言語オタク大学生が異世界に行ったら鬼に溺愛されました!

ひお

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1章 赤鬼領編

遙、実力を遺憾無く発揮する。

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お願いします。神様。もしほんとにいるのなら、今だけでいいから俺に力を貸して。
仲間の鬼達の怪我に手を当て、何度も繰り返し願った。
「出血を止めて。傷を治して。骨を繋いで」
同じ言葉を何度も繰り返し、致命的な傷を負った鬼達から回復させていく。
(なんだろう…傷が塞がるのが早くなってる…?力の使い方が分かってきたから…?)
最初は手を当て、言葉を発してから回復までに時間がかかったけれど、今ではすぐにその力が発動する。その原因を考えるうち、紅蓮に毎日してもらっている妖力の排出の事を思い出した。最初は妖力の存在をまったく感じることがなかったものの、最近ではうっすら分かるようになってきている。もしかしたら、その影響もあるのかもしれない。
「よし。向こうで少し休ませてあげて」
「ありがとうございます、次を入れても?」
「うん、いいよ」
終わりのない治療行為に酷く疲弊するけれど、怪我人が減ることは無い。同じ鬼が何度も運ばれてくることもあり、その悲惨さに胸を痛めた。
回復力が高いということは、回復したら終わりなく戦場に出ざるを得ないということ。この村は戦闘に特化した村だということは聞いたが、これはあまりにも辛い。
回復があるかぎり、死んで解放されることもない。それはある意味、地獄みたいではないか。
(紅蓮……大丈夫かな)
裏方しかできない自分では、紅蓮の様子がわからない。
ここに運ばれてきていないのだから、多分大丈夫だろうけれど。
「黒さん。いただいた結界の方は、うまく働いているようです」
「そう?よかった。あとは結界がきいてるうちにかたがつけばいいんだけど、あれもそう長い期間はもたないから…」
時折顔を出すヒオウから状況をきき、少しばかりほっとする。
休憩をとってきていいと言われたものの、戦況が気になってしかたない。けれど、一番気になるのは、紅蓮のことだった。
(どうしてこんなに、心配なんだろう)
紅蓮が強いのは知っている。図らずも名前の字を与えた結果、力が増したことも知っている。でも。
(そりゃあ、毎日一緒にいるしさ…。色々、気にかけてももらってるし…)
ふとしたときに思い出すのは、体内の妖気を吸い出すからと半ば強引にされた、口付け。紅蓮の屋敷に身を寄せてからも、度々行われるその行動。
あまりに好き勝手されるのにムカついて、ちょっと舌を噛み返したら愉快そうに笑っていたこともあったっけ。
そんなわけはないのだけれど、ただの錯覚なのだけれど、毎夜繰り返される口吸いに、なんだか本当に求められているように思えて、少し……ほんとうに少しだけ、嬉しかったのだ。

(やっぱり様子を見に行こう)
あまり身の丈にあわないことはしない方がいいと分かってはいたけれど、結界の様子も見たいし。
そう決心して立ち上がると、周りの目を盗んでそっと詰所を抜け出した。が。
「黒さん、何してるんですか」
「ひ、ヒバナくん……」
詰所を抜け出したところで、さっき回復し、戦線に復活したヒバナとばったり顔を合わせてしまった。
瀕死の重症だったはずなのに、今はもうケロッとしている。いやはや、なんとも強靭な肉体と精神力だ、さすが鬼。
「…まさか兄上の様子を見に行こうとか思ってます?」
図星。遙はイタズラが見つかった子供のように、すーっと視線を逸らした。
「ウッ…、いや……あの……け、結界の、稼働状況をね……?」
「カド……?結界を見に行きたいんですか?」
「…うん…」
半分嘘の半分正解。
本当は、紅蓮の方が気になる。
あの鬼は誰よりも責任感が強くて、優しいから。初めて出会った時のように、どこかで動けなくなるような怪我をしていなければいいと、そう思うのだ。
「結界…そうですよね。わかりました。では俺もついていきます」
「えっ、いいの?」
「はい。結界のことに関しては、俺達どうにも出来ないですから。ご存知の通り危ない場所ですが、兄の代わりに俺がお守りします。兄の大事な人を、危険な目にあわせるわけにいきませんから!」
「うん…?うん、よろしく……?」
なんだか今、とんでもない勘違いをされたような気がするのだが、まあそれはいいとしよう。

ヒバナを護衛に砦に戻った遙は、設置された結界を確認してまわった。
設置してから3時間は経過しているはずだ。結界を記した板は少しばかり焦げ付いてきてはいるが、まだ機能に衰えは見えない。
「木製でも、そこそこの耐久値はあるってことが証明された……今回は全部俺が手書きしたけど、これならもっと強い素体で量産体制が整えば実用化できるんじゃないか…?それに、大元の結界が張られている村の中ではもっと弱かったはずだけど、ここでは逆に強化されてる……もしかして周囲の妖気量が関係しているのか…それとも妖気の質…?瘴気に特に効果が高い…?」
わからないことはまだまだたくさんある。けれど、今のところはこれでいい。成果としては十分だ。
ふと、砦の外の森に目をやると、近くから大きな火柱が立ち上がった。
ここへ来てから、戦いっぱなしのはずだ。少し時間が取れるなら、回復させてやりたい。
「紅蓮!」
少し遠いが、聞こえるだろうか。
とっさに声をかけると、紅蓮はハッとしたようにこちらを振り返った。
「お前、なぜ戻ってきた?!」
「話はあと!ちょっと戻れる?!」
先程の一太刀で、敵の軍勢はかなり散らされた。
次の襲撃までは少しあるだろう。
紅蓮は砦まで戻ると、遙の傍に駆け寄ってきた。
「どうして来たんだ!ここは危ないから、」
「わかってる、でも大丈夫。試しに結界を張ってみたんだけど、うまく作動してるよ」
「…なんだって……?お前、結界をはれるようになったのか?!」
「あくまで元々あった結界の模倣品だよ。規模は小さいし、耐久力もさほどない。だから使えても一時的なものなんだよ。…あと…これ見て」
遙は近づいてきた紅蓮に手を伸ばす。
細かい傷は塞がりかけているが、大きな傷はまだ生々しく残っている。
「傷、痛そう」
「戦だからな、仕方ない」
「そう、なんだけど…ちょっとごめんね」
「何を?」
遙は先程のように傷に手のひらを押しあてた。
「治れ」
そう言葉を発すると、手のひらが熱くなってくる。
何度もやっているうちに気がついたが、遙の身体を通して何らかの気の塊が傷に集中し、そして傷を癒していく。
「…なんか、こういうことできるみたい」
「…! 」
あっという間に傷が綺麗に塞がり、跡さえ残らない。
紅蓮は驚いた様子で遙を見つめた。
「…これは、俺達鬼にとっては重要事項だぞ…!」
「そうみたいだね」
「そうみたいってお前……。仕方ない、この戦が終わったらどうすべきか考えよう。まずは、この状況をなんとかしないと……」
切り払っても切り払っても湧き出る悪鬼に、紅蓮も仲間たちもだいぶ苦しんしている様子。
「あのさ、一時的になら、どうにかできるかもしれない」
「…なんだと?」
遙は、ずっと考えていたことを口にした。
「結界は、陣の大きさに比例して規模が大きなものになるよね。村を守ってるのは25メートルくらいの大きさの陣で、大体1キロ四方を守れてる」
「……?その、メートルとかキロとかはわからんが……陣の大きさによるというのは、聞いたことがある」
「村の結界は、巨大で硬い岩盤に刻まれている。でもあんなもの、そうそうできるわけじゃない。そこで……代替品を使う」
「代替品?」
「言ったろ、効果は一瞬って。…紙だよ」 
幸い、紙文化はこちらにもある。
紙を糊付けし、村の結界に匹敵する大きさの陣を書き、設置する。
強い力を使った結界は先程の木札のように燃えてしまうけれど、小型から中型の悪鬼を弾き飛ばすくらいの威力は担保できるはずだ。
「ほんとは、砦の外の平野地点に陣を掘ることも考えたんだ。でも多分、この状況でそんな余裕はないと思う。でも紙なら比較的短時間で用意できるし、地面を掘るよりは手軽だし。有効範囲は素材の違いではそんなに変わりは無いから…だからみんなに、大きな紙を作るの、協力してもらえないかな」
遙の作戦は、必ずしも有効とは言えないものかもしれなかった。
本人も言ったように、一瞬が結果を左右する。それともう一つ、致命的な欠点があった。
「みんな知ってると思うけど、この結界は、力の弱い悪鬼は弾き出せるけど、ある程度力のある悪鬼になると効果がないように出来てるんだ。多分…適用範囲を広げると、鬼として根本の造りが同じ、こっちの鬼達にまで影響が出てしまうから。でも、この結界で数の多い弱い悪鬼達をはじけば、残るのは、小鬼達を使役してる大型の鬼なんじゃないかな」
「…よく、この短い期間でそこまで…。わかった。部隊の一部を貸し出すから、準備を進めてくれ。それまでは戦力をこちらに集結して、侵入を防ぐ」
「うん!」
「ヒバナ、補給部隊に伝達をして、こいつの補助に入るように指示してくれ」
「わかった!」
先が見えれば、希望もわくというもの。
紅蓮は再び大太刀を構え、戦場に向かった。


「とにかく、あるだけの紙を糊付けして大きな1枚の紙にしてほしい!それと、墨をたくさん」
補給部隊を借り受けた遙は、村中の紙という紙をかき集めさせた。
そして次に、粥状にした米粒をノリとして使い、紙を貼り合わせていく。いわゆるでんぷん糊というやつだ。
貼った端から松明の火を使って乾かすと、さほど時間もかからずに1枚の大きな紙が出来上がった。
図形部分は、鬼達でも描ける。紐を駆使すれば、ほぼ正円に近い円も直線も描ける。

それができれば、ここからは遙の仕事。

既存の結界から写し取った文字を、一言一句間違わず転記していく。
一見複雑な呪文の羅列も、ルールさえわかってしまえば同じことの繰り返しだ。
言葉が解読出来たらもっと変わるんだろうなとは思うが、それはいつになるのか、いまはわからない。
大きな木炭を使い、炭だらけになりながら結界の陣を描いていく。
文字を書く行為は遙にしか出来ない。前に試しに鬼達にも書いてみてもらったこともあったが、力が抜けて倒れ込んでしまう結果だった。
以前に鬼の世界の伝承を聞いた時、御祖の鬼が消えたあと、悪鬼によって文字が呪いの力を持つようになったと言っていた。
まさにその通りの現象で、これを解決するにはどうしたらいいものか、今でも皆目検討がつかない。

(準備から約2時間……ごめん紅蓮、もう少し……!)
まもなく、時刻は明け方を迎える。昨夜から絶え間なくこの場を守り続けてきた鬼達は、そろそろ限界だろう。
「よし、あとここで終わり…!みんな離れて!」
最後の一文字を書けば、結界は発動する。
「紅蓮!今から結界を発動する!」
「待ちかねたぜ!お前ら、撤退だー!!」
遙の声に呼応し、紅蓮が戦闘部隊を戦線から下げる。
それを確認した遙は、結界陣に仕上げの一文字を足した。
「うまく発動しろよ……!」
瞬間、白い光が膨らむように迸り、結界が大きく広がった。
強い風がぶわりと森の中を走る。まさに疾風とはかくやといわんばかりのそれが、小型の悪鬼達を薙ぎ払っていくのが確認できた。
「一瞬とはいえ、まさかこれほどとは……」
村と同じくらいの広さ……遙の認識では、某ネズミの国よりも少し広いくらいの範囲が一気に浄化されていく。
「いた……!あれだ、紅蓮!」
「わかってる!」
小型の悪鬼達が消えたあとに残った、一体の大悪鬼。
紅蓮は迷うことなく、その鬼に向かって飛び出していった。
「随分手間をかけさせてくれやがって……!!」
名を得て力の増した紅蓮は、そいつに負ける気は一切しなかった。劫焔を纏った大太刀を大きく振りかざし、その首を狙う。

悪鬼の鋭い爪が、紅蓮に振り下ろされる。まともに受けたら大怪我で済まないだろうその一連を、遙は息を飲んで見守っていた。
「これで終わりだ!喰らえ!」
悪鬼の爪を掻い潜り、その首筋に太刀を叩き込む。
固い頚椎が強い力でへし切られる。
切断面から吹き出した炎は、悪鬼を包んでその姿を焼き払っていった。

「紅蓮!」
「お前……!」
「上手くいってよかった……俺、心配で……!」
砦に戻ってきた紅蓮の姿に、遙は力が抜けてへたりこんだ。
なにせ20年もの間、争いごとなどまったくない世界で生きてきたのだから。血と何かが焼ける匂いとが充満した戦場で、よく踏みとどまったと自分でも思う。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ……なんか足、今になって震えちゃって……」
「無理もない。お前は怪我は無いのか?」
「うん、俺はどこも……」
へにゃっと笑う遙の後ろには、燃え尽きた結界陣の残りカスが舞っている。
「……見事な戦略と機転だった。お前がいなければ、状況は最悪になっていたことだろう。次期領主として、改めて礼を言いたい。…ありがとう」
目の前に膝をつき、頭を下げてくる紅蓮。ああ、自分はちゃんとやりきれたんだな。そう理解すると、自然と笑みが零れた。
「ん、力になれて、よかった」 
砦自体にも結界を設置していたため、破壊された場所以外の補修はそこまで手間はいらなそうだ。
「立てるか」
「ごめん、ちょっと捕まらせて……」
「肩をかそう、腕を」
紅蓮に支えられて立ち上がった遙だったが、次の瞬間、突如頭を殴られたような痛みに再び崩れこんだ。
「いっ……!ぁあ……っ!!」
「おい!?どうした!?」
頭というより、額だろうか。キリキリときしむ様な激痛に、涙が出てくる。
「あ、たまが……っ、痛い……っ!」
「黒さん!?」
ヒバナとヒオウが慌てて遙を支えるが、頭痛とともに襲ってきたひどいめまいに、たまらず膝から崩れこんだ。
「……やはり、だいぶ無理していたのでしょう。人間にはこの世界の空気は良くないのです。医者を呼びますから、若、黒さんを急ぎ屋敷へ」
さらに頭を締め付けるような激痛に、視界が霞む。
「おい、しっかりしろ!おい!」
慌てる紅蓮の声が、遠のいていく。
遙は酷い疲労感と痛みに、意識を手放した。



「…体の作りが異なるため、はっきりと言えませんが…黒殿の身体は、鬼にとっては重要な、妖気を作り出す「気核」に該当する部分が瘴気に侵され、肉体の鬼化が始まっていると思われます。本来であれば正常な妖気に触れることで正常な鬼へと転化するのですが、此度は長い時間瘴気と接触し、かつ体内に循環させる行為を行ってしまったため、悪鬼への転化が起きているようです」
「そんな……」
意識を失った遙を屋敷に運び、すぐに医者に検分させたものの、結果はひどい有様であった。
「…鬼化はいずれにせよ避けられないとは思っていたが、まさか悪鬼に……。タンユウ殿、どうにか悪鬼化を阻む手段は無いだろうか」
タンユウと呼ばれた老鬼は、長く伸ばされた白い髭を撫でつつ、ふむ、と思案した。
「そうですな……転化が始まっているということは、身体に気核が出来ているということ。瘴気を生み始めてはおりますが、まだ安定しきっておりませんので、ここから数日の間に正常な妖気で強く矯正すれば、あるいは…」
しかし、それも確実な方法とは言えないのだという。なぜなら、かつて同じような状況になった人間を知らないからだ。
「……可能性があるのなら、そこにかけたい」
「でしたら、気核の中心部にあたる丹田に、どなたかの妖気を数日間当て続けることです。とはいえなかなか難しいのが、中心部は最も重要な場所ゆえ、全身の気が集中し、外部からの直接の接触を阻む働きがあることです。なのでできることならば体の内部からそれを行うことが必要に…」
非常に言いづらそうなタンユウに、共に話を聞いていたヒバナは眉を寄せた。
「その方法があるのなら、教えてください!黒さんは、俺たちの事を庇って、助けようとしてこうなってしまったんです!俺たちにできることならなんだって……!」
そう勢いよく言い放ってふと、兄である紅蓮と、腹心のヒオウの反応に気がついた。
「…兄上…?」
「タンユウ殿……それは、誰かがあれと交合い、丹田の気核に直接妖力を注ぐ必要があると、そういう事だな」
苦々しく問う紅蓮に、タンユウは答えない。だが、それが答えだろう。
「なっ……」
ヒバナは動揺した。80年生きてきたとはいえ、鬼の中ではまだ年嵩もいかぬ若造、人間でいうならば思春期真っ只中だ。少々刺激が強い話である。
そんなヒバナをよそに、タンユウは言葉を続けた。
「それと、1つ得心のいかぬことがありまして」
「なんだ」
「黒殿の、妖力耐性、瘴気耐性の強さでございます。人間のことはよくはわかりませぬが、少なくとも弱い魔物の類であれば、あれだけ濃い瘴気の中に入れば、そう時間もかからず悪鬼化したはず。それが、あれだけの治癒行為で力を使い、全身に瘴気を取り込んだにもかかわらず、未だ悪鬼化に耐えている。その理由が、わからんのです」
言われて、ヒバナもヒオウもたしかに、と思う。けれどその理由は、紅蓮が一番よくわかっていた。
「それは…俺が、あれの真名を知っているからだ。まあ、それも向こうとこちらの認識の差ゆえ、たまたま知ってしまったのだが…」
「なるほど、つまり黒殿の魂は紅蓮殿と繋がりを持っていたため、並の人間よりも耐性が出来ていたと……」
「仮に、だが…。もし、魂の繋がりを相互のものにしたら、悪鬼化は確実に防げるだろうか」
「紅蓮様それは……!」
「…まあ、繋がりが相互のものであれば、確実でしょうな。今の状態だと身体も弱っていますから、下手をしたら気核が壊れ、障りが残ることもあります。繋がりが出来れば黒殿の受けている障りをいくらか紅蓮殿が引き受けることになりますが、貴方様はこの赤鬼族の中でも最も強い妖力をもつ存在ゆえ、たいした支障はないでしょう。しかし…」
医者の見地としてはそうだろう。しかし、赤鬼族の一族の者としては、安易にそうしろとは言えない。
「その関係を、他の鬼達が許容するかどうか…」

真名を知らせ合う。それはつまり、婚姻関係を結ぶということに他ならないからだ。



「これは、大変なことになった」
ヒオウは、緊急招集の準備を進めながらそうぼやいた。
紅蓮は、時期領主である。なんの立場もなければ誰と婚姻を結ぼうが問題ないのだが、立場がある者の婚姻ともなれば、ことはこの領地の中だけでのことではすまなくなる。
当然ながらこの神羅の地の中でさえも力のある家のものは領主の家系と関係を持ちたがっているし、外の村々からもより強い血を求め、関わりを持とうとしてくる者は多い。
特に懸念の材料となっているのは、ここ最近の近隣諸国の軋轢だ。
今のところなんとか均衡が保たれてはいるが、どこかの一族が崩れればなし崩しに、ということも考えられる。
それ程までに、今この世代の鬼達は厳しい状態にあるのだ。
それは、紅蓮だってよく理解しているはずなのに。
「……まあ、黒さんを妾の位置に据えて、早々にどこぞの有力な一族から正妻を迎えていただくのが一番収まりがいいんだろう」
でもそんなこと、あの実直な紅蓮が許容するだろうか。いっそ、全て秘匿してしまえば八方丸く収まるのではないか。
お茶を用意しながらつらつらと考えるも、頭がこんがらがって結論は出ない。

「皆、急遽集まってもらったことに感謝する」

この村の幹部と、各集落の有力者と。
総勢30名程を集めた集会は、紅蓮の挨拶で始まった。
「まずは各集落、先だっての砦の防衛ではそれぞれよい働きをしてくれた。まだ予断は許さぬ状況だが、ひとまず落ち着きを取り戻したといってもいいだろう。引き続き、よろしくたのむ」
前の席から、位の高い鬼達がずらりと並ぶ様は実に壮観だ。紅蓮は言葉を切って一同を見渡すと、いよいよ本題に入るべく、深く息を吸った。
「もう知っているものもいるかと思うが、あの戦の勝利には、ある人間のあげた功績が非常に大きく関わっている。…話せば長くなるが、こちらの世界に迷い込んできた後、失われた鬼言葉と結界について、調べをしている人間だ。その結果、現時点において、結界の簡易的な複製と発動まで可能であるという結論が出た」
淡々と話す紅蓮をよそに、当時その場に居なかった幹部連中がざわめく。当然だろう。結界の存在は、鬼達にとって死活問題にも繋がるのだから。
「だが、今その人間は悪鬼へ転化しかけている。原因は、あの戦場であまりに長い時間瘴気にあたり、かつ、元々人間が持ちえない力を制限なく使ったせいだ。ただの人間であればそれもやむなしとしただろうが、あの人間は、言ってしまえば俺たち鬼族の恩人だ。それを今ここで見捨てるのは、いささか不義理が過ぎると思うのだが、どうだろう」
紅蓮の言葉を聞いた一同に、戸惑いが混ざる。それはそうだろう。ただ助けたいとそれだけの事であれば、なにもこのような集会を、しかも緊急で行う必要もないのだから。
「その人間、恩人だというのならば救えばよろしいのでは?俺は直接会ったことがないので、どんなお方かは知りませんが…紅蓮殿がそう言うのであれば間違いないお方なんでしょう」
比較的発言力のある集落の長、年若い鬼が口を開く。歳の頃は紅蓮と近く、何度か手合わせもしたことのある仲だ。
「…これ。そう簡単に答えを出すものでは無い。このような場を設けたということは、なにかしら問題があるということ。そうでしょう、紅蓮殿」
さすがに、歳のいった鬼は物事の道理というものがよくわかっている。
「そうだ。…様々な状況が重なり、その人間を救うには、数日をかけて正常な鬼へと転化の矯正を行う必要がある。だがすでに悪鬼への転化が始まっていることもあり、一筋縄ではいかない」
「といいますと」
「…医者の見立てでは、本来ならば、とっくに悪鬼に転化していつもおかしくないということだった。だがいまだそうなっていない。その理由は…俺があの人間の真名を知っていて、魂の繋がりが出来ているからだ」
今度こそ、広間の中は静まり返った。
この一連の騒動を初めから知っていた者たちは苦々しく押し黙り、今初めて知った者達は、その言葉の重さを察知する。

「今このままでは、確実に正常な鬼の状態に転化できるかわからない。だが…俺と人間の結び付きを相互のものにすれば、状況は変わる」
そこまで言い切ると、中央付近右側に陣取っていた鬼が、大声を上げて立ち上がった
「紅蓮殿!それがどういう意味かお分かりか!」
男の名はトキマツ。武闘派が多数を占めるこの赤鬼族の中では珍しい、商人の一族だ。
「もちろん分かっている。すまんな、こういうわけだから、お前の所の娘との縁談は無しだ」
「そんなことが許されるわけないでしょう!!」
瞬時に頭に血が登ったらしく、顔が真っ赤で今にも茹で上がりそうだ。まさに赤鬼という名が相応しい。
「その人間に、どれだけの価値があるというのですか!その人間をあなたの伴侶にしたところで、この村に、集落に、なんの利益があるというのですか!」
我を忘れて怒鳴り散らすトキマツに、周囲の目が向けられる。
「…トキマツ殿。このような場で腹の中をさらけ出すのはいささか軽薄が過ぎるかと」
おそらく、トキマツと同じような腹の内であった者は少なくないだろう。商人であればなおさら、他の村や集落と繋がりやすくなり、信用も得やすいだろうからだ。
「しかし、トキマツ殿の言うことも一理ある。紅蓮殿、あなたはいずれこの神羅領の、赤鬼族の長となる方だ。なれば、あなた自身の婚姻にも大きな意味があるということは重々理解されているはず。仮に、その人間を伴侶に迎えたとして、どんな利益があるとお考えなのかな」
問われ、紅蓮は小さく笑った。
「利益、か」
その笑いは不敵の笑みか、それとも侮蔑か。
「これは、あまりに重大な内容なので箝口令を敷いていたのだが……ヒバナ」
「はっ、はい!」
「お前があの時、身をもって知ったことを、話してくれ」
「……!」
突如話をふられ、ヒバナは急激な緊張に胃が竦む思いをした。
皆の刺すような視線が痛い。口が乾いて声が掠れたが、ヒバナはほんの半日前、自分に起きたことを皆に話して聞かせた。

「そんな、馬鹿なことが……!信じられん……!」
「でも、本当なんです。あの場で見ていた人は、たくさんいました……。ヒオウさんも、目の前で見ていて……」
動揺でざわめく幹部達を見渡し、紅蓮はさらに言葉を続けた。
「…あの人間は、この妖界で唯一、文字を扱える者だ。くわえて、あの戦場で見せた力の片鱗は、伝承に聞く御祖の鬼と同じものだった。皆も知っているだろう。姿を消した御祖の鬼は、人界に行ったのではないかという話を。…あれが人間であったことは、力の理由を説明するのに充分すぎる説得力がある。それにだ。今人間でありながらあれだけのことをやってのけたのだから、もし、無事鬼に転化したとしたら、あの力はおそらく、今とは比べ物にならないほど強くなる。その時にもし、あれが俺の伴侶だったとしたらどうだ」
「…御祖の鬼様…我らが鬼神様から寵愛を得た一族と……!」
この話は、とくに長老達に効果があった。
年のいった者は、信仰心が強い。それはどんな理屈よりも優先され、頑固なその考えはけして揺るがない。
(…なるほど、うまいことやったもんですね)
横に控えていたヒオウは、顔に出さないながらもいたく感心していた。あのバカ正直な紅蓮が、いつのまにこんな屁理屈をこねられるようになっていたのか。
多分、腹の中ではこんな面倒なことをせずに感情のままに遙を自分の伴侶にしたかったはずなのだ。だが、そうすれば、遙の立場は圧倒的に悪くなる。それを避けたい一心で、構えたくもない舞台を構えたのだろう。
(…そんなに惚れ込んでるってことですかねえ。まあ俺としては、好いた人と一緒にしてあげたい気持ちはありますけども。…多分、ヒバナも同じでしょうが)
「そういえば、あの人間…あの姿、まるで御祖の鬼様のようではないか」
「そうだ、あの黒い髪に黒い瞳…御祖の鬼様も同じ色であったぞ」
「……」
一度火が着いた信仰心は、燃え上がるのも早い。
若い者たちは、長老達がいいというのなら自分達も反対はしないという姿勢をとっているし、ここまでくれば反対派も表立って反論できまい。

「ならば、あの人間を鬼化させ、俺の正式な伴侶に据えるということで異論はないだろうか」
問えば、むしろ賛成の声の方が多く上がる。
紅蓮は満足気に笑うと、これ以上の異論が出ないうちに、早々に会を締めたのだった。
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"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

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