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閑話 ブラン・ルージュと姫

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全ての親が子供を愛しているとは限らない。


5歳になるブランと、マロンは、今日も身を寄せ合い怯えていた。

ドンドンドン。

ああ、またやって来た。この音は、あいつの足音だ。


ガチャ

「おい、ガキ共。こっちに来い」


酒臭い男が、薄暗い部屋へと入って来る。扉の外は明るく、逆光で男の顔が見えないのが、更にブランの恐怖を煽った。男はブランの髪を掴むと壁に叩きつける。

「あ!!ぐぁ……っやめて。ごめんなさい、ごめんなさい」

必死に謝り、惨めに許しを乞うと、男は機嫌が良くなり、そして更にブランを痛めつける。

「やめてください、ごめんなさい」 

それでもブランは、惨めに乞うのをやめない。やめると、マロンが傷つく番になってしまうからだ。

この時の二人はそっくりだったので、男は、より面白い方を甚振る。マロンはおとなしいから、ブランが騒げば、大体の標的はブランになる。この最低男が、二人の父だった。


母は死んだのか逃げたのかわからない。気づいた時には、男とブランとマロンの三人で暮らして居た。





二人が薄暗い部屋から出ることは許されなかった。この部屋以外を二人は知らない。ただ、部屋の中には、本がいっぱい有って、マロンは部屋に差し込む少しの光を頼りに、本を読んでいるみたいだった。

ブランはと言うと、一日中、死んだ目でただ天井を見ていた。死にたいのに、男は日に二度、無理やり食事を食べさせに来る。自由に死ぬことすら許されなくて、先に心が死んだのだ。

そんな日々が永遠に続くと思っていたある日、マロンの手から火が出た。

あくる日は、水、氷、雷、土、風、光、闇。

ブランにはマロンが、何をしているのかわからなかった。


そんな中でも男は、また、やって来る。

ただその日、男はマロンの手で、肉の塊になった。

血溜まりで、ぼーっとしているマロンを腕に抱いて、久しぶりにブランは泣いた。

二人共血濡れで、外に出ると、すぐに大人が寄って来た。それからは、よくわからない間に事が、進んだ。

知らない母親が迎えに来た。自分達に良く似た綺麗な髪で、綺麗な服で、綺麗な肌で、醜い目でマロンを見ていた。

ぎらぎらとした欲望に濡れた目だった。


家だと言われて連れて行かれた先は、絵本で見たお城の様に豪華な屋敷だった。

そこでブラン・ルージュとマロン・ルージュになった。温かいご飯に、優しい母親、幸せな日々。なんて思えなかった。

母親は知らない大人と一緒に、マロンを良く何処かへ連れて行く。ブランはいつも留守番だ。

ある時、気になって、こっそり着いていったら、生まれて初めてマロンが泣き叫んでいるのを見た。

色んな機械を繋げられて、体を調べられ、色々な実験をされ、泣き叫ぶマロンが恐ろしくて、ブランは逃げ帰った。


帰って来たマロンはいつも通りだったけど、よく見るとぎゅうっと握り締められた手が、震えている。その事に、この日やっとブランは気づいた。

マロンがあの男を殺したのも、実験に耐えるのもブランの為だと知った。

その日から、マロンはブランの唯一になった。母親は、ブランには余り興味を示さなかったから、余計にだ。








◇◇◇◇◇◇





ある時から実験が無くなり、余りマロンは出掛けなくなった。ブランはホッと胸を撫で下ろした。


そんな時、母親達が話しているのを聞いた。


「全属性の母体からなら、同じ子供が作れる筈よ」

「あと、10年、いや早ければ8年か?」

ゾッとした。大人達はマロンに子供を産ませるつもりだった。でも、それは叶わなかった。

何故なら、マロンは成長しなくなったのだ。賢い子だ。マロンはきっと気づいたのだ。成長しなければ、良いのだと。

ブランが15歳になっても、マロンの容姿は6歳くらいだった。ドンドン見た目の年が離れていく妹を、ブランは大事に、大事にした。何より姫は可愛らしい。幸せになるべきなのだ。








ブランに興味を示さなかった母親が、ブランに魔法が発現した途端に優しくなった。

猫撫で声で名を呼ばれると鳥肌が立つ。だが、今度はブランがマロンの為に我慢する番なのだ。マロンは魔法が好きだ。

きっと魔法であの男を殺せたから、自分達を救ってくれたから、好きになったのだ。

ブランはマロンがやりたいことを自由に出来る様に、母親に媚びた。今の母親は、マロンから興味が失せていたから。



ブランが16歳になったとき母親が言った。ブランが、妻を娶って子を成せたなら、家を継ぐことを許すと。

家を継げたら、やっと本当に自由になれる。もう、誰にも媚びたり、怯えなくて良い。

ある時、マロンと見た映画に仲の良い家族が出て来た。

母親、父親、娘。三人で仲良く手を繋いでいた。それを見て、マロンが、珍しく目をキラキラさせていた。


(家族、……、幸せな家族を作れれば、マロンが喜ぶ?)




17歳になったブランは大勢の女と会った。皆、ブランを見て一目で気に入ったのか、頬を染めてニコニコしていた。

ただ姫の話をすると、半分は逃げた。なぜだ?ブランには、理由がわからなかった。

残った半分の女共も、陰でマロンをいじめた。

どんなに外面を取り繕っても、幻惑魔法を使えば、すぐにその人間の本性が顕になる。

(なんて醜い。やはり、真に美しいのは姫だけだ)


結局、見合いは一度も成功しなかった。幸せな家族を作れそうな相手は、一人も居なかった。





◇◇◇◇◇◇







18歳になった。国から手紙が来た。マロンにもだ。

ブランは泣いて喜んだ。この家を暫く離れられる。それもマロンと一緒にだ!!

それに、学校でなら、もしかしたら出会えるかもと思った。

(………、あの映画の様な……仲の良い、家族)

記憶の中の映画の家族の顔は、父親はブランになり、娘はマロンに、母親には、顔が無かった。







◇◇◇◇◇◇




学校に入学して暫く経った、ある日。醜い女がマロンに土下座を強要していた。

頭からつま先まで、怒りで支配された。

(なんと酷い!!一体姫が何をしたと言うんだ?!)

誰よりも優しく、清らかな姫が、公衆の面前で辱めを受けている。何故こんな酷い事をされなければならない、とブランは憤った。

しかし、それは誤解だった。久しぶりに姫が楽しそうにしていて、なにがなんだかわからなかった。

しかも、馴れ馴れしく姫に近づく男が居たが、その男の目には一欠片の欲望も浮かんではいなかった。そんな事は初めてで、ブランはどうしたら良いのか、わからなかった。





「あにさま。謝って」

姫が、言った。確かに、誤解とは言え女性にかけるべきでは無い言葉をたくさん浴びせてしまった。


皆の前では、渋々の体で謝り、その後一人で居た女に、こっそりと近づき、素直に謝ると、女は幻覚でも見ているかのような怪訝な目をしていた。

(むっ、失礼な女だ。大体、この女のせいで、今日は二度も気絶しているのだ)

ちょっとした仕返しのつもりで、揶揄うと、ユアンがこちらを見ていた。

(クソッ、虎の威をかる女狐め)

ボソリと呟いた声が聞こえていたのか、女は笑顔だったが内心は怒っていた。分かり易い女だ。外面を取り繕う女よりは、幾分かマシだと思い、一応礼儀として自己紹介と姫の紹介をした。

女は園田ミライと名乗った。一度は会話が途切れたが、ミライから話しかけて来て、姫を褒めた。今までも、ブランに気に入られようと、マロンを褒める女は居た。だが、その目には、隠しきれない、ドロリとした欲が浮かんでいたのだ。

だが、園田ミライの瞳には、その欲は浮かんで居ない。自分に欲望の目を向けていない女が、姫を褒めたのだ。

何故か魔力が暴れた。こんな事は、初めてだ。

遠い目をして、棒読みで私を褒めて来た時は何故?と思ったが、また女は姫を褒めた!!私と、姫が似てると言ってくれた。

(嬉しい)


その後も暫く話をした。姫以外と、こんなに会話が弾むのは、初めてだ。楽しかった。

ミライと、名を呼ぶと変な顔をしていた。

(何故だ?)






◇◇◇◇◇◇








ミライが研究所を訪ねて来た。それにも驚いたが、姫が人を昼食に誘っていて驚く。また初めての事だ。

来客など初めてで、どうすれば良いのかわからなかったが、とりあえず部屋へ通す。ミライなら、姫を虐めたりしない。安心して、姫を任せ、ブランは途中だった昼食作りを再開した。

何故か、胸が弾み、いつもより頑張ってカレーを作った。

部屋に戻ると馴れ馴れしい男。……ツバサと姫が仲良くしていた。姫があんなに楽しそうなのを初めて見て、また、何故?どうしてだ?と思う。私には、姫にあんな顔はさせられない。


カレーを食べ終えるとミライと二人きりになった。ミライは片付けを手伝うと自ら進んで言った。本当に良いやつだ。罵声を浴びせたのを、心から後悔した。あれで嫌われなくて良かった。ミライの心が広くて、助かった。


ミライから、じいっと、瞳を覗き込まれてドキリとする。

(ああ、この瞳が気になったのか……なんだ、つまらん。……ん?)

ふと自身の思考に、違和感を感じたが、良くわからなかった。

その後は、また姫の話をした。

手伝いの褒美として、姫のアルバムを見せるとミライは喜んでくれた。とっておきの幻惑魔法も、喜んでくれた。嬉しい。楽しい。

(これが、友か?……、そうか、姫が楽しそうだったのは、そう言う事だったのか)

その後、テンションが上がって肩を組んだ。想像よりも柔らかく華奢な女の体。ふわりと香る甘い匂い。それに、胸がザワザワと落ち着かなくなっていると、いきなりツバサに無理やり引き剥がされた。

(何故だ?)





生まれて初めて、その日、友と姫と出かけた。ここの所、初めて尽くしだ。

姫とミライが仲睦まじくしているのを見て、脳裏にあの映画のシーンが浮かぶ。

(………いや、だが。ミライは、友だ)







◇◇◇◇◇◇




少し目を話した隙にミライがナンパされて居てイライラした。少し彼女は無防備すぎる。


(全く、……もう少し警戒心を持つべきだろう?友として、しっかりと見ていてやらねばな)


その後は本当に楽しい最高の日だった。まさか、この私が誰かに幻惑魔法をかけられているんじゃ無いかと、疑ってしまうくらいに、本当に楽しかった。

(明日も、楽しみだな)



次の日は、ツバサの魔法に驚いた。姫が気に入る筈だ。あれ程の魔法の使い手だとは。なんだか腑に落ちた。

(まあ、姫の友として、認めてやっても良いかもしれないな)









ミライが急に手を伸ばして来て、驚いた。胸がドキドキしている。しかも、その後すぐ二人きりになり、ミライに告白された。

ミライは頬を赤く染めて、潤んだ瞳で、じいっと私を見つめて、守って欲しいと言った。私を好きだと言うことで間違いないだろう。

どう答えれば良いのか、何を言えば良いのか、わからない。それに口を開けば口から心臓が出そうな程に、ドキドキと鼓動が高鳴っている。自身のそんな状態をミライに気付かれたくなくて、走って逃げてしまった。

(ああ、私は、どうすれば良い?どう答えれば良かったんだ?)


家に戻り、鏡が目に入る、そこに映る自分の顔を見て叫びそうになった。瞳が、鮮やかなピンクに染まっていたのだ。

(なんてことだ!!)

話にだけは聞いていたが、ルージュ家の者は稀に恋をすると、瞳がピンクに染まるのだ。

(ああ、本当に、なんてことだ。まだ出会ったばかりだと言うのに。だが、こう言った物に、時間は関係ないのだろうか?)

バクバクする心臓とは裏腹に、あの映画の母親の顔がミライになっていて、ようやく私は自覚した。

(ああ嬉しい、私も、同じ気持ちだ)

自覚すれば、その気持ちをすんなりと受け入れる事が出来た。

(明日、ちゃんと返事をしなくては……。早くしないと、ミライは心変わりしてしまうかもしれない。それで無くとも、女性に恥をかかせてしまったのだから……、怒っているだろうか?いや、彼女は優しいから、きっと大丈夫だ。それよりも、問題は、この瞳の方だな)


恋色に染まった瞳を、衆目に晒すのは恥ずかしいので、サングラスを必死に探した。

次の日返事をするべく、私から声をかけて、逃げてしまった事の謝罪と、告白を受け入れる旨を伝えたら、ミライは喜んでくれた。やはりミライは怒ったりしない。優しくて、心が広い。今まで出会ったどんな女よりも、素晴らしい女性だ。

姫がミライをあねさまと呼んだ。確かミライの方が年下だ。なのに、あねさま?義理の姉と言うことか?ミライも、その呼び方を嬉しそうに受け入れている。つまりミライは私との結婚まで考えているのだ!!姫も、そのつもりなのだ!!

また、脳裏に、あの映画のシーンが浮かんだ。並んで手を繋ぐ仲睦まじい家族。ミライと、姫と、私で、楽しく手を繋いで、幸せに過ごしている光景が浮かんで、それに重なった。


(と言うことは、私達は恋人ではなく、婚約者と言うことだな。……婚約者。……ふっ)


ミライへと肩を寄せると、体がゾクゾクした。それに、胸の中が温かい気持ちで満たされる。

(不思議なものだな。こんな気持ちを姫以外に感じるなんて……。幸せだ)


しかし、そうなると色々と考えないとならない。結婚となると多少の勉強も必要だ。ルージュ家はそれなりの名家なのだ。ミライに覚悟を問うと、肯定の意で返された。

(向上心も有るんだな、ミライは、……やはり、良い。良い妻になり、私を支えてくれるだろうな)

ああ幸せだ。頭がおかしくなりそうだ。

(だが、畏まった態度は、気に入らないな、私はもっと、打ち解けたい……)

口調を砕けて欲しいと言えば、ミライはすぐにブランの願いを叶えてくれる。

(素直だな。かわいいな……)


ミライと肩を並べて勉強をする。ふわりと香る甘い匂いに頭が痺れて、集中出来ない。ふと魔が差して、ミライにもっと触れたくなって、スルリと指を滑らせる。滑らかで、柔らかな肌に触れるとミライは恥ずかしそうにしていた。その恥じらう姿が堪らない。こんな俗物的な感情が自分に有ったとは驚きだ。だが、嫌な気はしない。

(ふっ……、ああ、耳が真っ赤だな。少し性急すぎたか?)

流石に私も結婚するまでは、これ以上はしない。

「……手を出したりはしない、心配するな」

安心させる為にそう告げると、ミライは更に顔を赤くして、かわいい顔をしていた。

(ああ、かわいい)



ニヤニヤとした下品な表情で、クラスメイトの女が寄って来て、私達を揶揄い、ミライが私達の関係を否定した。

なるほどと思う。余り大っぴらにするのは恥ずかしいのだろう。

(私も、瞳を晒すのは恥ずかしい。ミライも、同じ様な気持ちなのだろうか?)

周囲から、揶揄われるのも鬱陶しい。二人が同じ気持ちなら、わざわざ周囲に言いふらす様なことでも無い。ここは、ミライに同意しておく事にした。


(いずれ、時が来れば、嫌でも知られる事だしな。焦る必要は無い)

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