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あなたが咲かす花
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動物と別れを告げた?
ふと、昨晩のリンカが言っていたことを思い出しました。
動物は愛が尽きると個性を失います。ペットであっても、愛が尽きれば身体を維持できないのです。なぜならば、神の火花を持たない動物は、その個性ある魂を長く維持はできないからです。
魂という個別的意識が宿るには、今のあなたのように入れ物、霊魂の身体が必要です。
本来、動物にはこれがありません。それを人間の愛と創造力によって補っている状態です。愛が尽きれば、身体を維持することはできなくなります。
動物と別れるとは、一つの愛が終わること。
愛が尽きたときが別れの時なのです。
一見すれば薄情に見えます。しかし、動物たちには動物独自の進化があり、人には人の進化の道があるのです。
大きな視点から見れば、個性を失うことは哀しいことではないのです。
動物の霊に吸収された動物の魂は、たしかに個性を失いますが全体として成長していきます。動物の霊自体は不滅なのです。それにはそれの進化があるということです。
お互いの進化を願うのならば、時が来たら別れを告げるほうがよいのです。どのみち人の進化に動物はついていけません。いつまでも一緒にはいられません。
人は成長すると神のような存在になっていきます。
人の魂には、小さいながらも神の光が宿っています。
それが個性を永続的なものにするからです。
そして、成長した先々には仕事が待っているのです。神は、すべての人間に仕事を与えています。誰一人として見捨てられることがないのです。
神は、自らの仕事を自らの子らに託します。生み出された側が、今度は生み出す側にまわるのです。それこそ、神が与えた最高の愛なのです。
それゆえに、いつまでもここでペットと一緒に暮らすほうが異常でもあるのです。
それは進化を拒むこと。
進化、それこそがすべての生命の喜びなのです。
「あなたには、まだわからないようですね」
マローンは、あなたがまだ納得できていないことを見抜きます。リンカと再会できてうれしいあなたには、この新しい旅立ちが理解できませんでした。
「さきほどの人間たちは、さらに上の階層のサマーランドに向かいました。彼らは、ここで十分に動物と愛しあい、満足したのです。そして、自らの役目に気がつき、ここを去ったのです」
マローンは、彼らがどこに行ったのかを教えてくれました。
そこには地上でいうところの動物はおらず、人間やさらに進化した妖精が暮らす場所です。そこでは新しい経験が待っていることでしょう。
そうか、だからか。
あなたは様子がおかしい原因がわかりました。
リンカは怖かったのです。
いつか自分を捨てて行ってしまうのではないか。
あなたが消えてしまうのではないかという恐怖を感じていました。
その結果として、愛を失った自分も消えてしまう。
それが人の進化にとって正しいとは思っていても、やりきれない感情があります。
個性が芽生えたがゆえの高度な感情。
死後のことを何も知らない人が、死んだら自分は消えてしまうのではないか、と想像する恐怖。地上の人間ならば、誰もが一度は怖くなるものです。
あなたと別れることもつらい。
自分が消えることも怖い。
あの光を見るたびに、彼女は震えていました。
できるだけ見ないようにしていたのです。
しかし、起こったことは現実です。いつまでも見ないままとはいきません。
「マローン様、私は罪を犯しているのでしょうか?」
ここぞとばかりにリンカは竜に尋ねます。
「あなたはどうしたいのですか?」
「ご主人様と一緒にいたいです。別れたくないのです。でも、人の役目も知っています。だからつらいのです」
それを聞いて、マローンは優しく笑います。
「罪とは何かわかりますか?」
「生命の法に逆らうことです」
「そうです。それに逆らえば、苦しみが訪れます」
マローンは罪と罰を説きました。
苦しいということは、それが悪いことであると思っているからです。
では、罪とは何か。
それは神が定めた生命の法に違反することです。
神は、完全なる愛の法をおつくりになられました。すべての創造物が進化の道を歩めるように、正しい道のりをちゃんと示しています。
それに従えば幸せが訪れ、逆らえば苦しくなります。今のリンカは、進化の法に違反しているのではないかと怯えているのです。その胸が、あまりに苦しいからです。
あなたの進化を思えば、別れを恐れるなどあってはならないこと。まじめなリンカは、そう思っているのです。当人がそう思っていれば、それが現実なのです。
そこでマローンは、生命の法について語ります。
法とは決まりのこと。
正しい道筋のことです。
その順序を知らなければ、守ることもできないからです。
「たとえば、地上の人間たちが動物を殺すのは間違っています。生命の法とは、自分と相手が一つであり、同じ存在だと悟ることです。相手を傷つければ自分が傷つくのは当然です。同じ生命の総合体だからです」
生命は一つです。
動物に宿っている生命力も、もともとは人間の霊と同じ素材から作られています。根本となるものは、すべて等しく神から生まれているのです。
そうであればこそ、動物を殺すことは自分自身を傷つけることになります。すべての生命は神につながっているからです。
あなたはわたしであり、わたしはあなただからです。
「法は完全です。もし人が逆らえば自動的に矯正が行われ、そこに痛みが発生します。法から逃れることはできません。わたしたちでさえも」
神は法則によって世界を制御していました。
草木が生長するのも、人間が成長するのも、空や大地が存在するのも、星が回るのも、すべて神がつくった法則によるものです。
それは一定の範囲内で収まるように制御されています。神の子である人間には自由意志が存在しますが、神がつくった法則を超えることはできません。
法は絶対であり、人だけではなくて竜や天使であっても逆らうことはできません。神がつくった自然法則には、誰も逆らえないのです。
「法には目的があります。すべての法則が目指すのは、生命の進化です」
ルールがあるのは、特定の目的、目指す場所があるからです。
交通ルールがあるのは、みんなが安全に移動できるためです。
神が法をつくった目的は、生命の進化のため。
自分がつくったすべての生命を進化させ、最高の幸せを味わわせるためなのです。
それすなわち、愛です。
生命の進化とは、愛を身につけることです。すべての世界で起こることは、愛と叡智を身につけるための訓練なのです。
ですから、人間が生命の法則に反する行動をとった場合は、神が計画した通りに戻るように反作用が発生します。
動物を殺せば、人間が病気によって災いを受けます。
自然を壊せば、星を直すために地震や異常気象が起きます。
神の法に従って、正しく歩むために軌道修正するからです。
「生命の法とは、因果の法でもあるのです。すべて完璧な計算のもとに、自らに返ってくる法です」
生命の法とは、因果の法でもありました。
因果律とも呼ばれるこの法則は、原因と結果の法則。
自分がやったことが、完璧な計算のもとに自分に戻ってくる、という絶対のルールです。
これによって宇宙が完全に維持されています。何か起こったときは、それ相応の原因が必ずある、ということなのです。
「痛みがあるのは、間違ったことを教えるためです。これこそ神の偉大な叡智ではありませんか」
神は、生命に痛みを与えました。
痛みは、誰にとっても嫌なもの。苦しいものです。法に逆らい間違ったことをすれば、痛くて痛くて我慢できなくなります。
不注意で転べば、膝をすりむきます。そうすれば、今度から注意して歩くようになります。友達に酷いことをして心が痛めば、もうしたくないと思うようになります。
このように、痛みはすべて成長のためにあるのです。
もし痛みがなければ、生命は成長することができません。
「人間が呼ぶ罪とは、神の法に逆らうこと。罰とは、修正による痛みのことです。罪と罰は同時に発生しています」
痛みを感じる段階で、人間にとっては同時に罰を受けていることになります。その痛み自体が、原因に対する当然の結果だからです。
人が罪に対して激しい恐れを感じるのは、そこに罰、痛みが伴うからです。頭では理解できずとも、心が間違っていると感じるからです。
「では、この苦しみは…罪なのですか?」
リンカはおそるおそる竜に尋ねます。
自分の胸が苦しいのは、法則を守らなかったからだろうか。自分の感情が間違っているから、こんなにも怖いのだろうか。
そんなリンカに、より大きな愛をもってマローンは答えます。
「苦しみのすべてを罪だと思ってはいけません。苦しみは価値あるものです。あなたが人であることは、苦しみを得ることでもあるのです」
人は、苦しむものである。
人だからこそ、苦しむ権利を得たのだ。
苦しむために人になった。
リンカが人になったということは、苦しみと常時一緒にいることを望むことなのです。
人は常に間違えるもの。間違いながら正しいことを知っていくもの。今、リンカが苦しいのは、人として生きている証拠なのです。
「地上もこの場所も、完全とは程遠い場所です。進化をすれば自然と学んでいく、というわけです。それまでは無秩序な状態が続くだけのこと。偉大なる神は、それをすべてご承知の上です」
もし地上が完全なる世界ならば、何も犠牲にしなくてよくなるでしょう。食べるために植物を犠牲にしている世界すら、存在しなくなるでしょう。
しかしながら、地上もアニマルアイランドも完全なる世界ではありません。まだまだ、到底まだまだ、完全なる世界は果てしなく遠いのです。
そして、罪とは無秩序のことでもあるのです。
法に対して逆らっている状態。理解できない状態。混乱状態。まだ自分の中で、神の法に対する整理がついていない状態です。
「未成熟な世界において、霊の未成熟な発現が起こるのは当然のことです。あなたの恐れも同じこと。特にあなたは優れた感情を抱き始めたばかり。とても大切な時期なのです」
リンカは、とてもとても不安定な状況にあります。
犬でもなく人でもない、まさに中間に位置する存在なのです。
彼女に芽生えた恐れも、高度な感情を持つからこそのもの。このような優れた情緒は犬にはありません。犬はもっと本能的で動物的な感情しか持ちあわせないのですから。
リンカが望んで人となり、結果として苦しみを得た。
何が正しいかを知るために、苦しみ、少しずつ理解して、また苦しむ。
今、心がとても苦しいのは、成長しているからです。
その考えが、その想いが、正しいのか間違っているのかを、自分自身で考えているからです。
もし考えることを放棄すれば、きっと楽になるでしょう。苦しみもないでしょう。でも、それは成長しないことでもあるのです。
「リンカの思うように、進化の法は厳然たるものです。守らねば降下することもあります」
竜は、人以上に神の法を厳然と守る存在です。彼らの役目は、神の計画が法に沿って進むのを見守ることです。
ですから、リンカの恐れも理解できます。たしかに法を破れば、その代償は自分に戻ってきます。自己責任の法こそ、神の法の真髄だからです。
「それでも、強制は絶対にされません。強制され、命令されたものに何の価値がありましょう。自ら望み、欲し、苦労して得るものだから価値があるのです」
進化の大前提は、自ら欲することです。
誰かに言われてやらされることはありえません。
法にそむけば自動的に暮らす世界が落ちていくように、法を守れば上にあがり続けることができます。どちらも自ら選ぶから納得できるのです。
ここは地上と違い、何もしていない者に何かが与えられることはけっしてありません。
「あなたたちは今、原因に対して当然の結果を受けて存在しています」
「愛したからです。お互いに愛しあったからです」
「それは、あなたたちへの神からのご褒美でもあるのですよ」
その言葉に、あなたとリンカはお互いの顔を見ました。すべての法則に当然の結果があるということは、今ここにあなたとリンカがいること、それ自体が結果なのです。
それはご褒美です。
ペットが死後も個性を存続できるのは、人がそれだけ愛を注いだ結果。愛する者と好きなだけ一緒にいられるのも、神様からのご褒美にほかなりません。
ああ、愛したのです。
あなたは愛したのです。
だから、今のリンカが存在するのです。
「この世界には、この世界の意味があります。あなたの存在を神が知らないわけがありません。それでもお許しになっておられるのです。ならば、何を恐れることがあるのですか」
マローンは、優しく穏やかに諭します。
このアニマルアイランドも、全知全能の神がおつくりになった世界の一つ。ここにはここの意味があるのです。
法則によって、全宇宙を支配している神。微生物から惑星の動きまで、すべて制御している神が、あなたとリンカのことを知らないわけがありません。
神はすべてを許しています。
進化のために必要なものを惜しみなく与えています。今、あなたとリンカが一緒にいることも、進化にとって必要だから許されているのです。
もし、それが絶対に許されないならば、とっくの昔に神は存在を認めていないでしょう。神は完全だからです。
だから愛を怖れてはいけない。
怖れはあなたたちを分けてしまう。
まだその時ではない。
あなたたちが望むかぎり、二人は一緒にいてもよいのだと竜は言うのです。
それを聞いたリンカに笑顔が戻ります。
もしかしたら、あなたが来てからずっと気にしていたのかもしれません。定期的に上にあがっていく人間たちを見ながら、未来に恐怖していたのでしょう。
なにより、あなたのことを思っていたのです。
あなたの進化を邪魔してしまわないか、迷惑ではないか。あなたのことだけを心配していました。
リンカ、バカだな。
あなたは彼女の頭を強く撫でました。
迷惑なわけがない。むしろ嬉しいのだと伝えます。
リンカも涙を流して喜んでいます。
そんな二人に、マローンはほほえみました。
「愛を制限してはいけません。制限すれば、それだけ進化が遅れてしまいます。あなたたち自らが体験し、自ら決めるのです。神は強制するのではなく、すべてを利用なさるでしょう」
地上の人間の振る舞いも、地上の人間自らが決めねばなりません。自分たちでやったことは自分たちで責任を負うのです。
地上では、酷いことがたくさん起こっています。それに対して神が強制力を使わないのは、人間に自由を与えているからです。
動物や植物を愛し、同胞を愛し、世界を優しくする自由があります。一方で、動物を殺し、自然を破壊し、疫病や災害によって痛みを負う自由もあります。
すべて自由なのです。神が与えた範囲内において自由なのです。
そのためには強制してはいけないと言います。仮にそうしてしまえば、因果の原則が成り立たなくなるからです。
何事も自らの意思で変えようと思わねばなりません。それまでは痛みが続くことも仕方ないのです。人がその痛みに耐えかねたとき、神の光は芽生えると言います。
暗闇の中でこそ、光は見えます。
痛みの中でこそ、人は未来を渇望するのです。
「では、わが子よ、今度はあなたの話を聞かせてください。あなたの素晴らしい人生を聞かせてください」
マローンは、あなたの人生を尋ねます。
今までどんな生き方をして、何を考え、何を愛したか。
神が与えた条件の中でどう生きたかを問います。
そうです。リンカが来た目的は達成されました。この苦しみは、人になったからこその痛みであると。それは価値あるものであると。
では次に、あなたがここに来た目的を達成する番です。
それは、竜のもとで地上での人生を振り返ること。
すべての体験は、振り返ってこそ価値があります。そこで得た教訓を再確認してこそ、この先に進めるのです。
人が地上に生まれるのは、霊の進化のためです。その人生が終わり、どれだけ進化したかを判断するのは、マローンのような竜の務めなのです。
あなたは優しく促され、生まれてからここに来るまでのことを話しました。思い出すように、一つ一つ、ゆっくりと。
不思議なことに、生まれてから死ぬまでの光景が流れていきます。ああ、これが俗にいう走馬燈か、とあなたも感心したものです。
よいことも悪いことも、馬鹿なこともしたものです。その話を、竜は共感しながら聞いてくれました。喜びは一緒に、怒りには温和に、哀しみには慰めをもって。
何も責めないその姿勢に、あなたは思わず涙をこぼしていました。
改めて振り返ってみれば、自分は愚かな人間だった。
誰かを憎んだり、傷つけたり、馬鹿なことばかりしていた。
つまらないことに固執し、奪い、嘘をついた。
何も認められず拒絶し、排他し、さげすんだ。
本当に美しいものには目も向けず、形だけの幻ばかり追い求めていた。
ああ、なんとつまらぬ人生だったのだろうか。
あなたは、思い出すことすべてが真っ暗に思えてきます。
失敗だらけの人生に涙をこぼします。
されど、竜は言います。
「あなたは、憎しみを知ったから愛を知ったのです。孤独を知ったから、優しさを知ったのです。もし仮にそれらを知らねば、あなたは何も感じない人間になっていたでしょう」
「苦しみがあるから喜びがあるのです。闇があるから光があります。あなたには醜く見えても、その人生は素晴らしかったのです」
物事は、常に二面性、両極性によって成り立っていました。特に地上は、それを強烈に体験する場として神によってつくられています。
その魂を燃え立たせるために。
安息の中で魂は燃えるでしょうか。毎日が日曜日の生活の中で、何か面白いことがあるでしょうか。いいえ、そんな浮き沈みのない生活では何も感じません。
あなたは、なぜ地上に生まれたのでしょう。ここよりもさらに未熟な世界に、どうして生まれたのでしょう。
過酷な世界でつらいことを知り、夜の寒さを知り、憎しみを知り、怒りを知ること。その苦しみによって魂は光の存在に気がつくのです。
寒さを知れば、暖かさを知ります。温もりを知ります。
奪われれば、与える大切さを知ります。
怒りを知れば、憐憫を知ります。
憎しみを知れば、愛を知ります。
あらゆることは、愛の裏返しであることを知るのです。それらは本質的には同じもの。表現の違いであることを知ります。
苦しんだから、そのことを理解できたのです。
あなたの涙こそが、がんばった証拠です。
「よくがんばりましたね。誇ってください。愛してください。自分を愛することも、愛の一つなのですから」
その言葉にあなたは奮えます。
ああ、人生とは愛しいものだったのだ。
あんな馬鹿なことも愛しく感じるほど、すべてが愛だった。
憎しみも哀しみも、愛の違う姿だったのだ。
愚かだと知ったから、今こうして涙を流せるのだ。
今まで嫌で嫌で仕方なかったものが、今になって価値あるものだったと知りました。もしあの嫌な体験をしなければ、反対の良いことも知ることができなかったのです。
その姿に、その情愛に、リンカも感動しています。あなたが体験したことが、まるで自分のことのように感じるからです。
あなたの心が伝わってくるからです。
反省、悟り、充足、そして感謝。
神に対して感謝の気持ちがわいてきます。
人間になれてよかった。人間だからこうして感じられるのだ。犬だったら、こんな激しい情緒はなかった。
二人は抱きしめあい、一緒に泣きました。
「愚かな者など一人もいません。神が生み出したものは、すべて美しいのです。赦しなさい。認めなさい。悪の中に善を見なさい。醜さの中に美を、愚かさの中に叡智を、憎しみの中に愛を見なさい」
「愛しなさい。愛しあいなさい。ただそれだけで救われます」
神は、自分の子である人間に果実を与えました。
そこには最高の美と幸福が宿っています。
しかし、何も苦労を知らない人間が食べても何の味もしません。
ええ、幸せの中で生まれた人間は、幸せが何であるか知らなかったのです。完全なる幸福に、匂いも味も感じられないのです。
それを教えるために神は一本の道を示しました。
その道は、ひどくデコボコしていて、歩くだけでも苦しい道でした。多くの人が、どうしてこんなつらい目に遭うのかと嘆きます。
憎しみあい、ののしりあい、傷つけあいます。
ですが、それを知ったあなたは、幸せが何であるかを知りました。
神が与えた果実は、今になって食べると、とても甘く、とてもおいしいと気がつきました。
飢えることを知ったからです。
満たされないことを知ったから、満たされることに満足できたのです。
人生とは、幸せを知るためのもの。
幸せとは、愛の中にあるもの。
愛とは、生命そのもの。
今は、ただ生きているだけで幸せを感じられます。
素朴なものに美があり、生があると知ったのです。
だからこそ、人生のすべてには価値があります。
神が与えたものに、無駄なものは何一つないのです。
ぽちゃん。
二人の流した涙が大地に触れたとたん、そこから花が咲きました。暗い地中から力強く芽が出て、花を咲かせたのです。
植えられた種は、暗闇の中から差し込むわずかな光と熱をたよりに、天を目指します。つらい道を何度も乗り越え、ようやく芽が出たのです。
二人の涙を栄養として育ったのです。
とても小さな花かもしれませんが、二人だけの、あなただけの花です。世界で一つしかない、世界で一番美しい花。あなたの人生が咲かせた花です。
小さな花は、うっすらと光を放っています。その光が、また誰かを癒す光となるのでしょう。あなたと同じ苦しみに耐えている人を、優しく包むのでしょう。
竜との出会いは、あなたに大きな勇気と慰めをもたらしました。
何も心配することはない。
自分がここに残ればよいのだ。
ここに残って、リンカと愛しあおう。
この世界で生きよう。
そう強く思いました。
ふと、昨晩のリンカが言っていたことを思い出しました。
動物は愛が尽きると個性を失います。ペットであっても、愛が尽きれば身体を維持できないのです。なぜならば、神の火花を持たない動物は、その個性ある魂を長く維持はできないからです。
魂という個別的意識が宿るには、今のあなたのように入れ物、霊魂の身体が必要です。
本来、動物にはこれがありません。それを人間の愛と創造力によって補っている状態です。愛が尽きれば、身体を維持することはできなくなります。
動物と別れるとは、一つの愛が終わること。
愛が尽きたときが別れの時なのです。
一見すれば薄情に見えます。しかし、動物たちには動物独自の進化があり、人には人の進化の道があるのです。
大きな視点から見れば、個性を失うことは哀しいことではないのです。
動物の霊に吸収された動物の魂は、たしかに個性を失いますが全体として成長していきます。動物の霊自体は不滅なのです。それにはそれの進化があるということです。
お互いの進化を願うのならば、時が来たら別れを告げるほうがよいのです。どのみち人の進化に動物はついていけません。いつまでも一緒にはいられません。
人は成長すると神のような存在になっていきます。
人の魂には、小さいながらも神の光が宿っています。
それが個性を永続的なものにするからです。
そして、成長した先々には仕事が待っているのです。神は、すべての人間に仕事を与えています。誰一人として見捨てられることがないのです。
神は、自らの仕事を自らの子らに託します。生み出された側が、今度は生み出す側にまわるのです。それこそ、神が与えた最高の愛なのです。
それゆえに、いつまでもここでペットと一緒に暮らすほうが異常でもあるのです。
それは進化を拒むこと。
進化、それこそがすべての生命の喜びなのです。
「あなたには、まだわからないようですね」
マローンは、あなたがまだ納得できていないことを見抜きます。リンカと再会できてうれしいあなたには、この新しい旅立ちが理解できませんでした。
「さきほどの人間たちは、さらに上の階層のサマーランドに向かいました。彼らは、ここで十分に動物と愛しあい、満足したのです。そして、自らの役目に気がつき、ここを去ったのです」
マローンは、彼らがどこに行ったのかを教えてくれました。
そこには地上でいうところの動物はおらず、人間やさらに進化した妖精が暮らす場所です。そこでは新しい経験が待っていることでしょう。
そうか、だからか。
あなたは様子がおかしい原因がわかりました。
リンカは怖かったのです。
いつか自分を捨てて行ってしまうのではないか。
あなたが消えてしまうのではないかという恐怖を感じていました。
その結果として、愛を失った自分も消えてしまう。
それが人の進化にとって正しいとは思っていても、やりきれない感情があります。
個性が芽生えたがゆえの高度な感情。
死後のことを何も知らない人が、死んだら自分は消えてしまうのではないか、と想像する恐怖。地上の人間ならば、誰もが一度は怖くなるものです。
あなたと別れることもつらい。
自分が消えることも怖い。
あの光を見るたびに、彼女は震えていました。
できるだけ見ないようにしていたのです。
しかし、起こったことは現実です。いつまでも見ないままとはいきません。
「マローン様、私は罪を犯しているのでしょうか?」
ここぞとばかりにリンカは竜に尋ねます。
「あなたはどうしたいのですか?」
「ご主人様と一緒にいたいです。別れたくないのです。でも、人の役目も知っています。だからつらいのです」
それを聞いて、マローンは優しく笑います。
「罪とは何かわかりますか?」
「生命の法に逆らうことです」
「そうです。それに逆らえば、苦しみが訪れます」
マローンは罪と罰を説きました。
苦しいということは、それが悪いことであると思っているからです。
では、罪とは何か。
それは神が定めた生命の法に違反することです。
神は、完全なる愛の法をおつくりになられました。すべての創造物が進化の道を歩めるように、正しい道のりをちゃんと示しています。
それに従えば幸せが訪れ、逆らえば苦しくなります。今のリンカは、進化の法に違反しているのではないかと怯えているのです。その胸が、あまりに苦しいからです。
あなたの進化を思えば、別れを恐れるなどあってはならないこと。まじめなリンカは、そう思っているのです。当人がそう思っていれば、それが現実なのです。
そこでマローンは、生命の法について語ります。
法とは決まりのこと。
正しい道筋のことです。
その順序を知らなければ、守ることもできないからです。
「たとえば、地上の人間たちが動物を殺すのは間違っています。生命の法とは、自分と相手が一つであり、同じ存在だと悟ることです。相手を傷つければ自分が傷つくのは当然です。同じ生命の総合体だからです」
生命は一つです。
動物に宿っている生命力も、もともとは人間の霊と同じ素材から作られています。根本となるものは、すべて等しく神から生まれているのです。
そうであればこそ、動物を殺すことは自分自身を傷つけることになります。すべての生命は神につながっているからです。
あなたはわたしであり、わたしはあなただからです。
「法は完全です。もし人が逆らえば自動的に矯正が行われ、そこに痛みが発生します。法から逃れることはできません。わたしたちでさえも」
神は法則によって世界を制御していました。
草木が生長するのも、人間が成長するのも、空や大地が存在するのも、星が回るのも、すべて神がつくった法則によるものです。
それは一定の範囲内で収まるように制御されています。神の子である人間には自由意志が存在しますが、神がつくった法則を超えることはできません。
法は絶対であり、人だけではなくて竜や天使であっても逆らうことはできません。神がつくった自然法則には、誰も逆らえないのです。
「法には目的があります。すべての法則が目指すのは、生命の進化です」
ルールがあるのは、特定の目的、目指す場所があるからです。
交通ルールがあるのは、みんなが安全に移動できるためです。
神が法をつくった目的は、生命の進化のため。
自分がつくったすべての生命を進化させ、最高の幸せを味わわせるためなのです。
それすなわち、愛です。
生命の進化とは、愛を身につけることです。すべての世界で起こることは、愛と叡智を身につけるための訓練なのです。
ですから、人間が生命の法則に反する行動をとった場合は、神が計画した通りに戻るように反作用が発生します。
動物を殺せば、人間が病気によって災いを受けます。
自然を壊せば、星を直すために地震や異常気象が起きます。
神の法に従って、正しく歩むために軌道修正するからです。
「生命の法とは、因果の法でもあるのです。すべて完璧な計算のもとに、自らに返ってくる法です」
生命の法とは、因果の法でもありました。
因果律とも呼ばれるこの法則は、原因と結果の法則。
自分がやったことが、完璧な計算のもとに自分に戻ってくる、という絶対のルールです。
これによって宇宙が完全に維持されています。何か起こったときは、それ相応の原因が必ずある、ということなのです。
「痛みがあるのは、間違ったことを教えるためです。これこそ神の偉大な叡智ではありませんか」
神は、生命に痛みを与えました。
痛みは、誰にとっても嫌なもの。苦しいものです。法に逆らい間違ったことをすれば、痛くて痛くて我慢できなくなります。
不注意で転べば、膝をすりむきます。そうすれば、今度から注意して歩くようになります。友達に酷いことをして心が痛めば、もうしたくないと思うようになります。
このように、痛みはすべて成長のためにあるのです。
もし痛みがなければ、生命は成長することができません。
「人間が呼ぶ罪とは、神の法に逆らうこと。罰とは、修正による痛みのことです。罪と罰は同時に発生しています」
痛みを感じる段階で、人間にとっては同時に罰を受けていることになります。その痛み自体が、原因に対する当然の結果だからです。
人が罪に対して激しい恐れを感じるのは、そこに罰、痛みが伴うからです。頭では理解できずとも、心が間違っていると感じるからです。
「では、この苦しみは…罪なのですか?」
リンカはおそるおそる竜に尋ねます。
自分の胸が苦しいのは、法則を守らなかったからだろうか。自分の感情が間違っているから、こんなにも怖いのだろうか。
そんなリンカに、より大きな愛をもってマローンは答えます。
「苦しみのすべてを罪だと思ってはいけません。苦しみは価値あるものです。あなたが人であることは、苦しみを得ることでもあるのです」
人は、苦しむものである。
人だからこそ、苦しむ権利を得たのだ。
苦しむために人になった。
リンカが人になったということは、苦しみと常時一緒にいることを望むことなのです。
人は常に間違えるもの。間違いながら正しいことを知っていくもの。今、リンカが苦しいのは、人として生きている証拠なのです。
「地上もこの場所も、完全とは程遠い場所です。進化をすれば自然と学んでいく、というわけです。それまでは無秩序な状態が続くだけのこと。偉大なる神は、それをすべてご承知の上です」
もし地上が完全なる世界ならば、何も犠牲にしなくてよくなるでしょう。食べるために植物を犠牲にしている世界すら、存在しなくなるでしょう。
しかしながら、地上もアニマルアイランドも完全なる世界ではありません。まだまだ、到底まだまだ、完全なる世界は果てしなく遠いのです。
そして、罪とは無秩序のことでもあるのです。
法に対して逆らっている状態。理解できない状態。混乱状態。まだ自分の中で、神の法に対する整理がついていない状態です。
「未成熟な世界において、霊の未成熟な発現が起こるのは当然のことです。あなたの恐れも同じこと。特にあなたは優れた感情を抱き始めたばかり。とても大切な時期なのです」
リンカは、とてもとても不安定な状況にあります。
犬でもなく人でもない、まさに中間に位置する存在なのです。
彼女に芽生えた恐れも、高度な感情を持つからこそのもの。このような優れた情緒は犬にはありません。犬はもっと本能的で動物的な感情しか持ちあわせないのですから。
リンカが望んで人となり、結果として苦しみを得た。
何が正しいかを知るために、苦しみ、少しずつ理解して、また苦しむ。
今、心がとても苦しいのは、成長しているからです。
その考えが、その想いが、正しいのか間違っているのかを、自分自身で考えているからです。
もし考えることを放棄すれば、きっと楽になるでしょう。苦しみもないでしょう。でも、それは成長しないことでもあるのです。
「リンカの思うように、進化の法は厳然たるものです。守らねば降下することもあります」
竜は、人以上に神の法を厳然と守る存在です。彼らの役目は、神の計画が法に沿って進むのを見守ることです。
ですから、リンカの恐れも理解できます。たしかに法を破れば、その代償は自分に戻ってきます。自己責任の法こそ、神の法の真髄だからです。
「それでも、強制は絶対にされません。強制され、命令されたものに何の価値がありましょう。自ら望み、欲し、苦労して得るものだから価値があるのです」
進化の大前提は、自ら欲することです。
誰かに言われてやらされることはありえません。
法にそむけば自動的に暮らす世界が落ちていくように、法を守れば上にあがり続けることができます。どちらも自ら選ぶから納得できるのです。
ここは地上と違い、何もしていない者に何かが与えられることはけっしてありません。
「あなたたちは今、原因に対して当然の結果を受けて存在しています」
「愛したからです。お互いに愛しあったからです」
「それは、あなたたちへの神からのご褒美でもあるのですよ」
その言葉に、あなたとリンカはお互いの顔を見ました。すべての法則に当然の結果があるということは、今ここにあなたとリンカがいること、それ自体が結果なのです。
それはご褒美です。
ペットが死後も個性を存続できるのは、人がそれだけ愛を注いだ結果。愛する者と好きなだけ一緒にいられるのも、神様からのご褒美にほかなりません。
ああ、愛したのです。
あなたは愛したのです。
だから、今のリンカが存在するのです。
「この世界には、この世界の意味があります。あなたの存在を神が知らないわけがありません。それでもお許しになっておられるのです。ならば、何を恐れることがあるのですか」
マローンは、優しく穏やかに諭します。
このアニマルアイランドも、全知全能の神がおつくりになった世界の一つ。ここにはここの意味があるのです。
法則によって、全宇宙を支配している神。微生物から惑星の動きまで、すべて制御している神が、あなたとリンカのことを知らないわけがありません。
神はすべてを許しています。
進化のために必要なものを惜しみなく与えています。今、あなたとリンカが一緒にいることも、進化にとって必要だから許されているのです。
もし、それが絶対に許されないならば、とっくの昔に神は存在を認めていないでしょう。神は完全だからです。
だから愛を怖れてはいけない。
怖れはあなたたちを分けてしまう。
まだその時ではない。
あなたたちが望むかぎり、二人は一緒にいてもよいのだと竜は言うのです。
それを聞いたリンカに笑顔が戻ります。
もしかしたら、あなたが来てからずっと気にしていたのかもしれません。定期的に上にあがっていく人間たちを見ながら、未来に恐怖していたのでしょう。
なにより、あなたのことを思っていたのです。
あなたの進化を邪魔してしまわないか、迷惑ではないか。あなたのことだけを心配していました。
リンカ、バカだな。
あなたは彼女の頭を強く撫でました。
迷惑なわけがない。むしろ嬉しいのだと伝えます。
リンカも涙を流して喜んでいます。
そんな二人に、マローンはほほえみました。
「愛を制限してはいけません。制限すれば、それだけ進化が遅れてしまいます。あなたたち自らが体験し、自ら決めるのです。神は強制するのではなく、すべてを利用なさるでしょう」
地上の人間の振る舞いも、地上の人間自らが決めねばなりません。自分たちでやったことは自分たちで責任を負うのです。
地上では、酷いことがたくさん起こっています。それに対して神が強制力を使わないのは、人間に自由を与えているからです。
動物や植物を愛し、同胞を愛し、世界を優しくする自由があります。一方で、動物を殺し、自然を破壊し、疫病や災害によって痛みを負う自由もあります。
すべて自由なのです。神が与えた範囲内において自由なのです。
そのためには強制してはいけないと言います。仮にそうしてしまえば、因果の原則が成り立たなくなるからです。
何事も自らの意思で変えようと思わねばなりません。それまでは痛みが続くことも仕方ないのです。人がその痛みに耐えかねたとき、神の光は芽生えると言います。
暗闇の中でこそ、光は見えます。
痛みの中でこそ、人は未来を渇望するのです。
「では、わが子よ、今度はあなたの話を聞かせてください。あなたの素晴らしい人生を聞かせてください」
マローンは、あなたの人生を尋ねます。
今までどんな生き方をして、何を考え、何を愛したか。
神が与えた条件の中でどう生きたかを問います。
そうです。リンカが来た目的は達成されました。この苦しみは、人になったからこその痛みであると。それは価値あるものであると。
では次に、あなたがここに来た目的を達成する番です。
それは、竜のもとで地上での人生を振り返ること。
すべての体験は、振り返ってこそ価値があります。そこで得た教訓を再確認してこそ、この先に進めるのです。
人が地上に生まれるのは、霊の進化のためです。その人生が終わり、どれだけ進化したかを判断するのは、マローンのような竜の務めなのです。
あなたは優しく促され、生まれてからここに来るまでのことを話しました。思い出すように、一つ一つ、ゆっくりと。
不思議なことに、生まれてから死ぬまでの光景が流れていきます。ああ、これが俗にいう走馬燈か、とあなたも感心したものです。
よいことも悪いことも、馬鹿なこともしたものです。その話を、竜は共感しながら聞いてくれました。喜びは一緒に、怒りには温和に、哀しみには慰めをもって。
何も責めないその姿勢に、あなたは思わず涙をこぼしていました。
改めて振り返ってみれば、自分は愚かな人間だった。
誰かを憎んだり、傷つけたり、馬鹿なことばかりしていた。
つまらないことに固執し、奪い、嘘をついた。
何も認められず拒絶し、排他し、さげすんだ。
本当に美しいものには目も向けず、形だけの幻ばかり追い求めていた。
ああ、なんとつまらぬ人生だったのだろうか。
あなたは、思い出すことすべてが真っ暗に思えてきます。
失敗だらけの人生に涙をこぼします。
されど、竜は言います。
「あなたは、憎しみを知ったから愛を知ったのです。孤独を知ったから、優しさを知ったのです。もし仮にそれらを知らねば、あなたは何も感じない人間になっていたでしょう」
「苦しみがあるから喜びがあるのです。闇があるから光があります。あなたには醜く見えても、その人生は素晴らしかったのです」
物事は、常に二面性、両極性によって成り立っていました。特に地上は、それを強烈に体験する場として神によってつくられています。
その魂を燃え立たせるために。
安息の中で魂は燃えるでしょうか。毎日が日曜日の生活の中で、何か面白いことがあるでしょうか。いいえ、そんな浮き沈みのない生活では何も感じません。
あなたは、なぜ地上に生まれたのでしょう。ここよりもさらに未熟な世界に、どうして生まれたのでしょう。
過酷な世界でつらいことを知り、夜の寒さを知り、憎しみを知り、怒りを知ること。その苦しみによって魂は光の存在に気がつくのです。
寒さを知れば、暖かさを知ります。温もりを知ります。
奪われれば、与える大切さを知ります。
怒りを知れば、憐憫を知ります。
憎しみを知れば、愛を知ります。
あらゆることは、愛の裏返しであることを知るのです。それらは本質的には同じもの。表現の違いであることを知ります。
苦しんだから、そのことを理解できたのです。
あなたの涙こそが、がんばった証拠です。
「よくがんばりましたね。誇ってください。愛してください。自分を愛することも、愛の一つなのですから」
その言葉にあなたは奮えます。
ああ、人生とは愛しいものだったのだ。
あんな馬鹿なことも愛しく感じるほど、すべてが愛だった。
憎しみも哀しみも、愛の違う姿だったのだ。
愚かだと知ったから、今こうして涙を流せるのだ。
今まで嫌で嫌で仕方なかったものが、今になって価値あるものだったと知りました。もしあの嫌な体験をしなければ、反対の良いことも知ることができなかったのです。
その姿に、その情愛に、リンカも感動しています。あなたが体験したことが、まるで自分のことのように感じるからです。
あなたの心が伝わってくるからです。
反省、悟り、充足、そして感謝。
神に対して感謝の気持ちがわいてきます。
人間になれてよかった。人間だからこうして感じられるのだ。犬だったら、こんな激しい情緒はなかった。
二人は抱きしめあい、一緒に泣きました。
「愚かな者など一人もいません。神が生み出したものは、すべて美しいのです。赦しなさい。認めなさい。悪の中に善を見なさい。醜さの中に美を、愚かさの中に叡智を、憎しみの中に愛を見なさい」
「愛しなさい。愛しあいなさい。ただそれだけで救われます」
神は、自分の子である人間に果実を与えました。
そこには最高の美と幸福が宿っています。
しかし、何も苦労を知らない人間が食べても何の味もしません。
ええ、幸せの中で生まれた人間は、幸せが何であるか知らなかったのです。完全なる幸福に、匂いも味も感じられないのです。
それを教えるために神は一本の道を示しました。
その道は、ひどくデコボコしていて、歩くだけでも苦しい道でした。多くの人が、どうしてこんなつらい目に遭うのかと嘆きます。
憎しみあい、ののしりあい、傷つけあいます。
ですが、それを知ったあなたは、幸せが何であるかを知りました。
神が与えた果実は、今になって食べると、とても甘く、とてもおいしいと気がつきました。
飢えることを知ったからです。
満たされないことを知ったから、満たされることに満足できたのです。
人生とは、幸せを知るためのもの。
幸せとは、愛の中にあるもの。
愛とは、生命そのもの。
今は、ただ生きているだけで幸せを感じられます。
素朴なものに美があり、生があると知ったのです。
だからこそ、人生のすべてには価値があります。
神が与えたものに、無駄なものは何一つないのです。
ぽちゃん。
二人の流した涙が大地に触れたとたん、そこから花が咲きました。暗い地中から力強く芽が出て、花を咲かせたのです。
植えられた種は、暗闇の中から差し込むわずかな光と熱をたよりに、天を目指します。つらい道を何度も乗り越え、ようやく芽が出たのです。
二人の涙を栄養として育ったのです。
とても小さな花かもしれませんが、二人だけの、あなただけの花です。世界で一つしかない、世界で一番美しい花。あなたの人生が咲かせた花です。
小さな花は、うっすらと光を放っています。その光が、また誰かを癒す光となるのでしょう。あなたと同じ苦しみに耐えている人を、優しく包むのでしょう。
竜との出会いは、あなたに大きな勇気と慰めをもたらしました。
何も心配することはない。
自分がここに残ればよいのだ。
ここに残って、リンカと愛しあおう。
この世界で生きよう。
そう強く思いました。
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