上 下
46 / 55
スイート・ツリー

二年目の冬(その2)

しおりを挟む
「ゆうべはお楽しみでしたねー」

 翌朝、いきなりからかってきたのは、いつの間にか目覚めていたピンク色だった。

「モモ姉さん、起きたんですねっ! おはようございますっ!」
「おはようー、スモモちゃん」

 元気に挨拶をする小娘と、それに応えるピンク色。
 だが、吾輩はピンク色の寝起きの悪さを知っている。
 寝起きに、こんなに元気なわけがない。

「……いつから、起きていた?」
「?」

 小娘はなんのことか分かっていないようだが、ピンク色は吾輩の言いたいことが分かったようだ。
 にやにやと、いやらしい笑みを浮かべている。

「しばらく前から起きていたわよー。二人が花を咲かせた直後くらいかなー?」
「声をかけてくれればいいのに」

 小娘はピンク色がなぜ寝たふりなどしていたのか気づいていないようだ。
 純粋なのは良いことなのだが、ここまでくると鈍いと評してもいいかも知れない。

「だってー、二人の初夜を邪魔するわけにはいかないしー?」

 ピンク色が身体をくねらせるように揺らしながら、そう言い放った。

「もしかして……見て……」

 ようやく察した小娘が、信じられないものを見る視線をピンク色に向ける。

「二人とも、初々しかったわよー」
「!!!」

 やっぱりか。
 例年より起きるのが遅すぎるとは思っていたのだ。

「覗きとは趣味が悪いぞ、モモ」

 せめて見て見ぬふりをすることもできるだろうに。
 なぜ、わざわざ言うのだ。

「でも、三人でするわけにはいかないでしょうー?」
「ちょっ! 何を言っているんですか、モモ姉さんっ! ウメ兄さんも、なんでそんなに落ち着いているんですかっ!」

 小娘が全身の血液を沸騰させそうな勢いで叫ぶ。
 無理もない。
 初体験の一部始終を見られていたのだ。

「スモモよ、こういうのは照れたら負けなのだ」

 子供を作ることは、ピンク色も聞いていたわけだしな。
 予想するべきだった。

「だからって、なんですか、この羞恥プレイっ! 露出プレイ? 露出プレイが好みなんですか、ウメ兄さんっ!」

 吾輩にまで、あらぬ非難が飛んできた。

「こ、こら。人聞きの悪いことを言うな」

 妙な性癖は持ち合わせていない。
 吾輩たちは、外で子作りするしかないのだ。
 あれはあくまで、不可抗力だ。

 結局、小娘を宥めるのに、かなりの時間を要した。

☆★☆★☆★☆★☆★

「それで、どう? スモモちゃん」

 ピンク色が小娘に尋ねる。
 なにを指しているのかは、言うまでもない。

 小娘はなんとか機嫌を直して、もう先ほどのことは気にしていないようだ。
 ピンク色に問いに答える。

「よく分かりません。ウメ兄さんの赤ちゃんのもとは届いていると思うんですけど……」

 生々しいな。
 まあ、いい。
 タイミングや状況は問題なかったと思う。
 あとは身体の相性の問題だ。
 こればかりは、吾輩の側からは分からない。

「焦ることはない。スモモは若いのだ。もし今年がダメでも、諦める必要はないのだ」

 母体が未成熟な場合、身体の相性が良くても、子供ができなかったはずだ。
 花の咲き方は充分に見えたが、身体の大きさは吾輩たちより、かなり小さいからな。

「でも、せっかくウメ兄さんにしてもらったんです。赤ちゃんが欲しいです」

 小娘も、こればかりは努力でどうにかなる問題でないことは、分かってはいるのだろう。
 だが、それでもなお懇願している。
 その姿に愛おしさを覚える。

「そうか」

 だから、これ以上は否定的なことは言わない。
 ただ、小娘の希望が叶うことだけを祈る。

「すっかり、若夫婦って感じねー」

 ピンク色が吾輩と小娘を見て、からかうように言ってくる。
 だが、声色は茶化すようなものではない。
 視線も微笑ましそうなものを見るかのようだ。

 この歳になって、そんなものを向けられるのはむずがゆいが、嫌な感覚ではない。

「そうだ。吾輩たちは夫婦なのだ」
「ウメ兄さん」

 小娘が吾輩の言葉を聞いて、驚いたような表情を見せる。
 そして、その後、幸せそうな雰囲気を醸し出す。
 その反応を見る吾輩も、その空気に浸る。

「はいはい、ごちそうさまー。まだ冬なのに、暑いわねー」

 ピンク色がやってられないといった感じで身体を揺らす。
 その身体には、今年も子供ができているようだ。

 吾輩は知っている。
 小娘は口には出さないが、たまにそれを羨ましそうに見ている。

「今年は春が来るのも早そうねー」

 ピンク色の戯言ではないが、確かに今年は暖かい気がする。
 吾輩と小娘が早く目覚めたのも、それが影響しているのかも知れない。

「そうですね。春になれば……」

 小娘はまたあの視線だ。
 そうだな。
 春になる頃には、結果も分かるだろう。

「春が待ち遠しいな」

 願わくば小娘の希望が叶うように。
 そんなことを祈りながら、もうすぐ訪れる春に想いを馳せた。
しおりを挟む

処理中です...