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第十一章 ハーメルンの笛

182.鼠退治

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 笛の音で目が覚めた。
 そう言うと優雅に聞こえるかも知れないけど、実際には違う。

「・・・朝っぱらから、うるさい・・・」

 まだ薄暗い早朝。
 普段起きる時刻よりも早い。
 だから、まだ眠いのだけど、二度寝はできそうにない。
 仕方が無いので、ベッドから降りて服を着る。
 そして、睡眠を妨害した騒音の元でも見ようかと廊下を歩いていると、アーサー王子と出会った。
 窓から外を見ているようだ。

「シンデレラ、おはよう」
「おはよう。何を見ているの」
「あれだよ」

 そう言って指さす方向を見て、私は納得する。
 確かに、アーサー王子が興味を持ちそうな光景だ。

「壮観ね」

 全身鎧を着た兵士達の列。
 それが城門から街に出て行くところだった。
 まるで戦争でも始まるかのような光景だけど、そうでないことは知っている。
 昨日話していた野犬の駆除に向かうのだろう。
 笛の音は隊の間で連絡を取るために使っているようだ。
 素人目に見ても練度が高いことが分かる。
 この国が武力を重視しているということを納得させられる光景だ。

「謁見の間で見た鎧より薄くて軽いようだね。強度はどうなんだろう?普通の鉄と色が違うようだけど、特殊な加工をしているのかな?」

 アーサー王子は興奮気味に窓の外の光景を見ている。
 兵士達の練度ではなく、着ている鎧に興味を引かれているようだ。
 疑問形だけど私に質問しているわけではないことは分かる。
 観察して作り方を推測しているのだろう。
 技術者ならではの観点だ。
 はしゃいでいるようだけど、止めるようなことはしない。
 これが、アーサー王子の役目でもある。
 それが、趣味と実益を兼ねているというだけだ。

「なるほどね」

 アーサー王子は好きにさせておくとして、私も鎧を観察する。
 素人である私には大したことは分からないけど、それでも分かることはある。
 兵士達が着ている鎧は、謁見の間で見たずんぐり鎧よりも、洗練されている。
 あれなら、謁見の間で私が指摘した欠点のいつくかは解決するだろう。
 薄く軽くした分だけ強度が下がっている可能性はあるけど、使っている金属が減っているので量産には向いている。

「この数日で改良したわけじゃないわよね」

 数日で改良することが不可能とは言わないけど、それでも完成するのは試作品までだろう。
 あんなに数を揃えられるはずがない。
 つまり、もっと前から作られていたというわけだ。

「あれが本当の切り札ってわけね」

 謁見の間で見せられたずんぐり鎧は、おそらく試作品なのだろう。
 それを基に改良して量産されたものが、兵士達が着ているものなのだと思う。
 そういうものが作られることを予想していなかったわけじゃないけど、実際には予想するまでもなく、すでに現実になっていたのだ。
 最終的な答えは合っていたかも知れないけど、そこに至るまでの時間に関する認識をずらされた。

「見せてくれたってことは、少しは信用してくれたのかしらね」

 非常事態だから仕方なくという可能性もある。
 けど、改良された方の鎧は、本来、私はアーサー王子に見せるつもりは無かったものだろう。
 それを見せたということは、手の内の一部をさらしてもかまわないと判断されたということだ。
 そして、判断したのは、あの場面で鎧を使うことを許可した人間。

「シンデレラ、何か言った?」

 私の呟きが耳に入ったのだろう。
 アーサー王子が私に声をかけてくる。

「女って怖いと思っただけよ」

 彼女は会うと同時にキスをしていたけど、どこまで本心なのだろうか。
 本気でアーサー王子に惚れているのだろうか。
 惚れているとして、アーサー王子の何に惚れているのだろうか。

「?」

 きょとんとした顔のアーサー王子を見ながら思う。
 少なくとも、容姿や地位ではないだろう。

「歓迎するって言ったのは、早まったかしら」

 面倒そうな相手の存在を予感して、私は溜息を吐いた。

 *****

 数日後。

 結論から言えば、見事な手際だったと思う。
 たった数日で、狂暴化した野犬や蝙蝠の駆除は完了したようだ。
 もちろん、一匹も残っていないとは言えないけど、重装備の兵士達を対処に当たらせたおかげで、王都に住む人間に危険性を周知できたらしい。
 今後、被害者が増える可能性は低くなるだろう。
 だけど、被害者が全く出ないというわけにはいかない。
 仮に狂暴化した野犬や蝙蝠に噛まれる人間が全くいなかったとしても、もうしばらく被害者は出る。
 すでに噛まれていて、発症していないだけの、潜在的な被害者がいるのだ。
 こればかりは、どうしようもない。
 感染したら助からないことは、まだ限られた人間しか知らない。
 死者が発生しだしたら隠しきることはできないだろうけど、できるだけ混乱が発生しないように、苦慮しているのだろう。

 そんな状況だから、フィドラーは次の行動に移っているらしい。
 病気の原因の調査だ。
 ただし、原因と言っても狂暴化した野犬や蝙蝠のことじゃない。
 もっと根本的な、それらがどこから来たのかを調査しているのだ。
 ただし、その結果を私が知ることはないだろう。
 興味はあるけど、教えてはくれないと思う。
 私は所詮、他国の人間だ。

「・・・そろそろ帰りましょうか」

 そんなわけで、私はやることがない。
 王都を見て回ってもいいのだけど、騒ぎがあって数日しか経っていないから、外出は控えている。

「どうしたの、急に?」

 私の言葉に、アーサー王子が不思議そうにする。
 けど、私にしてみれば、アーサー王子の言葉の方が不思議だ。

「アヴァロン王国に帰って、報告もしないといけないでしょ?」

 ハーメルン王国の切り札についての情報は引き出すことができた。
 そして、今のところ、それ以上の情報を引き出すことはできそうにない。
 だから、これ以上、ハーメルン王国に滞在している意味はないのだ。
 むしろ、早く帰って、報告する必要がある。

「でも、今日はグィネヴィアさんに金属の強度を上げる加工を見学させてもらう予定なんだ」

 だというのに、アーサー王子はすっかり趣味に走り、グィネヴィアのところに入り浸って必要ないことまで情報収集している。
 それに対して私は、他国の城だから好き勝手に歩き回るわけにもいかず、時間を潰す方法に頭を悩ませているくらいだ。
 どうしたものかと考えていると、メイドの一人がアーサー王子に近づき、何やら耳打ちをする。

「なんだい?・・・・・え?シンデレラが嫉妬?」
「・・・・・」

 小声だから直接聞こえないけど、アーサー王子の口から漏れる言葉から予想すると、私のことについて話しているようだ。

「・・・・・グィネヴィアさんに?・・・・・そんなことしてないよ!?」
「・・・・・」

 だけど、なんだろう。
 なんだか、あることないこと話されているような気がする。

「・・・・・わかったよ」
「・・・・・」

 どうしたものかと思っていると、どうやら耳打ちが終わったらしい。
 アーサー王子が私の方を向いて口を開く。

「僕はシンデレラ一筋だよ!」

 そして、そんな宣言をされた。
 意味が分からない。

「明日、アヴァロン王国に帰ることにしよう」

 けど、どうやらアーサー王子がアヴァロン王国に帰るように誘導してくれたらしい。
 手の平を返して、そんなことを言ってきた。
 希望通りのはずなんだけど、釈然としない。

 *****

 そんな感じで、紆余曲折はあったが、アヴァロン王国へ帰ることになった。
 これで暇な時間からは解放されそうだ。
 とはいえ、他国の城に滞在していて、無断で帰るわけにもいかない。
 フィドラーに帰国することを伝えると、王様にも挨拶をすることになった。

「今回は世話になったな。礼を言う」

 場所は謁見の間ではない。
 城にある部屋の一つだ。
 そして、ハーメルン王国側は、王様、フィドラー、グィネヴィアの三人。
 謁見の間にいた他の連中はいなかった。

「同盟の件は、後ほど正式に返事をいたします」

 アーサー王子が王様に告げる。
 これは、もともと用意していた答えだ。
 最初から、今回の訪問の間に正式な返事をする予定はなかった。
 ハーメルン王国側も、それは承知しているだろう。
 実際、驚いた様子もない。
 ここまでは予想通りだ。
 けど、王様の次の言葉は予想外だった。

「よい返事を期待している。だが、たとえ同盟を断られたとしても、そちらの国に敵対することは無いと約束しよう」

 王様が口に出して、そう言ってきた。
 そう匂わせるとかではなく、明確に言葉にしたのだ。
 積極的に敵対することは無いと思ってはいたけど、あえて口にすることも無いと思っていた言葉だ。
 アーサー王子も予想外だったらしく、驚いた顔をしている。
 すると、そういう反応は予想していたのか、王様が理由を教えてくれる。

「あの病を最小限の被害で食い止められたことには、それだけの価値がある。恩を仇で返すつもりはない。それだけのことだ」

 当然のように、そう言ってきた。
 それで私は気づいた。
 フィドラーはあの病気について知らないと言っていたけど、王様は知っていたのだろう。
 だから、交渉の場では不利になる可能性があることを知っていて、言葉にして礼を言った。
 あの病気は、それだけ怖ろしいものなのだ。
 なら、それをもたらした相手にも、それなりの対応をするのだろう。

「病は原因を取り除くことが重要です。再発しないように気を付けてくださいね」

 だから、そう伝えておいた。
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