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014.夏祭り

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 祭りというものには様々な種類があり、様々な場所で行われる。
 たとえば農村では、春に収穫を願う祭り、秋に収穫を感謝する祭りがある。
 同じく漁村では、豊漁を願う祭りや、豊漁を感謝する祭りがある。
 今は農村や漁村でなくても、昔に農村や漁村だった場所では、祭りが残っている。
 謂れが忘れ去られたとしても、楽しい行事として祭りは残っている。
 ひな祭りのように、厄除けの身代わり人形だったものを、華美に装飾して愛玩人形のように飾る行為もその一例だろうか。
 人形供養という行事があるくらいだから伝統としては残っていると思うが、どれだけの人が謂れを知っているかは疑問だ。
 とはいえ、それが悪いことだというつもりはない。
 なぜなら、祭りは楽しいものだからだ。
 楽しいものは活気が出る。
 たとえ謂れが、命のかかった神頼みだったとしても、祭りで活気が出るのは今も昔も変わらないのではないだろうか。
 そんな祭りの代表格と言えば、盆祭りだ。
 盆と正月が一緒に来るという言葉があるほど、お盆というのは親しまれている行事だ。
 もっとも、盆と正月が一緒に来るという言葉は、祝い事を指すわけではなく忙しい様子を指すわけであるが、活気があるという意味では同じだ。
 お盆はご先祖様をお迎えする神聖な行事ではあるが、盆祭りが楽しいものであるのは間違いない。
 ご先祖様も楽しい方が嬉しいだろう。
 でなければ、お盆に踊る盆踊りなんて伝統が残っているはずがない。
 さて、そういった様々な背景がある祭りという行事であるが、子供にとっては謂れも伝統も関係ない。
 楽しい行事であるということだけが事実で、それだけが重要なことだ。
 子供達は小遣いを握り絞めて、祭りの屋台へ向かう。
 イカ焼き、綿あめ、りんごアメ、……
 射的、型抜き、金魚すくい、……
 小遣いを使い果たしても、問題ない。
 盆踊りの輪に混ざってもいいし、太鼓を音を全身で感じてもいい。
 楽しみ方はいくらでもある。

「ちょっと、おじさん! 当たったけど、景品が落ちないぞ!」
「あー、当たり方が弱かったみたいだな」
「ど真ん中に当たったよ!」

 ライフルの弾を命中させたアオイが、後ろでこっそり固定されている景品が落ちないと文句を言う。

「あむっ」
「ア、アンズちゃん。髪の毛に綿あめがついちゃってるよ」

 サクラが左手にりんごアメを持ち、右手でアンズの髪から綿あめを払う。

「あっ! 破れちゃった! おじさん、もう一回!」
「はいよ」

 カエデが金魚の重みに耐えられなかったポイを放り出し、新しいポイを受け取る。
 子供達はそれぞれの楽しみ方で祭りを満喫していた。

「お兄ちゃん、綿あめ一口あげる。あーん」
「あーん」
「ア、アオイくん。りんごアメも食べる?」
「食べる。あーん」
「あ、あーん」

 アンズとサクラがアオイに味見を勧め、アオイがそのお礼に景品の安っぽい団扇で二人を仰ぐ。

「あっ! また! おじさん、もう一回!」
「はい、どうぞ」

 カエデが暴れた金魚に破られたポイを放り出し、新しいポイを受け取る。
 ときに一緒に、ときにマイペースに、子供達は祭りを満喫していた。
 そんな子供達であるが、最終的には何故か自然と集まった。
 小遣いが少なくなって、やることが無くなってきたからという理由もある。
 けれど、そんな理由とは別に、やはり友達と楽しさを共有したいという想いがあった。

「カエデ、捕れたか?」
「カエデちゃん、金魚すくえた?」
「カエデちゃん、あの金魚が綺麗だよ」

 アオイ、アンズ、サクラがカエデのもとに集まる。
 食べたり遊んだりと、三人が自分のやりたいことをやって満足したのに対して、カエデはまだ満足していなかった。

「う~~~~っ!」

 唸りながら破れかけのポイを見せてくる様子から、満足していない理由は推して知るべしだ。
 空腹も相まって機嫌が悪い。
 カエデは小遣いの全てを金魚すくいに費やしていた。
 それにも関わらず、カエデの手元には一匹の金魚もいない。
 ギャンブル依存症の患者のごとく、食べるものを買うお金さえも、ポイを買うために費やしていた。

「お嬢ちゃん、そろそろ止めておいたらどうだ?」
「ヤダ! 最後の一回!」

 子供を食いものにして売り上げを稼ぐテキ屋でさえも哀れに思ってやめるように言うが、それでもカエデはやめない。
 お金を渡してポイを受け取ってしまう。
 そのままではカエデの祭りの思い出は、全ての小遣いで大量のポイを買い、ひたすらそれを破り続けたというものになってしまったことだろう。
 それを阻止したのは、アオイだった。

「仕方ねえなぁ。これでも食ってろ」
「むぐっ! なにするの!」

 食べていたイカ焼きをカエデの口にねじ込み、代わりとばかりにポイを奪い取る。
 そしてそのまま、しゃがみ込んで、水面の下の金魚と睨み合う。

「ちょっと、それ、あたしの……」

 最後の一回を奪われ、真っ赤になって文句を言おうとするカエデだが、ふと自分の口から取り出したイカ焼きに気付く。
 そのイカ焼きが、先ほどまでアオイの口の中にあったことに気付く。
 気付いてから、歯形と唾液の跡が残るそこに、そっと口をつける。
 そして、真っ赤になった顔のまま、歯形を残しながらイカ焼きに齧りつく。
 ポイを奪われた仕返しとばかりに、顔を真っ赤にしながら、イカ焼きを咀嚼する。
 そんな感じでカエデがイカ焼きを味わっている間にも、アオイは金魚と睨み合う。

「それっ!」

 アオイの声に驚いて、金魚達が逃げる。
 ほとんどの金魚は逃げ切った。
 けれど、一匹だけは逃げ切れなかった。
 驚いたときには水面の上で、気付いたときには小さな器の中だった。
 
「兄ちゃん、上手いねえ」

 鮮やかな手並みというわけではなかった。
 勢い任せで、すくえた金魚も一匹だ。
 けれど、女の子のために代わりに金魚をすくいあげる。
 それを実行して実現したことに、テキ屋でさえも称賛した。

「ほら」
「……ありがと」

 当然のように、その金魚はアオイからカエデへと手渡される。
 代わりにカエデは、自分が齧りついたイカ焼きをアオイに返す。
 こうして子供達は、全員が祭りを満喫した。
 祭りの帰り道、カエデはずっと、アオイからすくってもらった金魚を眺めていた。
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