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第一章

墓守クレイ

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ホーリースライムと友達になってから翌日。
纏わりつかれた時にヒリヒリする感覚が小さくなった気がする。
夢なのに痛いとか拷問だ。

夜は他の埋葬されている死体を食べることは無かった。だが正直お腹が空いている。とりあえず白い花と掘り返したシュールさんの大腿骨をしゃぶったりして気を紛らわせていたのだがそれにも限界があるようだ。

朝から霊園の入り口をチラチラ確認しているが葬儀が行われている様子も人が来る気配もない。
気がつけば太陽が頭のてっぺんにあった。恐らく昼だろう。

「葬儀無かったかぁ……、狩り出来んのかな~」


何故他の死体を喰わなかったかという件についてだが、シュールさん以外の死肉は正直旨そうな匂いが全くない。なんなら白い花の方が良い匂いがする。骨も最初は美味かったのだが、もうほぼ出涸らしの状態になってしまった。アンデッドの捕食基準に鮮度があるのかもしれない

そんな頻繁に人は死なないので、新鮮な肉が手に入る訳も無い。

霊園を出て人を襲うというのも考えたが、そこまでしてやる必要があるかが問題だ。

スライムによれば、この近辺でアンデッドに属するモンスターはいないという話だし、下手したら俺を退治出来るやつがいるかも怪しい。
けど万が一そんな奴がいて、首を切り落とされて、身体動かなーい退屈~とか絶対嫌だ。

前日のままなら痛いだけでは夢から醒めない可能性が極めて高い。
そのまま火炙りされるかもしれないが、ヒリヒリだけでも少々辛いのだ。痛みがどれくらいになるか、わかったものではない。

せめて首を切り落とせば痛み無く死ねる、とかなら良いが保証は無い。
俺は自殺志願者ではないので自分からそういう事もしたくないのです。はい。

そんな事を夜通し考えていたので、昼まで葬儀が無さそうであれば動物を狩る事にしていた。

魂の霊園の近くには白い花の花畑と丘陵地帯の草原、粗末な風車がある。
スライムぐらいしか生存していないが、時折白いウサギのような動物が草を食べに来るのだ。
人間程ではないが花よりもずっといい匂いがする。

まずは生態を知らねばなるまい。


ツノが生えているのでホーンラビットとでも呼ぶか。

それらをストーキングしていて気がついたのだが、丘陵地帯に複数の巣穴が存在しているようだ。

あとこいつら素早い。愚直に追いかけると飢餓感が早まる感覚になるので無闇に追いかける事も出来ない。

巣穴も蛇行しつつ、奥まで掘っているのか腕を入れただけでは本体に手が届かない。巣穴を拡張しようと壊しにかかれば、すぐ別の穴を掘って脱出してしまう。

どうしたものかと周囲を探っていると平坦な岩の近くに石が転がっている。

そういえばナイフが無いではないか。

懐にしまっていたシュールさんの骨が見える。
これ、ナイフに加工出来るかな。

岩の上にゴトリと大腿骨を置いて、石を手に取る。

ガツンとぶつけると案外硬い。何度もぶつければ段々と粉が舞って欠け始めた。

だが、これではただ割っているだけで、切れ味は無いに等しいだろう。

ひとまず手頃なサイズの破片が出来た。

薄くなった場所を斜めに持って平たい岩肌に押し付け前後に擦る。ゴリゴリという音がしていたが、途中からシュッシュッという音に変わり始めた気がする。

台所で包丁を研ぐ亡き母の面影を思い出したおかげで思いついた手法だが、どうだろうか。

手応えがなくなってきた頃には片面だけ鋭利なナイフもどきが出来ていた。
近くの草を刈ってみると、何往復かして断面がぐちゃぐちゃになってしまったが切れた。

ちょっとした達成感がある。


「ん、ホーリースライムじゃん、どうした?」


ホーリースライムが片粘液を上げてプルプルしている。
そしてしばらく蠢いたかと思うと、ホーンラビットの姿に変形して巣穴に入っていった。

「ちょっと待ってろ?おう、いってらっしゃい……」


束の間、巣穴からキュイーン!という鳴き声が聞こえたので咄嗟に腕を構える。

巣穴からホーンラビットが出てきた!!

瞬時に首をしっかり捕まえるとめちゃくちゃに暴れ出すので力づくで抑え込む。

「ギュイーン!キュキュぇぇぇぇ!?」

ふわふわだけど全然可愛くない。歯茎と齧歯を剥き出しにしてツノがなんか発光してる。怖い。
輝きを増した角が虹色に光った。

突如ウサギの身体の筋力が増加して、なお旨そうな匂いに変わる。すげー暴れる。

だが俺の筋力の方が上らしい。
ウサギの頭を近くの岩に叩きつけると、バキッと音がして首がだらりと下がる。

うるさかった鳴き声もなくなり静かだ。

「ふぅ。あ、ホーリースライム、ありがとうな」

ホーリースライムがプルプルと震えて胸を張る。可愛いようで割と頼りになるなぁ。

「今から捌こうと思うんだけど、欲しい?」

肯定のようだ。ぴょんぴょん跳ねるスライムと一緒にホーンラビットを捌こうとする。

皮をとりあえず剥げばいいのかな、とりあえず骨ナイフでお腹を裂いて見る。
デロリと内臓が零れ落ちる。赤い宝石のようでとても綺麗だ。

下にいつのまにか潜り込んでいたスライムが溢れた血液を吸い取っていく。

「おい危ないぞー」

そう言いながら何となく内臓をつまみ食いすると、驚くほど透き通った旨味があった。

人間の肉が入り組んだ複雑な旨味なのだとすれば、ホーンラビットは単純な素材本来の旨味が極まっているのだ。

皮を裂いていくと脂でヌメヌメして切れ味が落ちてきた。

俺が苦戦しているとホーリースライムがナイフにまとわりついてくる。
慌てて引っぺがしてウサギを解体する作業を注意してから再開した。

「スライムは知らないだろうけど刃物は危ないだぞ、いくら粘液だからって油断しすぎだ…ぞ……」

切れる。

「……もしかしてナイフの脂食ったの?」

スライムはやれやれとでも言うかのように蠢いた。

「助かるよ、後で好きな部位言ってくれ。あと、知らないのに色々言ってごめんな……」

スライムを労うようにぽよぽよ触り、ウサギの皮を協力して剥いでいく。

肋骨についた肉を削いで、二人?でつまみ食いしながらホーンラビットをいただく。

ホーリースライムは皮についている脂肪がお気に召したらしい。

俺は肉も美味かったが、一番気に入ったのは心臓だった。

薄紫色の心臓からは単純なウサギ肉とはまた一味違った濃厚な味がした。
歯応えのある肉から溢れる、甘い蜜を溶かし込んだような肉汁が喉越し最高だ。

腹いっぱいにはならなかったが、3時のおやつ程度の小腹は満たされた。

「もっと食う?」

スライムがぴょんぴょん跳ねてホーンラビットの型をとり、巣穴に突撃していく。



捕まえた2匹目は角を光らせる隙もなく絶命させたのだが、最初の奴より美味しくは無かった。

心臓の質が肉よりも落ちてしまったので期待してただけにがっくりだ。



3匹目は岩に叩きつけた瞬間に絶命させる事が出来ず、角が一瞬輝いた。

さっきのホーンラビットよりいい匂いがする。

早速解体して、いただきます。


「ああ~~!!これだよこの味~~!!」


ホーンラビットはメカニズム不明だが角を光らせてから食うと、美味い。俺、覚えた!!

それから2匹程狩ったあたりで空は暗みがかった夕焼け色に近い状態へ変わっていた。


一日中スライムとウサギを追いかけ回して、殺ったのは5匹だった。俺もスライムもお腹いっぱいになったし、満足だ。

2匹目以降からはどんどん捕まえやすくなったので身体への負担も軽かった。

ウサギの皮はスライムが欲しがったのであげる事にした。

「なぁスライム、明日もウサギ狩りする?」

半透明の白く透き通った粘液体にいそいそとウサギ皮を仕舞い込むスライムにそう尋ねると、体を大きく跳ねさせて俺の身体に纏わりついてきた。

「そっか、じゃあ明日もよろしくな」

スライムはポヨポヨと花畑へ帰っていった。




アンデッドになってからは眠りたいと思わなくなっていた。

スライムがいなくなると正直暇だ。もう明日の予定は決めてしまっているので昨夜のように考える事もない。ナイフも、今ので十分だしな。

理由は無く、とりあえず墓地を彷徨く。

「魂の霊園ってあんまり手入れされてねぇよなぁ」

ウロウロしていると墓場の汚さに改めて目がいく。

墓の手入れは身内がするのかもしれない。しっかり草が抜かれているものから、荒れ果てた無縁仏状態の墓まで実に様々だ。

墓石が無骨で平たい岩を地面に突き立てた物なので余計に不気味さを増している。

「そういや墓守って存在がいるって口ぶりだったな、あの従者」

昨日遭遇した人間を思い出す。おっと唾液が。

『退け、昨日水をかけてやったのにどれだけ臭いのだ貴様。これだから墓守は嫌なのだ』


魂の霊園にも墓守がいるのかもしれない。

だが、葬儀が行われないかとずっと入り口を見張っていたがそれらしき人物は愚か、人は来なかった。

すっかり暗くなった墓地だが俺には関係ない。昼と同じぐらいしっかり見える。

墓守的サムシングがいないか、探す事にした。

「墓守さ~ん」

誰もいない薄暗い霊園で声をかけながら反応が無いか探る。

帰って来る言葉も無く、夜の静けさに虚しく俺の声だけが木霊した。

霊園の奥へ進んでいくと、少し墓地から外れた空間があった。

恐る恐る歩みを進めると、木製の粗末な小屋を発見する。

窓代わりの蔀(しとみ)らしき板がつけられており、隙間から中を伺う事が出来そうだ。

小屋の中は明かりもなく真っ暗で、これまた生き物がいる気配が無い。

玄関を開けると、隙間から見えなかった所にベッドがおいてあるのが確認出来た。





そこに、墓守がいた。

お腹が落ち窪み痩せこけていて、干からびている。
死蝋化が進んでいるのかミイラになっていた。




彼が寝ていたベッドといってもたかが知れたもので、藁の上に麻布を敷いた質素な物だ。

近くの壁には俺の着ていたものと似ている質素な黒いローブがある。墓守と間違えられたのも納得だ。




家を詳しく調べると墓の管理に必要な道具一式が揃えられており、家の庭には雑草が集められ乾燥させられていた。
道具を見る限り埋葬や葬儀は外部の人間が行い、墓守は墓の手入れや管理をするだけの仕事だったのかもしれない。
埋葬や儀式に必要そうな道具が見当たらないからだ。

俺は墓守に手を合わせ、部屋を物色する事にした。

出てきたのは日付の書かれた手紙とずっしりとした袋に入った給金だった。

墓守、クレイさんは国に雇われているらしい。次の給金は半年後とあるので、国の人が来て、その後クレイさんが死んでからまだ半年は経っていない事がわかった。

もしこのクレイさんが見つかっていればここに死体はないだろう。今が何日なのかは相変わらずわからない。


給金のコインを並べてみると日本円と同じぐらいの計算方法のように思われた。全て銀色のコインだ。数を数えると、一枚千円ぐらいのようだ

紙には36万Gと書かれているので1ヶ月で6万あれば必要最低限生活出来るのかもしれない。庭には畑のような物もあったし、部屋には干された植物が吊るされている。

道具も使い込まれてボロボロのものから新しい物まで様々だ。
どうやって生活していたのかまではわからないが、金はあって困るものでは無いだろう。

俺は墓守の家を乗っ取る事にした。

今日から俺がクレイである。




早速クレイさんを埋葬する事にした。
家の裏手に穴を掘り、ベッドに敷いてあった麻布で死体を包んで運び、埋めた。

一時凌ぎに木の板を刺して簡易墓地とする。

「ふぅ。……今が給金からどれくらいの時間経ってるかわからんが早く墓掃除やらんとな」

仕事してないからクビ!有り得そうだ。俺の生活出来る場所は最悪確保しておきたい。

どうせ夜は寝ないのだから、暇潰しにやってもいいだろう。

夢から目覚めないので、会社には遅刻してしまうかもしれない。
無断欠勤は悪だが、俺がいなくてもきっと仕事は回る。

俺の代わりに仕事する人に恨まれそうだが。

俺は墓掃除に没頭した。


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