美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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スイート・ツリー

三年目の秋(その1)

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「見ろ、スモモ。あの子がおいしそうに、おまえのつけた実を食べているぞ」
「……そうですね」

 返事はするが、気が向いていないのが分かる。
 あの日以来、小娘はずっとこんな調子だ。

 今年、小娘の子供たちは無事に収穫された。
 初めての年にしては上出来と言っていいだろう。
 ただ、代わりに収穫されなかったものもある。

「元気を出せというのも酷かも知れないが、少なくとも、おまえのせいではないだろう」
「……」

 隣を見る。
 そこには炭と化した、1本の樹が佇んでいる。

「……モモ姉さん」

 寂しそうな小娘の姿に、吾輩はかける言葉を持たなかった。

☆★☆★☆★☆★☆★

 あのとき。
 雷が落ちる前の、ほんの僅かな間。
 ひときわ、強い風が吹いた。

「運……なのだろうが」

 庇うとか、庇われるとか、そんな選択ができる状況ではなかった。
 それでも、吾輩は庇われたのだと思ってしまう。
 現実として、吾輩は何本か枝が折れているが無事で、彼女は全身が炭と化しているのだから。

「まさか、モモに雷が落ちるとはな」

 直前までは、確かに吾輩の方が背が高かったのだ。
 だが、風に煽られて折れた枝、その差が吾輩と彼女の高さを逆転させてしまった。

「燃え広がらなかったのは、不幸中の幸いだが」

 雷が落ちた後、怖れていた通り、火が発生した。
 だが、今年の台風は風も強かったが、雨も強かった。
 そのため、周囲に燃え広がることはなく、ほどなく鎮火した。

「モモ……」
『……』

 語り掛けるが返事はない。
 そして、それは分かっていたことだった。

 鎮火は確かにした。
 しかし、直撃を受けた彼女の身体は、根本近くまで炭化するほど、燃えてしまった。
 そんな状態で返事など期待できるわけがない。

「モモ……」
『……』

 再び語り掛ける。
 返事はない。
 だが、どうしても僅かな可能性を考えてしまう。
 燃えているのは表面だけなのではないか。
 もしかしたら、生きているのではないか。
 返事をしてくれるのではないか。
 そう考えてしまう。

 励ますために話しかける。
 返事を期待して語り掛ける。
 その二つが、最近の吾輩の日課であり、唯一の行動となっていた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「今年も葉が色づき始めたな」

 少し離れたところの木々を眺めながら、小娘に話しかける。
 視線の先では葉が赤や黄に色づき始めていた。
 まだ、緑の部分も多いが、もうしばらくすれば、鮮やかな光景が広がることだろう。

 最近、小娘の口数は少ない。
 吾輩を無視しているわけではないようだが、まだ落ち込んでいるのだろう。
 だから、しつこく会話を要求したりはしない。
 傍から見たら、吾輩が独り言を呟いているようにも見えるだろう。
 だが、それでも話しかけるのは止めない。
 沈黙は何も生み出さない。
 吾輩が伝えることで日常の変化を感じ、少しずつでも癒されればいい。
 そう考えていた。

「……少し怖いです」

 今日は珍しく、小娘から反応があった。
 しかし、あまり明るいものではない。

「赤くなっているのを見ると、あの日のことを思い出します」
「……そうか」

 実際には、燃える火は赤黒く、葉は灰となり黒く、紅葉の鮮やかさとは異なる。
 だが、連想してしまうのだろう。
 小娘が姉としたっていた彼女が燃えた日のことを。
 だから吾輩も、ただ相槌を打つことしかできなかった。

「モモ……」
『……』

☆★☆★☆★☆★☆★

「今年も葉が落ち始めたな」

 そろそろ寒くなり始めていた。
 吾輩と小娘の身体からも1枚2枚と葉が落ちていっている。

「そうですね」

 小娘が返事を返してくる。

「今年も花芽がついたみたいです」

 小娘が言う通り、その身体には花芽がついていた。
 葉が落ちたことにより、それがよく見える。

 冬が近くなり、ようやく小娘は口数も増えてきた。
 以前ほど元気な返事ではないが、それでも会話が成立するのは嬉しいものだ。
 独り言はやはり寂しい。

「わたし、いっぱい花を咲かせます。赤ちゃんも、いっぱい作ります」

 落ち込んでいても身体は成長する。
 小娘の身体は昨年よりも大きくなり、花芽も昨年よりも多い。

「モモ姉さんの分まで、いっぱい」

 まだ、吹っ切れたわけではないだろう。
 だが、小娘は小娘なりに、区切りをつけたのかも知れない。
 あるいは、目標を持つことで気を紛らわしているだけなのかも知れないが、それでもいい。
 少しずつでも、元気を取り戻してくれるなら、それでいい。

「モモ……」
『……』

 吾輩は日課を続けていた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「もう、冬ですね」
「そうだな」

 かなり冷え込んでいる。
 吾輩たちが眠りにつくのも、もうじきだろう。
 すでに、葉は全て落ちている。

「来年もよろしくお願いしますね」

 小娘が少し照れた感じで言ってくる。
 今の言葉が何を指しているかは、聞かなくても分かる。

「ああ」

 だから、肯定の返事を返す。
 吾輩も多くの花芽を付けている。
 協力することはできるだろう。

「いっぱり、赤ちゃん作りましょうね」

 小娘が微笑む。
 以前のような無邪気な笑顔ではないが、それでも笑みを見たのは、ひさしぶりな気がする。
 あの日以来ではないだろうか。

「モモ……」
『……』

 小娘はもう大丈夫だろう。
 そう考えると、少し気が抜けた。
 眠りにつく前に、それが分かってよかった。
 これで安心して眠りにつくことができる。
 そう考えていたのだが……

「あれ?」

 小娘が疑問の声を上げる。
 その理由は吾輩にも分かった。
 人間たちが、近づいてきている。

「モモ姉さんのところで、何をしているんでしょう?」

 あの日から、炭となったまま放置されていた彼女。
 そこに集まって何かをしている。

「……まさか」

 人間たちが持つ道具には見覚えがある。

「やめろ!」
「ウメ兄さんっ!」

 大声を上げた吾輩に、小娘が驚いた表情を見せる。

「よせ!」
「どうしたんですかっ!」

 小娘が声をかけてくるが、それに構っている余裕はない。
 人間たちが、ギザギザの刃を彼女の身体に当て、少しずつ削っていく。

「そ、そんな……」

 小娘も状況に気づいたようだ。

「モモは今まで、おまえたちに実を提供してきた!」

 炭となった身体は脆く、大した抵抗もみせずに削られていく。

「それを、ちょっと焦げたからといって、切り倒すというのか!」

 吾輩は叫ぶ。
 だが、人間たちが手を止めることはない。

「ウメ兄さん、落ち着いてっ!」

 小娘が何か言っているのは分かった。
 だが、その言葉は、ただ耳を通り過ぎていくだけだ。
 吾輩は、彼女の身体が切り倒されるまで、途切れることなく叫び続けた。
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