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第十四章 ヘンゼルとグレーテル

225.ヘンゼルとグレーテル(その6)

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 自分のお股を見ます。
 ついていません。

 お兄さまのお股を見ます。
 頬ずりしたくなるくらい可愛らしいものがついています。

 お父さまのお股を見ます。
 赤黒くて、ちょっと汚いものがついています。

 ミシェルさんのお股を見ます。
 ピンク色で綺麗だけど、お父さまより大きいものがついています。

 おかしいです。
 わたしのお股にはついていないものが、ミシェルさんのお股にはついています。
 成長すると大きくなるのでしょうか。
 でも、それならお兄さまのお股についているのは変です。
 お兄さまとわたしは同じ歳です。
 この歳のときから、男の子と女の子の身体は違うはずです。
 具体的に言うと、男の子にはおちんちんがついていて、女の子にはおちんちんがついていないはずです。
 成長すると小さくなるのでしょうか。
 でも、それならお父さまのお股についているのは変です。
 わたしは、ようやく頭の中を整理できました。

「ミシェルさんは・・・男の人?」

 そうとしか思えません。
 わたしが自信なさげに呟くと、ミシェルさんはにっこりと微笑みます。

「そうよ。知らなかった?」

 知るはずがありません。
 ミシェルさんは女優なのです。
 女優は女の人がなる職業です。
 普通は男の人はならない職業です。

「姉様が溺愛していた子達だから、てっきり知っていると思っていたのだけど」

 わたしとお兄さまは、ミシェルさんのお姉さんから溺愛されていたそうです。
 でも、わたしはミシェルさんのお姉さんに会ったことがありません。

「彼女が消えたとき、二人はまだ物心ついていない頃だったからな」

 違いました。
 会ったことはあるようです。
 でも、会ったことを覚えていないくらい小さい頃のようです。
 そういえば、わたしはミシェルさんに小さい姉様と呼ばれました。
 わたしはミシェルさんのお姉さんに似ているようです。
 ミシェルさんはわたしの親戚ではないはずですが不思議です。

「ヘンゼル?どうしたの?」

 ミシェルさんの声が聞こえてきて、わたしはハッとします。
 そうでした。
 お兄さまの貞操はわたしが護らなければならないのでした。
 ショッキングな事実が判明して、うっかりしていました。
 油断した隙に、ミシェルさんがお兄さまに接近しています。
 ミシェルさんは男の人でした、
 けれど、そんなことは関係ありません。
 役者には男色という文化もあるらしいのです。
 男の人だからといって、気を許してはいけないのです。
 わたしは、すぐにお兄さまに駆け寄ります。
 けれど、お兄さまは遠くを見るような目をしていて、わたしに気付きません。
 ミシェルさんにも気づいていないようです。
 どうしたのでしょう。

「お兄さま?」
「あ、グレーテル・・・」

 声をかけて、ようやく反応がありました。
 ですが、弱々しい反応です。

「グレーテル。ぼくね、夢を見たんだ。とても怖い夢だったんだよ」

 どうやら、お兄さまは悪夢を見たと言っているようです。
 よほど怖かったのか、目から光が消えています。
 でも、朝は普通でした。
 白昼夢でも見たのでしょうか。

「ヘンゼル、大丈夫?」

 ミシェルさんが心配そうにお兄さまに声をかけます、
 すると、お兄さまはビクリと震えます。
 そして、ゆっくりとミシェルさんの方を向いて、

「!?」

 ビシリと固まりました。

「お兄さま?」
「ヘンゼル?」

 わたしとミシェルさんが、お兄さまの目の前で手を振ります。
 しかし、お兄さまは反応しません。
 まるで、目を開いたまま気絶してしまったかのようです。

 ふら~~~・・・バシャンッ!

「お兄さま!?」
「ヘンゼル!?」

 違いました。
 まるで、ではありません。
 文字通り、お兄さまは気絶していたのです。
 わたしとミシェルさんは、慌てて倒れたお兄さまを温泉から引き上げます。
 そのままにしておいたら、溺れてしまいます。
 けっきょく、わたし達はゆっくり温泉に浸かることなく、ミシェルさんと別れたのでした。

 *****

「う、うぅ・・・」

 お兄さまがうなされています。
 寝ているお兄さまを起こすのはためらわれますが、昨日の夜はしっかり寝ていたはずです。
 睡眠不足ではないと思います。
 わたしは思い切って、お兄さまを起こすことにします。
 うなされているお兄さまを、見ていられなかったのです。

「お兄さま、お兄さま」
「う、うぅ~ん」

 やさしく揺り動かすと、お兄さまが目を覚まします。

「あ、グレーテル。おはよう・・・?」
「おはようございます、お兄さま」

 お兄さまはキョロキョロと周囲を見回します。

「あれ?ミシェルさんの劇を観たと思ったんだけど・・・夢?」

 どうやらお兄さまは寝ぼけているようです。
 わたしは教えてあげることにします。

「いいえ、お兄さま。劇はもう終わりました」
「あ、そ、そうなんだ」

 お兄さまは頭を振って眠気を振り払います。
 お兄さまの目に力が戻ります。

「そういえば、劇を観た後でミシェルさんに会いに行ったような・・・うっ!」
「お兄さま!」

 突然、お兄さまが頭を抱えます。
 わたしは驚いて、お兄さまに寄り添います。

「温泉で・・・なにかを見たような・・・」

 わたしは察しました。
 温泉での記憶がお兄さまを苦しめているのです。
 わたしは慌てて口を開きます。

「お兄さま、わたし達はミシェルさんに会ってなんかいません。劇を観た後、すぐに宿に戻ってきたのです」
「・・・そうなの?」

 嘘も方便というやつです。
 このままでは、お兄さまの精神が崩壊してしまいます。
 たとえ罪を背負うことになろうと、お兄さまの心と身体は、わたしが護ります。

「はい。昨日、楽しみでなかなか眠れなかったお兄さまは、宿に戻ると同時に寝てしまったのです」
「そうなんだ。そうだよね。ミシェルさんが・・・そんなわけないよね」

 お兄さまが平静を取り戻します。
 わたしは安堵の息を吐きます。
 一安心です。

 しかし、お兄さまをこんなに惑わせるなんて、あの女(?)は許せません。
 お股に余計なモノがついているせいで、危うくお兄さまの精神が崩壊しかけたのです。
 いっそ、もぎとってやりましょうか。
 そうすれば、お兄さまの心の平穏は保たれます。
 でもそうすると、今度はお兄さまが誘惑されてしまうかも知れません。
 仕方ありません。
 もぎとるのは勘弁してやります。
 感謝して欲しいです。

 あの女(?)のことは、もうどうでもいいですが、何か対策を考えないと考えないといけません。
 この街にいたら、いつあの女(?)と出会うかわからないのです。
 普段は舞台の上にいるはずですが、休憩時間に出歩く可能性はあるのです。
 万が一にも、あの女(?)とお兄さまが出会わないようにしないといけません。
 そうだ。
 よいことを思い付きました。
 考えていた計画を実行するのです。
 そうすれば、あの女(?)とお兄さまが出会うことは無くなります。
 グッドアイデアです。

「お兄さま。起きたのなら、わたしに付き合ってもらえませんか?」

 わたしは、お兄さまにおねだりします。

「お外に遊びに行きたいのです」

 わたしの言葉を聞いて、お兄さまは考えます。

「じゃあ、お父さまも一緒に・・・」
「お父さまは温泉にでも浸かっていた方が嬉しいのではないでしょうか?もうお歳ですし」
「そうかな?そうだね。お父さまはお歳だものね」

 危ないところでした。
 邪魔者がいては、計画に支障をきたします。
 わたしとお兄さまの間に、お邪魔虫は必要ないのです。
 殺虫剤をまいて排除です。
 お兄さまと二人きりになるためなら、わたしは虫を殺すこともためらいません。

「ヘンゼル、起きたのか」

 ちょうど、そのお邪魔虫が部屋に入ってきました。

「あ、お父さま。ごめんなさい。少し寝不足だったようです」
「寝不足というか・・・まあ、いいか。旅行にきているのだし、ゆっくり休め」
「いえ、これからグレーテルとお外に遊びに行こうと話していたのです」
「そうか。なら、俺もついて・・・」
「お父さま」

 お邪魔虫がお邪魔をしようとするのを、わたしは遮ります。
 わたしは殺虫剤をまくことにします。

「痴女・・・いえ、宿の従業員の人に聞いたのですが、この宿には温泉に浸かりながらお酒を飲むことができるサービスがあるようです。試してみてはどうですか?」
「酒か・・・いや、だが、おまえ達だけで街を歩かせるわけには・・・」
「ここは観光地ですから、人の目も多いです。大丈夫ですよ」

 わたしの言葉に、お父さまは考えます。

「・・・わかった。気を付けて行ってくるんだぞ」

 お邪魔虫の排除は完了です。
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