クールな王子は可憐な姫♂の愛に堕ちる♡

粗々木くうね

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お姫様になったオウジサマ

最終話 白雪姫の正体

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 ふ、と意識がかすかに浮上し、まぶたを押し上げた。カーテンの隙間から差し込む光はまだ弱く、外は深い群青色に沈んでいる。

 恐る恐る辺りを確認すると、見るも無残だったあの全身鏡も、散らかっていた周囲も、何事もなかったかのように清められていた。

(……楓が、やってくれたんだ)

 ふと窓際に目を向けると、ハンガーにかけられたナイティが、微かな風に揺れている。あんなに汚してしまった生地を、俺が気を失うように眠りに落ちたあと、丁寧に洗ってくれたのだろう。

 ……なんだろう、この感覚。ガキの頃、おねしょをしたパンツを母親に洗ってもらって干された時のような、気恥ずかしさがある。

 横を見ると、楓が安らかな寝息を立てていた。昨夜、あんなに獰猛な雄の顔をしていたのが嘘のような、無防備で綺麗な寝顔。そのふっくらとした唇に誘われるように、俺は吸い寄せられていった。起こさないように、ほんの少しだけ。お礼の代わりのキスをしようと顔を寄せた、その瞬間。

「んんっ!?」

 ぐっ……ちゅ~っ♡

 閉じていたはずの楓の腕が、電光石火の速さで俺の首を抱き寄せた。逃げる間もなく、深く、重く、熱い口づけが降ってくる。

「……おはよ。……寝込み、襲われちゃった♡」

「ぷはっ! 起きてたのかよ」

 悪戯っぽく細められた瞳。最初から起きていたのか、それとも俺の気配に反応したのか。恥ずかしさで爆発しそうな俺を、楓は満足げに再び腕の中に閉じ込めた。

「もう少し寝ようよ……まだ疲れてるでしょ?」
「うん……」
「ん? どうかした?」
「いや……なんか、今のこと。同じことをずっと昔にされた気がして……」

 触れ合った唇の感触が鍵となり、脳の奥で遠い記憶の引き出しが音を立てて開いた。 これって……。

「白雪姫だ! 前に話した、幼稚園の劇の時!」
「……」
「俺、王子様だったのに、どうしても結末のシーンが思い出せなくてさ。眠っている白雪姫にキスしなきゃいけないんだけど、恥ずかしくてモタモタしてたんだよ。そしたら……」
「その子にキスされたんだよね」
「そう!……って何、知ってるみたいに言うじゃん」
「ふふ、その白雪姫、僕だもん♡」
「…………え?」

 楓は布団の中で、どこか遠くを見るような、それでいて深い愛しさを湛えた瞳で俺を見つめた。

「ふは! みつのその間抜けな顔、最高にかわいい♡」
「いや、そうじゃなくて! 白雪姫役の子は女の子だったはず。確か……」

 記憶の霧の向こうから、一人の少女の名前が浮かび上がる。愛くるしい笑顔で、男女問わずクラス中の人気を独占していた、その子の名前は。

「……楓ちゃん、だ」
「せいかーい♡」
「え、まじ……? なんで……っ」

 混乱する俺に、楓はおかしそうに真実を語り始めた。幼い頃の楓は、今以上に女の子と見まごうほどに愛らしかった。そんな息子に母親が、半分は趣味、半分はノリで彼にかわいい服を着せ、髪を結んで幼稚園に通わせていたのだという。

「白雪姫の配役を決める時もね、先生たちが『楓ちゃんしかいない!』って。男の子だって知ってるはずなのに、満場一致で決まっちゃったんだって」

(今の時代だったら女児の親が黙ってないな。え、俺のあの頃の苦悩は……?)

 だが、楓の告白はそれだけでは終わらなかった。

「今だから言うけど、あの頃から、みつのこと好きだったんだよね~♡」
「え……っ?」
「舞台の上で真っ赤になって、恥ずかしがってるみつが、あまりにも可愛くて……。僕、我慢できなくなってチューしちゃった♡」

 うっすらとよみがえる記憶。横たわっていたはずの白雪姫が、しびれを切らしたようにガバッと起き上がり、王子様に飛びついたのだ。

 会場は、一瞬の沈黙のあと、どっと爆笑と喝采に包まれた。想定外の事態に先生たちは顔を真っ青にして右往左往し、俺はといえば、あまりの衝撃に頭が真っ白になって、その後の記憶がすべて飛んでしまった。

「大学で再会した時に、『あ、みつだ!』ってすぐに分かったんだけど。みつの方はすっかり忘れてたし、まぁいっかーって黙ってたんだよね♡」
「それは……ごめん」

 申し訳なさで身を縮める俺に、楓はくすくすと喉を鳴らす。

「ううん。今も姫とか言われているけど、明らかゴツくなったし、わからないのも無理ないから♡」

 楓はそう言って、俺の頭を愛おしそうに撫でた。

「大学生になっても、真面目に課題に取り組んでいる姿とか。不器用だけど、みんなにとっての『理想のキャラ』でいようと無理して振る舞っているところとか……。それを見ていたら、昔の記憶がどんどん繋がってさ。……あぁ、やっぱりこの子を僕のものにしよう、って決めたんだ」
「ちょっと待て……。俺、そんなに無理してるように見えてたか?」
「んー、そうだね。でも、決定打はやっぱりあの言葉かな。『俺、本当は甘やかされたいのに!』って泣きついちゃった姿にやられたね♡」
「…………は?」
 
 耳を疑うようなセリフに、心臓が跳ね上がる。

「俺が、そんなこと……いつ言ったんだよ」
「あは、覚えてない? 半年くらい前の、宅飲みの時だよ♡」

 脳裏に、半年ほど前の記憶が蘇る。あの日は課題の区切りがついた解放感で、俺にしては珍しく飲みすぎて完全に潰れてしまったのだ。

「え……っ、まさか俺、そんなこと……」
「安心して。他のみんなが酔い潰れて寝静まったあと、僕にだけしがみついて喋ってたんだよ。だから、あの最高に可愛い姿を知っているのは、世界中で僕だけ♡」

 そっか……と、俺はシーツに顔を埋めた。みんなの期待に応える「王子様」でいようと張り詰めていた心の糸を、俺は無意識のうちに、楓の前でだけ解いてしまっていたのだ。

 劇で唇を奪われたあの日から。俺はとっくに、この「白雪姫」の手のひらの上で転がされていたらしい。

「……楓は、俺の王子様だな」

 不意に漏れた俺の言葉に、楓が瞬きをした。あの日、理想の自分を演じることに疲れていた俺を、本当の意味で救い出し、物語ごと作り変えてしまった、王子様。

「ふふ。光栄です、お姫様♡」

 思わず笑ってしまう。たぶん、周りから見れば立場は真逆だろう。

 だけど、それでいい。俺らががよければ、それでいい。

「キスしよ……♡」
「んっ♡」

 改めて交わした誓いのキスは、昨夜の蹂躙のような激しさはなく、けれど体の芯まで蕩けるほどに甘かった。俺は楓の腕の中で、かつてないほどの安らぎに包まれながら、自分だけの幸せな居場所を見つけたのだ。

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今回で最終回となります。
無事書き切ることができたのは皆様のおかげです。本当にありがとうございました!

【続きを書きました!】
1月31日に「クールな王子は可憐な姫♂の愛に堕ちる♡」の電子書籍を発売します。
本編に加えて、新たに「楓視点のお話」「学科の後輩が痴話喧嘩に巻き込まれる話」を書き下ろしたものになります。

※予約販売のため「フォロー」もしくは「スキ」していただいてお待ちいただければと思います!
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