裸足の願い

蒼山 サキ

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あの日を辿る

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 現実に戻った楠木は暫くその場から動けなかった。藤木はサトルに殺された。そしてサトルは実の娘、光によって殺された。悲惨な現場を先程この目で見てきたのだ。
 感触がまだ残っている。血塗れの包丁がサトルの背中を深く刺す。生温い血、肉を裂く音、冷たくなる体。思い出すだけで吐きそうになる。
 楠木は吐き気を堪えながら周囲を見回す。佳音は消えていた。
 光はあの後翌日の昼に祈願荘から出てきた。そしてコンビニに行っている。その後、何処へ行ったのか。楠木は本部に戻って付近の防犯カメラを調べることにした。パーキングまで向かい車のエンジンを掛けた。
 本部に到着して捜査課にある自分の机に向かう。パソコンの電源を入れてデータを調べた。
 8月12日PM1時過ぎのコンビニ付近の防犯カメラから光の姿を探す。防犯カメラにはコンビニから出てくる光の姿が映っていた。最寄駅の方向に向かって歩いている。雨の中、ビニール傘を差しながら周りをキョロキョロと見回していた。防犯カメラの映像を辿り、光の行方を追っていく。
 光は途中で何度も道路にある看板を見上げていた。駅までの道のりを知らなかったのだろう。通行人の女性に行き方を聞いている姿も映っていた。
 コンビニから出て30分後。光は道に迷いながらも駅に到着する。楠木は明日、駅構内の防犯カメラを見る為に光が行った豊中駅に向う事にした。

 8月20日月曜日。豊中駅に到着した楠木は駅員に事情を詳しく話す。駅員は関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開けて楠木を駅員室に案内した。机には防犯カメラを常時確認できるモニターが8台あった。8台とも4分割に画面が分かれていて全てに駅構内の映像が流れている。
 楠木は駅員に光の写真を見せ、日付と時刻を伝える。

「8月12日のPM2時頃、この子供が1人で豊中駅に来ているんです。何か知りませんか?できれば当日の映像も見せてください。」

「承知いたしました。すぐ準備します。しかしこの子…見た事あるな…。もしかしたら神河町に行きたいって言っていた子かもしれません。」

 駅員は当日のPM2時に駅構内を見回りしている際に光に話しかけられたと言う。

「この子に『神河町にはどうやって行けばいいですか?』って質問されたんです。この豊中駅から神河町に直接向かう路線はありません。ですから私は豊中駅から大阪梅田駅に向かい、大阪梅田駅で乗り換えて姫路駅まで。そして姫路駅で乗り換えて寺前駅まで向かい、バスに乗る方法を教えました。」

 駅員は光に行き方を説明したが、難しかったのか途中から涙目になってしまった。駅員はポケットに入れてあったメモに行き方を書いて光に渡したらしい。

「スマホも持っていなかった様子でしたし、乗り換える駅の名前も初耳だったようなのでメモにルートを書いて渡したんです。その時に親はどうしたのかと聞きました。」

 夏休みに1人で冒険するにしては少し辺鄙な場所だ。疑問に思った駅員が光に問い掛けた。すると光は「お母さんのお墓参りに行くの。」と答えたらしい。

「父親もいないと言われて通報するか悩みました。ですがこの子が神河町には住んでる家があるから大丈夫、駅に着けば迎えに来てくれると言っていたので…。一緒に大阪梅田駅までの切符を買い、ホームまで見送りました。あの時、私が通報していれば…。申し訳ありません。」

 後悔した顔で話す駅員は8月12日PM2時の映像をモニターに流し始めた。駅構内は人がたくさん歩いている。その中で駅員に話しかける光が映っていた。
 駅員が屈んで光の話を聞いている。光は困った表情で必死に話していた。そして駅の券売機に一緒に向かう。駅員に教えられながら切符を購入する。肩に掛けていたボディバッグから財布を取り出し現金で支払っていた。駅員と一緒に改札を通ってホームに降りていく。
 ホームに到着した電車に光が乗車する。暫くして扉が閉まる。駅員は手を振りながら、発車する電車を見送っていた。
 楠木が映像を見終わった後、駅員は大阪梅田駅に連絡をして光の情報を聞いた。豊中駅より遥かに大きな駅だ。カメラの数も倍以上設置されている。光の服装や降車した乗り場、時間を伝える。10分後、大阪梅田駅の警備員が膨大な映像の中で光を見つけた。
 楠木は豊中駅から大阪梅田駅に光と同じく電車で向かう。券売機で切符を買い、映像に映っていた場所で電車に乗る。車内はスーツを着た大人や流行りのファッションをした若者、部活のユニフォームを着ている学生等で混雑していた。
 1組の親子が目に入る。幼稚園ぐらいの少年の横に30代半ばの中肉中背の父親が立っていた。夏休みで何処かに出掛けるのだろうか。少年が水族館のパンフレットを読みながら目を輝かせている。父親はその姿を見て微笑んでいた。
 光もこんな風景を見たのだろうか。どんな気持ちだったのだろうか。楠木は胸が締め付けられそうになった。

 豊中駅から終点の大阪梅田駅まで約15分で到着する。降車して近くの駅員に声を掛ける。駅員は楠木を連れて駅構内にある警備室に向かった。
 警備室に入ると駅長と警備員が楠木を出迎える。机の上には2台のノートパソコンが置かれていた。設定された日時は8月12日のPM3時前。光が乗った電車が到着する時間だった。楠木は早速映像を再生する。
 到着した電車から人が大勢降りてくる。人の列が終わると光が電車から降りてきた。傘を握り締め周囲を見渡す。大きな駅に圧倒されているように見えた。
 ボディバックの中から切符を取り出し改札口に入れる。改札口を抜けてエスカレーターを降りていく。どんどん降りていき、地下街に到着した。

「あれ?大阪駅と違う方へ向かってる気が…。」

 楠木は映像を停止させる。光が大阪駅と違う方向へ歩いていた。その先を進むと違う駅になってしまう。

「この辺は地元の大人でも迷いますからね。ネットでは梅田ダンジョンなんて呼ばれていますよ。向かう方向さえ間違っていなければ到着はできるんですが…。」

 モニターを見ながら駅長が答えた。楠木は相槌を打ちながら防犯カメラの映像を再生する。
 光は駅員に貰ったメモを見ながら進む。人混みに紛れながら20分程歩いていた。ようやく切符売り場に到着したが、そこは大阪駅ではなく西梅田駅だった。
 路線図を見上げながら姫路駅を探している。メモを掲げ、書いてある字を照らし合わせていた。しかし西梅田駅から姫路駅に向かう路線は無い。それに気付いていない様子の光は、何度もメモと路線図を見比べている。
 すると困惑している光のもとへ駅員が駆け付けた。光は泣いていたのだろう。何度も目を擦って駅員にメモを見せていた。
 駅員が対応していると、後ろから声を掛ける女性がいた。その人物は駅員と光を見て何か言っている。
 楠木は駅長に頼み、映像に映っていた駅員と電話で連絡を取ってもらった。
 西梅田駅の駅員によると話しかけてきた女性は外国人観光客向けのツアーガイドをしている日本人女性だったそうだ。モニターを見ると確かに後ろに20人程の外国人達が大荷物を持っている。

「私が西梅田駅でその日時に対応した女の子、確かお名前は光ちゃんですよね?髪の毛の短い、小学生ぐらいの。」

「そうです。大阪駅に行くはずが西梅田駅に辿り着いてしまい、切符売り場の前で駅員さんと話していた女の子です。」

 駅員はその時の状況を説明する。「切符売り場の前で泣いている女の子がいる。」と改札口で利用客に言われた駅員は急いで光のもとへ向かった。路線図を見上げながら泣いていた光を見付けて慌てて声を掛ける。

「光ちゃんに『ここは大阪駅じゃないんですか?』と聞かれました。ですので私はここは西梅田駅で大阪駅とは違う駅だと答え、行き方を説明しようとしました。そしたら後ろからツアーガイドの女性に話しかけられたんです。」

 楠木はモニターに映っている女性を確認した。年齢は20代後半だろうか。ツアーガイド会社の名前が書かれた赤色のTシャツを着ている。

「女性は『私達も今から皆んなで大阪駅に向かうの。よかったら一緒に行かない?』と光ちゃんに話しかけていました。光ちゃんは最初戸惑っていました。でも参加していたグループの中に子供を見つけて安心したのか『一緒に行きたい。』と言ったんです。」

 駅員は緊急連絡先として社用の携帯電話番号をツアーガイドの女性に渡し、光を任せたと話す。女性は光と手を繋ぎ、外国人観光客達と一緒に大阪駅に向かったらしい。その後女性から社用の携帯電話に連絡が来ることは無かったので無事到着したのだと思ったと言う。
 楠木は駅員に御礼を伝え、電話を切る。そして防犯カメラの映像の続きを再生した。
 光は女性と手を繋ぎながら先頭を歩いている。後ろにいた外国人の子供と楽しそうに笑い合っている姿も映っていた。
 一行は迷う事なく大阪駅に到着した。改札口前で光と解散している。光とツアーガイドは改札口を挟んで手を振り合っている。団体が続々と改札口を通りエスカレーターに乗った。全員が光に笑顔で手を振っていた。そしえ光は全員が見えなくなるまで手を振りながら見送っていた。
 全員を見送った後、光は切符売り場に向かう。メモと路線図を見比べて寺前駅を探している。暫くすると路線図を指差し、嬉しそうに飛び跳ねていた。やっと寺前駅を見つける事が出来たのだろう。
 豊中駅と同じように券売機で切符を購入する。改札口を通り抜け、姫路駅に停車する電車のホームに向かって歩いている。雨に濡れた電車がホームに到着する。光は間違う事なく目的の電車に乗る事が出来た。
 列車内の防犯カメラには光が窓側のシートに座っている様子が映っている。疲れてしまったのか座ってうたた寝をしていた。楠木は寝過ごしてしまったのではと心配したが、途中の駅で起きてPM6時45分に姫路駅で降車した。
 映像を見終わった楠木は一旦姫路駅に向かう。光と同じく券売機で切符を購入し、改札口を通る。エスカレーターを登り光が乗車した場所と同じ位置で並んだ。
 10分程で到着した電車に乗車する。快速列車だが大阪駅から姫路駅まで25駅あり、約1時間半掛かる。
 楠木は光が座っていたシートに座ろうとしたが先客がいた為、近くで立っていた。座っていたのは光と同じくらいの子供だろうか。電車に揺られながら眠っている。横には母親が座っていた。眠る我が子の頭を軽く支えている。
 見つめていると母親と目が合った。楠木は慌てて目を逸らす。気まずいと思いながらもその場からは動かなかった。
 途中の駅で親子が立ち上がり降車した。楠木は狙っていたシートに座り窓の景色を眺める。天気が崩れてきている。もう少しで雨が降りそうだ。
 楠木はスマートフォンも見ずにただ周りの景色を眺めていた。1時間が経過して、姫路駅までの長い電車の旅が終わろうとしている。電車が進むに連れて乗客は減っていった。現在車内には楠木を含めて10人程しか残っていない。

「姫路に着いたら、また防犯カメラを確認させてもらわないとな。」

 独り言を呟く。到着するまで残り30分。楠木は目を瞑り光の事を考えた。
 サトルを殺害した後、光は冷えたサトルの体の下から抜け出す。Tシャツは血で真っ赤に染まっていた。これでは外に出られないと思い必死で洗うが落ちない。困った光はサトルが脱ぎ捨てていたTシャツを着る。ボディバッグを持ち、サンダルを履く。しかしサンダルには藤木の血が付いていた。慌てて洗うが少ししか洗い落とせない。薄茶色になったサンダルしか持っていなかった光は諦めて履く。そして傘を持ち、雨の中佳音の墓があるという神河町に向かう。
 サトルが殺害されて光が祈願荘から出てくるまで約1日が過ぎている。その間、光は103号室で何をしていたのか。答えは光しか知らない。
 考えているうちに間もなく姫路駅に到着するというアナウンスが車内に流れる。楠木は荷物を持って立ち上がり、扉の前に向かった。
 扉が開くのを待っていると背後から視線を感じた。後ろを振り返るが楠木を見ている人物は誰もいない。

 佳音がいるのか?

 疑問に思ったが佳音が現れる時に必ず聞こえていたはずの硝子が割れる音が聞こえない。楠木は気のせいかと思い前を向く。そして開いた扉を跨ぎホームに降りた。
 楠木は気が付かなかった。自分が座っていたシートに誰にも見えない裸足の子供が座っていたことを。そしてその子供がずっと自分を見つめていることを。
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