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サマー・ベジタブル

めざめ(その5)

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 再び、あの悪夢が現実のものになろうとしていた。
 巨大な影。
 もうその存在は知っている。
 ニンゲンたちだ。
 そのニンゲンたちが、あの死を予感させる刃を手に、天を覆っている。

「……覚悟を決めろよ親友」

 これから何が起きるのか。
 そのことについて、事前に親友が教えてくれていた。
 これは必要なことなのだと。
 だが、理解と感情は別だ。

「……ああ」

 答える声が震えるのを堪えることはできたと思う。
 恐怖はある。
 だが、動揺はしない。
 吾輩は誇り高く生きると決めたのだ。
 それは親友も同じだろう。

 声が強張っているのには気づいたが、それを指摘するようなことはしない。
 親友には目的があり、ここで死ぬわけにはいかないことも知っている。
 応援したい気持ちはあるが、それを口に出すことはしない。
 親友は親友の意志で生きているのだ。
 他人がそれに口を挟むのは無粋というものだろう。

 ジョキン……ジョキン……

 一瞬だった。
 祈りを捧げる暇さえない。
 上半身と下半身を切断され、吾輩と親友は天に向かって持ち上げられていく。
 かつて、子分たちが見たであろう景色。
 だが、これから見るであろう景色は、子分たちとは違う。
 そのはずだ。

『今日は接ぎ木をするぞ』

 ニンゲンどもの声が空気を振るわせ、踏ん張るための下半身を失った吾輩は、ただ揺れることしかできない。

『わかりました』

 様々な方向からやってくる空気の振動に翻弄される。
 切断面から力が抜けていく。
 しばらくは手で光を浴びて創り出すエネルギーで生き延びることはできるだろう。
 だが、しょせんは焼け石に水だ。
 このままでは、やがて干乾びることは明白だ。

 ぴとっ……ぐいっ……

 浮遊感に包まれたかと思うと、吾輩は何かに括り付けられ、固定された。
 無様に大地に倒れ込むことは無くなったが、自分の足で立っていない不安定さに、無力感が心を満たす。
 まるで、はりつけにされた罪人のような気分だ。

「よう……親友……」

 弱々しい声が聞こえてきた。
 そちらを見ると、親友が吾輩と同じように、はりつけにされていた。
 弱ってはいるが、ぎらついた表情は変わらない。

「どうやら……生き延びることができたらしい……」

 親友は欠片も絶望していないようだ。
 だが、楽観できる状態でないのは間違いない。

「このざまでか?」

 吾輩も親友も瀕死といった有様だ。
 こういってはなんだが、強がりにしか聞こえない。
 それは吾輩も同じではあるが。

「足元を見てみな」

 親友の自信は、ただの精神論ではなく、根拠があるようだ。

「足元?……これは!」

 言われるがまま、視線を移動させる。
 切断された下半身には、代わりのように別の下半身が繋げられていた。
 同族の下半身のようにも見えるが、微妙に違うようにも見える。
 どちらにしろ、他人の下半身であることには違いない。
 当たり前だが下半身の感覚はない。
 当然だ。
 切って繋げただけで身体を取り換えることができるわけがない。

「これでオレたちは、より強くなれる」

 だが、この下半身こそが親友の自信の源のようだ。

「こんな死体の下半身に乗せられただけでか」

 疑うわけではないが、弱々しい声で強くなれると言われても、素直に納得はできない。

「今は自分の身体だという自覚はないだろう。だが、いずれこれがオレたちの身体と融合される」

 自覚がないのは、その通りだ。
 だが、融合とはなんだろう。

「融合?」

 なんの捻りもなく、そう尋ねる。

「ああ、オレたちにはその能力がある。もっとも、この弱った状態を乗り越えられたらの話だがな。試練ってやつだ」

 身体の一部を他と入れ替えるなど、信じられない話だ。
 だが、信じるしかない。
 ニンゲンどもも馬鹿ではないだろう。
 吾輩たちの生死を支配しているのだ。
 意味のないことはしないだろう。

「試練か。望むところだ」

 今はただ信じるしかない。
 だが、信じるのはニンゲンどもではない。
 親友の言葉だ。

「そのいきだ。この下半身はオレたちの元の身体より頑丈だ。今までよりも力強く大地を踏みしめ、水や養分を吸収することができる。さらに、病気にも強いと至れり尽くせりだ」

 それは、吾輩たちにとってはメリットだ。
 だが、下半身の元の持ち主にとっては逆だろう。

「あらゆる面で、吾輩たちより優秀な生命体ではないか。なぜニンゲンたちは吾輩たちではなく、そいつらを生かさないのだ」

 それを考えられずにはいられない。
 自殺願望はないが、弱肉強食は自然の摂理だ。

「さあな。やつらの考えることは分からん。だが、オレたちに都合のいいのは確かだ。せいぜい、それを利用させてもらうとしよう」

 さすがに、そこまでは親友も知らないか。
 なにかしら、吾輩たちの方を選んだ理由はあるとは思うのだが。

「そうだな。結論の出ない疑問を考えるより、そちらの方が建設的か」

 犠牲の上に生かされているというのは気が引けるが、明日は我が身かも知れないのだ。
 同情はしない。
 吾輩にできることは、犠牲になったものたちを無駄にしないように、生き抜くことだ。

 ニンゲンが吾輩たちの何に価値を見出しているかは分からないが、その価値を高めることが生き残ることに繋がるのだろう。
 それを突き止めよう。
 そして、それの一番になろう。
 吾輩の目的は決まった。
 一番になって、吾輩の価値を認めさせてやる。
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