55 / 55
スイート・ツリー
三年目の冬(その2)
しおりを挟む
「今年もいっぱい赤ちゃんができました」
小娘が嬉しそうに言ってくる。
昨年はできたかどうか自信なさそうにしていたものだが、二回目のせいか今年は早くに確信が持てたようだ。
「昨年のモモよりも多いのではないか」
そんなことが言えるくらいには、彼女のことは吹っ切れていた。
「ええー? そうかなー?」
もちろん、小娘と彼女では身体の大きさも違う。
さすがに、小娘の方が多いというのは我ながら言い過ぎだと思うが、まあ気分的にはという意味だ。
「まだ、モモ姉さんには勝てませんよ」
小娘もそれが分かっているのか、悔しそうな様子はない。
「まあ、そう簡単に追い抜かれたら、立場が無いしねー」
彼女が小娘の歳の頃は、しょっちゅう吾輩と張り合っていた。
それを棚に上げて、よく言うものだ。
……
「とか言いつつ、今年は追い抜かれてるけどねー」
「……」
「……」
幻聴だろうか。
そう思って、小娘を見ると、なんとも言えない表情をしていた。
おそらくは、吾輩も同じような表情をしているのではないだろうか。
「でも、すぐ追いついちゃうわよー」
「モモ姉さんっ!」
「なんでいる!」
吾輩と小娘が同時に叫ぶ。
「なんでいるって失礼ねー」
ぽつんとある切り株。
そこには、風に吹かれれば折れてしまいそうな、枝が一本。
「ちっちゃいけど、モモ姉さんだっ!」
「モモ! 無事だったのか!」
もう二度と聞くことはできないと思っていた声。
まだ一年も経っていないはずだが、ずいぶんと、ひさしぶりに感じる。
かつての姿は見る影もない。
いまや小娘よりも小さい。
だが、間違いない。
彼女だ。
「無事じゃないわよー。炭になった部分が邪魔で、新しい枝も伸ばせなかったんだからー」
話を聞くとこうだ。
雷に撃たれたあの日。
身体の大部分は燃えてしまったが、それでも辛うじて息はあったらしい。
だが、炭になった部分が邪魔で、うまく新しい枝を伸ばすことができない。
吾輩の声も聞こえていたらしいが、返事をする余裕もない。
そんな状態だったようだ。
「冬になって、人間が炭になった部分を切ってくれたおかげで、やっと枝を伸ばすことができたってわけー」
「よかったっ!」
「うむ。だが、それなら人間も、もっと早く処置をしてくれればよかったものを」
一時は恨んでしまったことを悪いと思いつつも、そう考えてしまう。
「うーん、それだと下手したら病気になって、もっと弱ってたんじゃないかなー? 活動している時期に大きな傷ができることになるからー」
なるほど。
水分や養分を吸い上げた先が切り口だと、乾燥してしまうし、病原菌も入りやすいからな。
冬で休眠している方が都合がよかったというわけか。
そして、春が近くなり、活動を再開して枝を伸ばすことができたと。
「なんにせよ良かった」
「ホントですっ! もう、会えないかとっ!」
小娘が声を詰まらせる。
「あぁー、スモモちゃん、泣かないでー」
間延びした呑気な声で、小娘を宥める。
今はただ、その光景を見ることができていることが、なによりも嬉しい。
☆★☆★☆★☆★☆★
「しかし、小さくなったものだな、モモよ」
小娘が落ち着いた頃、からかうように、そう話しかける。
気の毒だという気持ちがないわけではないが、今さら気を遣うような仲でもない。
それに、今なら間違いなく、吾輩が守る側になることができる。
もう、あんな想いをするのはゴメンだ。
「ちっちゃいモモ姉さん、可愛いですっ!」
「ありがとねー、スモモちゃん。でも、すぐに大きくなるわよー。根っこは無事だしねー」
本人が言うように、根は無事なようだ。
ならば、栄養を吸い上げる力も強い。
成長が早いのは確かだろう。
それでも、元の大きさに戻るには時間がかかるだろうが。
「だが、しばらく子供を作ることはできないだろう」
なにせ、子供の重さで折れそうな細さだ。
「まあねー。しばらくは、スモモちゃん、お願いねー」
「モモ姉さんの分まで、頑張りますっ!」
「せいぜい、感謝するがいい」
「もう、ウメ兄さんっ!」
小娘に注意されてしまうが、この程度のやりとりはいつものことだ。
そして、そのいつものことができることが嬉しい。
そう考えているのは相手も同じようで、吾輩の言葉を受けても不敵な笑みを浮かべている。
「そんなことを言ってもいいのー? 油断してると、わたしがスモモちゃんと、子供を作っちゃうわよー」
……
「なにを言っている?」
意味が分からなくて聞き返す。
「わたしが自分の身体に子供を作ることはできないけど、わたしの花粉で、スモモちゃんに子供を作ってもらうことはできるってことー」
「なんだと!」
「ええぇぇぇ!」
考えたこともなかった。
だが、言われてみれば、可能性はあり得る。
「吾輩とスモモは近縁種。吾輩とモモも近縁種。そして、スモモとモモも近縁種か」
「そう言えば、わたしの咲く時期、ウメ兄さんとも重なってますけど、モモ姉さんとも重なってますっ!」
つまり……
「枝が細くても、花を咲かせることはできるしねー」
理屈は分かった。
分かったが、納得できるかどうかは別だ。
「よろしくねー、スモモちゃん」
「えっ! えっと、その、あのっ!」
「ダメに決まっているだろう。吾輩の妻を寝取ろうとするな」
「ケチー」
「えっと、ごめんなさい、モモ姉さんっ!」
全く何を言い出すのだ。
もっとも、それが冗談だということは分かっている。
吾輩の方が先に花を咲かせるし、高さの問題もある。
小さくなった彼女の位置から、上方にある小娘の位置まで花粉が届けるのは難しいだろう。
「あははー」
「あはっ!」
「ふっ」
誰からともなく笑い出す。
ただの日常の光景。
だが一度は無くなりかけた光景。
今はただ、その珍しくもない退屈で平穏な光景を、なによりも幸せだと感じていた。
小娘が嬉しそうに言ってくる。
昨年はできたかどうか自信なさそうにしていたものだが、二回目のせいか今年は早くに確信が持てたようだ。
「昨年のモモよりも多いのではないか」
そんなことが言えるくらいには、彼女のことは吹っ切れていた。
「ええー? そうかなー?」
もちろん、小娘と彼女では身体の大きさも違う。
さすがに、小娘の方が多いというのは我ながら言い過ぎだと思うが、まあ気分的にはという意味だ。
「まだ、モモ姉さんには勝てませんよ」
小娘もそれが分かっているのか、悔しそうな様子はない。
「まあ、そう簡単に追い抜かれたら、立場が無いしねー」
彼女が小娘の歳の頃は、しょっちゅう吾輩と張り合っていた。
それを棚に上げて、よく言うものだ。
……
「とか言いつつ、今年は追い抜かれてるけどねー」
「……」
「……」
幻聴だろうか。
そう思って、小娘を見ると、なんとも言えない表情をしていた。
おそらくは、吾輩も同じような表情をしているのではないだろうか。
「でも、すぐ追いついちゃうわよー」
「モモ姉さんっ!」
「なんでいる!」
吾輩と小娘が同時に叫ぶ。
「なんでいるって失礼ねー」
ぽつんとある切り株。
そこには、風に吹かれれば折れてしまいそうな、枝が一本。
「ちっちゃいけど、モモ姉さんだっ!」
「モモ! 無事だったのか!」
もう二度と聞くことはできないと思っていた声。
まだ一年も経っていないはずだが、ずいぶんと、ひさしぶりに感じる。
かつての姿は見る影もない。
いまや小娘よりも小さい。
だが、間違いない。
彼女だ。
「無事じゃないわよー。炭になった部分が邪魔で、新しい枝も伸ばせなかったんだからー」
話を聞くとこうだ。
雷に撃たれたあの日。
身体の大部分は燃えてしまったが、それでも辛うじて息はあったらしい。
だが、炭になった部分が邪魔で、うまく新しい枝を伸ばすことができない。
吾輩の声も聞こえていたらしいが、返事をする余裕もない。
そんな状態だったようだ。
「冬になって、人間が炭になった部分を切ってくれたおかげで、やっと枝を伸ばすことができたってわけー」
「よかったっ!」
「うむ。だが、それなら人間も、もっと早く処置をしてくれればよかったものを」
一時は恨んでしまったことを悪いと思いつつも、そう考えてしまう。
「うーん、それだと下手したら病気になって、もっと弱ってたんじゃないかなー? 活動している時期に大きな傷ができることになるからー」
なるほど。
水分や養分を吸い上げた先が切り口だと、乾燥してしまうし、病原菌も入りやすいからな。
冬で休眠している方が都合がよかったというわけか。
そして、春が近くなり、活動を再開して枝を伸ばすことができたと。
「なんにせよ良かった」
「ホントですっ! もう、会えないかとっ!」
小娘が声を詰まらせる。
「あぁー、スモモちゃん、泣かないでー」
間延びした呑気な声で、小娘を宥める。
今はただ、その光景を見ることができていることが、なによりも嬉しい。
☆★☆★☆★☆★☆★
「しかし、小さくなったものだな、モモよ」
小娘が落ち着いた頃、からかうように、そう話しかける。
気の毒だという気持ちがないわけではないが、今さら気を遣うような仲でもない。
それに、今なら間違いなく、吾輩が守る側になることができる。
もう、あんな想いをするのはゴメンだ。
「ちっちゃいモモ姉さん、可愛いですっ!」
「ありがとねー、スモモちゃん。でも、すぐに大きくなるわよー。根っこは無事だしねー」
本人が言うように、根は無事なようだ。
ならば、栄養を吸い上げる力も強い。
成長が早いのは確かだろう。
それでも、元の大きさに戻るには時間がかかるだろうが。
「だが、しばらく子供を作ることはできないだろう」
なにせ、子供の重さで折れそうな細さだ。
「まあねー。しばらくは、スモモちゃん、お願いねー」
「モモ姉さんの分まで、頑張りますっ!」
「せいぜい、感謝するがいい」
「もう、ウメ兄さんっ!」
小娘に注意されてしまうが、この程度のやりとりはいつものことだ。
そして、そのいつものことができることが嬉しい。
そう考えているのは相手も同じようで、吾輩の言葉を受けても不敵な笑みを浮かべている。
「そんなことを言ってもいいのー? 油断してると、わたしがスモモちゃんと、子供を作っちゃうわよー」
……
「なにを言っている?」
意味が分からなくて聞き返す。
「わたしが自分の身体に子供を作ることはできないけど、わたしの花粉で、スモモちゃんに子供を作ってもらうことはできるってことー」
「なんだと!」
「ええぇぇぇ!」
考えたこともなかった。
だが、言われてみれば、可能性はあり得る。
「吾輩とスモモは近縁種。吾輩とモモも近縁種。そして、スモモとモモも近縁種か」
「そう言えば、わたしの咲く時期、ウメ兄さんとも重なってますけど、モモ姉さんとも重なってますっ!」
つまり……
「枝が細くても、花を咲かせることはできるしねー」
理屈は分かった。
分かったが、納得できるかどうかは別だ。
「よろしくねー、スモモちゃん」
「えっ! えっと、その、あのっ!」
「ダメに決まっているだろう。吾輩の妻を寝取ろうとするな」
「ケチー」
「えっと、ごめんなさい、モモ姉さんっ!」
全く何を言い出すのだ。
もっとも、それが冗談だということは分かっている。
吾輩の方が先に花を咲かせるし、高さの問題もある。
小さくなった彼女の位置から、上方にある小娘の位置まで花粉が届けるのは難しいだろう。
「あははー」
「あはっ!」
「ふっ」
誰からともなく笑い出す。
ただの日常の光景。
だが一度は無くなりかけた光景。
今はただ、その珍しくもない退屈で平穏な光景を、なによりも幸せだと感じていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
行かないで、と言ったでしょう?
松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。
病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。
壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。
人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。
スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。
これは、春を信じられなかったふたりが、
長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
『☘ 好きだったのよ、あなた……』
設楽理沙
ライト文芸
2025.5.18 改稿しました。
嫌いで別れたわけではなかったふたり……。
数年後、夫だった宏は元妻をクライアントとの仕事を終えたあとで
見つけ、声をかける。
そして数年の時を越えて、その後を互いに語り合うふたり。
お互い幸せにやってるってことは『WinWin』でよかったわよね。
そう元妻の真帆は言うと、店から出て行った。
「真帆、それが……WinWinじゃないんだ」
真帆には届かない呟きを残して宏も店をあとにするのだった。
カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる