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第十二章 ブレーメンの音楽
190.馬と比べられるロバのように
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陽が当たり、雪が融け、暖かい風が吹く。
冬から春に移り変わり、すごしやすい季節になった。
「シンデレラ様、シルヴァニア王国にいる『娘達』から定期報告です」
「ありがとう」
シェリーから報告書を受け取って、ざっと目を通す。
シルヴァニア王国に置いてきたメイド達には温泉宿の運用を任せているのだが、そこで収集した情報をこうして定期的に報告してくれるのだ。
とはいえ、冬の間は人々の移動が少ないので、送られてくる情報も少ない。
定期報告の回数が少ないという意味ではなく、報告すべき情報が少ないという意味だ。
「なんとか冬を越せたようね」
「そのようです」
温泉を利用して冬に作物を育てさせたわけだけど、生産が消費に追いつくかはギリギリだった。
でも、少なくとも温泉街で餓死者は出なかったようだ。
春になり、これからの季節は温泉を利用しなくても作物を育てることができるから、一安心といったところだろう。
エリザベート王女はシルヴァニア王国を去っているから、馬鹿な農業政策が指示する人間もいないと思う。
シルヴァニア王国の人達には、後は自力で頑張ってもらおう。
問題は『娘達』だ。
「戻りたいと言っている娘はいる?」
「報告書には温泉宿が順調と書いてあるだけなので、いないようです」
「そう」
なら、いいか。
もともと『娘達』はシルヴァニア王国が故郷だし、温泉宿での仕事にも馴染んでいるなら、そのまま続けてもらうことにしよう。
「ところで・・・」
私はもう一度報告書の内容を確認してから、シェリーに尋ねる。
「他国の情勢が書いてあるんだけど、こんな情報収集を指示した?」
温泉宿を訪れた客が漏らした情報だけじゃない。
それをもとに調査したと思われる情報まであるのだ。
明らかに諜報活動を行って得た情報だ。
しかも、内容はシルヴァニア王国の情報だけに限らない。
他の国の情報まで書いてある。
「私はしていません。シンデレラ様がされたと思っておりました」
まあ、そうだろう。
シェリーがそんな指示をするとは思えない。
それは、元暗殺者の彼女を信頼しているからじゃない。
彼女が自発的に私の役に立つことをするほど、私に忠誠を誓っているとは思えないからだ。
彼女の両脚は、日常生活には支障が無いけど、諜報活動や戦闘行為などの激しい行動には耐えられない。
その原因となった怪我を負わせたのは私だ。
恨まれていてもおかしくはない。
けど、もともとエリザベート王女への恐怖心で暗殺者をやっていた彼女は、その怪我が理由で暗殺者を引退し、この国で安全に働けているので、少なくとも表面上は私のことを恨んでいないようだ。
ただし、だからといって忠誠を誓ってくれるとも思えないので、せいぜい差し引きゼロで裏切らないという程度だろう。
でも、一般のメイドに話せないことを話せるのは便利なので、こうして手伝ってもらっているわけだ。
「私もしていないわ。でも、わざわざ止めさせることもないし、『娘達』の負担になっていないなら続けてもらいましょうか」
「わかりました」
今は大した情報は集まっていないようだけど、温泉宿を訪れる客が増えたら重要な情報が集まるかも知れない。
私がその情報をどうこうすることは無いのだけど、この国はその情報を必要とする可能性もある。
それっぽい情報があったら、アダム王子にでも渡しておこう。
報告書を読み終えた私は、大きく伸びをする。
「春になったし、温泉宿の様子を見に行こうかしら」
夏に温泉も悪くはないけど、暑いし熱いと思う。
夏は川浴びで水浴びした方が涼が取れるだろう。
だから、温泉に行くなら、春のうちに行った方がいいと思う。
体に染み渡る温かさを堪能するなら、秋から冬の寒い季節が一番だけど、春も悪くない。
爽やかな新緑の中で入る温泉も、気持ちよさそうだ。
「苺の栽培はよろしいのですか?王妃様から依頼されているのですよね」
「もう春よ。屋外の畑で採れる苺が出回るわ」
シェリーが言う苺というのは、アーサー王子が作ったガラスの温室で育てた苺のことだ。
私が育てて王妃様にお土産で持っていったら気に入ったらしく、冬の間に育てることを依頼された。
本当は、私が貴族の令嬢が開くお茶会にでも参加して宣伝した方がよいのだけど、私にその気がない。
それを見かねて、代わりに王妃様が宣伝してくれたのだ。
ガラスの温室での栽培は、害虫に悩まされることは無いので、基本的には水や肥料を与えるだけだ。
何株か水の与えすぎが原因で病気になったけど、それ以外は順調だった。
そのおかげで冬の間は、それほど忙しくは無かったけど、暇を持て余すということも無かった。
それに、お小遣いも手に入った。
けど、春になったら屋外の畑で採れる苺が出回るから、苺の価値は下がる。
ガラスの温室で育てる必要はない。
そんなわけで、私は暇な生活に逆戻りという状況なのだ。
「ですが、今この国を離れるのは、あまりよくないのでは?」
「?なんで?」
私はシェリーの言葉に首を傾げる。
冬の間に稼いだお小遣いもあるし、春になって暇になったから、何の問題も無いように思えるのだけど。
「グィネヴィア様のことです」
私がピンと来ていないことを察したのだろう。
シェリーが教えてくれる。
「グィネヴィア様は今もアーサー王子の工房に通っています。シンデレラ様も通っているので問題になっていませんが、シンデレラ様が通わなくなったら、アーサー王子とグィネヴィア様の仲を邪推する人間が増える可能性があります」
シェリーの言う通り、グィネヴィアは今も工房に通っている。
徹夜には付き合っていないけど、アーサー王子の研究を手伝っているようだ。
私が工房に通っているというのは、徹夜したアーサー王子を早朝に寝かしつけに行っていることを言っているのだろう。
けど、邪推する人間が『増える』か。
「気を遣わなくていいわよ。アーサー王子とグィネヴィア様がお似合いっていう噂があるんでしょう?」
王妃様にも教えてもらったから知っている。
問題には、すでになっているのだ。
片や、他国の王族で、貴族の令嬢と積極的に交流する、グィネヴィア。
片や、一貴族の娘で、貴族の令嬢とは全く交流をしたことがない、私。
グィネヴィアが草原を駆ける白馬だとしたら、私は畑を耕す泥に塗れたロバのようなものだ。
どちらが王子様とお似合いと噂されるかなど、考えるまでもないだろう。
噂に後押しされて、アーサー王子と私の婚約が破棄されてもおかしくはない。
仮に破棄されなかったとしても、私は妃から妾に降格だろう。
普通に考えたら、そうなると思う。
けど、今のところ、そんな話にはなっていない。
王妃様が何かやったのか、アーサー王子の意志が固いのか、そのどちらかだろうか。
ただし、噂が大きくなれば、いつまでもこの状況が続くとは限らない。
「・・・はい」
言いづらそうにしながらも、シェリーが教えてくれる。
「シンデレラ様は不安ではないのですか?グィネヴィア様にアーサー王子を取られるかも知れないのですよ」
シェリーが尋ねてくる。
アーサー王子がグィネヴィアに取られそうなのに、私が悔しがる素振りを見せないからだろう。
けど、私が悔しがってもどうしようもないし、私には悔しがる理由もない。
「選ぶのはアーサー王子よ。私とグィネヴィア様が取り合う勝負をしているわけじゃないわ」
アーサー王子がグィネヴィアを選ぶなら、それもいいだろう。
アーサー王子がグィネヴィアと私を両方娶りたいというなら、それもいいだろう。
好きに選んだらいいと思う。
「シンデレラ様は、アーサー王子を愛してはいないのですか?」
シェリーが再び尋ねてくる。
でも、ずいぶんとロマンチックな質問だな。
シェリーがそんなことを言うとは、少し意外だった。
「シンデレラ様は、最初はアーサー王子の求婚から逃げたけど、情熱的に追いかけられて最終的には受け入れて付いてきたのですよね。だから、両想いだと思っていたのですが・・・」
その頃、シェリーはこの国にいなかったけど、誰かから聞いたのだろうか。
情熱的だったかは知らないけど、しつこく追いかけられたから諦めて付いてきたのは確かだ。
それに、両想いかは知らないけど、私がアーサー王子に好意を持っているのも確かだ。
愛しているという表現が適切かは分からないけど、困っていれば助けてあげたいと思う程度には大切に思っている。
けど、シェリーが聞きたいのは、そんなふわっとした答えじゃないんだろうな。
「愛しているわよ」
期待に応えて、そう答えておく。
別に嘘というわけじゃない。
「私が今ここにいることが、その証」
アーサー王子のことが嫌いならここから逃げているし、好きでないなら毎朝通ったりしない。
だから、そういうことなんだと思う。
激しく燃え上がるような何かがあったわけじゃないけど、命の危険は何度もあった。
それでも、私はまだここにいる。
「じゃあ、なぜ・・・」
シェリーが分からないといった表情をする。
でもその疑問は、『なぜ』が意味することを考えたら、解決するんじゃないだろうか。
「なぜ、グィネヴィア様を排除しないのかって?」
「いえ、そうは言いませんけど・・・」
「なぜ、アーサー王子を誘惑しないのかって?」
「誘惑というか・・・仲を深めるとか、魅力を磨くとか」
なるほど。
シェリーが考える男を振り向かせる方法は、そんな感じなのだろう。
けど、私にはできそうもない。
「仲を深めるっていっても、アーサー王子は工房にこもりきりで、私は研究を手伝えそうもないし」
アーサー王子の研究を手伝えるのはグィネヴィアくらいのものだろう。
私には無理だ。
「魅力を磨くっていっても、容姿は変えることができないし、性格は変えるつもりがないし」
そもそも、アーサー王子の好みを知らない。
私を追いかけてきたくらいだから、それほどアーサー王子の好みから外れてはいないと思う。
けど、アーサー王子がグィネヴィアより私が好みかというと、それは分からない。
魅力として、他にはどんなものがあるだろうか。
「血筋は王族であるグィネヴィア様の方が上だし、地位も王女であるグィネヴィア様の方が上だし」
政略結婚で考えたときのメリットは、グィネヴィアの方が圧倒的に上だ。
そう考えると、グィネヴィアの方がアーサー王子にお似合いなんじゃないだろうか。
「私もグィネヴィア様を応援しようかしら?」
「シンデレラ様・・・」
「冗談よ」
わざわざ、そんな面倒なことはしない。
けど、客観的に見て、他人がそう考えるだろうと推測できるくらいには、アーサー王子とグィネヴィアはお似合いだ。
だから、二人が両想いだとしたら、二人の仲を積極的に裂こうという気にはならない。
ただ、研究狂いのアーサー王子と、腹の内がいまいち読めないグィネヴィアが両想いかどうかは、微妙なところだろうか。
冬から春に移り変わり、すごしやすい季節になった。
「シンデレラ様、シルヴァニア王国にいる『娘達』から定期報告です」
「ありがとう」
シェリーから報告書を受け取って、ざっと目を通す。
シルヴァニア王国に置いてきたメイド達には温泉宿の運用を任せているのだが、そこで収集した情報をこうして定期的に報告してくれるのだ。
とはいえ、冬の間は人々の移動が少ないので、送られてくる情報も少ない。
定期報告の回数が少ないという意味ではなく、報告すべき情報が少ないという意味だ。
「なんとか冬を越せたようね」
「そのようです」
温泉を利用して冬に作物を育てさせたわけだけど、生産が消費に追いつくかはギリギリだった。
でも、少なくとも温泉街で餓死者は出なかったようだ。
春になり、これからの季節は温泉を利用しなくても作物を育てることができるから、一安心といったところだろう。
エリザベート王女はシルヴァニア王国を去っているから、馬鹿な農業政策が指示する人間もいないと思う。
シルヴァニア王国の人達には、後は自力で頑張ってもらおう。
問題は『娘達』だ。
「戻りたいと言っている娘はいる?」
「報告書には温泉宿が順調と書いてあるだけなので、いないようです」
「そう」
なら、いいか。
もともと『娘達』はシルヴァニア王国が故郷だし、温泉宿での仕事にも馴染んでいるなら、そのまま続けてもらうことにしよう。
「ところで・・・」
私はもう一度報告書の内容を確認してから、シェリーに尋ねる。
「他国の情勢が書いてあるんだけど、こんな情報収集を指示した?」
温泉宿を訪れた客が漏らした情報だけじゃない。
それをもとに調査したと思われる情報まであるのだ。
明らかに諜報活動を行って得た情報だ。
しかも、内容はシルヴァニア王国の情報だけに限らない。
他の国の情報まで書いてある。
「私はしていません。シンデレラ様がされたと思っておりました」
まあ、そうだろう。
シェリーがそんな指示をするとは思えない。
それは、元暗殺者の彼女を信頼しているからじゃない。
彼女が自発的に私の役に立つことをするほど、私に忠誠を誓っているとは思えないからだ。
彼女の両脚は、日常生活には支障が無いけど、諜報活動や戦闘行為などの激しい行動には耐えられない。
その原因となった怪我を負わせたのは私だ。
恨まれていてもおかしくはない。
けど、もともとエリザベート王女への恐怖心で暗殺者をやっていた彼女は、その怪我が理由で暗殺者を引退し、この国で安全に働けているので、少なくとも表面上は私のことを恨んでいないようだ。
ただし、だからといって忠誠を誓ってくれるとも思えないので、せいぜい差し引きゼロで裏切らないという程度だろう。
でも、一般のメイドに話せないことを話せるのは便利なので、こうして手伝ってもらっているわけだ。
「私もしていないわ。でも、わざわざ止めさせることもないし、『娘達』の負担になっていないなら続けてもらいましょうか」
「わかりました」
今は大した情報は集まっていないようだけど、温泉宿を訪れる客が増えたら重要な情報が集まるかも知れない。
私がその情報をどうこうすることは無いのだけど、この国はその情報を必要とする可能性もある。
それっぽい情報があったら、アダム王子にでも渡しておこう。
報告書を読み終えた私は、大きく伸びをする。
「春になったし、温泉宿の様子を見に行こうかしら」
夏に温泉も悪くはないけど、暑いし熱いと思う。
夏は川浴びで水浴びした方が涼が取れるだろう。
だから、温泉に行くなら、春のうちに行った方がいいと思う。
体に染み渡る温かさを堪能するなら、秋から冬の寒い季節が一番だけど、春も悪くない。
爽やかな新緑の中で入る温泉も、気持ちよさそうだ。
「苺の栽培はよろしいのですか?王妃様から依頼されているのですよね」
「もう春よ。屋外の畑で採れる苺が出回るわ」
シェリーが言う苺というのは、アーサー王子が作ったガラスの温室で育てた苺のことだ。
私が育てて王妃様にお土産で持っていったら気に入ったらしく、冬の間に育てることを依頼された。
本当は、私が貴族の令嬢が開くお茶会にでも参加して宣伝した方がよいのだけど、私にその気がない。
それを見かねて、代わりに王妃様が宣伝してくれたのだ。
ガラスの温室での栽培は、害虫に悩まされることは無いので、基本的には水や肥料を与えるだけだ。
何株か水の与えすぎが原因で病気になったけど、それ以外は順調だった。
そのおかげで冬の間は、それほど忙しくは無かったけど、暇を持て余すということも無かった。
それに、お小遣いも手に入った。
けど、春になったら屋外の畑で採れる苺が出回るから、苺の価値は下がる。
ガラスの温室で育てる必要はない。
そんなわけで、私は暇な生活に逆戻りという状況なのだ。
「ですが、今この国を離れるのは、あまりよくないのでは?」
「?なんで?」
私はシェリーの言葉に首を傾げる。
冬の間に稼いだお小遣いもあるし、春になって暇になったから、何の問題も無いように思えるのだけど。
「グィネヴィア様のことです」
私がピンと来ていないことを察したのだろう。
シェリーが教えてくれる。
「グィネヴィア様は今もアーサー王子の工房に通っています。シンデレラ様も通っているので問題になっていませんが、シンデレラ様が通わなくなったら、アーサー王子とグィネヴィア様の仲を邪推する人間が増える可能性があります」
シェリーの言う通り、グィネヴィアは今も工房に通っている。
徹夜には付き合っていないけど、アーサー王子の研究を手伝っているようだ。
私が工房に通っているというのは、徹夜したアーサー王子を早朝に寝かしつけに行っていることを言っているのだろう。
けど、邪推する人間が『増える』か。
「気を遣わなくていいわよ。アーサー王子とグィネヴィア様がお似合いっていう噂があるんでしょう?」
王妃様にも教えてもらったから知っている。
問題には、すでになっているのだ。
片や、他国の王族で、貴族の令嬢と積極的に交流する、グィネヴィア。
片や、一貴族の娘で、貴族の令嬢とは全く交流をしたことがない、私。
グィネヴィアが草原を駆ける白馬だとしたら、私は畑を耕す泥に塗れたロバのようなものだ。
どちらが王子様とお似合いと噂されるかなど、考えるまでもないだろう。
噂に後押しされて、アーサー王子と私の婚約が破棄されてもおかしくはない。
仮に破棄されなかったとしても、私は妃から妾に降格だろう。
普通に考えたら、そうなると思う。
けど、今のところ、そんな話にはなっていない。
王妃様が何かやったのか、アーサー王子の意志が固いのか、そのどちらかだろうか。
ただし、噂が大きくなれば、いつまでもこの状況が続くとは限らない。
「・・・はい」
言いづらそうにしながらも、シェリーが教えてくれる。
「シンデレラ様は不安ではないのですか?グィネヴィア様にアーサー王子を取られるかも知れないのですよ」
シェリーが尋ねてくる。
アーサー王子がグィネヴィアに取られそうなのに、私が悔しがる素振りを見せないからだろう。
けど、私が悔しがってもどうしようもないし、私には悔しがる理由もない。
「選ぶのはアーサー王子よ。私とグィネヴィア様が取り合う勝負をしているわけじゃないわ」
アーサー王子がグィネヴィアを選ぶなら、それもいいだろう。
アーサー王子がグィネヴィアと私を両方娶りたいというなら、それもいいだろう。
好きに選んだらいいと思う。
「シンデレラ様は、アーサー王子を愛してはいないのですか?」
シェリーが再び尋ねてくる。
でも、ずいぶんとロマンチックな質問だな。
シェリーがそんなことを言うとは、少し意外だった。
「シンデレラ様は、最初はアーサー王子の求婚から逃げたけど、情熱的に追いかけられて最終的には受け入れて付いてきたのですよね。だから、両想いだと思っていたのですが・・・」
その頃、シェリーはこの国にいなかったけど、誰かから聞いたのだろうか。
情熱的だったかは知らないけど、しつこく追いかけられたから諦めて付いてきたのは確かだ。
それに、両想いかは知らないけど、私がアーサー王子に好意を持っているのも確かだ。
愛しているという表現が適切かは分からないけど、困っていれば助けてあげたいと思う程度には大切に思っている。
けど、シェリーが聞きたいのは、そんなふわっとした答えじゃないんだろうな。
「愛しているわよ」
期待に応えて、そう答えておく。
別に嘘というわけじゃない。
「私が今ここにいることが、その証」
アーサー王子のことが嫌いならここから逃げているし、好きでないなら毎朝通ったりしない。
だから、そういうことなんだと思う。
激しく燃え上がるような何かがあったわけじゃないけど、命の危険は何度もあった。
それでも、私はまだここにいる。
「じゃあ、なぜ・・・」
シェリーが分からないといった表情をする。
でもその疑問は、『なぜ』が意味することを考えたら、解決するんじゃないだろうか。
「なぜ、グィネヴィア様を排除しないのかって?」
「いえ、そうは言いませんけど・・・」
「なぜ、アーサー王子を誘惑しないのかって?」
「誘惑というか・・・仲を深めるとか、魅力を磨くとか」
なるほど。
シェリーが考える男を振り向かせる方法は、そんな感じなのだろう。
けど、私にはできそうもない。
「仲を深めるっていっても、アーサー王子は工房にこもりきりで、私は研究を手伝えそうもないし」
アーサー王子の研究を手伝えるのはグィネヴィアくらいのものだろう。
私には無理だ。
「魅力を磨くっていっても、容姿は変えることができないし、性格は変えるつもりがないし」
そもそも、アーサー王子の好みを知らない。
私を追いかけてきたくらいだから、それほどアーサー王子の好みから外れてはいないと思う。
けど、アーサー王子がグィネヴィアより私が好みかというと、それは分からない。
魅力として、他にはどんなものがあるだろうか。
「血筋は王族であるグィネヴィア様の方が上だし、地位も王女であるグィネヴィア様の方が上だし」
政略結婚で考えたときのメリットは、グィネヴィアの方が圧倒的に上だ。
そう考えると、グィネヴィアの方がアーサー王子にお似合いなんじゃないだろうか。
「私もグィネヴィア様を応援しようかしら?」
「シンデレラ様・・・」
「冗談よ」
わざわざ、そんな面倒なことはしない。
けど、客観的に見て、他人がそう考えるだろうと推測できるくらいには、アーサー王子とグィネヴィアはお似合いだ。
だから、二人が両想いだとしたら、二人の仲を積極的に裂こうという気にはならない。
ただ、研究狂いのアーサー王子と、腹の内がいまいち読めないグィネヴィアが両想いかどうかは、微妙なところだろうか。
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