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032.王子に連れられて(帰還)

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 馬車に揺られながら、私は景色を眺める。
「もうすぐ王城ですよ」
 一緒に乗っている王子が話しかけてくる。
 機嫌がよさそうだ。
 私を無事に送り届けることができて喜んでいるのかも知れない。
 良い人なのだとは思う。
 恋心を抱くことはできていないけれど、親愛の情なら湧き始めている。
 一緒にいれば愛情を持つこともできると思う。
「白雪姫様をお連れすると同時に婚約したことを伝えたら、驚かれそうですね」
「そうですね」
 王子のプロポーズを受けたからといって、すぐに婚姻を結ぶというわけにはいかない。
 私は公には静養中ということになっていたそうだけど、実際には一年近くも行方不明になっていたことになる。
 だから、まずは自分の国に帰され、後日正式に婚姻を結ぶことになる。
 今は自分の国に帰る道中というわけだ。
「懐かしいですか?」
「はい、とても」
 私と王子の乗る馬車が、お城に着いた。

 懐かしいかと尋ねられて、はい、と答えた。
 その言葉に嘘はない。
 懐かしいのは本当だ。
 だって、私が生まれたときから居た場所なのだから。
 だけど、ここに戻ってきた今、私がどういう感情を抱いているのか。
 それは語らなかった。
 別に秘密にしたかったわけじゃない。
 私自身にも分からないからだ。
「……」
 事前に連絡が来ていたからだろう。
 ざわついたりはしていない。
 けど、口を閉じることはできても、瞳を隠すことはできない。
 好奇の視線。
 それを感じる。

 当然だと思う。
 一年近くも不在だったのに、戻ってきたら婚約者と一緒なのだ。
 色々な憶測を生むだろう。
 その中には、好意的なものもあれば、下世話なものもあるだろう。
 以前の私なら、前者はともかく、後者についてなど、思いつきもしなかったかも知れない。
 お城のみんなは色々なことを教えてくれたけど、色々なことを隠していたのだと思う。
 私がお姫様でいられるように、そうしていたのだと思う。
 けど、今は違う。
 たった一年だったけど、お城の外を見てきて、ほんの少しだけど色々なことを知った。
 だから、見える景色が違う。
 お城の中は、建物も人も、それほど変わっていない。
 瞳に映るものは、それほど変わっていないのだと思う。
 だけど、見える景色が違う。
 ちょっとした瞼の動きや口の端の動き。
 そういったものは、耳では聞こえない心の声を聞かせてくれる。
 心の景色を見せてくれる。
 孤児院での生活やお店でのお仕事は、私にそれを教えてくれた。

 王と王妃。
 父と母。
 王子が二人に、私を見つけたときのこと、私と婚約したことを、説明している。
 その間、私はずっと見ていた。
 子供に優しい父。
 美しい母。
 私は二人を、ずっと見ていた。
 瞳に映る姿は以前と同じだった。
「お父様、お母様、ご心配をおかけしました」
 王子の説明が終わり、次は私の番だ。
 感動の再開。
 それは、謁見の間で、みんなが見ている前で行われた。
「戻ってきてくれて嬉しいぞ。婿を連れて来たことには驚いたがな」
 『戻ってきたこと』を喜ぶ父。
「身体の調子はよいのですか?嫁にいくのなら健康に気をつけねばなりませんよ」
 『嫁に行くため』に健康に気を付けろという母。
 父と母は、それぞれの言葉を私に贈ってくれた。

「おやすみなさい、白雪姫様」
「おやすみなさい、王子様」
 私がお城に戻ったことの報告は終わった。
 けど、王子は自分の国には帰らない。
 今夜、王子はお城に泊まっていく。
 私を連れてきてくれたことに感謝する意味で、明日パーティーを開いて、もてなすらしい。
 それまで滞在してもらうというわけだ。
「変わっていないわね」
 私の部屋。
 何も変わっていない。
 埃が溜まっているということもない。
 そのままと同時に、掃除をしてくれていたのだろう。
 王子と分かれた私は、ここに来ていた。
「ねえ、お茶の用意をしてくれるかしら」
 私はメイドにそう告げた。
 一人で飲むためじゃない。
 お嫁に行く前のひととき。
 その時間を家族と過ごすためだ。
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