美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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サマー・ベジタブル

めざめ(その2)

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 吾輩と子分たちの手が数を増やし、そろそろ光を浴びづらくなってきた頃。
 その日は何かがいつもと違った。
 先ほどから頭上を巨大な何かが動いている。
 それが動くたびに、光が遮られたり、風が起こったりするので、鬱陶しい。
 吾輩には大した影響はないが、貧弱な子分たちが倒れでもしたら、どうするのだ。

『今日は間引きをするぞ。三粒蒔いたところから、元気な一つだけを残すんだ』

 突如、空気を振るわせる轟音が響き渡った。

「なんだ!」

 身体に振動が伝わる。
 頑強な身体を持つ吾輩ですら、こうなのだ。
 貧弱な子分たちの感じる衝撃は、それ以上だろう。
 案の定、身体が微かに震えている。

『わかりました』

 再びの轟音。
 先ほどとは違う方向から来た。
 どうやら、複数の巨大な何かから、交互に発せられているようだ。
 おそらくは、意志疎通の手段なのだろう。
 言葉のようだが、言語が違うせいか、意味は分からなかった。
 だが、何やら不吉な予感がする。

 ギラリ。

 光が見えた。
 鋭い光だ。
 いつも力を与えてくれる柔らかな光ではない。
 身を切るような強烈な光だ。
 不吉な予感が、ますます強くなる。

 すっ。

 薄く鋭い刃が見えた。
 だが、薄いとは言っても、とんでもなく大きい。
 あれに触れれば、吾輩の太くなった身体と言えど、ただではすまないだろう。
 それが段々と近づいてくる。
 ゆっくりと、だが確実にだ。

「ひっ!」

 迫りくる刃に、情けない悲鳴を上げてしまう。
 だが、強靭な精神力でそれ以上叫ぶことは耐えた。
 吾輩の隣には子分たちがいる。
 その前で情けない姿を見せることはできない。
 例え、この身が切り裂かれようと、子分たちを不安にさせるのは避けたかった。
 それが、ファミリーの長としてのつとめだ。
 つとめは果たさなければならない。

「ぐっ!」

 死神の鎌が近づいてくる。
 先ほども信じられないほど大きいと感じたのだが、近づいてくると、それすらも生易しい考えだと思い知った。
 予想以上の大きさだ。
 吾輩と子分たちをまとめて仕留めることもできるだろう。
 それほどの大きさだ。
 吾輩の全身を使って子分たちを庇ったとしても、紙の盾よりも役に立たないだろう。
 だが、それと情けない姿を晒すことは、話が別だ。
 必死に死の恐怖に耐える。
 結果が同じだったとしても、子分たちが感じる恐怖が長いか短いかは重要なことだ。
 せめて、そう考えることで心の芯を強く保つ。

 ぴとっ。

 冷たいものが身体に触れる。
 その瞬間に分かった。
 駄目だ。
 これに逆らうことなどできない。
 だが、最期まで諦めるわけにはいかない。
 無謀なのは分かったいる。
 だが、この世に絶対はない。
 薄い紙が刃を砕くことだってあるかも知れない。
 なんとか子分だけでも助けようと、身体に力を入れて刃に抵抗しようとする。

 ちょきん……ちょきん……

「!?」

 甲高い音が聞こえ、刃から振動が伝わってくる。
 吾輩の身体が、刃の動きを妨げた感覚はなかった。
 やはり抵抗することなどできなかったのだ。
 この世に絶対はなかったとしても、限りなく絶対に近いものはある。
 これはそれだ。
 そして、それを覆す奇跡は起きなかった。
 それだけのことなのだ。
 絶望感に包まれながら、次にくるであろう衝撃を待った。
 しかし、いつまで経っても、それが訪れる気配はない。

「……?」

 もしかして、助かったのだろうか。
 奇跡が起きたのだろうか。
 ひょっとしたら、死神が気まぐれを起こしたのかも知れない。
 ほんの少し心に余裕ができると、次に気になるのは子分たちのことだ。
 いかんいかん。
 自分のことばかり考えてしまっていた。
 子分たちにも助かったことを伝えなければ。
 そう思って、子分たちに声をかけようと下を見る。

「!!!」

 その景色がなにを表しているのは分からなかった。
 頭が理解することを拒否している。
 だが、見えてはいる。
 そこに、生まれてから常に一緒にいた子分たちの姿はなかった。
 いや、正確には、下半身だけが残されていた。
 上半身があった場所には何もない。

 すっ。

 目の前を何かが上に登っていく。
 それが、徐々に頭に理解をもたらしていく。

「ああっ!」

 それは、無残に切り取られた子分たちの上半身だった。

「なんてことを!」

 弱肉強食が世の掟だということは知っている。
 そして、子分たちは弱者だった。
 だが、納得がいかない。

「あいつらが何をしたっていうんだ! あいつらだって必死に生きていたんだ!」

 頭上を蠢く巨大な影に向かって叫ぶ。
 それが自殺行為だということは分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
 確かに子分たちは弱者だ。
 だが、強者である吾輩が守っていたのだ。
 充分に生きる資格はあったはずだ。
 何の権利があって、命を刈り取るのだ。
 それに、巨大な影にとっては吾輩すらも弱者であるはずだ。
 吾輩は何の抵抗もすることができなかった。
 であるなら、吾輩も同じ目にあわなければ道理が通らない。
 吾輩と子分たちの何が違うというのだ。

 ちょきん……ちょきん……

 だが、叫びは巨大な影に届いた様子はない。
 それどころか悲劇はなお続き、広がっている。
 吾輩の周りだけでなく、少し離れた場所でも死神の鎌が振るわれる音が聞こえる。
 どうやら同じ悲劇は別の場所でも起こっているようだ。
 その音が聞こえるたびに、刈り取られた命が頭上に登っていく。

「これは……この光景は……世界の終わりなのか?」

 無力感が全身を襲う。
 あの巨大な影は、神が世界を終わらせるために遣わせた死神なのだろうか。
 ならば諦めもつく。
 自分も子分たちの後を追うことになるのだろう。
 吾輩だけ今も生きているのは、早いか遅いかだけの違い。
 助かったと思ったのは、勘違いなのだ。
 それならそれで仕方がない。
 あの世で再開したら、守り切れなかったことを謝ろう。

 あちこちから聞こえてくる絶望の音を聞きながら、静かにそのときを待った。
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