上 下
161 / 240
第十章 はだかの女王様

161.はだかの行進

しおりを挟む
「アーサー王子、面白い報告が届いておるぞ」

 ジャンヌさんに呼ばれて行ってみると、そんなことを言われた。

「シルヴァニア王国が降伏宣言を出したらしい。しかも、プラクティカル王子とエリザベート王女は、バビロン王国に逃げたようじゃ」

 それは、兄上からの連絡だった。

「戦争が終わった、ということですよね」

 それはよいことだけど、肩透かしを食らったのも確かだ。
 結局、シルヴァニア王国の軍とは一度も戦闘を行わなかった。
 でも、それは今はどうでもいい。
 他に、もっと気になることがある。

「シンデレラは?」
「戻ってきたとは書いてないのう」
「戻ってきていない?」

 どういうことだろう。
 シンデレラが行った工作で、シルヴァニア王国が降伏宣言を出したのなら、戻ってくるはずだ。
 工作の成果は、もう出ている。
 なのに、戻ってきていないという。
 嫌な予感がする。
 まさかとは思うが、戻ってこれないような状況になっているのではないだろうか。
 例えば、捕らえられて、逃げるための人質にされているとか。
 僕はそう考えたのだが、ジャンヌさんは違うことを考えたようだった。

「迎えに行った方がよさそうじゃのう」

 気楽な様子で、そう呟く。
 遊びに行ったまま帰ってこない孫を心配するような呑気さだ。
 けど、僕はそんな気楽ではいられない。

「迎えに行くと言っても、居場所がわからないですよね」

 人海戦術で捜索した方がいいだろうか。
 そんなことすら考えてしまう。
 しかし、ジャンヌさんが前提を覆すことを口にする。

「居場所なら、本人が言っておったじゃろ?」

 そんのことだろう。
 そう考えて記憶を辿ると、心当たりに辿り着いた。

「本人って・・・もしかして、『温泉に入りに行く』と言っていた件ですか?まさか、そんな・・・」
「そんな?」
「そんなことあるわけ・・・」
「あるわけ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ありますかね?」
「むしろ、なぜ無いと思うのじゃ?」

 こちらが尋ねたのに、逆に尋ねられてしまった。
 なぜ無いと思ったか。
 それは戦争という非常事態だからだ。
 では、それを抜いて考えたら、どうだろうか。
 シンデレラは行き先を告げた。
 その通りに行動するかしないか、重要なのはそこだ。
 彼女の過去の行動を振り返ってみる。

 ・・・・・

 彼女はたまに予想外のことをする。
 彼女はたまに信じられないことをする。
 彼女はたまに常識では考えられないことをする。
 けれど、嘘をついたことはあまりないような気がする。

 それを前提に考え直してみる。
 今回の場合、『温泉には行ったけど、その後で別の場所に行った』ということだろうと考えていた。
 だけど、『温泉に行って、その後、別の場所に行かなかった』という可能性もあるわけだ。
 ジャンヌさんが言いたいのは、そういうことだと思う。

「迎えに行きましょう」
「温泉か。楽しみじゃのう」

 すっかり旅行気分のジャンヌさんとともに、かつて訪れた村にシンデレラを向かうことになった。

 *****

 シルヴァニア王国が降伏宣言をした以上、大勢の兵士達を連れていく訳にはいかない。
 念のため、シンデレラがメイドにしたシルヴァニア王国出身の娘達を護衛に、目的地へ向かう。
 この娘達であれば地理的にも詳しいし、もしシンデレラが目的地にいなかったとしても、捜索の助けになると考えての人選だ。
 けど、そんな心配は不要だった可能性が高い。
 まだ遠くに目的地を視認しただけだが、すでに異変が起きていることが分かった。
 間違いない。
 あそこで何かがあったのだ。

「あの村って、あんなに大きかったでしょうか?」
「わしの記憶違いでなければ、あんなに大きくなかったのう」

 同じ馬車に乗っているジャンヌさんに聞くが、同じ感想だった。
 あんなに大きくは無かった。

「ちょっとした街くらいありますよね」
「冬なのに畑を耕している連中がいるのう」

 もちろん村を広げたという可能性はある。
 けど、その可能性は限りなく低い。
 なにせ、つい先日まで戦争中だったのだ。
 そんな余裕があるわけがない。
 軍事拠点を作っていたというのならまだ分かる。
 しかし、目の前に広がるのは農村だ。

 村に近づき、畑を耕している連中の横を通り過ぎる。
 止められることは無かった。
 こちらを見てはくるが、すぐに畑仕事に戻る。

「なるほどのう」

 ジャンヌさんが感心したように呟く。

「何か気づいたのですか?」
「いや。なかなか見事な畑じゃと思ってのう」

 何か違うことに気付いた様子だったのだけど、それを話すつもりは無いようだ。
 なら、それは尋ねないでおく。
 まずは、シンデレラのことだ。

「村長に話を聞いた方がいいじゃろう」
「そうですね。あの大きな建物がそうでしょうか?」
「宿屋のように見えるが・・・とりあえず、行ってみるか」

 村の中に建っている、ひときわ大きな建物に向かうことにする。
 その建物も、前回来たときは見たことがないものだった。

 ・・・・・

 近づいてみると、その建物はできたばかりのように見えた。
 それどころか、ところどころ作りかけのところもある。

「冬になる前に建てきれなかった?いや、最近建て始めた?」

 なんだろう。
 色々と不自然な点がありすぎる。
 でも、なぜかどれも警戒する気が起きない不自然さだ。

「入ってみればわかるじゃろ」

 ジャンヌさんが促してくる。

「そうですね」

 特に反対する理由もなく、その建物の扉を開けて中に入る。
 すると、こちらが挨拶をするまでもなく、中から声が響いてきた。

「いらっしゃいませ!」
「・・・・・えーっと」

 建物の外見から予想していたように、中の作りも宿屋のようだった。
 それはいい。
 それはいいのだが、

「ヒルダ・・・だよね?なにやっているの?」

 そこにいたのは、シルヴァニア王国の政治を取り仕切っているはずの人物だった。
 本意では無かったかも知れないが、アヴァロン王国に宣戦布告をしてきた一人とも言える。
 それが何故こんな村にいるのだろう。
 というより、宿屋の受付をしているのだろう。
 さっぱり、訳がわからない。

「ようこそ、温泉宿へ!」

 何かが吹っ切れたような、とてもいい笑顔で、歓迎の挨拶をされた。
 以前はもっとクールな表情を保っていたのだけど。

「現地妻か?アーサー王子もやるのう」
「違います!?」

 ジャンヌさんが言いがかりをつけてくるので、慌てて否定する。
 それで気づいた。
 そういえば、ジャンヌさんは、ヒルダに会ったことが無かった。
 紹介した方がいいだろうか。
 そう考えたところで、先にヒルダが口を開く。

「アーサー王子、おひさしぶりです。今は副女将をしています。女将を呼んできますね」
「え?ちょっと・・・」

 ヒルダに会ったのは予想外だったけど、今はシンデレラの方が重要だ。
 だから、シンデレラの居場所を知らないか聞きたかったのだが、ヒルダはさっさと奥に行ってしまう。
 どうやら、女将という人物を連れて戻ってくるのを待つしかなさそうだ。
 しばらく、待つことにする。

 それにしても、副女将ってなんだろう。
 もしかして、転職したのだろうか。
 そんなことを考えていると、さして時間をかけずに、ヒルダが戻ってきた。
 隣にいるのが女将なのだろう。

 ・・・・・女将?

 女将というか、

「あら、アーサーと師匠じゃない。どうしたの?温泉に入りにきたの?」

 シンデレラだった。
 心配して、捜しに来て、迎えに来た、その当人だった。

「どう!私の温泉宿は!温泉はもちろん、料理も自慢なのよ!」

 どうだ!とでも言わんばかりに、シンデレラが言い放った。
しおりを挟む

処理中です...