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私の家
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「今日から貴方のお家よ。」
40代の女性が横に立って話す。首から掛けている名札には「宮本」と書いてある。正面を見ると興味津々な子供達の目が私を見ていた。
父親が死に、母親に虐待されていた私は田舎の児童養護施設に住む事になった。馴染むのに時間は必要無かった。同じ事情を抱えた子供達だ。すぐに仲良くなった。
施設の名前は「児童養護施設・ひかりの家」。3階建てで建物の中に居住スペース、食堂、入浴場等があった。男女で寝室が分かれていたが、就寝時間以外は性別や年齢関係無く一緒にいることが多かった。
私を合わせて子供の数は男の子が5人。女の子が3人だった。
大人は食堂の調理師が1人。交代で来る世話人が4人いた。あと施設長の宮本だ。
施設長は皆んなを優しく包んでくれる太陽みたいな人だった。叱る時は鬼の様に怖いけれど、私達は施設長が大好きだった。本当の親のように慕っていた。
周りには畑、小さな学校、廃れた商店街。人口が少ない田舎の街。退屈な場所だった。公園も無い。だが皆んなで遊ぶには困らなかった。
裏山で枯れ葉を集めて焚き火をした。夏は水辺で遊び、雪が積もった日には雪合戦をした。かくれんぼは近くの寺で出来た。私達は何処でも遊ぶ事が出来る天才だった。
私達の生活は周りが思っているよりも充実していた。一時帰宅で家に帰る事があっても、ひかりの家の方がいいねなんて笑っていた。このまま一生此処で暮らせたらと話した事もある。
でも充実した日々は、長く続かなかった。
私が施設に来てから3回目の春。一緒に暮らしていた男の子が亡くなった。雄太君って呼んでいた。お調子者で学校の先生によく叱られていた。
事故死だった。学校からの帰り道。土手を繋ぐ橋から誤って転落してしまった。
葬儀が始まり、出棺される。葬儀場にはひかりの家の子供達と大人や同級生が集まった。皆んな泣いて目が腫れていた。状況がよく分かっておらず、「雄太君は寝てるの?」と大人に聞いてる女の子もいた。
雄太君の家族は誰も来なかった。
私は最期に雄太君の顔を目に焼き付ける。日に焼けた顔。小さな鼻。いつもお喋りな口はしっかり閉じられていた。本当に寝ているみたいだった。
葬儀が終わり、出棺される。ひかりの家の皆んなで火葬場に向かう。程なくして火葬が始まった。棺が火葬炉に入れられる。煙突から黒い煙が青空に向かって立ち昇る。私は煙を見ながら静かに泣いていた。
火が消えて、火葬炉を開けた時は小さな骨しか残っていなかった。火葬場職員の人が遺骨の説明をしている。目の前に現れた骨に呆気を取られ、説明が耳に入って来なかった。
大人達の見様見真似で遺骨を箸で掴み壷に入れた。雄太君はとても小さく、軽くなってしまった。
薄暗くなった帰り道。骨壷を抱えた施設長がこんな話をしてくれた。
「雄太君はね。これから49日の間ひかりの家で一緒に過ごすの。それからお墓に入るのよ。皆んなでお墓参りに行きましょうね。」
「お墓は何処にあるの?」
「ひかりの家の近くにある墓地よ。皆んながたまにかくれんぼしてたお寺の裏手にあるの。雄太君はそこにある無縁塚って所に入るのよ。」
施設長は雄太君が入っている骨壷を涙目で見つめていた。私達は何も言えなかった。
四十九日の期間が過ぎた。季節は夏になる。雄太君の骨壷を持って全員で山の中腹にある墓地を目指す。坂道は緩やかなカーブが続いた。私は道端に落ちている石を蹴りながら砂利道を歩いた。
墓地に着くと無縁塚に向かう。無縁塚は私が知っているお墓とは違った。約3メートル四方の小さな丘に名前の書いていない墓石が無差別に立ち並ぶ。所々に赤い布を纏った地蔵が置いてある。隙間からは雑草が生えていた。
全員で無縁塚にお辞儀する。寺がある方向から住職が歩いて来た。施設長が住職に挨拶する。
「お忙しい中御対応していただきありがとうございます。本日は宜しくお願いします。」
住職は手を合わせ此方に一礼した。今日の流れを説明する。
「当寺へよくお越し下さいました。まず彼方の寺中にて読経をさせていただきます。皆様には焼香を行っていただきます。その後納骨を行います。故人様は合祀となりました後、無縁塚に埋葬となります。」
住職の説明は幼い私達にとっては難解すぎた。大人達に着いて歩き、寺の中に入る。独特な臭いが漂っている。そこには人数分の座布団が用意されていた。
住職がお経を上げる。長い長いお経。私達は施設長の真似をして焼香した。作法は事前に聞いてはいたが、間違えていないか不安だった。だがその不安は足の痺れによって掻き消された。
読経が終わった後は無縁塚を通り過ぎて納骨堂に向かった。住職が鉄の扉を開ける。背後から中を覗くと棚に無数の骨壷や小さな袋が置かれてあった。住職は骨壷を棚に置いた。雄太君の遺骨はたくさんの骨と一緒に永遠に此処で眠るのだ。
無縁塚の前に戻る。最後に全員で合唱する。私は心の中で「バイバイ。」と呟いた。
墓地から帰った後、施設内で会食をした。出前で注文した寿司だった。久々の贅沢な食事に私達は先程の緊張を忘れて盛り上がった。
会食が終わってからはいつもと同じルーティンだった。風呂に入り、就寝準備をする。準備を済ませ、早々にベッドで横になった。だが私の目は冴えていた。
8帖の部屋には2段ベッドが2つ左右の壁に置かれている。私は右側上段だった。左側上段には同い年の綾華がシーツを被って寝転んでいる。その下では4歳年下の小春が寝息を立てていた。
「綾華ちゃん、まだ起きてる?」
「起きてるよ。どうしたの?」
綾華も眠れないのか。シーツを被ったまま返事をする。私は無縁塚と墓の違いを聞いた。頭の良い綾華なら知ってるかもしれないと思ったからだ。綾華はシーツから顔を出して少し考える素振りを見せた。
「んー。よく分からないけど、家族のいない人達が入るお墓じゃない?私達みたいなさ。だから雄太君も無縁塚に入ったんでしょ。」
私は「そっかぁ。」と呟いて天井を眺める。「あのさ。」と話しかけたが返事は無い。いつの間にか綾華は寝ていた。
無縁塚を理解したのは高校生になってからだ。引き取り手がない遺骨や無縁仏と呼ばれる死者を合わせて葬る場所だった。最近では放置された墓も「無縁墓」と呼ばれる事もあるらしい。
雄太君が無縁塚に入った理由がわかった。同時に自分も、このままだと一緒に入るんだろうかとぼんやり考えていた。
一生ひかりの家に住む事はできない。高校卒業後は家を出る事になっている。児童養護施設で暮らす子供達は原則として18歳になると独り立ちしなければならないからだ。
雄太君を知る他の子達は家族の元へ帰ったり、里親が決まったり、既に18歳になって退所したりしていた。当時の事件を知る者でひかりの家に残っていた入居者は私だけだった。
今日は施設長と面談がある。卒業式まであと3ヶ月。卒業をしてから住む所も、進路もまだ決まっていない。人生お先真っ暗だった。
通い慣れた部屋の扉を開ける。施設長の部屋だ。壁には今まで住んでいた子供達の写真が飾られている。私も何枚か写真に写っていた。
2人掛けのソファが2台向かい合わせになっていて、真ん中にはローテーブルが置かれていた。施設長はソファに座っている。「どうぞ。」と私に笑いかけた。まるで面接官みたいだ。
「もう少しで卒業ね。住む所の目処はついた?なんとなくでいいのよ。」
「なーんも決まってない。思い付かないよ。」
施設長は目尻を細めて困った顔をしている。側から見れば思春期の娘と心配性の母親の会話だ。私は面談を受けながら「お母さんってこんな感じなのかな。」と思っていた。
「これ以上皆んなに迷惑掛けられないから、早く住む所も進路先も探すよ。心配掛けてごめんね。」
「迷惑なんかじゃないわ。出て行かないといけない施設の制度が悪いのよ…。ひかりの家から出ても貴方は家族。私達にサポートできる事があったら教えてね。」
私の手を握って施設長は力強く話してくれた。その手はとても温かかった。いつも親身になって話を聞いてくれる施設長の手はいつの間にか皺とシミが増えている。
やっぱり。私はこの家が、この人が大好きだ。これ以上は迷惑を掛けられない。ひかりの家にはまだ小さな子供達がいる。私1人の問題に時間を割いていては無駄だ。
私は担任に相談して急いで進路を決めた。進学はしない。学費を払う余裕なんて無かった。担任は奨学金制度を勧めてきたが、断った。それよりも低学歴で無資格の人間を雇ってくれる場所を教えてくれと頼んだ。
1週間後、担任は求人募集している企業をリストアップしてくれた。私は片っ端からメールを送った。ほとんどの企業からは返信が無かった。その中で1件だけ返信が来た。
住所は大阪府豊中市。此処から電車で約2時間だ。私はすぐに面接を受けに行った。その場で採用となった。
就職先は数年前からハローワークのホームページに掲載されている個人経営の不動産会社になった。多くの店が並ぶ商店街の中に在る小さな会社だ。地域の住民から根強く支持されている。そこで事務職として雇ってもらえた。面接時に社長が「うちに入社を決めてくれたら、すぐに家を探してあげる。」と言っていたのが決定打となった。
進路も住居も無事解決できた事を施設長に報告する。卒業式まで残り1ヶ月だった。
「無事決まって良かったわね。全部1人で決めて…。本当、立派になったわね。」
「結構ギリギリだったけどね。まぁなんとかなって良かったよ。」
施設長の部屋でソファに座り、紅茶を飲みながら話す。ティーカップからは湯気が昇り、2人の間をユラユラと揺れていた。
「荷物の準備はできているの?引っ越し先の家具とか家電とか。揃える物はたくさんあるわよ。」
「お金が貯まるまでの辛抱だね。会社の近くにコンビニとかコインランドリーもあったから大丈夫。此処に来るまでは布団無しで寝てたんだから余裕だよ。」
自嘲気味に笑う私に施設長は最後の説教をした。その声は震えていた。
「私がこの前の面談の時、なんて言ったか覚えてる?ここを出ても、貴方は家族。少しは周りを頼りなさい!1人でも平気なフリはもうしないで!」
急に大声を出す施設長に驚いて私は何も言い返せなかった。大声を聞いて様子を見に来た子供が小窓の隙間から覗いている。
私は泣くのを我慢した。いつも「お姉ちゃん」と慕ってくれている子供の前で涙を見せたくなかったからだ。
施設長に「ごめんなさい。」と頭を下げてソファから立ち上がる。顔を下に向けた時、涙が流れてしまった。施設長は私にハンカチを渡す。ハンカチで顔を隠しながら退室した。
18歳にもなって大声で叱られた恥ずかしさ。それと自分を本気で心配してくれている有り難みを感じて私はベッドの上で声を殺して泣いた。
後日施設長に呼び出され、封筒を渡された。中には家具と家電を買えるくらいの金額が入っている。戸惑う私に向かって「最後くらいカッコつけさせて。」と目を細めて笑う。その顔を見ると断れなかった。
3月31日ひかりの家を退所した。そして新しい家に引っ越した。此処を離れる寂しさと新生活への楽しみが入り混じって、不思議な気持ちだった。
前日の夕方。皆んなが送別会を開いてくれた。様々な色の折り紙で鮮やかな飾り付けがされた食堂。私の好物がいっぱい食卓に並べられていた。終盤には寄せ書きがされた色紙を貰い、全員で写真を撮った。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
送別会が終了した後、私は墓地に向かった。街灯の無い砂利道を月の光が照らしていた。
墓地に到着して無縁塚の前に佇む。相変わらず雑草が生い茂っていた。お供物としてお菓子を置いた。私が将来入るかもしれないお墓だ。
「行ってくるね。当分来れないかもしれないけど…。皆んなの事、見守っててね。」
雄太君に別れの挨拶を済まし合掌する。夜の風がひんやりと私を包み込んだ。身震いしてパーカーのファスナーを閉め直す。
帰り道。立ち止まって下り坂から町を見下ろす。私はいつもの景色を目に焼き付け、携帯電話で写真を撮った。昔通っていた学校。掛かり付けの病院。一面に広がる田畑。疎らに立っている一軒家。その外れに大好きなひかりの家があった。
少し潤んだ眼を擦り、冷えた風を肺いっぱいに吸い込んだ。私は坂道を一気に駆け下りて、ひかりの家へ帰った。
40代の女性が横に立って話す。首から掛けている名札には「宮本」と書いてある。正面を見ると興味津々な子供達の目が私を見ていた。
父親が死に、母親に虐待されていた私は田舎の児童養護施設に住む事になった。馴染むのに時間は必要無かった。同じ事情を抱えた子供達だ。すぐに仲良くなった。
施設の名前は「児童養護施設・ひかりの家」。3階建てで建物の中に居住スペース、食堂、入浴場等があった。男女で寝室が分かれていたが、就寝時間以外は性別や年齢関係無く一緒にいることが多かった。
私を合わせて子供の数は男の子が5人。女の子が3人だった。
大人は食堂の調理師が1人。交代で来る世話人が4人いた。あと施設長の宮本だ。
施設長は皆んなを優しく包んでくれる太陽みたいな人だった。叱る時は鬼の様に怖いけれど、私達は施設長が大好きだった。本当の親のように慕っていた。
周りには畑、小さな学校、廃れた商店街。人口が少ない田舎の街。退屈な場所だった。公園も無い。だが皆んなで遊ぶには困らなかった。
裏山で枯れ葉を集めて焚き火をした。夏は水辺で遊び、雪が積もった日には雪合戦をした。かくれんぼは近くの寺で出来た。私達は何処でも遊ぶ事が出来る天才だった。
私達の生活は周りが思っているよりも充実していた。一時帰宅で家に帰る事があっても、ひかりの家の方がいいねなんて笑っていた。このまま一生此処で暮らせたらと話した事もある。
でも充実した日々は、長く続かなかった。
私が施設に来てから3回目の春。一緒に暮らしていた男の子が亡くなった。雄太君って呼んでいた。お調子者で学校の先生によく叱られていた。
事故死だった。学校からの帰り道。土手を繋ぐ橋から誤って転落してしまった。
葬儀が始まり、出棺される。葬儀場にはひかりの家の子供達と大人や同級生が集まった。皆んな泣いて目が腫れていた。状況がよく分かっておらず、「雄太君は寝てるの?」と大人に聞いてる女の子もいた。
雄太君の家族は誰も来なかった。
私は最期に雄太君の顔を目に焼き付ける。日に焼けた顔。小さな鼻。いつもお喋りな口はしっかり閉じられていた。本当に寝ているみたいだった。
葬儀が終わり、出棺される。ひかりの家の皆んなで火葬場に向かう。程なくして火葬が始まった。棺が火葬炉に入れられる。煙突から黒い煙が青空に向かって立ち昇る。私は煙を見ながら静かに泣いていた。
火が消えて、火葬炉を開けた時は小さな骨しか残っていなかった。火葬場職員の人が遺骨の説明をしている。目の前に現れた骨に呆気を取られ、説明が耳に入って来なかった。
大人達の見様見真似で遺骨を箸で掴み壷に入れた。雄太君はとても小さく、軽くなってしまった。
薄暗くなった帰り道。骨壷を抱えた施設長がこんな話をしてくれた。
「雄太君はね。これから49日の間ひかりの家で一緒に過ごすの。それからお墓に入るのよ。皆んなでお墓参りに行きましょうね。」
「お墓は何処にあるの?」
「ひかりの家の近くにある墓地よ。皆んながたまにかくれんぼしてたお寺の裏手にあるの。雄太君はそこにある無縁塚って所に入るのよ。」
施設長は雄太君が入っている骨壷を涙目で見つめていた。私達は何も言えなかった。
四十九日の期間が過ぎた。季節は夏になる。雄太君の骨壷を持って全員で山の中腹にある墓地を目指す。坂道は緩やかなカーブが続いた。私は道端に落ちている石を蹴りながら砂利道を歩いた。
墓地に着くと無縁塚に向かう。無縁塚は私が知っているお墓とは違った。約3メートル四方の小さな丘に名前の書いていない墓石が無差別に立ち並ぶ。所々に赤い布を纏った地蔵が置いてある。隙間からは雑草が生えていた。
全員で無縁塚にお辞儀する。寺がある方向から住職が歩いて来た。施設長が住職に挨拶する。
「お忙しい中御対応していただきありがとうございます。本日は宜しくお願いします。」
住職は手を合わせ此方に一礼した。今日の流れを説明する。
「当寺へよくお越し下さいました。まず彼方の寺中にて読経をさせていただきます。皆様には焼香を行っていただきます。その後納骨を行います。故人様は合祀となりました後、無縁塚に埋葬となります。」
住職の説明は幼い私達にとっては難解すぎた。大人達に着いて歩き、寺の中に入る。独特な臭いが漂っている。そこには人数分の座布団が用意されていた。
住職がお経を上げる。長い長いお経。私達は施設長の真似をして焼香した。作法は事前に聞いてはいたが、間違えていないか不安だった。だがその不安は足の痺れによって掻き消された。
読経が終わった後は無縁塚を通り過ぎて納骨堂に向かった。住職が鉄の扉を開ける。背後から中を覗くと棚に無数の骨壷や小さな袋が置かれてあった。住職は骨壷を棚に置いた。雄太君の遺骨はたくさんの骨と一緒に永遠に此処で眠るのだ。
無縁塚の前に戻る。最後に全員で合唱する。私は心の中で「バイバイ。」と呟いた。
墓地から帰った後、施設内で会食をした。出前で注文した寿司だった。久々の贅沢な食事に私達は先程の緊張を忘れて盛り上がった。
会食が終わってからはいつもと同じルーティンだった。風呂に入り、就寝準備をする。準備を済ませ、早々にベッドで横になった。だが私の目は冴えていた。
8帖の部屋には2段ベッドが2つ左右の壁に置かれている。私は右側上段だった。左側上段には同い年の綾華がシーツを被って寝転んでいる。その下では4歳年下の小春が寝息を立てていた。
「綾華ちゃん、まだ起きてる?」
「起きてるよ。どうしたの?」
綾華も眠れないのか。シーツを被ったまま返事をする。私は無縁塚と墓の違いを聞いた。頭の良い綾華なら知ってるかもしれないと思ったからだ。綾華はシーツから顔を出して少し考える素振りを見せた。
「んー。よく分からないけど、家族のいない人達が入るお墓じゃない?私達みたいなさ。だから雄太君も無縁塚に入ったんでしょ。」
私は「そっかぁ。」と呟いて天井を眺める。「あのさ。」と話しかけたが返事は無い。いつの間にか綾華は寝ていた。
無縁塚を理解したのは高校生になってからだ。引き取り手がない遺骨や無縁仏と呼ばれる死者を合わせて葬る場所だった。最近では放置された墓も「無縁墓」と呼ばれる事もあるらしい。
雄太君が無縁塚に入った理由がわかった。同時に自分も、このままだと一緒に入るんだろうかとぼんやり考えていた。
一生ひかりの家に住む事はできない。高校卒業後は家を出る事になっている。児童養護施設で暮らす子供達は原則として18歳になると独り立ちしなければならないからだ。
雄太君を知る他の子達は家族の元へ帰ったり、里親が決まったり、既に18歳になって退所したりしていた。当時の事件を知る者でひかりの家に残っていた入居者は私だけだった。
今日は施設長と面談がある。卒業式まであと3ヶ月。卒業をしてから住む所も、進路もまだ決まっていない。人生お先真っ暗だった。
通い慣れた部屋の扉を開ける。施設長の部屋だ。壁には今まで住んでいた子供達の写真が飾られている。私も何枚か写真に写っていた。
2人掛けのソファが2台向かい合わせになっていて、真ん中にはローテーブルが置かれていた。施設長はソファに座っている。「どうぞ。」と私に笑いかけた。まるで面接官みたいだ。
「もう少しで卒業ね。住む所の目処はついた?なんとなくでいいのよ。」
「なーんも決まってない。思い付かないよ。」
施設長は目尻を細めて困った顔をしている。側から見れば思春期の娘と心配性の母親の会話だ。私は面談を受けながら「お母さんってこんな感じなのかな。」と思っていた。
「これ以上皆んなに迷惑掛けられないから、早く住む所も進路先も探すよ。心配掛けてごめんね。」
「迷惑なんかじゃないわ。出て行かないといけない施設の制度が悪いのよ…。ひかりの家から出ても貴方は家族。私達にサポートできる事があったら教えてね。」
私の手を握って施設長は力強く話してくれた。その手はとても温かかった。いつも親身になって話を聞いてくれる施設長の手はいつの間にか皺とシミが増えている。
やっぱり。私はこの家が、この人が大好きだ。これ以上は迷惑を掛けられない。ひかりの家にはまだ小さな子供達がいる。私1人の問題に時間を割いていては無駄だ。
私は担任に相談して急いで進路を決めた。進学はしない。学費を払う余裕なんて無かった。担任は奨学金制度を勧めてきたが、断った。それよりも低学歴で無資格の人間を雇ってくれる場所を教えてくれと頼んだ。
1週間後、担任は求人募集している企業をリストアップしてくれた。私は片っ端からメールを送った。ほとんどの企業からは返信が無かった。その中で1件だけ返信が来た。
住所は大阪府豊中市。此処から電車で約2時間だ。私はすぐに面接を受けに行った。その場で採用となった。
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進路も住居も無事解決できた事を施設長に報告する。卒業式まで残り1ヶ月だった。
「無事決まって良かったわね。全部1人で決めて…。本当、立派になったわね。」
「結構ギリギリだったけどね。まぁなんとかなって良かったよ。」
施設長の部屋でソファに座り、紅茶を飲みながら話す。ティーカップからは湯気が昇り、2人の間をユラユラと揺れていた。
「荷物の準備はできているの?引っ越し先の家具とか家電とか。揃える物はたくさんあるわよ。」
「お金が貯まるまでの辛抱だね。会社の近くにコンビニとかコインランドリーもあったから大丈夫。此処に来るまでは布団無しで寝てたんだから余裕だよ。」
自嘲気味に笑う私に施設長は最後の説教をした。その声は震えていた。
「私がこの前の面談の時、なんて言ったか覚えてる?ここを出ても、貴方は家族。少しは周りを頼りなさい!1人でも平気なフリはもうしないで!」
急に大声を出す施設長に驚いて私は何も言い返せなかった。大声を聞いて様子を見に来た子供が小窓の隙間から覗いている。
私は泣くのを我慢した。いつも「お姉ちゃん」と慕ってくれている子供の前で涙を見せたくなかったからだ。
施設長に「ごめんなさい。」と頭を下げてソファから立ち上がる。顔を下に向けた時、涙が流れてしまった。施設長は私にハンカチを渡す。ハンカチで顔を隠しながら退室した。
18歳にもなって大声で叱られた恥ずかしさ。それと自分を本気で心配してくれている有り難みを感じて私はベッドの上で声を殺して泣いた。
後日施設長に呼び出され、封筒を渡された。中には家具と家電を買えるくらいの金額が入っている。戸惑う私に向かって「最後くらいカッコつけさせて。」と目を細めて笑う。その顔を見ると断れなかった。
3月31日ひかりの家を退所した。そして新しい家に引っ越した。此処を離れる寂しさと新生活への楽しみが入り混じって、不思議な気持ちだった。
前日の夕方。皆んなが送別会を開いてくれた。様々な色の折り紙で鮮やかな飾り付けがされた食堂。私の好物がいっぱい食卓に並べられていた。終盤には寄せ書きがされた色紙を貰い、全員で写真を撮った。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
送別会が終了した後、私は墓地に向かった。街灯の無い砂利道を月の光が照らしていた。
墓地に到着して無縁塚の前に佇む。相変わらず雑草が生い茂っていた。お供物としてお菓子を置いた。私が将来入るかもしれないお墓だ。
「行ってくるね。当分来れないかもしれないけど…。皆んなの事、見守っててね。」
雄太君に別れの挨拶を済まし合掌する。夜の風がひんやりと私を包み込んだ。身震いしてパーカーのファスナーを閉め直す。
帰り道。立ち止まって下り坂から町を見下ろす。私はいつもの景色を目に焼き付け、携帯電話で写真を撮った。昔通っていた学校。掛かり付けの病院。一面に広がる田畑。疎らに立っている一軒家。その外れに大好きなひかりの家があった。
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