美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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スイート・ツリー

初めての春(その1)

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 人を見守り、人に見られる。
 それが吾輩だ。

 人は吾輩の下で宴を開き、よろこび、酒を飲む。
 吾輩はそれに応え、花を咲かせる。

 いにしえの昔から、それは続けられてきた。
 最近は桜などという新参者が幅をきかせているようだが、吾輩に言わせれば浅い。
 歴史も風情も水たまりのような浅さだ。

 決して負け惜しみではない。
 確かに人間たちが桜の下で宴を開くようになり、それゆえに桜が植えられ、増えていることも認めよう。
 だが、それは由緒正しき伝統ではない。

「花見は梅でするものだ」

 それこそが雅というものだ。

「そんな流行遅れのことばかり言っていると、若い子にモテないわよー。ウメさん」

 吾輩が物思いに耽っているというのに、それを邪魔する声がする。
 声の主は、隣に根を生やすピンク色だ。
 生意気にも、花は天下無敵、実は不老長寿の象徴とされている。

「おぬしは、花ばかりでなく実も愛でてもらえるから、そんなことが言えるのだ。モモよ」

 そうではない吾輩の価値は、花を咲かせ、人をよろこばせることなのだ。
 そのことについては、誰にも負けるわけにはいかない。

「まあねー。でも、ウメさんの同族にも実をつける人はいるんでしょ?」

 これだから、ちゃらちゃらしたピンク色は。
 無知にもほどがある。

「それは吾輩の親戚だ。正確に言うと同族ではない。やつらは実をつけるが、花はいまいち。吾輩は実をつけないが、花の美しさは上だ」

 仕方がないので、吾輩が無知なこいつに教えてやる。
 ピンク色が言うのは実梅のことだろう。
 吾輩は花梅だ。

「ふーん」

 それに対して、返ってくるのは、どうでもよさそうな相槌。
 まったく失礼なやつだ。

「ふーんって……尋ねておいて、その返事はないだろう?」

 別に大袈裟なリアクションを求めるつもりはないが、少しくらい興味を持ってもいいだろうに。

「そうは言っても、それ以上の感想はないわよー。ウメさんが羨ましそうにするから、ウメさんの同族も一緒でしょって言っただけだし」

 むう。
 それでは、吾輩がひがんでいるようではないか。

「要するに、花の美しさでは、吾輩は負けないということが言いたかっただけだ」

 それだけは譲れない。

「別に、それは最初から否定していないわよー」

 そうだったろうか。
 先ほどの会話を思い出してみる。

 ……

 確かに美しさがどうとは言っていなかった気がするな。

「でも、花見をするには、ウメさんが花を咲かせる頃は寒いしねー」

 それは事実だから、言い返せない。
 人間たちが吾輩の下で花見をすることが少なくなったのも、それが一因ではあるだろう。

「無理に勝ち負けを決めなくてもいいんじゃないのー?」

 ピンク色が呑気にそんなことを言う。

「花を咲かせる時期はずれているわけだし、みんな綺麗ってことでいいじゃないー」

 これがゆとり教育というやつか。

「そんなことを言っていて、切り倒されても知らんぞ」

 最近は、昔よりも人間が吾輩たちを植える場所が少なくなっている。
 それはつまり、植えられる機会が減り、切り倒される機会が増えるということだ。
 吾輩は切り倒されるのは、ごめんだ。

「わたしもそれは嫌だけど、人間たちは花の美しさや実のおいしさに関係なく、切り倒してくることがあるしねー」

 呑気ではなく達観しているということか。
 まあ、吾輩もピンク色も、いい大人だしな。

「そうは言っても、価値がある方が切り倒される可能性は低いだろう。せいぜい、美しい花を咲かせるとしよう」

 もっとも……

「今年は、わたしもウメさんも花は終わりだけどねー。わたしは、まだ実をつけるって仕事が残っているけど」

 そんな会話をしながら、吾輩とピンク色は変わり映えのしない日常を過ごしていた。
 それに変化が訪れるのは、もうしばらくしてのことだ。

☆★☆★☆★☆★☆★

 吾輩は人間が住む家の庭に植えられている。
 植えられたのは先々代の頃だったろうか。
 ちなみにピンク色も同じ頃だ。

 植えられた頃は人間よりも小さい身体だったものだが、今では人気が住む家よりも大きい。
 この大きさになるまで様々なことがあったが、詳細は割愛しよう。
 昔話ばかりしていると、ピンク色にジジイ扱いされてしまう。

 ピンク色との付き合いは長い。
 昔はご近所にもっと多くの友人もいたのだが、人間の家が増えるにつれ、切り倒されていってしまった。
 だから、今ではピンク色が、もっとも古く、かつ、唯一の友人だ。

 同じ家の庭に植えられていると言っても、恋人や夫婦ではない。
 なにせ種族が違うし、子を生すこともできない。
 だがまあ、腐れ縁というやつで、そこそこ親しい友人ではある。

「そう言えば、最近、小さな人間が増えなかったか?」

 ここしばらく毎日、見かけている。
 ということは、一時的に訪れているわけではなく、新たな家族と考えていいだろう。

「そうみたいねー。冬に大きくなっていた人間のお腹が元に戻っていたから、子供が産まれたんじゃないかしら」

 気づかなかった。
 冬に備えて身体に養分を蓄えているのかと思っていた。
 吾輩は子を生したことがないから、どうしてもそういうことに疎い。
 ピンク色は子を生したことがあるせいか、種族が違う人間のことにも詳しい。

「それは、めでたいな。ぜひとも、この家を継いでもらいたいものだ」

 家が続けば、吾輩たちが切り倒される可能性も低くなる。

「そうねー。人間の成長を見守ることくらいしか、わたしたちのすることもないし」

 自らの意志で移動できない身だ。
 季節が変わるといっても、何十回も繰り返せば、飽きてくる。
 そんな中で毎年変化があるのは人間だ。
 特に小さい頃の変化は著しい。
 吾輩やピンク色が見守ったからといって、何かが変わるわけでもないが、好奇心は満たされる。

「それにしても、人間が子を生す方法とは、けったいなものだな。身体の中で発芽させるなど」

 たまに吾輩の身体に泊まりに来る鳥どもでさえ、硬い殻に包まれた種子を作って、身体の外で発芽させるというのに。
 もっとも、やつらは種子が発芽するまで、親が面倒を見る必要があるようだ。
 それに対して、吾輩たちは硬い殻に包まれた種子を作りさえすれば、放っておいても発芽する。
 やはり、生物としては、吾輩たちの方が優秀か。

「それだけ愛情を注いでいるってことよー。素敵じゃない」

 まあ、その考えも分からないではない。
 だが、子は厳しく育てるべきではないだろうか。
 甘やかしてばかりいては、子は軟弱に育ってしまう。
 もっとも、子を生したことがない吾輩では、親の心を真に理解しているとは言い難いが。

「もっとも、わたしだって愛情で負けているつもりはないわよー。実が熟すまで、たっぷり栄養を注いでいるもの」

 どんな生物でも親が子を想う心は同じということか。
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