シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第七章 狼と三匹の豚

112.吹雪

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「それが、なんで、こんなことになっているのよ」

 回想を終えて、私は愚痴る。

「ここって、聖女のいる部屋っていうより、執務室よね」

 部屋を見回しながら考える。
 机の上には、高く積まれた書類。
 目を通して承認印を押すだけと言われて引き受けたけど、これはどう考えても聖女の仕事じゃない。
 王様とか大臣とか、その辺りがやる仕事だ。
 それに承認印を押すだけと言われても、指摘すべき点のある書類が多過ぎる。
 それも、専門家ではない私でも分かる内容ですら、そんな調子だ。

「この国は思っていたよりも重症ね。ヒルダが王様や上層部を起こそうとしないのも分かるかも」

 良い言い方をすれば、国の代表がろくに仕事をしなくても、国が回っていた。
 悪い言い方をすれば、従来の慣例に従うだけで、悪い点が見直されていなかった。
 それが、エリザベート王女が好き勝手にできる隙があった理由であり、失策である農業政策が撤回されずに不作が続いてきた理由でもある。

「でも、どっちにしても、私の仕事じゃないわ」

 積まれた書類を、力一杯、崩したくなるけど、さすがにそれは自重する。
 片付けるのが面倒だ。

「それもこれも、過去最大っていう大雪のせいよ」

 窓の外を見ながら思う。
 なんで今年に限って、いつもの年を超える大雪が降るのだ。
 それさえなければ、私は今頃、アヴァロン王国に戻っているはずだったのだ。
 運が悪いとしか言いようがない。
 どんなに策を巡らせたとしても、天候はどうしようもない。

 ・・・・・

 本当にそうだろうか。
 何か回避策はなかったのだろうか。
 現実逃避気味に、そんなことを考える。

「考えてみたら、そもそもエリザベート王女の誕生パーティーに参加する必要ってあったのかな?」

 もちろん、目的はあったんだけど、それでも他の方法もあったように思う。
 冬が深まる直前の季節に、シルヴァニア王国を訪れる以外の方法が。

「それもこれも、聖女なんていう訳のわからないものにされたせいね。それが無かったら、誕生パーティーに呼ばれることも無かっただろうし」

 そして、聖女と呼ばれるきっかけになったのは、前回の作戦のときに私が赤いドレスを着て種や苗を農村に配り歩いたからだ。
 もし、あんな派手な格好をしていなかったら、なぞの人物が配り歩いていた、で終わっていたはずなのだ。
 そう考えると、あれを私に着せた存在が根本的な原因な気がしてきた。
 若干、八つ当たり気味なのは自覚しているけど、そんなことを考えてしまう。
 そこで、狙ったように、部屋の扉が開く。

「なかなか、面白いことになっておりますな」

 そして入ってきたのは、まさに私が頭の中で八つ当たりしていた存在だ。
 なぜか、切り分けられた林檎が乗せられた皿を持っている。

「なんだか、ひさしぶりな気がするわね、メフィ」

 この城に来てからは別行動が多かった。
 私が執務室で仕事を押し付けられている間、メフィは城の中を歩き回ったり、メイド達と食事を取ったりしていたようだ。
 私は、昼食を執務室で取らされているというのに。

「妙に言葉に棘がありますな。ストレスが溜まっているのではないですか。そういうときは糖分を取ると良いと聞きます」

 そう言いながら、手に持っていた皿を机の上に置いてくる。

「ありがと。なにこれ、飾り切り?」

 切り分けられた林檎は、皮がついたままだ。
 城で出される林檎は皮が剥かれていることが多いから、こういう出され方は珍しい気がする。
 私は屋敷にいたときに、皮つきのまま丸かじりしていたから、気にしないけど。
 それに、皮の一部が切り取られているから、単に剥かなかったわけじゃなくて、見栄えを良くしているのだろう。

「鳥の羽・・・じゃないわね。兎の耳を表しているの?」

 雪うさぎ、というものがある。
 雪で小さな塊を作って、葉で耳をつけて、うさぎの姿に似せるアレだ。
 窓の外に雪が降っているためか、ふと、思い出した。
 そして、それに形が似ていたから、連想できた。
 おそらく、この林檎はうさぎに似せている。

「子供が喜びそうね」

 そんな感想を口にするけど、子供じゃなくても、見ていると何となく和む。

「メイドに『お姉ちゃん、林檎を剥いて♪』とお願いしたら、このように剥いてくれました」

 そのメイドは、たぶんメフィが食べると思ったんだろうな。
 というか、わざとそう思わせただろう。
 なにをやっているんだ、メフィは。
 でも、林檎に罪は無い。
 一切れ食べる。

「甘酸っぱくて、おいしいわね」

 いつもより美味しい気がする。
 アレかな。
 料理は愛情というやつかな。
 切られているだけなんだけど、それでも愛情が込められているのだろう。
 メフィに対する愛情かも知れないけど。

「この国の特産物だからでしょう。涼しい気候だと、良い林檎が実るそうです」
「・・・・・」

 いや、まあ、そうなんだろうけど、わざわざ言わなくてもいいんじゃないかと思う。
 せっかく、メイドの愛情に癒されていたのに。

「それで?何をしにきたの?」

 私は二切れ目に手を伸ばしながら、メフィに問いかける。
 まさか林檎を持ってくるためだけに来たわけじゃないだろう。
 そう思ったんだけど、メフィは大した用事もないようだった。

「用事が無ければ来てはいけませんかな?」
「いけなくはないけど、今は仕事中だから、遊び相手はしてあげられないわよ」

 異性を口説くような台詞を言うメフィに対し、私は子供を諭すような台詞で返す。
 こういう軽口を叩ける相手というのも、今は貴重だ。

 アーサー王子は、割り当てられた部屋を勝手に工房にして、そこにこもって食事のときくらいしか出てこない。
 王位につくのを断ったのは、工房にこもりたかったからじゃないかと疑いたくなるほどだ。
 というか、私に押し付けられている仕事を手伝う気は無いのだろうか。

 私とアーサー王子が連れてきたメイド達は、城のメイド達の仕事を手伝っている・・・という名目で、エリザベート王女の監視や、隠し部屋の調査などをしてもらっている。
 春になってアヴァロン王国に戻る前に、降りかかりそうな火の粉は消しておきたい。

 そんなわけで、私の相手をしてくれるのはヒルダくらいだ。
 もっとも、先ほどのように仕事について話すことが、ほとんどだけど。

「いやなに、あえて用事を挙げるなら、お礼を言おうと思いまして」
「お礼?」

 最近、このキーワードを聞くと、厄介事が舞い込んでくるんじゃないかと警戒してしまう。
 私が仕事を押し付けられている状況になったのも、ヒルダから『お礼』を聞かされたのが始まりだったような気がする。

「あなたは私の期待通り、いえ、期待以上の結果を出してくれましたから」
「メフィの期待?」

 何か嫌な予感がする。
 メフィから、何かを期待している、なんて聞かされた覚えはない。
 勝手に期待して、勝手に期待が叶ったのだろう。
 メフィがする期待。
 嫌な予感しかしない。

「この国を舞台にした奇劇を観ることができればと考えていましたが・・・」

 メフィは、心底、楽しそうな表情を浮かべる。

「まさか、この国を簒奪するとは思いませんでした」

 おそらく、多くの人間が背筋を凍らせる笑みだ。
 そんな笑みを浮かべながら、メフィはその言葉を口にした。

「簒奪なんてしていないわよ。頼まれて、春まで代表に就いているだけよ」

 全く人聞きの悪い。
 たまたま過去最大の大雪が降ってアヴァロン王国に戻れないから、たまたま聖女なんて都合のよい立場にいた私に、そういう頼み事がきただけだ。
 たまたま、他に適切な人間がいなかったから。
 そうじゃなかったら、エリザベート王女が妙なちょっかいをかけて来ることができないようにするだけのつもりだった。

「・・・・・」

 本当に『たまたま』なんだろうか。
 パーティー会場に王様を含めた国の上層部がいたのは、ある意味、当然なのかも知れない。
 なにせ、王族の誕生パーティーだ。
 普通は参加するだろう。
 けど、一人の欠席者もいなかったのは、本当に『たまたま』だろうか。
 一人や二人くらい、国の任務で参加できないこともあるんじゃないだろうか。
 まあ、これはエリザベート王女が手を回した可能性もあるから、『必然』だったとしても不思議ではない。
 問題は、他の二つだ。
 私が聖女なんて妙な立場にいる原因。
 それは赤いドレスを着たせいだ。
 そして、それを着せてきたのは、メフィだ。
 確かあのときメフィは、恩を売るなら印象が残るように、という理由で私に着せてきた。
 だから、聖女という呼ばれ方は『たまたま』かも知れないけど、目立つことになったのは『必然』だ。
 三つの内、二つが『必然』だったのだ。
 残りの一つは本当に『たまたま』なのだろうか。

「・・・ねぇ、メフィ。あたな、何かした?」

 私は、三切れ目、四切れ目を一息に食べながら、メフィに尋ねる。
 メフィは軽く驚いたような表情を作りながら、答えてきた。

「おや、気付かれてしまいましたかな。こっそりプレゼントしたつもりだったのですが」
「じゃあ、やっぱり、この大雪はメフィが何かしたの?」

 私は空になった皿を掴みながら、さらにメフィに尋ねる。

「はい」

 あっさりとメフィが薄情する。
 私が、この国の代表に就き、仕事を押し付けられる原因になった大雪は、自分が引き起こしたのだと。

「まさか、天候を操れるとは思わなかったわ」
「いえ、上空に大量の水を召喚しただけです。この寒さですから、自然に凍って、雪として降り積もってくれます。この時代にも存在するただの水ですから、小さな対価で大量に召喚することができました」

 私は力一杯、皿を投げつけながら叫ぶ。

「この悪魔!」

 私がこんな状況になっている原因の半分以上は、メフィが原因だったのだ。
 しかも、三つ目の原因は、私に話さず、密におこなっていた。

「そうですよ。ご存知ですよね」

 私が投げた皿を平然と受け取り、しれっとメフィが言ってくる。
 油断した。
 それまで何かをするときは、必ず私に一言あったから、私に面倒がかかることをするとは思っていなかった。
 けど、違うのだ。
 面倒ではあるけど、私の不利になっているわけではない。
 逆に有利に働いているとも言える。
 そして、面倒な状況であるほど、メフィに払う対価が増える可能性が高くなる。
 メフィからすれば、当然のことをしただけなのだ。
 それどころか、私に対して親切をしたつもりなのかも知れない。

「それでは、お礼も言いましたし、林檎も食べていただけたようなので、これで失礼します」

 メフィが出て行った扉を睨みつけてから、窓の外に視線を移す。
 絶え間なく降る雪が、それまでよりも重くなったように見えた。
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