる価値はある」

「我らの役目は、グラス・ギースに訪れる災厄を排除することです。それ以上は手に余ります」

「しかし、原因がわからなくては永遠に同じことを繰り返す羽目になる。何かがあるはずなんだぞ。俺たちが『罰を受ける理由』が…」


 と、少年が視線を移した時だ。

 そこには再び回復を果たしているクルルの姿があった。

 封印自体は解けていないようだが、内部の肉体は元通りになっている。


「なっ…あれだけのダメージをもう回復したのか! あまりに早すぎる!」

「依代の質の影響でしょうが、これでは我ら人外の身と大差ありませんな」

「人間の身でありながら、ここまで強い肉体を持つか。ハピ・クジュネの血統遺伝も侮れないな。目を付けられるわけだ。俺は封印を維持するからお前たちは移送と護衛を頼む」

「御意」


 しかし、まだ少年たちは『クルルザンバード〈六翼魔紫梟ろくよくましきょう〉』の本当の怖ろしさに気づいていない。

 なぜこの魔獣が、ここまでしてハイザクの身体を欲したのか。

 突如としてハイザクの因子が急上昇を開始。

 それに伴って肉体にも変化が起こり、筋肉が破壊されると同時に超回復が発生。新たな強靭な身体が生まれていく。

 そのまま因子の上昇は止まらず、限界値である戦士因子8にまで到達。

 ここまではいい。

 『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』でも同様の現象は起こるので、けっして珍しいわけではない。

 だが、ここからが普通ではなかった。

 ハイザクの戦士因子が9になり、それを突破して―――10に至る!

 そこに到達した瞬間、身体から激しい黄金の輝きが発せられた。

 少年の封印が一瞬で消し飛び、衝撃でコウリュウたちも吹き飛ばされる!


「な、何が起きた!?」


 受け身を取って体勢を戻した少年の視線の先に、さきほどとは比べ物にならない存在感を放つクルルの姿があった。

 その圧倒的な存在感の源泉は、最高位の戦気である『覇気』。

 パミエルキやハウリング・ジルといった、戦士因子を10にまで引き上げた世界最高レベルの武人だけが扱える力だ。

 それが今クルルに―――ハイザクの身体に展開されているのだ。


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