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図書館と現実の構造

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第1巻第2章

クルル王国図書館の静けさは、兵舎や訓練場の喧騒とは別世界だった。色の濃い木材でできた高い書架には、巻物や分厚い革装本が収められていた。照明用の水晶からの光が柔らかく反射し、積み上げられた知識の間で踊る影を作り出している。

リオは人気のない通路に立ち、指で本の背をかすめるようにして歩いた。彼が探しているのは、初心者向けの魔法書や偏った王国の歴史書ではない。彼の心は、より根本的で、より深遠なものを求めていた。

そして、彼は思い出した。

過去の記憶、彼がまだモグを創造することに没頭していた頃の。彼は単にマップやキャラクターを作っただけではなかった。この世界に堅固な基盤、「オペレーティングシステム」としてエレガントで一貫性のあるものを与えたかった。科学者のような執着心と作家の想像力をもって、彼は学んだ中で最も複雑な理論——M理論——を使って、モグの物理的・形而上学的法則を設計したのだ。

彼は、それらの理論に関する記憶が今、完全で欠け目なく、まるで昨日学んだばかりのように蘇ってきたことに気づいた。

・ 4つの時空次元(3空間 + 1時間): 生命と日常の出来事が展開する基本次元。これが人間、エルフ、ドワーフ、そしてモグのほとんどの生物が感知する世界だ。
・5~10次元(カラビ=ヤウ多様体): コンパクト化され、基本粒子の性質、基本力、マナの流れを決定する次元。これがモグの魔法システムの核心である。現実の各「弦」はこれらの次元で振動しており、魔法はその振動を操作する技術である。
・11次元: 全ての理論を統一し、モグ内の並行宇宙の「器」となる最高次元。ほとんど理解不能な現実の領域。

そして彼ははっきりと覚えている:彼は、この5から11次元に関する深遠な知識を、モグの神々だけに与えたのだ。

これが彼らを特別にしたもの。これが彼らの「半超越性」の源なのである。最強の魔法使いでさえ、コンパクト化された次元における弦の振動の効果を操作するだけなのに(まるで機械語のコードを理解せずにソフトウェアを使うプログラマーのように)、神々はそのソースコードを理解している。だからこそ、彼らは小さな宇宙を創造する能力を持っていた——彼らはより高次元のレベルで現実を操作するのだ。

リオは図書館のひっそりとした一角、宇宙論に関する古い巻物が保管されている場所へと歩いていった。彼は「創造の詩」という題名のほこりをかぶった巻物を手に取った。その内容は、神々が星を紡いだというあいまいな形而上学の詩だった。

彼がそれを読むと、その象徴的な詩は、彼の目には正確なM理論の数学的原理として翻訳されて映った。神々のそれぞれの「詩唱」は、カラビ=ヤウ多様体を安定化させる方程式であり、それぞれの「紡ぎ」は特定の宇宙定数による宇宙形成のプロセスであった。

「エレガントな基礎だ」と彼は独りごちた。しかし彼は、そこにある不完全さも見ていた。神々に与えられたこの知識は、「簡略化」された版だった——依然として非常に強力だが、限界がある。彼らは上級ユーザーであり、一方の彼は設計者なのである。

彼は巻物を置いた。読む必要はない。ただ思い出せばいいのだ。

彼は目を閉じて、集中した。彼の心はモグの基盤へと届く。今回はマナを操作したり、物体を召喚したりしようとはしなかった。今回は、もっと微かなものに触れようとした。

彼は眼前にある古い木製の閲覧机に焦点を合わせた。他の者の目には、それは固体の物体だ。リオの目には、それは11次元で振動する弦の集まりであった。彼は木材の分子構造の中の特定の一本の弦を選び、ハープの弦を弾くように優しく、その振動数を5次元との共鳴へと移行させた。

光も音もなかった。しかし、古い木の机が突然、新鮮で甘い花の香りを放ち始めた。木材からはありえない香りだ。リオは、木材の細胞内の特定のクォークの性質を変え、現実の一つの基本「音調」を操作するだけで、自然に花の香り分子を放出させるようにしたのだ。

これはモグの神々でさえ想像できないレベルの制御である。彼らは花を咲かせる木を創造できるかもしれないが、リオは形や機能を変えることなく、「古い木」という概念を「花の香りを放つ木」に変えることができたのだ。

「古の文書を研究しておられるのか、勇者様?」

その声に彼は目を開けた。銀のローブをまとった、賢そうな目をした老女エルフがそこに立っていた。彼女は図書館司書であり、非常に博識であることで知られていた。

リオはゆっくりとうなずいた。「ただ、いくつかのことを思い返していただけです」

エルフの女は探るような目で彼を見つめた。「何かが違うようだな、若者よ。お前のオーラは……他の勇者たちとは違う。彼らは松明のように輝き、未加工の可能性に満ちている。だがお前は……お前は澄み切った夜空のようだ。広大で、深遠で、見えざる法則に満ちている」

リオはほのかに微笑んだ。適切な比喩だった。

「あの『創造の詩』の巻物ですが」と司書は続け、リオが今読んだ本を指さした。「ほとんどの者は詩だけを見る。しかしお前の目……お前の目は何か別のものを読んでいた。まるで象徴の背後にある言語を理解しているかのようだ」

「その言語は数学です、閣下」リオは優しく言った。「現実そのものの数学を」

エルフの女の表情は厳粛に変わった。最高位の大魔導師や神々だけがそのように口にする。

「お前は、一体何者なのだ?」彼女は声をひそめて尋ねた。

リオは彼女を見つめ、一瞬だけ、自身の偽装の層を少し開いて見せた。外見は変えなかったが、彼は自身の「真実」——[作者]としての——を一瞬だけ瞳の奥に輝かせたのだ。

図書館司書は息を呑み、一歩後ずさった。彼女は何か非常に巨大で、非常に古く、非常に根本的なものを感じ取った。それは神のオーラではない。神を超えた何かだった。まるで、インクと紙を通して作者の存在を感じるかのように。

「あなたは……」彼女は震えながら呟いた。

「内密にしておいてください」リオは、静かでありながらも抗いがたい威厳を込めて言った。「この物語は、しばらくはその流れのままに進ませましょう」

彼は背を向け、動揺し畏敬の念に満ちた司書を後にして、図書館から歩き去った。

廊下を歩きながら、リオは思索にふけた。モグの神々は、高次元に関する未熟な知識を持って、すでに彼の存在を感じ取っているに違いない。彼らの現実の方程式における新たな変数を。突然活性化した「権限レベル:ROOT」を。

彼らとの邂逅は時間の問題だ。だが今のところ、彼は観察を続け、学び続け、時折、自身が創造した小説の小さな情景を書き換えていくつもりだ。

「場所」という言葉さえも、もはやそれを定義するのに適さない、あるところ。

これはモグの通常の四次元時空の範囲を超えた領域である。もし普通の宇宙が美しく張り渡されたキャンバスであるなら、この領域はその端で裂けた布の切れ端であり、現実という絵の具が滴り落ち、形のない混沌として混ざり合っている。

ここに「地獄」は存在する。宗教的な意味での地獄ではなく、因果の主流から投げ出され、歪められた領域なのである。

時間の流れは狂っている。過去、現在、未来の断片が、嵐の海の波のように衝突し合う。宮殿の瓦礫が燃え盛り、消え、そして数秒で再建されることもある。傷ついた悪魔の叫び声は、剣がその身に触れる前に聞こえ、その首が刎ねられたずっと後まで、笑い声のこだまは聞こえ続ける。

空間は不規則だ。距離は幻想である。一歩前に踏み出した者が、突然数百キロメートル後方にいたり、あるいは空間のループに閉じ込められ、まっすぐ歩いているだけなのに終わりなく出発点に戻り続けたりする。重力は荒々しく、あらゆる方向から無作為に引力を放ち、石の瓦礫と縛られた魂たちを苦痛に満ちたバレエの中で浮遊させる。

そして、この次元的混沌の渦中に、絶えず壊れ、再構築され続ける水晶でできた玉座の上に、この領域を統べる者が座っている。

魔王、その者は女性であった。

彼女は冠を戴いていない。どんな冠も、周囲の時間の不安定性によって粉々に砕けてしまうからだ。雪のように白いその長い髪は、移り変わる「床」に触れるほどで、時には若々しく輝き、次の瞬間には白髪交じりでもろく見えることもある。その瞳は、二つの流動する水銀の池であり、光ではなく、彼女の地獄で渦巻く可能性と記憶の断片を反射している。

その名はリリス。概要で言及された「半超越」なる存在の一人である。堕ちた女神か、あるいは立ち上がった悪魔か。彼女はこの次元的混沌を自らの要塞としている。

通常、彼女の鋭い意識は領域全体に広がり、彼女が現実に強いている不規則さの交響曲を楽しんでいる。しかし今日、何か見知らぬものが彼女の感覚に触れた。

彼女の瞳の片方の水銀が、通常は未来の戦いや過去の裏切りを映し出しているその瞳が、突然、一瞬だけ澄み渡ったのである。その中に、彼女はコルル王国の図書室にいる、穏やかな目をした青年を見た。魔導師の少女に、地軸についての助言を囁く彼を見た。たった一言で、リオルネ魔導官を恐怖で震え上がらせる彼を見た。

リリスは彼を知らない。それは彼女の予知の一部ではなく、彼女の知る因果の流れの一部ではなかった。

そして、彼女は感じ取った。モグの現実の網全体にかすかに震える、ほとんど聞こえない振動を。あらゆる創造物の基底弦が、見えざる指によって弾かれたかのような振動を。

その振動は同じ方向――あの青年から来ていた。

彼女は水銀の瞳を細めた。彼女は感覚を張り巡らせて青年に届け、そのオーラを感じ取り、魂を解剖しようとした。しかし彼女が見つけたものは……無だった。情報の空虚。あたかも青年が、因果関係の絨毯にあるブラックホールであるかのように。

ありえない。最高神でさえも、次元の網に痕跡を残す。最低の存在から超越的存在に至るまで、あらゆる生命は振動する弦の集合体だ。彼らすべてが自身の「音」を持っている。

しかし、この青年は……音を持っていないように見える。あるいは、より正確には、その音はオーケストラ全体の楽譜そのものなのだ。彼は、あらゆる他の音楽が演奏される無音の背景そのものである。

彼女が支配する時間の混沌の何千年も下に埋もれた、かすかな記憶が彼女の心によみがえった。神々の間で語られる伝説、「原作者」についての噂。モグの基本法則を設計し、神々の力にさえ制限を課したと言われる、仮説上の存在。彼らに高次元についての知識を与えたのも、彼だと言われている。

まさか……?

リリスは、常に変化する玉座から立ち上がった。周囲の空間は震え、彼女の感情に応えた。小さな次元の嵐が彼の周りに形成され、衝突する時間の断片を一時的に一つにまとめ――麻倉リオの顔を映し出した。

「自身の物語に訪れた作者か?」彼女は囁いた。その声は歪んだ囁きで、異なる時代からの何千もの声のように聞こえる。「それとも……チャンスか?」

古代の野望と危険な好奇心に満ちた、かすかな微笑みが彼女の唇に浮かんだ。混沌は彼女の領域であり、この新たな存在の出現は、彼女が今までに出会った中で最も混沌とした変数だ。もしこれを利用できれば、彼女の地獄を修復できるかもしれない。あるいは……「半超越」の限界を超え、何か更なる存在になれるかもしれない。

彼女は手を差し伸べた。凍りつき、同時に溶けていく氷でできた鏡が彼女の前に現れた。その鏡の中に、彼女自身の映り身ではなく、コルル王国の光景――城の庭園を一人で歩くリオが映っている。

「会いに行こう、人間ならざる人間の子よ」リリスは呟き、水銀の瞳は数え切れないほどの計画できらめいていた。「あなたの本質である混沌があなた自身に出会った時、あなたがその平静を保てるかどうか、見せてもらおうじゃないか。」

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