シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第五章 マッチ売り

082.交渉

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「情報を買い取らせてもらうわ。あなた達が持っていても意味がない情報をね。情報量に比例して払うお金を増やすわよ?」

 ドレス姿でスラムに来るなんていう頭のおかしい女は、そんな提案をしてきた。
 以前、オレを殴った女の主人らしいが、主従揃って頭がおかしいらしい。
 なにしろ、主人はドレス、従者はメイド服だ。

「情報を買う?そんなものが詫びになると思っているのか?」

 オレを殴ったメイド服の女は、正直、腹立たしい。
 この女のせいで、オレは子分達の前で恥をかかされたのだ。
 次に会ったら、力ずくで犯した上で、娼館にでも売り飛ばすつもりだった。
 それくらい腹が立っていた。
 しかし、それより問題なのは、女に倒されたことだった。
 強さがものをいうスラムで、女に負ける男についてくる人間はいない。
 おかげで、オレは長い年月をかけて築き上げた、スラムの顔役という今の地位を、危うく失うところだった。
 もっとも、オレが倒された後、子分達が女を取り押さえようとして返り討ちにあったおかげで、オレが弱いという噂は立たなかったが、それは結果論だ。
 言葉による謝罪や僅かな金なんかで、怒りが治まるはずがない。
 それにも関わらず、目の前の女は情報を買ってやるなんて言いやがった。
 論外だ。
 だが、ドレスの女はオレを挑発するような返事を返してくる。

「思っているわよ。そもそも殴ったり殴られたりなんて、スラムじゃ日常茶飯事でしょ。女に殴られた治療代をもらうなんて恥の上塗りだろうと思ったから、あなたのプライドを傷つけないように、情報の売買という形でお金を渡してあげようとしているのよ」

 それを子分達の前で言っている時点でオレのプライドを傷つけているんだが、分かっていてやっているんだろう。
 良い度胸だ。
 頭には来るが、下手に言い返すと女の言っていることを認めることになる。
 ここは割り切って、交渉に乗ってやることにする。

「ふんっ!いいぜ。どんな情報が欲しいか言ってみな」

 わざわざ、こんな交渉を持ちかけてくるということは、オレの持っている情報を欲しているということだろう。
 交渉で有利なのは、こちらのはずだ。
 オレの問いかけに女が答える。

「マッチを売っている女性を捜しているの」
「マッチを売っている女?」

 そう言えば、オレを殴ったメイド服の女もマッチを奪っていったな。
 どこにでもありそうなマッチだったから気にも留めていなかったが、何か特別な品物なのだろうか。

「その女性の居場所でも、何が目的なのかでも、どんな情報でもいいわ。高く買ってあげるわよ。ああ、本人を直接売ってくれてもいいわよ」

 いや、待てよ。
 女はマッチが欲しいとは言っていない。
 マッチを売っている女を捜していると言っている。
 マズイな。
 手下どもに聞けば知っている奴がいるかも知れないが、現時点でオレは知らない。
 だが、正直にそんなことを言えば、ドレスの女は交渉相手をオレから知っている人間に変える可能性がある。

「簡単に情報は売れねぇな。なんで、その女を捜している?」

 そう聞いたのは時間稼ぎのためだ。
 どうする。
 もう、交渉なんて止めて、情報を買うために持っているであろう金を、強引に奪うか。
 オレがそんなことを考え始めたところで、ドレスの女が口を開く。

「私の娘の一人を刺したのよ。捜す目的なんか決まっているでしょ」

 口元に笑みさえ浮かべて、そう答えてきた。
 それを見た瞬間、直観した。
 強引な手段に出るのは、止めておいた方がよさそうだ。
 藪をつついて蛇を出すことになりかねない。
 よく考えたら、メイド服の女はオレを殴って気絶させるくらいの強さを持っている。
 ドレスの女も、本人の力か部下の力かは分からないが、似たような強さを持っていてもおかしくない。
 そんな女が、仲間を刺した報復のために行動しているのだ。
 下手に邪魔をすれば、その矛先がこちらに向く可能性がある。
 しかし、ここで引き下がれば、金は手に入らないだろう。
 スラムでの縄張りの広さをアピールして、捜索を手伝うと言ってみるか。
 そう考えたところで、ドレスの女が追加の提案をしてきた。

「情報を持っていないなら、情報が手に入ってから売ってくれてもいいわよ。前金は渡すわ」

 まさに、渡りに船の提案だ。
 だが、ここで頭のどこかで警鐘が鳴る。
 前金を受け取って大丈夫だろうか。
 それを受け取るということは、捜索に協力するということだ。
 しかし、本当に関わり合いになって大丈夫だろうか。
 ドレスの女は、おそらく貴族か金持ちの商人だろう。
 それだけで既にきな臭い。
 情報を渡した後で、口封じに殺されるのはゴメンだ。
 それに、刺されたという女は、こいつらの仲間だ。
 まさか、ただの女ということはないだろう。
 オレを殴ったメイド服の女と同じくらいの強さを持っているんじゃなだろうか。
 下手に近づいて、こちらまで刺されることにはならないだろうか。

「・・・悪いが、情報は持っていないし、協力する気もない。オレを殴った件は忘れてやるから、ここから立ち去れ」

 オレは自分の勘を信じることにした。
 オレがスラムでそれなりの縄張りを確保できているのは、腕力が強いことだけが理由じゃない。
 そんなものは、数の力で覆るものだ。
 本当の理由は、自分の勘を信じて、危険を避けてきたからだ。

「兄貴!もったいないですぜ!」
「黙ってろ!!」

 手下どもが意見をしてくるが、一喝して黙らせる。
 手下どもに不満は出るだろうから後でフォローは必要だろうが、ここでそれを爆発させるわけにはいかない。
 手下どもが全員、ドレスの女の提案を受けるべきだと騒ぎだせば、そうせざるを得なくなる。
 それは避ける必要がある。

「本当にいいの?情報を売るつもりがないなら、前金も払わないわよ」

 オレと手下どものやりとりを見ていたドレスの女が、口を挟んでくる。
 いっさい金を払わないという言葉に手下どもが騒ぎかけるが、それより前に大声で宣言する。

「いらねぇって言ってんだろ!とっとと、出ていけ!」

 オレだって、もったいないという気持ちがないわけじゃない。
 けど、この話は胡散臭すぎる。
 オレの言葉にドレスの女はしばし考える様子をみせるが、やがて諦めたように口を開く。

「わかったわ。無理にとは言わない。迷惑をかけて悪かったわね」

 そう言って、扉から外に出ていこうとする。
 その様子を、内心でほっとしながら見ていたが、扉に手をかけたところでドレスの女が振り返った。
 息を吐ききったところで水中に引きずり込まれるような嫌な予感がしたが、女はただ言葉を発しただけだった。

「お金の代わりに、こちらから情報を・・・忠告をしておこうかしら」
「なんだ?」

 とっとと出ていって欲しいのだが、タダでもらえるなら情報だろうがなんだろうがもらっておくことにする。
 先を促す。

「もし、マッチ売りの女性が食糧をくれると言ってきたとして・・・もし、それが『新鮮な肉』だったら、手を出すのは止めておいた方がいいわ」
「肉?」

 そんなもの、このスラムでは貴重品だ。
 滅多に口に入るものじゃない。
 たまに見かける野良犬や野良猫を捕まえたときに、食べることができるくらいだ。
 もしかして、そのことを言っているのだろうか。
 お上品な貴族様は牛、豚、鶏しか食べないかも知れないが、オレたちはドブネズミだろうが食べる。

「スラムじゃ、どんな動物の肉だろうが、ご馳走なんでな。そんな忠告は役に立たねぇよ」
「そう?」

 分かっているのか分かっていないのか、ドレスの女はそれ以上は言ってこなかった。
 代わりに別のことを言ってきた。

「じゃあ、もう一つ。もし、マッチ売りの女性が移住を勧めてきても行かない方がいいわよ。マッチが見せてくれる夢のような生活なんて待っていないから」
「マッチが見せる夢?」

 マッチが見せる夢。
 なんのことだろう。
 メイド服の女に奪われたマッチは、一本も使っていない。
 やはり、あのマッチは特別なものだったのだろうか。
 適当に手下から巻き上げただけのものだったのだが。
 そう言えば、巻き上げたのは誰からだったろうか。
 いや、それよりも今は、ドレスの女の忠告だ。
 何か気になる。

「行かない方がいい理由はなんだ?辛い労働でもさせられるってことか?たとえそうだとしても、スラムより酷いところはないと思うがな」

 実際、スラムには働く気はあっても、仕事にありつけない人間もいる。
 そういう人間は、多少辛くても仕事があれば、飛びつくだろう。
 ドレスの女は貴族のようだし、労働力が他国へ流れるのを止めたいなんていう、クソみたいな理由だろうか。
 マッチ売りの女が他国の間者だとすれば、あり得る話だ。
 もしそうだとすれば、ドレスの女より、マッチ売りの女に協力した方がよい可能性もある。
 オレがそんなことを考えていると、ドレスの女が再び口を開く。

「忠告はしたからね。自ら屠殺場へ向かう家畜にはなりたくないでしょ?」

 それだけ言って女は扉を出ていった。
 最後の言葉を発した口元には、仲間が刺されたと言ったときと同じ笑みが浮かんでいたように見えた。

 新鮮な肉。
 屠殺される家畜。

 その単語が、オレの頭の中を駆け巡っていた。

 *****

「兄貴、金を奪わずに、あの女を帰してよかったんですか?」

 手下が恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
 だが、オレは別のことを考えていた。

「・・・おい」
「なんですか?」

 声をかけてきた手下に呼びかける。

「食糧庫に肉はあるか?」
「肉ですか?それなりの量の生肉がありますよ」
「生肉?」

 この季節に肉が市場に多めに出回るのは、おかしなことじゃない。
 家畜を育てるには餌がいるが、草が枯れる冬はその餌の確保が大変だからだ。
 それに冬は食糧の日持ちがいい。
 だが、さすがに生では冬の間中は持たないだろう。
 保存食に加工するにも、塩漬けにするための塩や、燻製にするための薪が必要になる。
 手下もそのことに思い当たったのだろう。
 オレが怒っているとでも思ったのか、少し顔色が悪い。

「誰が生肉なんか手に入れてきやがった」
「確か、ボブだったと思います」
「どこで手に入れたか聞いているか?」
「いえ。見つけたら訊いておきます」

 すぐに知りたかったんだが、いないんじゃ仕方がない。
 明日には分かるだろう。
 そう思ったのだが、手下の次の言葉でそれが覆る。

「そう言えば、ボブの奴、最近見かけないな」
「なに?」
「すみません。確認に少し時間がかかるかも知れません」

 オレの怒りが自分に向いていないことが分かって安心したのだろう。
 手下は何気なくそう言ってくる。
 しかし、オレはしてみれば、先ほどの言葉は逆に安心できなくなる。

「・・・確認はもういい。その肉は売りさばけ」
「この季節に食糧を売るんですか!?」

 手下が驚いた声を上げる。
 言いたいことは分かる。
 冬に向けたこの時期は、本来なら食糧を集めるべき季節だ。
 金で買うこともあれば、強盗をして奪うこともあるくらいだ。
 スラムで冬に餓死しないためには、法を犯すこともある。
 食糧を確保するというのは、それくらい重要なことなのだ。
 だが、その肉に関してだけは、話は別だ。

「肉を売った金で、保存の効く食い物を買え」
「ですが、元の量より減りますぜ」
「かまわねぇから、やれ」
「へ、へい」

 オレは外道にはなっても、畜生にはなるつもりはない。
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