十二英雄伝 -魔人機大戦英雄譚、泣かない悪魔と鉄の王-

園島義船(ぷるっと企画)

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零章 第四部『加速と収束の戦場』

八十一話 「RD事変 其の八十 『冷美なる糾弾⑥ 狩人と銃者』」

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 ブルーケノシリスは、リヴィエイター甲型を追いながら、背後から狙撃を繰り返す。

 しかし、甲型の速度はかなりのもので、ブルーケノシリスの加速力でも簡単には追いつけない。両者が高速で動き、甲型が回避運動を行うため狙いが定まらず、銃弾はすべて逸れていく。

(やはり、この状態では勝負にならん)

 リヒトラッシュは、生粋のスナイパーである。その狩りの仕方は、主に【待ち伏せ】だ。雪の中に擬態し、何日も何週間も獲物を待ち続ける。そして相手が油断して姿を見せたとき、一撃で仕留める猟師の狩りである。

 雪騎将になってからも、その狩りの仕方は変わらない。あぶり出した特定の相手を狙撃する任務だったり、護衛のために周囲を警戒するようなものが多かった。

 制圧任務においても、基本は待ち伏せによる一斉排除である。面で敵に対処しつつ、少しずつ制圧区域を押し上げていくことで殲滅戦を展開するのだ。がっしりと身構え、一つ一つ撃ち滅ぼしていくのである。

 当然、身構えないまま攻撃に転じても強い。リヒトラッシュとブルーナイトの性能が桁違いに高いので、普通の敵ならば、真っ向から格闘しても勝てるくらいのポテンシャルを持っている。

 スナイパーでも格闘技術は覚えられるし、猟師はけっして接近戦に弱いわけではない。獲物の種類によっては、ナイフで相手を刺し殺すこともある。リヒトラッシュも、その必要性から相応の格闘技は覚えている。

 だがやはり、もっとも得意なのは【狙撃】である。

 このレベルの戦いになると、自分のベストの戦い方でなければ当たることはないだろう。事実ビシュナットは、すべての攻撃を回避している。上手く障害物を利用して射線を阻害し、射撃に合わせて急旋回して見事に避けている。

(観察していたのは、こちらだけではないか)

 リヒトラッシュがビシュナットを観察していたのと同じく、相手もこちらの間合いを見ていた。感じていたのだ。その証拠に、明らかにリヒトラッシュの呼吸を読んで回避運動を行っている。

 それほど狙撃をしたわけでない。にもかかわらず、あの数発でタイミングを覚えたのだ。しかも、完全に予測に頼っているわけではない。違う間合いも考慮しつつ、十分に余裕をもって回避している。

 だからこそ攻撃に転じず、こうして逃げ回っている。万一、自分が覚えた間合いが間違っていた場合、致命傷にならないように防御を優先しているわけだ。攻撃に転じることもできるが、今はその時ではないと判断した結果である。

 追われることに慣れている。

 目の前の獲物は、こういった事態に慣れている。危機的な状況で上手く立ち回り、逆転する方法を知っている。今は逃げているが、実際はこちらを追い詰めるために画策を巡らしているに違いないのだ。

 ならば、こちらもやり方を変える。

 ブルーケノシリスは、マシンガンを乱射する。無秩序に掃射された銃弾は、手当たり次第に周囲のものを破壊していく。これもリヴィエイターに確実にダメージを与えるやり方ではないが、単発式のライフルを撃ち続けるよりは効果がある。

 リヴィエイター甲型は、明らかに合体していたリヴァイアード時よりも防御が薄くなっている。もともと砲口部分だったため、装甲自体はそこまで強固に造られていない。マシンガンであっても、戦気で強化すればダメージは与えられるだろう。

 リヒトラッシュは、こうなることも想定していたため、追いかける前にブルーゲリュオン用のマシンガンを数丁、肩に担いで持ってきていたのだ。

 圧縮弾倉がなくなるまで撃ち尽し、マガジンが空になったら投げ捨てる。そしてまた、肩からマシンガンを持ち出し、ひたすら甲型を追い詰めていく。場合によっては、道すがら落ちている武器――ハイカランのものであろう――を拾いながら、それすら利用して攻撃してくる。

 それに一番感心したのが、ビシュナットである。

(銃のプライドを捨ててまで、その選択をするか。侮れぬ相手だ)

 今までのリヒトラッシュは、ライフルに対して誇りを抱いていた。狙撃の腕を買われて雪騎将になったのだから、常にライフルを愛し、単発式で勝負することにこだわりがあったのは当たり前である。

 ビシュナットも銃弾から、そうした気迫を感じていた。彼がどれだけ銃を愛し、ライフルを愛しているかが伝わってくる。だからこそ、一騎討ちの相手として相応しいと思うわけだ。同じ銃を持つ者同士。気持ちはわかる。

 戦士が、自らの肉体や技に自信を持つのは当然である。剣士が、剣に依存するのは当然である。されど、銃を扱う者は、彼ら以上に銃に対してこだわりを持っている。銃という人間が生み出した道具に対して、ある種の【劣等感】を抱くからである。

 銃は、武人の血がなくても、そこそこ強い。普通の人間ならば、子供が使っても簡単に殺せる力がある。人が人を殺すために生み出した、愚かさの結晶とも呼ぶべき力である。

 銃は剣と同じく道具である以上、それそのものは、けっして卑怯ではない。しかし、便利すぎるがゆえに、依存すれば武人としての血が衰える傾向にある。リスクの軽減は、自らを傷つけて進化を果たす武人の生き方とは、やはり対極的な位置にあるからだ。

 銃の使用には、生理的な嫌悪感を伴う。

 それが戦争ならば、仕方ない。
 自衛ならば、致し方ない。
 道具ならば、無理もない。

 だが、それをあえて使う者、あえて誇りを抱こうとする者たちがいる。それがナット兄弟やリヒトラッシュたち、ロー・アンギャルの騎士たちである。

 世が世ならば、けっして評価されなかった者たちである。道具が剣しかなかった時代ならば、最下層の武人として扱われていた可能性すらある。それを救ったのが兵器であり、銃である。

 彼らは、自らの武器に強い意思を宿している。その想いは、武人として完成されている戦士や剣士の比ではない。絶対にこの力で勝負し、そのうえで完全なるものに打ち勝とうとする【気概】が存在する。

 彼らが負ければ、「所詮銃など、剣の足元にも及ばない」「銃など、誰もが持っている肉体にも及ばない」と罵られるのだ。それだけは彼らの矜持が許せない。銃に命をかける者には、断じて認められないものである。

 負けられないものを背負っているのだ。
 譲れないものがあるのだ。

 リヒトラッシュは、ライフル一本で生きてきた自負がある。それでも彼は、それだけで勝てないと知るや、自らの気概を捻じ曲げてでも違う銃を取り、こうして攻撃してくるのだ。

 その痛み、その悔しさは、どれほどのものか。

 それでも彼の中には、もっと大きなものが宿っている。雪騎将としての誇り。ルシアの雪を守る存在であることへの、揺るぎない強い想いである。

 マシンガンの弾、一発一発に想いが乗せられている。
 リヒトラッシュの大切なものが宿っている。

 ビシュナットは、それに心撃たれる。

「どうやら貴様には、正義が宿っているようだな」
「お前の言う正義とやらに、何の興味もない。あるのは、お前を狩ることだけだ!」
「正義の心は隠しきれるものではない。だが、天下に轟く御旗に勝るものはない」
「ヒーロー気取りか」
「事実、そうだからだ。我らが求めるは、真なる秩序のみ。それは正義によって成されねばならない」

 リヴィエイターが、有線アームから戦弾を発射する。ブルーケノシリスは、建物を盾にして回避―――できない。戦弾はさらに突き進み、建造物を貫きながらブルーケノシリスに迫る。

 ブルーケノシリスは、咄嗟にマシンガンを盾にして防御。戦弾が衝突すると同時に手を離し、離脱する。マシンガンは、戦弾に巻き込まれるように吸い込まれ、バラバラになって消滅。ギリギリ回避できたが、恐るべき威力であった。

(たかだか戦弾が、これほどの威力か! 直撃すれば、ケノシリスでも危うい)

 一般的に、戦弾は威力が低いものと認識されている。武人相手にダメージを与えられるほどの戦気を放出するのは、なかなかに難しいからだ。

 たとえばゾバークが使った空点衝は、ビームのように【線】で攻撃を仕掛けるものだ。押し出す力があるので、小さな点でも貫通力を与えることができる。これも基本の技なので、それを実際の攻撃に押し上げたのは、ひとえにゾバークの戦気の強さゆえである。

 同じ戦気を放出する技でも、闘気波動などは【面】で押し潰すことを意識している。それは水と同じで、雫では意味がないものを、濁流として使うことで武器としているわけである。質量であり、重さである。

 が、戦弾というものは、小さな球体でしかない。それを自らの動作や戦気の爆発によって撃ち出すので、単体で威力を上げるのは難しい。パチンコ玉を手で投げても、あまり強い力は生まれないだろう。スリングショットを使っても、やはり銃と比べると数段以上劣る。

 唯一戦弾が優れている点は、静音性と利便性である。戦気の調整によっては、音を出さずに放出することもできるし、暗殺などに使うぶんには悪くない方法である。道具も必要としないので、相手の警戒も緩められる。

 ただそれも、あえて使う必要性を感じさせないメリットである。銃もサイレンサーを使えば事足りるし、弾丸もさほど値段が高いものではない。それゆえに当然であるが、一般的なガンマンは銃を使う。そのほうが楽で強いからだ。

 しかし、ビシュナットは、あえて指弾で戦弾を撃ち出す。今はリヴィエイターの加速装置を使っているとはいえ、自らの戦気を撃ち出していることには変わりない。

 銃弾という媒介を使えば、もっと威力が上がるにもかかわらず、それをしない。そこには、彼の【流儀】があるのだ。その流儀が、彼という武人を孤高という領域にまで押し上げている。

 武人にとって、意思は力である。自らが望む流儀に従うことで、戦気の質を劇的に上げることができる。その覚悟が、恐るべき現実的な力となって顕現するのである。

 しかも彼の戦弾は、ただ潔いだけではない。高速回転させることで、貫通弾のように威力を上げることもできる。さらに戦弾なので、こうしたこともできる。


―――リヴィエイターの戦弾が、【曲がった】


「ちぃっ!」

 放たれた戦弾が、ビルの屋上からドライブ回転がかかったように、急速落下して襲いかかる。ブルーケノシリスは回避したが、戦弾は大地を貫通し、大きく抉っている。

 戦弾は、戦気で撃ち出すため、銃弾と違って自由に方向を変えられる。これは遠隔操作系の武人でなくても可能だ。一般人でも、カーブやスライダーのように、回転をかければ曲げることができるからだ。

 これがもし遠隔操作系の武人ならば、スライダーが、突如としてシュートに変わるような操作もできる。しかし、ビシュナットは遠隔操作系ではないので、曲げる方向は決められても、そのあとは投げたまま。自然法則に任せるしかない。

 こうしたカーブやドライブ回転も、武人にはそれぞれ得手不得手がある。野球のピッチャーに得手不得手があるのと同じである。曲げることは曲げられても、パワーが乗らない、キレがない、ということもある。

 その点、ビシュナットの戦弾ドライブは見事である。直線で攻撃するのと変わらないだけの威力を有し、なおかつ重い。変化させても威力は変わらないというのは、実に恐ろしい事実であった。

(厄介な相手だ。こちらは射線を確保しなければ撃てないが、相手はどこからでも攻撃できる。この威力では、障害物もあてにはできん)

 リヒトラッシュは、マシンガンで牽制射撃を行い、障害物に隠れながら間合いを測る。だが、なかなか射線を見つけられない。リヴィエイターの機動力が高いからだ。

 相手は、撃った直後には姿を消している。上下左右に自由に曲がる軌道を生かして、位置を特定させないような動きをしている。その中にはフェイントや釣りもあり、常に単調で終わらないのが恐ろしいところだ。

 それはまさに、芸術。

 ビシュナットは、戦弾を使って自分を表現している。芸術の域にまで高めている。ただ誇りがあるだけではないのだ。美的センスがあり、思わず見惚れてしまう煌きがある。

 これが理解できるのは、同じガンマンであっても、同じく超一流であるリヒトラッシュのような存在だけだろう。粗野な人間には、永遠に感じることができない深みが、そこにはあるのだ。

 また、こうして隠れていても貫通させれば問題はない。同時にビシュナットが上手いのは、貫通弾を連発しないことである。貫通弾は強いが、建物を貫通させれば威力は下がるし、何よりも自分の場所がばれてしまう。そうなれば、リヒトラッシュに反撃を許すことになる。

 感性による戦弾の種類の選択と加減。計算された動きと戦術。すべてがミックスされ、彼のような芸術品が生まれるのだろう。殺すのが惜しいと思ってしまう逸材である。

 そして、この雨。

 何が原因か不明だが、不意に降り出した赤い雨が、視界を少しずつ狭めていく。そのせいか、いつしか互いに射撃の回数が減り、リヒトラッシュはビシュナットを見失っていた。相手も撃ってこないので、場所がわからない状態だ。

(不快な雨だ。妙に精神をざわつかせる)

 赤い雨は、視界すべてを赤く染めていく。赤は、人を刺激する色である。警告の色であり、破壊の色であり、活力の色だ。あるいは、痛みの色かもしれない。

 リヒトラッシュは現在、激しい興奮状態にある。ルヴァナットのペード・オブ・マラカイトには抵抗できたが、その効果を若干ながら受けており、精神が攻撃的になっているのだ。

 狩りを行う際は、常に気配を殺して冷静であれ、というのが父親の教えであり、彼もまたそれに従ってきた。それゆえに優秀な猟師になれた。

 だがこの雨は、リヒトラッシュの中にある、熱い激情を引き出そうとちょっかいをかけてくる。精神がざわつき、ちょっとしたことで爆発しそうになる。それを自制できているのは、彼の精神力が桁外れに強いからである。

 この雨は、サンタナキアがそうであったように、人間の恐怖や痛み、攻撃性を刺激する。ユニサンのジャスパーの性質である、憎しみの連鎖によって生み出された雨だからだ。

 これだけで済んでいるのは、リヒトラッシュだからである。彼の雪の心が、かろうじて激情に染まるのを防いでいるのだ。それでも、この雨は不快である。大雨の赤に染まって、まるで自分が血溜まりの中にいるような錯覚に陥る。

 何もしなくても、殺された部下たちのことを思い出す。殺してきた敵や獲物のことを思い出す。血に染まった自分の手を、まざまざと見せつけられる。

(やつを殺す。それで報復とする。―――いや、それは口実だ。私はただ、やつを仕留めたいだけだ)

 人間とは、不思議なものである。仲間のことを第一と考える彼でさえ、自己の欲求に打ち勝つことは難しい。

 最初は、憎しみだった。
 部下を殺された怒りだった。

 だが、それが徐々に興味に変わってくる。ビシュナットという、一流のガンマンに興味を惹かれ、知りたくなり、関わりたくなり、最後には自分のものにしたくなった。これが武人の性だろうか。それともガンマンの性だろうか。自分より上の存在を知れば、それを超えたくなる。

 ただし、ガンマンの掟は、ただ一つ。

(やつの額と心臓に、弾丸を撃ち込む)

 ガンマンは惹かれ合う。同じ性質を持つ者同士は、導きあう。だが、不器用な愛情表現しかできない者たちにとって、それは真剣勝負となる。

 その最高の流儀が、【二発の弾丸の掟】。

 人間の急所である二箇所に、弾丸を撃ち込む。
 それをもって勝利とする。

 これがガンマン同士の決闘における流儀。
 相手への儀礼である。

 リヒトラッシュの想いは加速していく。ビシュナットに弾丸を叩き込む。それだけを考える。雨に打たれながら、呼吸を整える。マシンガンを捨て、ライフルを握る。この緊迫した状況で一番頼りになるのは、やはり自分の愛銃であった。無意識のうちに握り締め、決意を新たにする。

 そして、再び戦弾がドライブ回転で急降下してくる。

 それはリヒトラッシュが隠れているビルとは違う場所、一つ前の通りに撃たれたものだった。これが示すことは、相手もまたこちらを見失っている、ということだ。

(勝機! 弾道を追えば―――)

 リヒトラッシュは、弾道を確認するために顔を出す―――のを、やめた。

 彼の脳裏に、危険を知らせる警告が走ったからだ。それはおそらく、ガンマンとしての、猟師としての危機察知能力だったのだろう。リヒトラッシュは顔を出さず、身を屈めて様子をうかがう。

 その予感は当たった。

 戦弾が地面に当たると同時に―――爆発。

 巨大な爆発を起こしたあと、まるでナパーム弾のように周囲一帯を火の海に変えた。

(なんだ、今のは!?)

 激しい爆風で建造物が揺れる中、炎の熱気がブルーケノシリスを通してリヒトラッシュにも感じられた。その威力は、衝撃爆弾であるDP5に匹敵する。あのまま顔を出していたら、顔面が焼けていたかもしれない。

 それから手当たり次第に【爆破戦弾】が投下され、周囲はまるで爆撃を受けているかのような惨状に陥る。万一でも隠れているビルに命中すれば、火達磨にされる恐れもある。

 が、リヒトラッシュは耐え続けた。
 今動けば、相手に位置を悟られるからだ。

 それには、ビシュナットも警戒。

(これだけ爆破しても動かないか。さすがの忍耐力だ)

 生身のビシュナットの左手には、緑色の丸いジュエルが植え込まれていた。それが陽炎のように、怪しく輝いている。

 ザンジ・オブ・マラカイト〈有限なる魔属の器〉。

 ビシュナットが持つ、Aランクジュエルである。弟のルヴァナットが持つマラカイトと同じく付与型のジュエルで、二つセットで発掘されたため、まさに兄弟石といわれている。

 その能力は、戦気に【属性】を与える、というもの。

 通常、たいていの武人ならば、自己の得意分野に合わせて、戦気を何かしらの属性に変えることができる。アミカや志郎ならば水、デムサンダーならば雷。ジン・アズマならば風、といった具合だ。

 属性は生まれもった性質によるところが大きく、変化が可能なのは、一つか二つが一般的だ。また基本的に、自己と反する属性を得ることはできない。

 これは、自分が関係する精霊界の影響を受けるため、といわれている。精霊が人間と深く関わっていることは、すでに述べた通りだが、こうしたところでも多くの影響を受けているのである。

 ビシュナットの本来の属性は、風。風の属性を持つ者は、天才肌の人間が多く、直感力に優れる傾向にあるので、個性的な芸術家に多い属性である。風は創造を担当し、奇抜なアイデアを運んでくる。彼に相応しい属性である。

 しかし、今使った戦弾は、明らかに火の属性だ。しかも、爆破は炎気を使用しているので、生粋の火の気質を持っていなければ不可能な技である。

 それを可能にするのが、このジュエル、ザンジ・オブ・マラカイト〈有限なる魔属の器〉。光、闇を除く、火・水・風・雷の四大属性を付与することができる。

 この世界には、さまざまな属性が存在する。

 基本となるのが、火・水・風・雷の四属性であり、それに加えて光と闇が存在する。この属性は、光と闇、火と水、風と雷、といったように反する属性があり、互いに反発し合う。

 火の性質を持った人間は、水の性質を得ることはできない。反対の精霊界の阻害を受けるからだ。仮に他の属性を使いたいと望むならば、それ以外の風と雷から選ぶことになるだろう。

 両者がぶつかった場合、どちらも通常以上のダメージを受け、相打ち状態になる。火に水をかけても消えるが、半端な水では、火を煽る結果になるので注意が必要だ。同時に中途半端な火では、水は沸騰して、触れると自身も火傷を負うだろう。明らかに上位のものでなければ相打ちになる。これがルールである。

 また、基本属性には、火は炎、水は凍、風は嵐、雷は帯のように、上位属性が存在する。それが使える人間は、よりいっそう強力な精霊界の力を引き出せるということである。

 そのさらに上には最上位属性も存在するが、これは一部の特殊な存在、精霊の中でも最上位の存在や、第一支配者階級のマスターが使う、一部のS級魔王技などで使われるにとどまっている。

 つまりは、上位属性が使えれば、人間としては上出来であるといえる。

 ただ、上位属性が使えないからといって、武人としての技量が低いというわけでもない。あくまで当人が、どれだけはっきりとした属性かを示すにすぎない。

 この基本属性の他に、「磁・土・毒・時・音・星・夢・虚・実・滅」といった【特殊属性】も存在する。現在確認されているだけで十種類あるが、これですべてかどうかは不明である。

 これらは一般的な属性ではなく、それぞれが独立しているため、非常にレアなものである。おそらく、いくつかの基本属性が干渉し、融合したために生まれたものだと推察されている。

 特殊属性だからといって、普段お目にかからないわけではない。たとえば「音」は、楽師や吟遊詩人が使う歌の魔力として使用されるので、日常的に人間と深く関わっている属性である。

 音楽に関わる者は、ある意味特殊な属性の持ち主であるといえる。いわば、すべての音楽家、歌い手が音の属性の使い手であり、言葉を発して意思疎通をする、すべての生命体の基本的属性であるともいえる。

 土は、文字通りの土であり、大地である。これは基本属性に含まれても問題ないほど、人間の生活と密接に関わっている。ただ大地は、火・水・風・雷の四つの属性をすべてそなえているので、それ単体で別の扱いをされている。他の属性と相反しないからである。

 預言の書を持つザンビエルや、黙示録の能力を持つヨハンは、時の属性を持つと思われる。予測視の聖眼も、これに属するのかもしれない。ただ、能力の顕現には複数の属性を伴うものもあるので、時以外にも属性を使っている可能性はある。

 ザンビエルは、時と実を。
 ヨハンは、時と虚を。

 このように、能力の発動には、さまざまな属性を使うのである。

 ザンジ・オブ・マラカイトが炎気を使ったことから、使い手の得意な属性に関しては、その上位属性まで付加させることが可能であると思われる。

 ケマラミアが危惧したように、風は火と相性が良い。ビシュナットの性質上、風と火の上位属性まで使うことができるのだろう。それ以外は、基本となる水気と雷気までが扱える。

 反属性をそろえられると弱点にはなるが、こうして属性を付与させる効果は絶大。同時に、ビシュナットの戦弾との相性も抜群である。

 リヒトラッシュは、右目が疼くのを感じた。キューパス・カイヤナイト〈閃眼の梟〉が、激しく反応しているのだ。それによって、ビシュナットの力の根源がわかる。

(この威力は、ジュエルだろう。だが、この感覚。…やつもジュエリスト。いや、エル・ジュエラー〈世の声を聴く者〉か?)

 Aランクの石の力を、最低五十パーセント以上引き出せる者をジュエリスト〈石の声を聴く者〉、九十パーセント以上引き出せる者を、エル・ジュエラー〈世の声を聴く者〉と呼ぶ。

 ジュエリストであるだけでも優秀であるのだから、エル・ジュエラーほどの使い手は、やはり稀である。各国の重要機関に赴けば、諸手を挙げて歓迎されるに違いない。


―――ナット兄弟は、エル・ジュエラー


 その力を使いこなし、たった二人で恐るべき戦果を挙げてきたのだ。

 同ランクのジュエルとジュエルは引き合う。
 互いに力を持つジュエル同士、共鳴しあう。

「相手がエル・ジュエラーならば、時間はかけられん! カイヤナイト、能力全開だ!」

 リヒトラッシュは、右目のキューパス・カイヤナイトの力を開放する。カイヤナイトは強化型のジュエルで、能力は視覚の強化である。が、真なる力は、単に目が良くなるだけではない。

「見える…! 見えるぞ!」

 リヒトラッシュの閃眼が、三百メートル先にいるリヴィエイター甲型の姿を映し出す。

 本来ならば、障害物に隠れて見えない位置である。だが、今のリヒトラッシュには、はっきりと姿が見える。その手に宿す輝きも、彼の変わらぬ堂々とした姿も、その戦気の強さも、全部が見える。

 彼の肉体も見える。
 その魂の輝きさえも。

 キューパス・カイヤナイトは、肉体の視力だけではなく、霊体の視覚の強化も行うことができる。彼の目は、物質を透過し、障害物を無視して標的だけを狙うことができるのだ。

 ただし、この奥の手は秘密にしている。なぜかといえば、この能力は諜報活動にも役立つものである。相手の場所や正体を探るうえで、これほど便利なものはない。

 監査院などに知れれば、奪われることはないものの、さまざまなちょっかいを受ける可能性が高い。コピーさせてくれと実験材料にされるかもしれない。また、他国からも狙われる存在となってしまう。あくまでスナイパーでありたいリヒトラッシュには、そうした面倒事は避けたいのだ。

 このジュエルは、彼の一族に伝わる大切なものである。前の持ち主であった父親から譲り受けた宝物であり、猟師としての誇りなのだ。誰にも触らせるつもりはない。

 それに、デメリットもある。負荷が通常の数倍になるので、目への負担が半端でないことである。こうして能力を開放しただけでも、眼精疲労に襲われたかのように、視神経が圧迫され、ズキズキと痛むようだ。長時間の使用は不可能である。

 一時的に物質が見えにくくなる障害もある。意識が霊体のほうに偏るからである。そのせいか、すべてのものが半透明、あるいは透明がかった氷窟にいるような気分になる。神秘的だが、物的実感がなくなるのは困るものである。握ったライフルの感覚も薄らいでいくのだから。

 この能力を使った以上、迷う暇はない!
 迷いが自分を殺すことになる!

「リスクを負わない狩りなどない! 大きな獲物を狩るには、危険を冒さなければならない!」

 ブルーケノシリスは、一直線にライフルを発射。自身の戦気を大量に込めた貫通弾で、発射した直後から激しい螺旋を生み出し、射線上にある障害物を破壊しながら突き進んでいく。

「―――っ!」

 その気配に、ビシュナットは反応。すぐさま回避運動を取る。

 建造物を破壊しながら進む弾丸は強いが、それだけ威力を増さねばならず、速度が低下する。ガヴァルの回避能力を持つリヴィエイター甲型と、気配察知が得意なビシュナットが相手ならば、撃った瞬間には射線が見破られてしまう。

 それは同時に、リヒトラッシュの位置もばれる、ということ。

 ビシュナットは、迫りくるライフル弾を回避し、態勢を整えて反撃の構えを取る。そして、ブルーケノシリスがあけた穴に向かって、風の属性を帯びた戦弾を発射。

 風の戦弾の特徴は、その速度である。リヒトラッシュが撃った、速度の遅い銃弾の、およそ三倍の速度で一気にカウンターを仕掛ける。相手が狙撃したのならば、このカウンターは避けられない。

 そして、命中。

 風の戦弾は命中し、何かを切り裂いた。赤い雨で視界が悪いので、目では見えないが、衝突したものがバラバラになった感覚はあった。

(命中した。それは間違いない。だが…)

 風の戦弾は、速度がある代わりに威力が低い。狙撃戦用とはいえ、相手はナイトシリーズである。その装甲は、普通のMGよりも強固。この程度の戦弾で破壊できるはずがない。

 ビシュナットは、素早く場所を移動する。相手が生きていれば、攻撃を仕掛けるために射線を確保するはずだ。そのラインを消すために、再び身を潜めるのである。同時に、相手が飛び出るのを待って、狙撃するためだ。

 これは【逆の立場】である。

 リヒトラッシュは、いつも狩りをするとき、今のビシュナットのように身を潜めていた。相手が動き出すのを待つのを、じっと待っていたのだ。

 だが今は、ビシュナットが猟師の戦い方をしている。
 一方のリヒトラッシュは、獲物の役をしている。

 では、敵を見つけた獲物は、どうしただろう?
 今までの猟師が辿った末路は、どうだっただろうか?


「うおおおおおおおおおおお!」


―――駆けた


 ブルーケノシリスは、障害物に隠れるのをやめて通りに身を躍らせ、一気にリヴィエイターとの距離を詰めにかかった。

 まるで追い詰められた獣が、反撃に出るように。
 決死の覚悟で、銃を持っている猟師に詰め寄るように。

「突っ込むつもりか! その潔さ、見事なり! だが、容赦はしない! この力を見ても怯まぬのならば、向かってくるがいい!」

 ブルーケノシリスは、【速い機体】である。青き狩馬の名の通り、加速すれば相当に速く駆けることができる。だがやはり、スピードに乗るまでは無防備である。

 さらに今のブルーケノシリスには、メイン武装がない。風の戦弾によって、ライフルを失ってしまったからだ。リヒトラッシュは、ライフルを撃った瞬間には移動を開始していた。その重みすら惜しみ、自身の最大の武器を捨ててまで勝負に出たのだ。

 そうでなければ、風の戦弾によって攻撃をもらい、下がったところを爆撃されるのがおちである。そうなれば勝ち目はゼロ。万に一つも勝機はなくなる。

 まさに勝負。命をかけた賭けである。

 迫ってくるブルーケノシリスに対し、リヴィエイターは爆破戦弾を叩き込む。しかも、まるでマシンガンの如く連続して撃ち出し、圧倒的破壊力によって周囲の建造物は瞬く間に消し飛んでいく。

 ビシュナットも勝負をかけたのだ。マラカイトの力は強いが、自分とは違う属性を使うのは力のいること。使えば使うほど消耗する。こうして連続で使えば、自身にも反動は返ってくる。

 それでも、勝たねばならない。
 正義の御旗を掲げた以上、勝たねばならないのだ。

「耐えろ、ケノシリス!! やつのもとにたどり着くまで! この身を弾丸と化せ!!」

 直撃はギリギリ避けたものの、爆破に巻き込まれたケノシリスが炎に包まれる。しかし、止まらない。爆炎で身体中が焼かれている中でも、リヒトラッシュの閃眼が捉えているのは、ただただビシュナットのみ!

「吹き飛べ!」

 ビシュナットが、風の上位属性である嵐気らんきを練り、戦弾に乗せて解き放つ。嵐気は、風のように切り裂くものではない。周囲を巻き上げ、吹き飛ばす気質を持っている。

 嵐気の戦弾は地面に衝突すると、大通りの中に文字通りの竜巻を生み出す。車や建物すら簡単に巻き上げてしまう、大型ハリケーンの力が生まれたのだ。MGであっても抵抗はできない威力である。

 それによって阻害しようとする。
 ブルーケノシリスを止めようとする。


―――が、止まらない


 青き狩馬は、止まらない!!

 姿勢制御用のワイヤーを撃ち出して機体を固定し、嵐気に巻き込まれながらも突っ走る。副武装のバルカン砲とリボルバーガンを撃ちながら、こちらに突っ込んでくる。

 そのあらゆるものを利用して敵に向かう姿勢は、まさに狩猟本能を剥き出しにした狩人であった。戦気を搾り出し、足に蓄え、上昇する力を強引に押さえ込んでいる。

 いったいどれだけの力を込めれば、このような真似ができるのか。これだけの覚悟と事象を生み出せるのか。そこには執念と呼ぶべき想いが宿っていた。

「止まれ!!」
「止まらぬ!! 私は止まらぬぞぉおおおおおお!」

 さまざまな属性弾を撃たれ、そのどれもをくらっても、ブルーケノシリスは止まらない。装甲が破砕し、胸が焼け、肩が切り裂かれ、足が打撲しても彼は止まらない!!

 競馬のゴール前のように、馬が頭を低くして突っ込んでくるかのごとく、青き狩馬も最大加速で向かってきた。もう目の前にまで迫っている。

「これだけの気迫を持つとは!!」
「貴様は、ガンマンだった! だから逃げなかった!! だが、最後は私が勝つ!! なぜならば、私はガンマンである前に狩人だからだ!」
「ガンマンは、最後の一手を残しておくものよ!」

 リヴィエイターの足が分離し、スキミカミ・カノンになる。この状態でもスキミカミ・カノンは撃てるのだ。ただし、補助足で支えねばならず、機動性が激減するため普段は使わないにすぎない。

 だが、威力は変わらない。

「さあ、正義の鉄槌を受けろ! この光が悪を砕く!」
「貴様は!! 変わらぬなあああああああ!!」

 スキミカミ・カノンが発射。
 天業の裁きが、ブルーケノシリスに直撃する。

 その威力には、いくらブルーナイトであっても耐えることはできない。直撃を受ければ、大破は間違いないものだ。だからこそ、最後の最後まで隠しておいたのだ。

 光は、ブルーケノシリスの装甲を呑み込み、破壊し、蹂躙する。やはりブルーナイトでも、直撃は耐えられなかった。しかしながら、もう耐える必要はない。


―――届いたから

―――足を失っても、届いたから


 ブルーケノシリスは、直前にジャンプ。馬が跳ねるように、大きく飛んだ。スキミカミ・カノンは足に直撃し、両足を吹き飛ばした。

 それでいい。
 それで十分だ。

 着地点には、ビシュナットのリヴィエイターがいる。相手も動けない状態。ならば、むしろ好都合である。

「狩人は、狩るまで死なぬ!!」

 ブルーケノシリスは、接近戦用のダガーを手に持っていた。ブルーケノシリスには、そんな装備はない。狙撃用の機体に、本格的な格闘戦は想定されていない。ゆえにこれは、ブルースカルドから借り受けたもの。スカルドの予備のスタンダガーである。

 雪騎将が負けて悔しかったのは、当人であるゾバークやミタカだけではない。天帝が、すべてのルシアの騎士が、文官が、民が、そして同じ雪騎将であるリヒトラッシュもまた悔しかったのだ!

 雪騎将は、ルシアの代表。騎士と民の憧れ。彼らの勝利は、国の勝利。彼らの敗北は、国の敗北。天威の敗北。あまりに、あまりに重いものを背負っているのだ。

 だから、ダガーを手に取った。
 そして、覚悟した。そう決めた。

「貴様らは、私が滅する!!! ルシアの誇りを、その身に刻め!」

 渾身の力を込めて、スタンダガーを叩き込む。無防備となったリヴィエイターの左上から襲いかかり―――


―――左胸に突き刺す


「ぬううううう!!」

 リヴィエイターの胸が破壊され、ビシュナットの胸からも鮮血が迸る。

 雪騎将の意思が、バーンに届いたのだ。やられっぱなしではいられないという思いが、ルシアへの忠誠心が、狩人の誇りが、バーンを切り裂いた。

 そして、爆発。

 スタンダガーが閃光を放ち、リヴィエイターの内部で炸裂。光と衝撃がコックピットにまで到達し、ビシュナットの神経を焼いていく。目眩が起き、世界が揺れ、意識が遠のく。

「狩り獲った!!」

 リヒトラッシュは、その手応えから勝利を確信した。この天才を相手に、自分は勝ったのだ。ガンマンとしては負けていたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 自分は、狩人である。
 狩人とは、獲物を仕留める存在である。

 銃で仕留め損ねたならば、ナイフで突き刺せばいい。それでも死なないのならば、両手で絞め殺せばいい。重要なことは、どちらが生き残るかであり、どちらが先に死ぬかである。

 そこには、互いに対する尊敬の念がある。

 リヒトラッシュは、ビシュナットを認めていた。ビシュナットも、リヒトラッシュの気迫を感じていた。どちらも同じ銃を使い、厳しい戦場の中を生きる者たち。通じ合わないわけがない。

 そう、だからこそ。

 だからこそ―――


「正義は、不滅なり!」



―――戦弾が、ブルーケノシリスを貫いた



 戦弾はブルーケノシリスの装甲を貫通し、内部で爆発。操者のリヒトラッシュの目の前で、それが爆発したのだ。

 爆炎は身体を焼き、手足を焼き、顔を焼き―――



―――【目】を焼く



「うおおおおおおおお!!! 目がぁあああああああ! 目がああああああああああああ!」

 爆発は、リヒトラッシュのキューパス・カイヤナイト〈閃眼の梟〉にも直撃し、激しい衝撃と痛みで頭の中が真っ白になる。身体への痛みより、能力開放によって鋭敏になった目が痛い。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!


―――破裂


≪キィイイイイイィィィイイィイイイイ≫


 リヒトラッシュの右目が、キューパス・カイヤナイトとともに破裂した。その瞬間、断末魔のような悲鳴が轟く。

 ジュエルの断末魔である。

 ジュエルが死ぬとき、この悲鳴を上げる。蓄えられた力が暴発して起こる音だといわれており、すべての力を放出して死に至る。ユニサンのジン・ジ・ジャスパー〈連鎖する怒り〉も、この作用を利用して憎しみを拡散させたのだ。

 リヒトラッシュにとって、目は命。すべての源。
 それを失うということは、死ぬのと同義。

「うおおお! うおおおおおお!! 私の目が!!! 命がぁあああ!」
「目の良さが命取りになったな。お前は、周りを見なかった。それが敗因だ」

 リヴィエイターの左腕、有線アームが最大にまで伸びていた。それは少し離れた位置にある障害物に設置されており、そこから真上に向かって戦弾を発射していた。

―――ブルーケノシリスが、爆炎の中を駆けている間に

 ビシュナットは、相手を仕留めそこなったときのことを考え、事前に遅めの戦弾を放っていたのである。それは花火のように放物線を描くようにゆっくりと、それでいながら恐るべき力を秘めて、上空から襲いかかった。

 キューパス・カイヤナイトの弱点は、視野の狭さである。真正面ならば、いかなる存在すら見つけ出す目をしていても、使っている間は視野が狭まる。この雨の中、決死の突貫のさなか、リヒトラッシュに周りを見る余裕などなかった。そんなことをしていれば、一瞬で撃ち落とされてしまうからだ。

 だから、これは必然。
 特攻を仕掛けた代償である。

 だが、相手はバーン。天才ビシュナット。
 その代償は高くつくのが道理である。

 リヴィエイターは、目を奪われて苦しむブルーケノシリスの無防備な胸に、容赦なく戦弾を撃ち込む。右肩、左肩、胸、腹、と撃ち込むと、その中央に掌を乗せる。

「裁きの十字架をくらえ!」

 零距離から放たれた戦弾は、ブルーケノシリスの内部に入り、さきほど穿たれた場所にも亀裂が入る。そして―――


―――十字架状に光が噴き出す


「ごふっ―――」

 それはまるで、罰を受けた人間が十字架にかけられて死ぬ姿。

 リヒトラッシュの身体が裂け、十字架状に引き裂かれる。それでバラバラにならなかったのは、彼の肉体が強かったからにほかならない。

 だが、致命傷。
 間違いなく致命傷である。

 機体は爆散。リヒトラッシュも全身から血を噴き出し、赤い雨が作った深紅の水溜りの中に落ちていった。血が、赤い血が、赤い雨よりも真っ赤な血が、大地に吸い込まれていく。


「今、裁きは下された!! 正義の前に、悪は屈する! ただただ正しき世のために、我らはけっして負けぬ!!」



「我は、バーンなり!!」



 今、ルシアの天威は、再び地に落ち、赤い雨に塗れることになる。

 否、今後すべての存在が、バーンの前に敗れることになるだろう。

 彼らは、人を焼く者。

 世界を燃やす者たちなのだから。

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