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第十一章 ハーメルンの笛
183.報酬
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席には王とその子供達が座っていた。
子供達と言っても年齢が低いという意味ではない。
王の血を引く王子と王女という意味だ。
席は王を上座とし、子供達は左右の列に分かれて座っていた。
王に近い席には年齢が高い子供が座り、王から遠い席には年齢が低い子供が座る。
席に関する基本的なルールはそれだけだ。
ただし、暗黙のルールも存在する。
右側には第一王子の派閥が座り、左側には第一王女の派閥が座る。
誰が言い出したわけでもないが、自然とそうなった。
その暗黙のルールのことは、当然のように王も気づいていた。
しかし、そのルールを止めさせるようなことは無かった。
後継者争いの火種になる可能性を知っていて、あえて競わせているのだ。
そして、優秀な子供を後継者として指名するつもりであった。
「フィドラー、まずは独断で兵士を動かした理由を聞こうか」
第一王子が口を開く。
この集まりは、議題だけが決まっており、誰が進行をするかは決まっていない。
王は、その手腕も含めて、競わせているのだ。
第一王子は積極性を見せたと言える。
「動物から感染する危険な病が王都で蔓延する兆候があった。兵士はその駆除に当たらせた。それと、オレの独断と言うが、王には報告して許可をもらっている」
王子の一人であるフィドラーが淡々と答える。
彼は第一王子とは別の列に座っていた。
つまり、派閥が違うということだ。
「兆候というが、どの程度の緊急度だったのだ?夜中に王に許可をもらい、翌朝に兵士を動かすほどの緊急度だったのか?」
「その通りだ」
「根拠は何だ?どこからの情報だ?」
「・・・アヴァロン王国の客人からの情報だ」
「ふんっ。聖女とか呼ばれている、あの胡散臭い女からの情報だろう」
聞くまでもなく、第一王子はそのことを知っていた。
知っていて、あえてフィドラーの口から言わせたのだ。
「つまりおまえは、他国の女からの情報を信じて、兵士を動かしたというわけだ。しかも、軍事機密であった、あの鎧を見せるという、おまけつきでだ」
「兵士が病にかからないためには必要だった」
「その根拠も、その女からの情報なのだろう?」
「そうだ」
第一王子の言葉には明らかに悪意があったが、フィドラーはその言葉を肯定する。
事実だから、肯定せざるを得ないのだ。
そしてフィドラー本人も、否定をするつもりは無かった。
「情報を真偽を調査せずに、兵を動かし軍事機密を漏らすなど、軽率だと言わざるを得ないな」
「王都の人間が野犬に襲われるという事件は、毎日のように起こっている。一刻も早く病の原因となる動物を駆除する必要があった。正しい判断だったと思っている」
「その正しい判断のせいで、王都に住む国民の間に、戦争が始まるのではないかという不安や混乱が起きているとしてもか?」
「そうだ」
結局のところ、第一王子の言葉は、すでに解決した状況の問題点を、後から指摘しているに過ぎない。
もっと上手くやる方法はあったはずだ。
自分なら、もっと上手くやることができた。
そう言いたいのだ。
手柄を立てた弟の評価をできるだけ下げ、自分の評価を少しでも上げる。
そのための言葉だ。
王は、そのやり取りを黙って見ている。
こういう駆け引きも能力のうちだと思っているからだ。
王は、続きを見る。
「話にならんな。グィネヴィア、おまえはどうなのだ?自分の作った鎧が、不用意に人目にさらされたのだぞ」
フィドラーが第一王子の言葉を言い訳もせずに肯定したからだろう。
第一王子は、非難する対象を第一王女であるグィネヴィアに変えたようだ。
第一王子の質問に対し、グィネヴィアは顔色を変えることなく答える。
「必要な状況で使用したのですから、不用意ではありませんわ」
「本当に必要だったのかを聞いているのだ!」
自分の言葉に全く揺らがないフィドラーとグィネヴィアに苛立った第一王子が声を荒らげる。
しかし、それすらも、フィドラーとグィネヴィアにとっては、そよ風のようなものらしい。
涼しい顔をしている。
「必要だと判断しました。病の危険性は、聖女様から聞いていましたから」
「また聖女かっ!なぜその女を信用するっ!あやしいとは思わないのかっ!そうだ。そもそも、あの女が我が国に来てから病が見つかったのだろう。あの女が病をもたらしたのではないか?」
完全な言いがかりだ。
病の原因である野犬は聖女が来る前から王都に現れていたのだから、疑いをかける根拠にも無理がある。
それでも王は、黙ってみていた。
ときには、はったりも交渉には必要だからだ。
だが、第一王子の発言は、あまりにもお粗末過ぎた。
グィネヴィアは呆れ顔で口を開く。
「王都に現れた野犬は、聖女様が来る前から対処を始めていました。聖女様はその野犬がもたらす病について教えてくれただけです。それを疑うのは、恩を仇で返す行為でしょう」
「・・・ふんっ。おおかた、同盟を有利に結ぶために、見返りを期待してのことだろう」
自らの意見を論理的に否定され、苦し紛れに、第一王子がなおも聖女を非難する。
すると、呆れを通り越したのか、無表情になったグィネヴィアが言葉を続ける。
「聖女様は見返りを要求する言葉を口にしていませんし、病の原因を見つけたのが自分だということも喧伝していません。それに、フィドラーが『もし、話を聞かせて欲しいと言わなかったら、どうするつもりだったか?』と質問したとき、『この国を立ち去っていた』と答えました。我が国は聖女様の善意に助けられたのですよ」
「・・・救いを求める者には手を差し伸べ、そうでない者には手を差し伸べない。女神でも気取っているのか、その女は」
グィネヴィアの言葉に、第一王子は吐き捨てるように言い放つ。
それを聞いて、王はここまでだと判断する。
これ以上は、ただ他国の人間を貶す言葉が出てくるだけだろう。
そんな耳障りな言葉を聞く気は無かった。
実のところ、王は聖女と呼ばれるアヴァロン王国からの客人に感謝をしていた。
王は聖女が言う病に心当たりがあったのだ。
数十年前。
戦時中ということもあり、王都の治安は今のように安定していなかった。
そこで、聖女が言う病が流行したのだ。
当時は原因も分かっておらず、その病は多大な被害をもたらした。
罹患者が出たという理由で、村を丸ごと焼き払ったこともあった。
一時は、戦争での被害よりも、病による被害の方が大きかったほどだ。
原因を特定して駆除し、再発を防止するために王都を高い塀で囲うことができたのは、病が流行してから十年近くが経った頃だった。
当時から大陸で一番の軍事力を誇っていたこの国が、領土を拡大することもなく和平に応じたのは、戦争に負けたからではなく、病の対処で余裕が無くなったというのが大きな理由だった。
そんな危険な病の流行を、アヴァロン王国からの客人が未然に防いだ。
防ぐことができる知識と判断力を持った人間がいる。
王にとって、アヴァロン王国と有効な関係を結ぶ理由としては、充分だった。
この国の王子や王女は、病の流行を経験しておらず、その怖ろしさを知らない。
たまたまアヴァロン王国の客人がこの国を訪れていなかったら、被害は甚大なものとなっていただろう。
第一王子の派閥は、バビロン王国との友好を推している。
第一王女の派閥は、アヴァロン王国との友好を推している。
今後、状況がどのように変化するか分からない以上、どちらの派閥の主張も潰すつもりは無い。
しかし、現時点でどちらの派閥の主張に賛成するかは決まっていた。
「もうよい。フィドラー、おまえは引き続き対処に当たれ。例の鎧も使ってかまわん。一度人目にさらしたのだ。今さら隠しても意味は無いだろう」
王が、議論を中断させ、指示を出す。
『軍事機密を漏らしたのだから、せめて責任を取れ』とも解釈できる言葉に、第一王子がほくそ笑む。
しかし、王の言葉は終わりではなかった。
「『あの病』の流行を防ぐ手伝いをしてくれたのだ。機密の一つや二つ、報酬としては安いものだ」
その言葉に第一王子は驚く。
機密を漏らしてもよいという言葉もそうだが、王が病について知っている様子だったからだ。
病について知っている上に、機密を漏らしても防ぐ価値があると言った。
その事実に、第一王子は嫌な予感がした。
だが、この場で王からそのことについて言及する言葉は出てこなかった。
代わりに出てきたのは、別の話題だ。
「ところで、グィネヴィア。おまえから見て、アヴァロン王国の客人はどうだった?アーサー王子のことを、ずいぶんと気に入っていたようだが」
王の問いかけに、グィネヴィアは笑顔で応える。
「アーちゃんもシーちゃんも、いいわね。フィーちゃんから話を聞いて、アーちゃんのことは興味あったけど、シーちゃんのことも気に入っちゃった。フィーちゃんのお嫁さんにどうかな?」
それまでの王女としての態度を崩し、子供のような口調で感想を言う。
それを聞いて、第一王子を始めとした、会議に参加している多くの人間の気が抜ける。
「姉さん・・・聖女殿はアーサー王子の婚約者だぞ。無茶を言うな」
「私がアーちゃんをお婿さんにして、フィーちゃんがシーちゃんをお嫁さんにできない?」
「・・・無理だろうな。オレもアーサー殿を気に入って引き抜こうとしたが、聖女殿がいる限り応じないように見えた」
「そっかぁ、残念。やっぱり、私がシーちゃんと一緒に、アーちゃんのお嫁さんになるしかないかな」
王の質問をそっちのけにしてフィドラーと話を始めたようにも見えるグィネヴィアだが、その内容が何よりも王の質問に対する答えになっていた。
グィネヴィアがこの国の王位を狙うなら、アーサー王子と婚姻を結ぶためには、婿に取るしかない。
しかし、それが叶わないなら、自らが嫁に行くという。
そして、アーサー王子の婚約者である聖女とも敵対しない方法を選ぼうとしている。
この国での王位を諦めてでも縁を結ぶ価値があると判断したのだと、王は理解した。
「嫁になりたいなら、自分の魅力で相手を惚れさせてみせろ。向こうが嫁に欲しいと言ってきたら、嫁に行ってもいいぞ」
王は端的にそれだけを言った。
だが、それだけで充分だった。
今の言葉は、条件付きではあるが、グィネヴィアの希望を許可することを意味していた。
ただし、子供の我儘をなだめるかのようなやりとりに、その真意に気付いた者は少ない。
「会議は以上だ。他に議題が無ければ・・・」
「一ついいですか」
予定していた議題が終わり、王が会議を終えようとしたところで、声を上げる者がいた。
グィネヴィアだ。
「お兄様。バビロン王国との貿易を取り仕切っているのはお兄様でしたよね。品目を教えてもらいたいのですが、よろしいですか?」
突然、それまでの議題とは関係ない話を振られ、第一王子が怪訝な顔になる。
「この場で聞くことか?」
「ついでですから」
「・・・品目など、いちいち覚えているわけがないだろう?後で担当者に聞け」
派閥が違うこともあり、面倒そうな表情を隠すこともなく返事をする。
「わかりました。そうさせてもらいます」
ぶっきらぼうな第一王子の言葉に、グィネヴィアが気分を害した様子は無い。
逆に笑みすら浮かべている。
「『病は原因を取り除くことが重要』ですからね」
「なんのことだ?」
「お気になさらずに」
この場で、その言葉を理解した者は、王とフィドラーの二人だけだった。
そして、直前のグィネヴィアの態度で気が抜けていた人間には、二人が何かを理解したことに気付くことはできなかった。
子供達と言っても年齢が低いという意味ではない。
王の血を引く王子と王女という意味だ。
席は王を上座とし、子供達は左右の列に分かれて座っていた。
王に近い席には年齢が高い子供が座り、王から遠い席には年齢が低い子供が座る。
席に関する基本的なルールはそれだけだ。
ただし、暗黙のルールも存在する。
右側には第一王子の派閥が座り、左側には第一王女の派閥が座る。
誰が言い出したわけでもないが、自然とそうなった。
その暗黙のルールのことは、当然のように王も気づいていた。
しかし、そのルールを止めさせるようなことは無かった。
後継者争いの火種になる可能性を知っていて、あえて競わせているのだ。
そして、優秀な子供を後継者として指名するつもりであった。
「フィドラー、まずは独断で兵士を動かした理由を聞こうか」
第一王子が口を開く。
この集まりは、議題だけが決まっており、誰が進行をするかは決まっていない。
王は、その手腕も含めて、競わせているのだ。
第一王子は積極性を見せたと言える。
「動物から感染する危険な病が王都で蔓延する兆候があった。兵士はその駆除に当たらせた。それと、オレの独断と言うが、王には報告して許可をもらっている」
王子の一人であるフィドラーが淡々と答える。
彼は第一王子とは別の列に座っていた。
つまり、派閥が違うということだ。
「兆候というが、どの程度の緊急度だったのだ?夜中に王に許可をもらい、翌朝に兵士を動かすほどの緊急度だったのか?」
「その通りだ」
「根拠は何だ?どこからの情報だ?」
「・・・アヴァロン王国の客人からの情報だ」
「ふんっ。聖女とか呼ばれている、あの胡散臭い女からの情報だろう」
聞くまでもなく、第一王子はそのことを知っていた。
知っていて、あえてフィドラーの口から言わせたのだ。
「つまりおまえは、他国の女からの情報を信じて、兵士を動かしたというわけだ。しかも、軍事機密であった、あの鎧を見せるという、おまけつきでだ」
「兵士が病にかからないためには必要だった」
「その根拠も、その女からの情報なのだろう?」
「そうだ」
第一王子の言葉には明らかに悪意があったが、フィドラーはその言葉を肯定する。
事実だから、肯定せざるを得ないのだ。
そしてフィドラー本人も、否定をするつもりは無かった。
「情報を真偽を調査せずに、兵を動かし軍事機密を漏らすなど、軽率だと言わざるを得ないな」
「王都の人間が野犬に襲われるという事件は、毎日のように起こっている。一刻も早く病の原因となる動物を駆除する必要があった。正しい判断だったと思っている」
「その正しい判断のせいで、王都に住む国民の間に、戦争が始まるのではないかという不安や混乱が起きているとしてもか?」
「そうだ」
結局のところ、第一王子の言葉は、すでに解決した状況の問題点を、後から指摘しているに過ぎない。
もっと上手くやる方法はあったはずだ。
自分なら、もっと上手くやることができた。
そう言いたいのだ。
手柄を立てた弟の評価をできるだけ下げ、自分の評価を少しでも上げる。
そのための言葉だ。
王は、そのやり取りを黙って見ている。
こういう駆け引きも能力のうちだと思っているからだ。
王は、続きを見る。
「話にならんな。グィネヴィア、おまえはどうなのだ?自分の作った鎧が、不用意に人目にさらされたのだぞ」
フィドラーが第一王子の言葉を言い訳もせずに肯定したからだろう。
第一王子は、非難する対象を第一王女であるグィネヴィアに変えたようだ。
第一王子の質問に対し、グィネヴィアは顔色を変えることなく答える。
「必要な状況で使用したのですから、不用意ではありませんわ」
「本当に必要だったのかを聞いているのだ!」
自分の言葉に全く揺らがないフィドラーとグィネヴィアに苛立った第一王子が声を荒らげる。
しかし、それすらも、フィドラーとグィネヴィアにとっては、そよ風のようなものらしい。
涼しい顔をしている。
「必要だと判断しました。病の危険性は、聖女様から聞いていましたから」
「また聖女かっ!なぜその女を信用するっ!あやしいとは思わないのかっ!そうだ。そもそも、あの女が我が国に来てから病が見つかったのだろう。あの女が病をもたらしたのではないか?」
完全な言いがかりだ。
病の原因である野犬は聖女が来る前から王都に現れていたのだから、疑いをかける根拠にも無理がある。
それでも王は、黙ってみていた。
ときには、はったりも交渉には必要だからだ。
だが、第一王子の発言は、あまりにもお粗末過ぎた。
グィネヴィアは呆れ顔で口を開く。
「王都に現れた野犬は、聖女様が来る前から対処を始めていました。聖女様はその野犬がもたらす病について教えてくれただけです。それを疑うのは、恩を仇で返す行為でしょう」
「・・・ふんっ。おおかた、同盟を有利に結ぶために、見返りを期待してのことだろう」
自らの意見を論理的に否定され、苦し紛れに、第一王子がなおも聖女を非難する。
すると、呆れを通り越したのか、無表情になったグィネヴィアが言葉を続ける。
「聖女様は見返りを要求する言葉を口にしていませんし、病の原因を見つけたのが自分だということも喧伝していません。それに、フィドラーが『もし、話を聞かせて欲しいと言わなかったら、どうするつもりだったか?』と質問したとき、『この国を立ち去っていた』と答えました。我が国は聖女様の善意に助けられたのですよ」
「・・・救いを求める者には手を差し伸べ、そうでない者には手を差し伸べない。女神でも気取っているのか、その女は」
グィネヴィアの言葉に、第一王子は吐き捨てるように言い放つ。
それを聞いて、王はここまでだと判断する。
これ以上は、ただ他国の人間を貶す言葉が出てくるだけだろう。
そんな耳障りな言葉を聞く気は無かった。
実のところ、王は聖女と呼ばれるアヴァロン王国からの客人に感謝をしていた。
王は聖女が言う病に心当たりがあったのだ。
数十年前。
戦時中ということもあり、王都の治安は今のように安定していなかった。
そこで、聖女が言う病が流行したのだ。
当時は原因も分かっておらず、その病は多大な被害をもたらした。
罹患者が出たという理由で、村を丸ごと焼き払ったこともあった。
一時は、戦争での被害よりも、病による被害の方が大きかったほどだ。
原因を特定して駆除し、再発を防止するために王都を高い塀で囲うことができたのは、病が流行してから十年近くが経った頃だった。
当時から大陸で一番の軍事力を誇っていたこの国が、領土を拡大することもなく和平に応じたのは、戦争に負けたからではなく、病の対処で余裕が無くなったというのが大きな理由だった。
そんな危険な病の流行を、アヴァロン王国からの客人が未然に防いだ。
防ぐことができる知識と判断力を持った人間がいる。
王にとって、アヴァロン王国と有効な関係を結ぶ理由としては、充分だった。
この国の王子や王女は、病の流行を経験しておらず、その怖ろしさを知らない。
たまたまアヴァロン王国の客人がこの国を訪れていなかったら、被害は甚大なものとなっていただろう。
第一王子の派閥は、バビロン王国との友好を推している。
第一王女の派閥は、アヴァロン王国との友好を推している。
今後、状況がどのように変化するか分からない以上、どちらの派閥の主張も潰すつもりは無い。
しかし、現時点でどちらの派閥の主張に賛成するかは決まっていた。
「もうよい。フィドラー、おまえは引き続き対処に当たれ。例の鎧も使ってかまわん。一度人目にさらしたのだ。今さら隠しても意味は無いだろう」
王が、議論を中断させ、指示を出す。
『軍事機密を漏らしたのだから、せめて責任を取れ』とも解釈できる言葉に、第一王子がほくそ笑む。
しかし、王の言葉は終わりではなかった。
「『あの病』の流行を防ぐ手伝いをしてくれたのだ。機密の一つや二つ、報酬としては安いものだ」
その言葉に第一王子は驚く。
機密を漏らしてもよいという言葉もそうだが、王が病について知っている様子だったからだ。
病について知っている上に、機密を漏らしても防ぐ価値があると言った。
その事実に、第一王子は嫌な予感がした。
だが、この場で王からそのことについて言及する言葉は出てこなかった。
代わりに出てきたのは、別の話題だ。
「ところで、グィネヴィア。おまえから見て、アヴァロン王国の客人はどうだった?アーサー王子のことを、ずいぶんと気に入っていたようだが」
王の問いかけに、グィネヴィアは笑顔で応える。
「アーちゃんもシーちゃんも、いいわね。フィーちゃんから話を聞いて、アーちゃんのことは興味あったけど、シーちゃんのことも気に入っちゃった。フィーちゃんのお嫁さんにどうかな?」
それまでの王女としての態度を崩し、子供のような口調で感想を言う。
それを聞いて、第一王子を始めとした、会議に参加している多くの人間の気が抜ける。
「姉さん・・・聖女殿はアーサー王子の婚約者だぞ。無茶を言うな」
「私がアーちゃんをお婿さんにして、フィーちゃんがシーちゃんをお嫁さんにできない?」
「・・・無理だろうな。オレもアーサー殿を気に入って引き抜こうとしたが、聖女殿がいる限り応じないように見えた」
「そっかぁ、残念。やっぱり、私がシーちゃんと一緒に、アーちゃんのお嫁さんになるしかないかな」
王の質問をそっちのけにしてフィドラーと話を始めたようにも見えるグィネヴィアだが、その内容が何よりも王の質問に対する答えになっていた。
グィネヴィアがこの国の王位を狙うなら、アーサー王子と婚姻を結ぶためには、婿に取るしかない。
しかし、それが叶わないなら、自らが嫁に行くという。
そして、アーサー王子の婚約者である聖女とも敵対しない方法を選ぼうとしている。
この国での王位を諦めてでも縁を結ぶ価値があると判断したのだと、王は理解した。
「嫁になりたいなら、自分の魅力で相手を惚れさせてみせろ。向こうが嫁に欲しいと言ってきたら、嫁に行ってもいいぞ」
王は端的にそれだけを言った。
だが、それだけで充分だった。
今の言葉は、条件付きではあるが、グィネヴィアの希望を許可することを意味していた。
ただし、子供の我儘をなだめるかのようなやりとりに、その真意に気付いた者は少ない。
「会議は以上だ。他に議題が無ければ・・・」
「一ついいですか」
予定していた議題が終わり、王が会議を終えようとしたところで、声を上げる者がいた。
グィネヴィアだ。
「お兄様。バビロン王国との貿易を取り仕切っているのはお兄様でしたよね。品目を教えてもらいたいのですが、よろしいですか?」
突然、それまでの議題とは関係ない話を振られ、第一王子が怪訝な顔になる。
「この場で聞くことか?」
「ついでですから」
「・・・品目など、いちいち覚えているわけがないだろう?後で担当者に聞け」
派閥が違うこともあり、面倒そうな表情を隠すこともなく返事をする。
「わかりました。そうさせてもらいます」
ぶっきらぼうな第一王子の言葉に、グィネヴィアが気分を害した様子は無い。
逆に笑みすら浮かべている。
「『病は原因を取り除くことが重要』ですからね」
「なんのことだ?」
「お気になさらずに」
この場で、その言葉を理解した者は、王とフィドラーの二人だけだった。
そして、直前のグィネヴィアの態度で気が抜けていた人間には、二人が何かを理解したことに気付くことはできなかった。
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