美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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サマー・ベジタブル

めざめ(その1)

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 吾輩は茄子である。
 名前はまだ無い。

 そよ風が吹くだけで飛ばされそうな殻の中。
 吾輩は眠っていた。
 心地よい眠りだ。
 いつまでも微睡んでいたい。

 どれほどの時が流れただろうか。
 突然、吾輩はつまみ上げられた。
 風に飛ばされたのではない。
 つまみ上げられたのだ。
 そのまま押しつぶされるのではないかという恐怖が全身を襲う。
 だが、恐怖を感じながらも吾輩は動くことができない。
 このまま殻を破ることもなく肉片と成り果てるのだろうか。
 そんな考えがよぎる。

「……?」

 しかし、予想していた押しつぶすような圧力は訪れなかった。
 かわりに、ばさばさと上から土を被せられる。
 ふわりと布団のような感触が心地良い。
 隙間が多い気もするが、贅沢は言うまい。
 それに、風で飛ばされることは無いし、重くもないので、寝具としては丁度良いくらいかも知れない。

「冷たっ! 眩しっ!」

 そこへ眠りを邪魔するように、水をかけられ光を浴びせられた。
 まだ肌寒い季節。
 まるで拷問だ。
 気持ちよく眠っていたというのに、なんという嫌がらせだ。
 いったい自分が何をしたというのだ。
 先ほどまでの親切は油断を誘うためか。
 まさに、天国から地獄だ。

「くそっ!」

 仕方がないので、文句の一つでも言ってやろうと、手足を伸ばす。
 まずは土をしっかりと踏みしめるために足を伸ばす。
 そして次に、次に光を浴びるために両手を伸ばす。

「ぷはっ!」

 身体の動きが鈍いせいで、思いのほか時間がかかってしまった。
 だが、ようやく身体の一部を土から出すことができた。

「おおっ!」

 まず感じたのは光だ。
 全身に満遍なく降り注ぐ光。
 生まれて初めて浴びる光は、思いのほか気持ちよかった。
 力が漲ってくるようだ。
 瞬く間に、真っ白だった手が健康的な緑色に染まる。

「これはいい♪」

 
 日光浴を満喫する。
 文句を言おうと考えていたのは忘れた。
 忘却の彼方だ。
 しばらくそうしていると、ぐんぐんと手足が太くなってきた。
 土から身体を出したばかりのときは、よちよちした足取りだった。
 風に吹かれるだけで倒れそうだった。
 それが次第に安定していく。
 気をよくした吾輩は、調子に乗って手足の数を増やしていく。
 そして、それぞれを長く太くしていく。

「ふふん♪」

 これだけ手足がしっかりすれば、ちょっと風が吹いたくらいでは倒れることはないだろう。
 身体の成長とともに、気持ちにも余裕が出てくる。
 たたき起こされたことは許してやろう。
 心にも自信が満ちてくる。

「ん?」

 心に余裕が出たせいだろうか。
 今まで気づかなかったことに、ふと気づいた。
 隣に二人ほど同族がいる。
 吾輩より弱々しいが、こちらの足に寄りかかるようにしながら、必死に身体を伸ばそうとしているようだ。
 足に絡みつかれるのは、正直に言うと、うっとおしい。
 しかし、自信に満ち溢れた吾輩は、狭量ではない。

「……まあ、いいか」

 弱い者いじめは趣味ではない。
 それに、こうして頼られると保護欲も湧いてくる。
 吾輩に危害を加えるつもりなら話は別だが、今のところはそのような気配はない。
 蹴り倒すようなことはせず、そのままにさせておいた。
 しばらくは様子見だ。

☆★☆★☆★☆★☆★

 何日かが経過した。
 水と光を与えられる毎日。
 同じことの繰り返しだ。
 だが、見る間に身体が大きくなるので、飽きることはない。
 そして、その頃になると、吾輩は自分の置かれている立場に気付き始めていた。
 どうやら吾輩は、生まれながらの勝ち組らしい。
 よい環境に生まれることができたようだ。

 喉が渇くと、ちょうどよいタイミングで水が降ってくる。
 強い風が吹くこともない。
 だが、遮蔽物に囲まれているというわけではなく、光は充分に降り注ぐ。
 まるで天国だ。

「こいつらは、あいかわらず貧弱だな」

 隣の二人を眺める。
 頑張っているようだが、こちらの身長に追いつくことは無い。
 こいつらに気づいたときに、すでに吾輩の方が大きかったのだ。
 そして吾輩は、いまなお成長を続けている。
 こいつらが同じ速度で大きくなったとしても、追いつける道理はない。
 しかし、同族のよしみだ。
 こいつらの面倒は自分が見てやろう。
 悪態をつきながらも、子分ができたようで、内心では気分がよかった。

 足で支えてやって、身体が倒れないように、手助けしてやる。
 こいつらの足は細く、吾輩がいなければ、風が吹かなくても倒れてしまうだろう。
 それに身体自体も細く、そよ風で折れてしまいそうだ。
 吾輩は大きくなってきた手で風を遮ってやる。
 まったく手間のかかる子分たちだ。

「やれやれ」

 しかし、弱者を守るのも強者の義務だ。
 見捨てるようなことはしない。
 こいつらは、吾輩のファミリーだ。
 ファミリーは大切にしなければならないだろう。

☆★☆★☆★☆★☆★

 さらに何日かが経過した。
 子分たちは、弱々しいながらも、少しずつ成長しているようだ。
 吾輩が支えてやらなくても、そろそろ一人で立てるだろう。
 まだまだ半人前ではあるが、頑張りは認めてやってもいい。
 だが、最近はこいつらも反抗的になってきた。

「むっ!」

 手を伸ばして吾輩を押しのけようとしてくる。
 より多くの光を浴びたいのだろう。
 気持ちは分かる。
 吾輩も生まれたばかりのときに光を浴びた感動は覚えている。
 だが、それとこれとは話が別だ。
 子分に負けるつもりはない。
 とはいえ、半人前の反抗など可愛らしいものだ。
 しっかりと身体を固定し、子分どもの手を別の方向へと誘導してやる。

「これで我慢しておけ」

 不満そうにしながらも、手を別の方向へと伸ばす子分たち。
 身体が真っ直ぐに伸ばせず、捻るしかないのが窮屈なのだろう。
 だが、いくら子分と言えど、弱肉強食の世界だ。
 甘やかすつもりはない。
 光を浴びることができるようにしてやったのだから、後はこいつら次第だ。
 もっと光を浴びたいのであれば、身体を大きくして吾輩を押しのけるくらいに頑張るが良い。
 たとえ、そうなったとしても恨み言を言うつもりはない。
 下剋上も一興だ。
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