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お姫様になったオウジサマ
03 浮気疑惑?(すぐ解決するよ)
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楓に過去を話したあの日から、俺の頭の中はどこかふわふわと浮かれていた。
たった一人に受け入れられただけで、世界の見え方がこんなにも変わるなんて知らなかった。人を好きになるって、すごい。
見慣れた窓の外の景色も、何もかも今はすべてが鮮やかに見える。味方がいる。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて。
この温かな気持ちが消えないうちに、次に会うときは、ちゃんと言おう。俺の口から「好きだ」と伝えて、中途半端な関係を終わらせよう。そう心に決めていた。それなのに。
そんな幸せな決意は、大きく揺らぐことになる。
※
(あれ、楓……?)
休日の午後。買い物のために路面店が立ち並ぶ通りを歩いていた俺は、人混みの向こうに見慣れた後ろ姿を見つけた。偶然会えた幸運に心躍らせ、迷わず声をかけようと足を踏み出した、その時だった。
楓のすぐ隣に、一人の女性が寄り添うように立っているのが目に入った。ふんわりと揺れるウェーブヘアに、繊細なレースがあしらわれたワンピース。どこかのモデルかと思うほどスタイルが良く、街の風景から浮き上がるほどに華やかだ。上げかけた手は行き場を失い、俺は金縛りにあったようにその場に立ち尽くした。
(……結局、楓の隣に似合うのは、ああいう本物の『お姫様』なんだ)
あの日、楓がくれた優しい言葉や、触れ合ったぬくもりが、急に滑稽で虚しいものに思えてくる。っていうか、俺が好きって嘘だったんじゃねぇか!え、何。俺はもしかしてキープ的な何か? こんな男をキープとか、趣味悪すぎだろ!
その時、歩いていた楓がこちらを振り向いた。バチッ、と視線がぶつかる。楓の目が見開かれ、何かを言おうと唇が動いた。
「……っ!」
俺は弾かれたようにその場から逃げ出した。背後から名前を呼ばれた気がしたけれど、振り返る余裕なんてない。
必死に走って、目についたネットカフェに転がり込んだ。薄暗く狭いブースのシートにへたり込むと、堪えていた涙が一気に溢れ出した。ポケットの中で、何度もスマホが震えている。画面を見なくてもわかる、楓からだ。
俺の身体を、あいつなしじゃいられないように作り変えておいて。好きにさせといて。今更なんて言い訳するんだろう。聞きたくない。俺は通知を無視したまま、暗闇の中で声を殺して泣き続けた。
※
泣いて、泣いて、泣き疲れて。狭いブースの中で、俺はいつの間にか眠りに落ちていたらしい。ふと目を覚ますと、パソコンのモニターだけが虚しく光り、壁の時計はすでに夜の7時を回っていた。
「……帰らないと」
重い瞼をこすりながら、死ぬほど足の重い帰路につく。夜の冷気が、泣き腫らして熱を持った顔にひりひりと突き刺さる。アパートの階段を上りながら、いっそこのままどこか遠くへ消えてしまいたかった。あんなに鮮やかに見えていた世界が、今は泥を塗ったように薄汚れて見える。
けれど、自室のドアの前にたどり着いた瞬間、心臓が跳ね上がった。ドアの横に、見慣れたシルエットがうずくまっていたからだ。
「……楓」
その影がびくりと肩を揺らし、顔を上げた。街で見かけた時とは違う、今にも泣き出しそうな顔をした楓が、弾かれたように立ち上がる。
「みつ……っ! どこ行ってたの、連絡もつかなくて僕、心配したよ……!」
「……来るな」
手を伸ばそうとした楓から、俺は一歩後ずさり逃げ出そうと背を向けた。けれど、それより早く楓が俺の腕を強く掴んだ。
「待って! お願いだから、話を聞いてよ!」
「……話なんてない! 俺のことなんて放って、あの女のとこに行けばいいだろ」
「誤解だよ! あの人はバイト先の先輩だよ!」
「嘘だ……あんなに仲良くいちゃついていたろうが」
「嘘じゃない! っていうか、あの人……男なんだ」
……は? 俺の動きが、ぴたりと止まった。今、なんて?
「……男? あんなにかわいい服着た人が?」
「そうだよ。女装が趣味の先輩でさ。……みつに、プレゼントを贈りたくて。でも僕、詳しくないから、店を教えてもらって一緒に選んでもらってただけ!」
楓が必死な手つきでスマホを差し出してくる。画面には、SNSアカウント。隣にいた「お姫様」のものだろう。けれど、プロフィール欄には『女装男子』の文字が躍っている。 ストーリーをタップすると楓と、隣にいた彼のツーショットが上がっていた。
『バイトの後輩くんとショッピング~』
まじか。
「その帰りにみつを見つけて……。追いかけたけど見失って、ずっとここで待ってた。……誤解させるようなことしてごめんなさい。でも、俺が好きなのはみつだけ。他の誰かなんて、ありえないよ!」
「……」
あんなに打ちひしがれて、自分を惨めに思っていた数時間は一体何だったのか。俺が嫉妬に狂って絶望した「完璧なお姫様」は、まさかの男の人。しかも、楓は俺のためにプレゼントを選んでいたという。
(……俺って、一体……)
「……俺、めっちゃ格好悪いじゃん」
勝手に絶望して、勝手に逃げ出して、勝手に泣き腫らして。安堵と、恥ずかしさと、楓の真っ直ぐな想いが一気に押し寄せてきて、俺はその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。膝に顔を埋めると、情けなさでまた涙が滲む。
すると、ふわりと温かい気配が寄り添ってきた。楓が俺の隣に同じようにしゃがみ込み、そっと俺の頭に手を置く。
「ううん。格好悪くないよ。誤解させちゃってごめんね。……あぁ、こんなに目も腫れちゃって。ずっと、泣いてたの?」
楓の指先が、熱を持った俺の目元に優しく触れる。その手は、夜の寒さでひんやりしていた。
「泣いてないし」
「ふふ、そっか。ねぇ。とりあえず部屋、入らない? みつに渡したいものがあるんだ」
たった一人に受け入れられただけで、世界の見え方がこんなにも変わるなんて知らなかった。人を好きになるって、すごい。
見慣れた窓の外の景色も、何もかも今はすべてが鮮やかに見える。味方がいる。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて。
この温かな気持ちが消えないうちに、次に会うときは、ちゃんと言おう。俺の口から「好きだ」と伝えて、中途半端な関係を終わらせよう。そう心に決めていた。それなのに。
そんな幸せな決意は、大きく揺らぐことになる。
※
(あれ、楓……?)
休日の午後。買い物のために路面店が立ち並ぶ通りを歩いていた俺は、人混みの向こうに見慣れた後ろ姿を見つけた。偶然会えた幸運に心躍らせ、迷わず声をかけようと足を踏み出した、その時だった。
楓のすぐ隣に、一人の女性が寄り添うように立っているのが目に入った。ふんわりと揺れるウェーブヘアに、繊細なレースがあしらわれたワンピース。どこかのモデルかと思うほどスタイルが良く、街の風景から浮き上がるほどに華やかだ。上げかけた手は行き場を失い、俺は金縛りにあったようにその場に立ち尽くした。
(……結局、楓の隣に似合うのは、ああいう本物の『お姫様』なんだ)
あの日、楓がくれた優しい言葉や、触れ合ったぬくもりが、急に滑稽で虚しいものに思えてくる。っていうか、俺が好きって嘘だったんじゃねぇか!え、何。俺はもしかしてキープ的な何か? こんな男をキープとか、趣味悪すぎだろ!
その時、歩いていた楓がこちらを振り向いた。バチッ、と視線がぶつかる。楓の目が見開かれ、何かを言おうと唇が動いた。
「……っ!」
俺は弾かれたようにその場から逃げ出した。背後から名前を呼ばれた気がしたけれど、振り返る余裕なんてない。
必死に走って、目についたネットカフェに転がり込んだ。薄暗く狭いブースのシートにへたり込むと、堪えていた涙が一気に溢れ出した。ポケットの中で、何度もスマホが震えている。画面を見なくてもわかる、楓からだ。
俺の身体を、あいつなしじゃいられないように作り変えておいて。好きにさせといて。今更なんて言い訳するんだろう。聞きたくない。俺は通知を無視したまま、暗闇の中で声を殺して泣き続けた。
※
泣いて、泣いて、泣き疲れて。狭いブースの中で、俺はいつの間にか眠りに落ちていたらしい。ふと目を覚ますと、パソコンのモニターだけが虚しく光り、壁の時計はすでに夜の7時を回っていた。
「……帰らないと」
重い瞼をこすりながら、死ぬほど足の重い帰路につく。夜の冷気が、泣き腫らして熱を持った顔にひりひりと突き刺さる。アパートの階段を上りながら、いっそこのままどこか遠くへ消えてしまいたかった。あんなに鮮やかに見えていた世界が、今は泥を塗ったように薄汚れて見える。
けれど、自室のドアの前にたどり着いた瞬間、心臓が跳ね上がった。ドアの横に、見慣れたシルエットがうずくまっていたからだ。
「……楓」
その影がびくりと肩を揺らし、顔を上げた。街で見かけた時とは違う、今にも泣き出しそうな顔をした楓が、弾かれたように立ち上がる。
「みつ……っ! どこ行ってたの、連絡もつかなくて僕、心配したよ……!」
「……来るな」
手を伸ばそうとした楓から、俺は一歩後ずさり逃げ出そうと背を向けた。けれど、それより早く楓が俺の腕を強く掴んだ。
「待って! お願いだから、話を聞いてよ!」
「……話なんてない! 俺のことなんて放って、あの女のとこに行けばいいだろ」
「誤解だよ! あの人はバイト先の先輩だよ!」
「嘘だ……あんなに仲良くいちゃついていたろうが」
「嘘じゃない! っていうか、あの人……男なんだ」
……は? 俺の動きが、ぴたりと止まった。今、なんて?
「……男? あんなにかわいい服着た人が?」
「そうだよ。女装が趣味の先輩でさ。……みつに、プレゼントを贈りたくて。でも僕、詳しくないから、店を教えてもらって一緒に選んでもらってただけ!」
楓が必死な手つきでスマホを差し出してくる。画面には、SNSアカウント。隣にいた「お姫様」のものだろう。けれど、プロフィール欄には『女装男子』の文字が躍っている。 ストーリーをタップすると楓と、隣にいた彼のツーショットが上がっていた。
『バイトの後輩くんとショッピング~』
まじか。
「その帰りにみつを見つけて……。追いかけたけど見失って、ずっとここで待ってた。……誤解させるようなことしてごめんなさい。でも、俺が好きなのはみつだけ。他の誰かなんて、ありえないよ!」
「……」
あんなに打ちひしがれて、自分を惨めに思っていた数時間は一体何だったのか。俺が嫉妬に狂って絶望した「完璧なお姫様」は、まさかの男の人。しかも、楓は俺のためにプレゼントを選んでいたという。
(……俺って、一体……)
「……俺、めっちゃ格好悪いじゃん」
勝手に絶望して、勝手に逃げ出して、勝手に泣き腫らして。安堵と、恥ずかしさと、楓の真っ直ぐな想いが一気に押し寄せてきて、俺はその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。膝に顔を埋めると、情けなさでまた涙が滲む。
すると、ふわりと温かい気配が寄り添ってきた。楓が俺の隣に同じようにしゃがみ込み、そっと俺の頭に手を置く。
「ううん。格好悪くないよ。誤解させちゃってごめんね。……あぁ、こんなに目も腫れちゃって。ずっと、泣いてたの?」
楓の指先が、熱を持った俺の目元に優しく触れる。その手は、夜の寒さでひんやりしていた。
「泣いてないし」
「ふふ、そっか。ねぇ。とりあえず部屋、入らない? みつに渡したいものがあるんだ」
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