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1章 赤鬼領編
月夜、ついに人妻(♂)になる。
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「兄様!!レンカに黙って結婚なんて、一体どういうことですか!!」
仮名の儀からしばらく後。
後日行われるという婚姻の儀の衣装を調節するため専門の針子に屋敷に来てもらっていたのだが、その打ち合わせの最中に突如、可愛らしい女性の声が屋敷中に響き渡った。
「なんだ、随分早い帰りじゃないか。花嫁修業は終わったのか?」
遠くの方で、紅蓮の声が聞こえる。ああいう物言いをするということは、この声の主は身内なのだろう。
「花嫁修業なんかじゃないったら!兄様、レンカは子鬼の頃よりずっと兄様に申し上げていたはずです!兄様の伴侶となる相手は、レンカがよーく見定めると!!」
どしどしという足音に、「レンカ」なる人物がひどくおかんむりであることはよく察してとれた。
「滞在先に連絡が来たと思ったらよりにもよって!レンカの兄様をかすめ取ろうとする女狐はどこのどいつですか!出てらっしゃい!」
あちこちの部屋をあけてまわっているのか、声が近づいたり遠ざかったり。
どうも、紅蓮が勝手に婚姻を決めてしまったことに激怒されているご様子。
「……にいさま……」
ということは、紅蓮の妹だろう。
「そういえば、4人兄弟で末っ子は女の子って言ってたな……」
仲良くなったヒバナは、たしか三番目の弟だったはずだ。二番目は遠隔地で、他の村の者たちと防人のようなことをしているとかなんとか聞いている。彼も、今度の婚姻の儀で顔を合わせる予定である。
「月夜様、丈はこのくらいでよろしいかと。あとは帯の色ですが、こちらとこちらではどちらのお色がお好みですか」
「アッ、ハイ…エート…?」
針子に声をかけられ、ハッと我に返る。そうだ、月夜は自分だった。
先日無事仮名を得た遙は、晴れて赤鬼族次期領主の伴侶・月夜として新しい人生を歩み始めたのだ。
…とはいえ、だ。婚礼衣装を決めるからと希望を聞かれても、自分のセンスに自信が無いこともあり非常に難儀していた。
「あの……俺そういうのよくわからなくて…みなさんどうやって決めてるんですか……?」
「そうですね…みなさんお好みで決めてらっしゃいますよ。月夜様でしたらたとえば…紅蓮様のお色がこの赤色に近いですから、この赤が差し色で入っている方などいかがでしょう」
「……あっ…じゃあそれで…」
完全に陰キャオタク丸出しな反応をしてしまった。好きなこと以外にはこうなってしまうから、今後要改善である。
その間にも、例の可愛らしい声と、似つかわしくない足音はこちらに近づいてくる。
ちゃんと挨拶した方がいいよなあ。そうぼんやり考えていると、荒い足音がついに襖の前で止まった。
「後はここだけだわ!」
すぱん、と小気味よい音を立てて開いた襖の前には、朱色から桃色に変わる長い髪を揺らした可愛い女の子がいた。
「こ……こんにちは……?」
第一声は、間違ってはいなかったはずだ。初めて会った人にはまず挨拶、これは鉄則。
逃げ出そうにも、逃げ出せないこの状況。婚姻の儀のために衣装を着付けられていた遙…改め月夜は、動きにくい衣装のまま逃げるのは得策ではないと判断したのだ。
「……あなたが、兄様の……?」
多分、思っていたのと違ったのだろう。方向を無くした怒りがしゅるしゅると萎んでいくのが目に見えるほどだった。
「はじめまして…えっと……紅蓮の、妹さん……?」
「レンカよ」
「レンカちゃん…なんか、ごめんね色々……」
憮然とした表情をしているが、素直そうな子だな、というのが率直な感想だ。
「…あなた、その角…」
「うん…自分でもよくわからないんだけど、御祖の鬼様?と同じらしくって……」
今の今まで激怒していたはずのレンカの興味は、すっかり月夜の角に移っていた。
「金黒曜石の角に、黒い髪と瞳…本当に御祖の鬼様そっくりだわ……。あなた、何者?」
「何者って言われても…人間世界からこっちに迷い込んできて、色々あって鬼化しただけだから、わからないんだよほんとに…」
困り顔の月夜に、レンカはすっかり毒毛を抜かれてしまったようだ。
「…あなた、趣味は?」
「へ?」
「だから、趣味よ!」
「……本を読むこととか、言語の研究……?」
「あなた本が読めるの?!文字は書ける?!」
「か、書けるけど…というか、こっちの世界の鬼達にかかってる言語の制約が、俺にはかかってなくて…」
「な…なんてこと…!」
急にきらきらと瞳を輝かせたレンカに押され、月夜は半歩、後ずさりした。
‐‐‐
「…レンカの機嫌が異様にいいんだが、何かしたのか…?」
その夜。
月夜の部屋にやってきた紅蓮は、げんなりした顔でそう聞いてきた。
「何かって、何も……本読めるかって聞かれて、読めるし書けるよって言ったらなんか…」
「ああ……それか……」
「何か思い当たることが?」
聞けばレンカは昔から紅蓮大好きっ子で、一族の長となる立派な兄には、それこそ教養があり、容姿も所作も美しく、強い鬼でなければ釣り合わないと力説していたようなのだ。
つまりは重度のブラコンである。
「アレはとんでもないお転婆でな……放っておくと村の男達を片っ端から延してしまう。戦闘の能力だけでいえば当代随一なんだが、いかんせんお転婆がすぎて…」
(お転婆って二回言った…)
もう少し落ち着いて欲しくてほかの村へ留学みたいな形で出していたが、都度、紅蓮の花嫁候補を見つけ出してきては、その気がない紅蓮が相手に詫びるということを繰り返していたので、今回月夜と婚姻を結べたのも、ある意味渡りに船といった状況だったらしい。
「おにーちゃん大好きなんだね…」
「それは有難いんだがもう少し落ち着いてほしい…あとほかの事が壊滅的なのもなんとか……」
おっと、これはラノベなどでよく見るお約束なヤツだ。ほんとにあるんだなこういうの。月夜は思わず笑ってしまった。
「笑い事ではないんだぞ」
「ごめんごめん」
兄としては切実だったのだろう。少し拗ねた顔に、ますます笑えてしまった。
「でも、素直ないい子だったよ。話をしたら受け入れて貰えたみたいだし、きっと大丈夫じゃないかな 」
「だといいんだが」
それにしても、だ。
月夜は婚姻の儀の衣装をしげしげと眺める。普段着の着物もそうだが、形と成り立ちはほぼ人界のものと同じと言っていいだろう。質もよく、こういった物作りの文化は同じ系譜を辿っているのか、と不思議に思う。
「この着物、すごく質がいいけどどうやって作ってるの?」
「ああ、これは妖蚕の糸を紡いで作った絹織物だ。妖蚕の糸は細い割に強くて、武具や防具にも使われることがあるくらいでな。……そういえば、この絹織物を作り始めたのは、ずっと昔にこっちに迷い込んできた人間だったという話を聞いたことがあるな」
「えっ」
「とは言ってももう何百年も前の話だから、本当かどうかもわからんが…」
なるほど、とすると、着物文化も向こうから持ち込まれたものかもしれない。もし、向こうの世界の人間にはこちらの世界の制約が効かないと仮定したら、筆まめな日本人だ、なにかしら書物を遺している可能性がある。
「ねえ、落ち着いたらでいいんだけど、この絹織物を作ってるところに行ってみたいんだ。できるかな?」
「ああ、それなら、この織物は青鬼領で作られているから、婚礼の儀の時に来る男に頼んでみたらいい」
「青鬼の…?」
「俺の昔ながらの友人でな、気の良い奴だ。赤鬼が武に秀でた一族だとしたら、青鬼は商に秀でた一族というか…まあ、地理的に各地の名産物が集まってくる村なんだ。いや…もう村というよりも街というべきか…とにかく、こちらの世界に飛ばされてきた人間の情報なんかも手に入りやすいかもしれん」
なるほど、この村の中にいたから気が付かなかったが、領地同士でそれなりに交易も成り立っているのか。少し遠いが鬼の村はいくつかあるそうだから、それぞれの村で迷い込んできた人間から技術や知識を継承している可能性もある。行ってみる価値はありそうだ。
「当日は、各領地からも来賓がある。興味があるなら、儀の後に引き合せるが」
「それはもうぜひ!!」
言語学の楽しいところは、各地の文化とも密接に関わりがあるところだ。
今更ながら、拾われたのが領主の紅蓮のところで良かったなどと、月夜は自分の幸運にあらためて感謝した。…ちょっと現金だけれど。
「兄様、ちょっといいかしら」
では寝る前に今夜の読みの勉強を、と最近新しく作り始めた冊子を取り出したところ、丁度のタイミングで声がかかる。
「また来た……」
げんなりしている紅蓮の様子を見ると、どうも今日1日引っ付いてまわられていたらしい。
「お前、今日はもういいだろう?」
「嫌よ!だってレンカ、まだ月夜お兄様とあんまりお話出来てないもの!」
「……『月夜お兄様』……?」
この時の紅蓮の顔は、実に面白かった。
「まあいいじゃない。レンカちゃんいいよ、入っておいで」
いつまでも廊下に居させるのも可哀想だ。中から呼んでやれば、レンカは可愛らしい寝巻き姿でいそいそと部屋に入ってきた。
「紅蓮兄様ったら、ちっとも月夜お兄様とお話させてくれないんだもの!」
ぷりぷりと頬を膨らませる姿は、年相応の女の子といった感じだ。
これで稀代の実力者というのだから、鬼は見た目でわからないものである。
(見た目は、15~6ってところかな)
女の子は精神的な成長が早いから、世話焼きだったり、大人びた物言いをするのはそのせいだろう。
「あらためてご挨拶するわね。私、レンカ!今は緑の鬼の村で武者修行してるの!」
「花嫁修業だろ…」
「花嫁なんかならないわよ!私、この赤鬼族の筆頭戦士になるんだから!ねえ月夜お兄様今の聞いた?紅蓮兄様ったらいつもこうやってレンカのことバカにして!」
「四人兄弟でレンカちゃんだけ女の子でしょ?態度には出さないだけで、きっと可愛いんだよ」
「可愛いと思うならもうちょっと丁寧に接して欲しいものだわ!」
「だってさ、紅蓮」
まあなんとも口の立つ娘である。紅蓮はげんなりと肩を竦めた。
「ねえ月夜お兄様、みんなから聞いたわ!お兄様は異世界の色んなお話を知っているんでしょう?私にも聞かせて欲しいの!」
おや、興味はそちらだったか。月夜は手の中の冊子に目を落とした。
「…今から紅蓮と、読みの練習をする所だったんだ。よかったらレンカちゃんもやる?」
「紅蓮兄様、文字を読めるの?!」
「…月夜は今、俺の文官のような仕事もしているからな。俺も文字を読めた方が何かと都合がいいんだ」
大きな瞳がきらきらと輝く。何にでも興味を持つ、明るくて楽しい子だ。
「レンカもやるわ!文字が読めるってすごいことだもの!」
「じゃあ、短いお話からいこうか。今日はまず聞いていて」
紅蓮に冊子を渡し、自分も同じものを開く。
(あとでもう少し増やしておかなくちゃ)
この冊子は、ガリ版を使って作ったものだ。先日紙を使って結界陣を作った時、たまたま雁皮紙の存在に気がついた。
出処を聞いてみると、赤鬼の領地の一角に、紙の生産に向いた地があるのだという。周辺の村々で使われている紙はだいたいそこで作られているというから、比較的生産力があるのかもしれない。
こちらの世界では、紙は高価だ。
紅蓮の住む屋敷ではそこここに紙を使った建具…ふすまや障子がある。さすがに領主の家ともなれば賓客を招くこともあるから
そのような造りになっているが、一般庶民の住む家は、ほとんど木製または竹製の建具である。
それはともかく、だ。
見つけた雁皮紙に蝋引きをすればロウ原紙として使えそうだったため、技術屋に頼んでガリ版の道具を一式揃えてもらった。
これから読みを広めていく上で必要となる教科書を作るには、なるべく手軽に書物の複製ができる必要がある。
そういう点で、板を掘らなければならない版画よりははるかに手軽なため、重宝しているというわけだ。
その日から夜の勉強会にはレンカが参加するようになり、それに誘われるようにヒバナとヒオウも来ることが増えた。
家族みんなで何かをわいわいやるのは、一人っ子だった遙にとってとても新鮮で楽しい。
時々はじまる兄弟喧嘩をいさめるのも、案外おもしろいものだった。
「ねえ月夜お兄様、紅蓮兄様の名前に文字を当ててくれたのでしょう?レンカの仮名にも文字ってあるのかしら?」
ある夜、人界の話をきかせていたとき、レンカがそう問うてきた。
「ああ…名前に字をあてたいのかな?」
「そうなの!自分の名前に文字がついてるの、いいなあって…」
もじもじするレンカは、年相応でとても可愛らしい。その隣に座っているヒバナも、満更じゃなさそうだ。
「…ねえ紅蓮、字を当ててあげてもいいかな?」
一応の確認で長兄たる彼に問えば、紅蓮は特にしぶることもなく、むしろ宛ててもらえと答えた。
「じゃあ考えようか!えーと、辞書は……ああ、あった」
最近忙しくて、辞書を開く暇さえなかった。少し懐かしさを覚え、表紙のエンボス皮を撫でる。
「じゃあ、レンカちゃんからいこうか。まず、とくにひねらずに考えたら、この字……蓮華の花っていう意味の漢字になると思うんだけど…」
こうして名付けを行った結果、三人はそれぞれ、蓮迦、燈發、飛凰と、文字持ちの鬼となったのだ。
名の形を得たことで、どんな能力が発現するのだろうか。まだわからないけれど、楽しみである。
さて、紅蓮の両親と二番目の弟は、婚礼の前日に屋敷にやってきた。
豪勢な牛車から悠々と降りてきた三人に、月夜は思わず背筋をぴんと伸ばし、直立不動してしまった。
というのも、だ。
「お前が我が息子の伴侶となる鬼か。…“ヒト”から転化したと聞くが、今の“ヒト”はまるで枝のようだな。昔見た“ヒト”はもう少し逞しい見た目をしていたように記憶しているが」
「ほんにずいぶんときゃしゃな……そのからだで、ややをなせるのかえ?」
客間にて、上座に両親、向かい合った下座に紅蓮と月夜、そして次男。さらに後ろに燈發と蓮迦。
悪気は無いのだろうが、物珍しげにじろじろと見られるのは、今更ながらになんだか落ち着かなかった。
なにせ、紅蓮父がでかい。
多分、3メートルくらいはある、絶対。
顔立ちも人よりは物語で見るような鬼に近くて、紅蓮は母親似なんだな、と、月夜は考えていた。夜中に廊下で会ったらさすがにちょっと怖いかもしれない。
それにしても、今とんでもない事を言われた。
(やや……ああ、子供かぁ~)
いやいや、気が早すぎませんかねお母様。月夜は顔に張りつけた外向けの笑顔を固まらせた。
「ええと…こ……子供は……どうなんでしょう……?俺も鬼になったばかりなので、まだ最低限のことしかなんとも……」
というかやっぱり子供は望まれるのはどこの世界も同じらしい。まあ、あまり実感は無いが紅蓮は神羅の若様なわけだし、そう言われるのは仕方がないのかもしれない。
それにしたって、紅蓮父と紅蓮母もどうやって子供を作ったのか、物理的な意味で非常に気になった。
紅蓮母もたしかに大きいのだが、紅蓮よりは小さいので、その体格差は計り知れない。
紅蓮母は、すっと切れあがった目と真っ赤な紅、それに、肉感的な身体がなんとも艶やかな美女である。
男でも女でも見惚れてしまいそうというか、綺麗すぎて逆に手を出せなさそうというか。童貞非処女の自分には、とてもではないが太刀打ちできる相手ではない。
それと、言葉があまりに優雅である。身分が高そうというか…実際高いのだろうが、ちょっと聞きとるのに難儀する。昔のお公家様のよう、というべきだろうか。
「まあよい。それよりもぬし、みおやのおにとおなじちからがあるそうだな」
うむ、やはり聞き取りにくい。最後までしっかり聞いてからでないと会話が詰まってしまいそうだ。
「あっ、はい。俺もまだ詳しくは分からないんですが、村人達から聞いた話によると、どうもそのようで…」
「ふむ…どれ、こちらへきや」
紅蓮母がこちらへ来いと手招きするので傍によってみると、角を触られた。
わあすごい、お高い香の香りがする。月夜はどぎまぎしながらされるがままになっていた。
「…たしかに、でんしょうのとおりじゃのう」
「金黒曜の角に黒い髪、黒い瞳…まさかこの目で御祖の鬼に近しい姿の者を見ることになるとは思わなんだ」
「すがたかたちがにているというだけでも、われらおににとってはじつにおもきことよ。紅蓮、おのれでえらんだつれあいじゃ、だいじにするがよいぞ」
「はい、それはもちろん」
納得…は一応してくれたのかもしれない。基本的に両親はあまり子供達の判断に口出しをすることが無いらしいので、紅蓮的にはあまりその辺の心配はしていなかったそうだ。むしろ親戚や家臣たちが煩いので、そちらの方が厄介なのだという。
「…ときに月夜どの」
「はい」
「おぬし、わがむすこらのかりなにじをあててくれたそうだな?」
「…えっと…はい……」
親の立場からしたら、気分が悪かったかな?そりゃ、一生懸命願いを込めてつけた仮名だろうから、それを他人にどうこうされるのは嬉しくないかもしれない。月夜はふとそう思い、少し冷汗をかいた。だが、紅蓮母の意図はそうではなかったらしい。
「われらおにぞく、なはあってもなのかたちがない。かたちというのはだいじなものぞ。よければわれらのなにもかたちをあたえてもらえまいか」
前言撤回、非常に理解のある親御さんであった。
父はハバキマル、母はヒトヤベヒメ。
「実に歴史のありそうなお名前で…」
こういう名前を聞くと、ついつい文学好きの血が騒いでしまう。
聞けば、紅蓮の家系は母方が古くから続く名家の本家筋にあたるのだそうで、元は罪人を捌く役目を請け負っていた一族なのだという。父親は当時の軍の大将をしており、ある戦で大きな武勲をあげたことでヒトヤベヒメとの婚姻が成されたのだという。
「……なるほどそれでヒトヤ……」
ヒトヤとは、獄と書く。つまりは牢獄のことだ。
「わらわはうまれおちたそのときより、ひとやのしはいしゃとしてのうんめいをさだめられておる」
「なるほど…だとしたら…こういう字ですかね」
その話を聞いたら、これしかないと思う。
『獄部姫 』
実に強い鬼らしい名ではないだろうか。でも多分、意味も字も、これで正解だろうと思う。
さて、あとは父君のほうである。
「ちなみに、お……お父様のお名前の由来は……?」
お父様。なかなかどうして、非常に呼びづらい。まさか、お前に父と呼ばれる筋合いはない。などと怒られるだろうか。
しかしながら、父君の反応は穏やかなものだった。
「…もう500年は昔になるか。俺がまだ母の腹の中にいた頃、戦に巻き込まれ窮地に陥った母を、刀のハバキが守ったというところからこの名がついた。放たれた毒矢が運良く守刀のハバキに当たったそうでな。それにあやかって、ハバキマルと」
「なるほど…」
人…いや、鬼にも歴史があるものだ。
「そうなると、素直に鎺の文字を使ってもいいんですが…お父様は赤鬼族を象徴する存在でしょうから、鬼の字を入れてこうしましょうか」
そうしてさらさらと書き付けた『鎺鬼丸』の字。
…なかなか、良いのではないだろうか。月夜は二枚の紙を2人の前に差し出し、反応を伺った。
「ほう…わらわのなはこのようなかたちをしておるのか」
「威厳のあるよき形だ」
どうやら満足いただけたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
さて、あとは、だ。
「ええと…弟さんは…」
「…俺の名はムケン。絶え間なく長く続くという意味の名だ」
「ああ……なるほど。では、こうですね」
『無間』。その字を書いて、ふと思う。
無間に紅蓮。兄弟揃ってこれではまるで仏教の地獄の名ではないか。
(…まあ、地獄には鬼がいるし、あながち間違いでも……ない…?いやいいのか…?)
しかし、年子だというこの弟、容姿もわりと紅蓮に似ている。いうなれば、大人しめな紅蓮といった感じだ。別の地域で防人のようなことをしていると言っていたので、多分、紅蓮と同じように危険度の高い地区の防衛などをしているのだろう。きっといずれは紅蓮とともに、この領地を引き継ぐのだと思う。
それにしても、だ。
鎺鬼丸、獄部姫、紅蓮、無間は、この鬼の家族の中で格が違う気がする。
単に成熟しているからというだけなのか、立場が明確だからなのか。
少し離れた位置でそわそわしている燈發と蓮迦は、弟妹だというのに、とても対等に話に入って来れるような立場には見えなかった。
そして迎えた翌日、婚姻の儀は滞りなく執り行われた。
驚いたのは、神羅領の各集落から集まった祝い品の数々と、招待された各領地からの品の豪華さだ。
「これは……言葉に制限があるからどうだろうと思ってたけど、想像以上に発展してるのかも……?」
目録のようなものはやはり無かったが、記録できるものが無ければそれに適したように進化したのだろう。鬼達の記憶力の凄まじさには舌を巻くものがあった。
月夜自身、片っ端から本を読んでいた事もあり記憶力にはそこそこ自信があった。図書館では司書さんよりも本に詳しいと自負していたくらいだ。
でも、それよりもずっと凄い。
「此度の婚姻、まことにおめでとうございます。紅蓮殿と月夜殿の末永きご多幸をお祈り申し上げる」
「丁寧な祝いの言葉、有難く存じます。今宵は宴の用意もあるゆえ、ゆるりとお過ごしください」
堅苦しい挨拶の応酬も、それぞれの村の特使の服装や装束を見ているとまったく気にならない。
赤鬼族は和服にかなり近い服装が多いが、青鬼族は褐色肌で装飾品が多く、オリエンタルな雰囲気がある。黄鬼族は赤鬼族よりも肌が白く、西洋的な雰囲気。緑鬼族はナチュラルだが自然モチーフの刺繍と色彩が華やかで、紫鬼族は中華っぽさというか、導士のような出で立ちだ。
それだけでも、種族ごとにまったく違う発展をしていることがわかる。
ほとんどのことは紅蓮がやってくれたので特に何もすることはなく、月夜は時折横に席を設けられている紅蓮の父母と言葉を交わすくらいで、ただ黙って座っているだけだった。
とはいえ、だ。
(めっちゃ見られてるよなぁ~……)
神前式のように、祭壇の前でなにやら祝詞のようなものを詠んでもらったりしたが、視線が痛い。
中には紅蓮に思いを寄せていた女鬼達もそりゃあいただろうけれど、多分これは自分に対してだ。
値踏みするような視線と、言うべきだろうか。
(いやごめんねほんと、俺もまさか彼女ができる以前に童貞のまま鬼と結婚することになるとはこれっぽっちも思って無かったし、まして自分が伝説の鬼みたいな感じで転化?するなんて想像もつかなかったよ。でも不可抗力ってことでここはなにとぞ……!)
しれっとしているように見えるだろうけれど、元々研究時以外はあまり表情を表に出さないタチである。
不安や恐怖感よりも興味の方が前に出ちゃうんだもん…などと心の中で長々と言い訳を並べてみるが、驚くべきことにここまでの心の内は、一切表情には出ていない。
(それに……紅蓮のことは、結構好きなんだよ)
一人の男としては大変大変、大っ変に残念なことではあったが、まあ、一生童貞でもいいかぁ、なんて思ってしまうくらいには愛されている、と思う。…いや、些か愛が重すぎるような気もするけれども、鬼ってみんなこんなものなのだろうか。
そういえば昔、母親が「愛される方が女は幸せ」と言っていたが、それもなんとなく分かるような気がする。…まあ、月夜は男なのだけれども、閨事は受け側なので似たような立場と仮定しておこう。
式後の会食も豪華なものであったが、こうして並んでいる顔ぶれを見ると、神羅領も案外周辺の領地との繋がりがあることがわかる。
なかには社交辞令で顔を出しているところもあるだろうが、みんなそこそこ良好な関係を結んでいそうだ。
赤鬼族は武に秀でている、紅蓮はそう言ったがまさに言葉通りで、このあたりは安全に使える土地が肥沃なわけではないため、農業はそこそこである。まして周囲も悪鬼の森に囲まれているという、地理的にあまり外界と交流をもてない状況でもあるため、必然的に鬼達自身が直接の産業にならざるを得なかったようだ。
日々戦いにあけくれる歴史が長く続いたため、赤鬼族の鬼達は総じて高い戦闘能力を獲得することになったということらしい。
それを利用して傭兵や警備兵として各地に出稼ぎに行き、資金や物品を得ているというわけだ。
つまりは、ここに集まった鬼たちはほとんどが取引相手ということになる。
「紅蓮、まさかお前が一番に嫁さんをもらうことになるとは思わなかったぞ」
酒も入り、みなが和気藹々としてきたころ。浅黒い肌の鬼が紅蓮に話しかけに来た。
「すまんな、急な事で」
「まったくだよ。女を紹介しても素っ気ないし、浮いた噂もほとんど出ない。こりゃあ下手したら生涯独り身かと思ってやきもきしてたのに」
どかりと腰を下ろし、大徳利で提供されたらしい酒をほら飲めよと猪口につぐ。
「別に、その時が来れば伴侶を取るつもりだったし、いらん心配だ。現にお前より先に伴侶を得ただろ。次はお前の番だって急かされるんじゃないのか」
「そうなんだよなあ。俺もそろそろ真面目に相手を探すか… 」
よほど気心が知れているのだろう。紅蓮はその青鬼と軽口を叩きあっている。
「…そうだ月夜。こいつがさっき話していた、青鬼領の若頭、リュウソウだ」
紅蓮を介して紹介され、リュウソウという青鬼は改めて月夜に向き直った。
「月夜様、お初にお目にかかる。青鬼族、セイガ領の次期領主、リュウソウと申します。紅蓮とは子供の頃からの親友で、今でもなにかと交流があります」
「親友?悪友だろ」
「まあ、そうとも言う」
リュウソウと名乗った男は、浅黒い肌に堀の深めな顔立ち、青い髪をしていた。
身長は高いが、筋肉でがっちりした紅蓮とは違い、線が細くしなやかな印象だ。
(人間界でいうなら、なんか中東系…?な雰囲気って感じ?)
ははあ、種族って人種みたいなもんか。服装もそっちの雰囲気だし。月夜は一人、納得する。
「月夜?」
「あっ…」
しまった、ついしげしげと観察してしまった。このすぐ物思いにふける癖は、ほんとうにどうにかしないといけないかもしれない。
「ええと…、初めまして、月夜と申します。青鬼領については、紅蓮から聞きました。経済の中心地のようになっているとか」
「経済……?はは、いやいやそんな大層なものではないですよ。地理的に、他領に移動しやすいという利点はありますが」
「でも、他のみなさんと親しくしてらっしゃる様子ですし、よく周囲と交流がなければそうはなりませんよ」
「…」
リュウソウの目が、面白そうに細められる。品定めされているようだなと感じたが、まあ、親友の伴侶がどんなものなのかはそりゃあ気になるところだろう。
「月夜が、お前のところの絹織物の由来に興味があるようでな。よければ後で話を聞かせてくれないか」
「絹織物…?ああ、そうか。月夜殿は人間から転化したんだったな。いいぞ、後でお前の部屋に行けばいいか?」
「ああ。よろしく頼む」
思ったよりもあっさり話が通り、少し拍子抜けだ。でも、向こうの収益源である産業の裏側の話を聞くのだから、きっとタダでとはいかないだろう。自分から出せる手土産はないだろうか。…もし、養蚕業を持ち込んだ人間が書いた文書などがあれば解読するのだけど。
月夜がくるくると忙しく考え事をしているうちにも、宴は大変盛り上がった。
各領主達との顔合わせ、近隣の村の客人たちへのお披露目もすんだところで、今日のところはお開きとなる。
ほとんど何もすることが無かった婚姻の儀だったが、最後の挨拶だけは月夜の仕事だ。
月夜はぴんと背中を伸ばすと、一段下でこちらを見てくる賓客一同を見渡し、口上を述べた。
「この度は、婚儀の宴にご参加くださりありがとうございました。私は人から鬼に転化したばかりで、まだこちらのことはよく知りません。ですが、せっかくこうして神羅の若君と伴侶になったこともございます。皆様にも今後、なにかとお付き合いいただくことがあるかもしれませんが、その際は何卒、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
婚姻の件もそうだが、今後各地と関わることが必要となるはずだ。ここでしっかりと顔を売っておくことは必要事項だろう。
月夜は深々と頭を下げたあとで、にっこりと微笑んでみせた。
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客人を客間や宿に案内するのは使用人たちにまかせ、部屋へ戻った月夜は、着物を脱いでほっと息をついた。
あまり気にしていなかったが、 礼服はやはりそこそこ重さがある。
(肩こったなぁ~!)
動くよりも動かない方が疲れるとはよく言ったものだ。
「月夜」
「ああ、紅蓮。お疲れ様」
「1日大変だったろう」
「うん、でも色々面白かったよ」
「面白かった…とは…?」
その返答に、紅蓮は妙な顔をした。
紅蓮は客人を招く主催側だから気を回さなければならないことも多かったが、逆に月夜は常に壇上に据え置かれてお人形のようにされていた。人間からの転化ということで何かと勝手が分からぬだろうと、燈發と飛凰が左右で周囲に睨みをきかせていたこともあり、誰かと何か話せるでもなく、暇を通り越して退屈だったかもしれない。
それなのに面白かったとは、一体?
「うん、結構人間関係……いや鬼間関係?が見えて面白かったよ」
「…」
座りっぱなしで痺れが取れない足を自分で揉みほぐしながら、月夜は続ける。
「リュウソウさんとこはどことでも仲良くやってるみたいだったけど、紫鬼族(しきぞく)のシユウさんとはそうでもないみたいだよね。黄鬼族(おうきぞく)のオーランさんとは仲がいいように見えたけど、あれは商売人同士で一悶着ありそうな感じだった。……オーランさんとこには鉱山があるんだったよね。噂で最近鉱石が出にくくなってるって聞いたから、それも関係してるのかな。あと、緑鬼族(りょくきぞく)のスイさんとこは、リュウソウさんにあたまが上がらないみたい。農地が多いわりに不作って言ってたから、貸付でも受けてるのかな」
「…」
なんでもないようにさらりと答える月夜に、紅蓮は舌を巻く。
「…いやはや、恐れ入った」
「あ、当たってた?」
事実そうだ。
紅蓮はリュウソウと昔から仲が良かったためにお互い持ちつ持たれつやっていたが、リュウソウは昔から商売においての争いごとではほぼ負け無しだ。それはもちろん、他領に対しても。
「それと、ずっと思ってたんだけど」
次にどんな言葉が飛び出してくるか、紅蓮は少し身構える。
「丹慶はさ。一見田舎のなんでもない村に見えるけど実はそうでも無いよね。いわゆる公共の施設みたいなものはきっちり作られてるし、村の人達も身綺麗だしある程度教養もある。お金のない組織はわりとギスギスしててトップに…ええと…権力者に対して敵意が見えるものだけど、ここではそういうこともない。ということは、村人達に余裕があるってことだ。それから一番気になったのは、東の砦までの距離があまりに近いこと。東の砦って言ってるってことは、最低でもあと一つはほかの砦があるはずだよね。だけど俺は行ったことがないし、普段の会話にもほとんど出てこない。でも守りの戦士は派遣してるみたいだし、定期的に村人の数が増減してる。だから思ったんだよね。この村はあくまで赤鬼の村の新規開拓地区の一つなんじゃないかって。他にも似たような村がいくつか存在していて、それぞれが個別に軍事力を持って各地の砦を守ってるんじゃない?この神羅領は広大で、今は結界の関係でひとつにこそ出来ないけど、そこが解決されたら、他領よりも大きな規模の…まさに、国になる。リュウソウさんはそれもあって、紅蓮と…というか、神羅とは仲良くやりたい、みたいな感じ?」
長々と自分の見解を語った月夜は、どうかな、と紅蓮を見る。
紅蓮は苦笑いすると、いやまいった、と感嘆の声を上げた。
「お前が俺の伴侶になった以上は説明しておこうと思ったんだが、先を越されてしまった」
「わ、ちょっ……」
かなわないなと腰を引き寄せられ、胸部が重なる。
「お前の言う通り、この丹慶の村は神羅東部の新規開拓地区にあたる。たまにまだ生きている結界が見つかることがあって、そこを起点に村を作るという形で開拓をしているというわけだ。…もっとも、長いこと放置されていた場所には強力な悪鬼もいる。だから新規開拓部には手練が派兵されて、そのままそこが軍事起点にもなっている」
せっかく説明してくれているのに、30センチ以上も大きな紅蓮のしっかりした腕に抱きしめられると、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。頭に入ってこないからちょっと離して欲しい。
「神羅自体は他領よりも広いんだが、如何せん瘴気の森の方が多くて、まともに暮らせる場所はごく一部なんだ。当然、村同士の連絡も楽では無い。少数で森を抜けるのは危険だから、隊を組んで移動するようにしているという経緯もある。村人が増減しているように感じるのは、そのせいだな。…できるなら、この不便さを何とかできたらいいんだが」
なるほど。村人の定期的な増減は、そういう理由からだったか。
不思議に思っていたことの答えがわかり得心がいった。他領の関係性についても大体お察しの通りだと言われ、神羅の立ち位置についても理解できた。
武力に秀でた一族に、鬼の象徴たる御祖の鬼(もどき)が血族として加わる。これは、状況によっては勢力図が一気に書き換わってしまう可能性が否めないということ。
やはりとんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれない。月夜はしみじみそう考えていたが、その思考は紅蓮のじゃれつきによってぶつりと途切れてしまった。
「ね、ちょっと……まって、今からリュウソウさん来るんだから……」
着物の胸元にするりと忍び込んできた手を掴んで静止するも、今度は裾に手を差し入れ、際どいところを触ろうとしてくる。
まったく、気を抜くとすぐ事に及ぼうとするのだから困ったものだ。
「少しくらいいいだろう?番同士が懇意にしていたところで文句は言われん」
「そ、そうなんだけどさ…んっ…!」
「…今夜は初夜だというのに、俺の伴侶は随分とそっけない」
「…し…初夜とか関係なしに毎日してるのに…!というか今はダメ、ちゃんとあとで…んむっ…!」
遠慮なく唇を吸われ、舌を食まれ。
うっかり流されそうになったところ、襖の外から声をかけられ我に返った。
「紅蓮、来たぞ」
「!!」
「ああ、入っていいぞ」
いやちょっと待って、外向きの顔を作らせて!そう思ったけれどもう遅い。
すらりと襖があいて、リュウソウが顔を出した。
「悪いな、来てもらって。まあ座れよ」
「……それは大丈夫な状況なのか」
どう見てもお楽しみの最中だったろう。リュウソウは呆れたように笑いながら、促されるまま部屋に入ってきた。
先程も感じたが、よほど気心の知れた間柄なのだろう。リュウソウは適当に座布団を引っ張ると、どかりと腰を下ろした。
「さて……。あらためて、結婚おめでとう。あまりに急なことだったから焦ったぞ」
「状況が状況でな」
「ああ…まあ、そうだろうな。御祖の鬼が現れたなんて、近年ところか歴史に残る大事件だ。即座に婚姻関係を結んだのは英断だったと思うぜ」
「別に謀ったわけでもないんだけどな。たまたま全ての偶然が重なってそう動いたってだけで」
「ふぅん…」
なんだか釈然としない反応。そりゃそうだろう、長年の友人がいきなりよく知らない相手と結婚したのだから。
それに、いくら容姿が似ているからといっても、月夜としては、自分が御祖の鬼だとはとても思えないのだ。
月夜はリュウソウの視線をさけるように、近くの茶櫃から茶碗と急須を取り出し、茶葉を測った。
囲炉裏にかけられた鉄瓶から湯を注いだ茶碗は、ほどなくしてよく温まる。茶を入れるには、いい温度になったろう。
「どうぞ、お茶です」
「これはどうも」
綺麗な翡翠色のお茶は、間違いなく緑茶だ。こちらの世界にも同じものがあって非常に安心したのは記憶に新しい。
大学にいた頃、教授の趣味に付き合って色々なお茶を研究のお供にしていたから、この辺はちょっとこだわりがあるのだ。
茶碗3つとも均等な色合い。我ながらきっちり綺麗にいれられたと月夜は思う。
口にはしないが満足気に茶碗に口をつけた月夜をじっと見ると、リュウソウは何か合点がいったように膝を打った。
「ははぁ、なるほど。……紅蓮お前、惚れたな?」
「ぐっ?!」
同じように茶碗に口をつけた紅蓮は、お茶が変なところに入ったのか急にむせかえる。うっかり吹きこぼしたお茶を拭こうと布巾を探す二人を眺める視線は、実に生ぬるいものだった。
「妙だと思ったんだよなあ。これまで女とは割り切って遊んでたお前がいきなり結婚だなんて……しかも出会って間もない相手で、元人間だなんて」
「いや、だからそれは…」
「成り行き?バカ言うなよ。お前が利害だけで動かない奴だってことは俺が一番よく知ってるよ。そんなお前がこんなアホみたいに早く行動起こすなんて。しかも、一番上等な衣装を用意しろだなんて言ってきて、よっぽど逃がしたくない相手なんだろうと思ってたが……さっきの会話も納得だ」
「さっきの会話……?」
茶を啜ったリュウソウは、イタズラをする子供のように、ニヤリと笑った。
「随分と仲がよろしいようで?」
やっぱり聞かれてた~!
月夜はあまりの恥ずかしさに、真っ赤に染まった顔を両手で覆うのだった。
仮名の儀からしばらく後。
後日行われるという婚姻の儀の衣装を調節するため専門の針子に屋敷に来てもらっていたのだが、その打ち合わせの最中に突如、可愛らしい女性の声が屋敷中に響き渡った。
「なんだ、随分早い帰りじゃないか。花嫁修業は終わったのか?」
遠くの方で、紅蓮の声が聞こえる。ああいう物言いをするということは、この声の主は身内なのだろう。
「花嫁修業なんかじゃないったら!兄様、レンカは子鬼の頃よりずっと兄様に申し上げていたはずです!兄様の伴侶となる相手は、レンカがよーく見定めると!!」
どしどしという足音に、「レンカ」なる人物がひどくおかんむりであることはよく察してとれた。
「滞在先に連絡が来たと思ったらよりにもよって!レンカの兄様をかすめ取ろうとする女狐はどこのどいつですか!出てらっしゃい!」
あちこちの部屋をあけてまわっているのか、声が近づいたり遠ざかったり。
どうも、紅蓮が勝手に婚姻を決めてしまったことに激怒されているご様子。
「……にいさま……」
ということは、紅蓮の妹だろう。
「そういえば、4人兄弟で末っ子は女の子って言ってたな……」
仲良くなったヒバナは、たしか三番目の弟だったはずだ。二番目は遠隔地で、他の村の者たちと防人のようなことをしているとかなんとか聞いている。彼も、今度の婚姻の儀で顔を合わせる予定である。
「月夜様、丈はこのくらいでよろしいかと。あとは帯の色ですが、こちらとこちらではどちらのお色がお好みですか」
「アッ、ハイ…エート…?」
針子に声をかけられ、ハッと我に返る。そうだ、月夜は自分だった。
先日無事仮名を得た遙は、晴れて赤鬼族次期領主の伴侶・月夜として新しい人生を歩み始めたのだ。
…とはいえ、だ。婚礼衣装を決めるからと希望を聞かれても、自分のセンスに自信が無いこともあり非常に難儀していた。
「あの……俺そういうのよくわからなくて…みなさんどうやって決めてるんですか……?」
「そうですね…みなさんお好みで決めてらっしゃいますよ。月夜様でしたらたとえば…紅蓮様のお色がこの赤色に近いですから、この赤が差し色で入っている方などいかがでしょう」
「……あっ…じゃあそれで…」
完全に陰キャオタク丸出しな反応をしてしまった。好きなこと以外にはこうなってしまうから、今後要改善である。
その間にも、例の可愛らしい声と、似つかわしくない足音はこちらに近づいてくる。
ちゃんと挨拶した方がいいよなあ。そうぼんやり考えていると、荒い足音がついに襖の前で止まった。
「後はここだけだわ!」
すぱん、と小気味よい音を立てて開いた襖の前には、朱色から桃色に変わる長い髪を揺らした可愛い女の子がいた。
「こ……こんにちは……?」
第一声は、間違ってはいなかったはずだ。初めて会った人にはまず挨拶、これは鉄則。
逃げ出そうにも、逃げ出せないこの状況。婚姻の儀のために衣装を着付けられていた遙…改め月夜は、動きにくい衣装のまま逃げるのは得策ではないと判断したのだ。
「……あなたが、兄様の……?」
多分、思っていたのと違ったのだろう。方向を無くした怒りがしゅるしゅると萎んでいくのが目に見えるほどだった。
「はじめまして…えっと……紅蓮の、妹さん……?」
「レンカよ」
「レンカちゃん…なんか、ごめんね色々……」
憮然とした表情をしているが、素直そうな子だな、というのが率直な感想だ。
「…あなた、その角…」
「うん…自分でもよくわからないんだけど、御祖の鬼様?と同じらしくって……」
今の今まで激怒していたはずのレンカの興味は、すっかり月夜の角に移っていた。
「金黒曜石の角に、黒い髪と瞳…本当に御祖の鬼様そっくりだわ……。あなた、何者?」
「何者って言われても…人間世界からこっちに迷い込んできて、色々あって鬼化しただけだから、わからないんだよほんとに…」
困り顔の月夜に、レンカはすっかり毒毛を抜かれてしまったようだ。
「…あなた、趣味は?」
「へ?」
「だから、趣味よ!」
「……本を読むこととか、言語の研究……?」
「あなた本が読めるの?!文字は書ける?!」
「か、書けるけど…というか、こっちの世界の鬼達にかかってる言語の制約が、俺にはかかってなくて…」
「な…なんてこと…!」
急にきらきらと瞳を輝かせたレンカに押され、月夜は半歩、後ずさりした。
‐‐‐
「…レンカの機嫌が異様にいいんだが、何かしたのか…?」
その夜。
月夜の部屋にやってきた紅蓮は、げんなりした顔でそう聞いてきた。
「何かって、何も……本読めるかって聞かれて、読めるし書けるよって言ったらなんか…」
「ああ……それか……」
「何か思い当たることが?」
聞けばレンカは昔から紅蓮大好きっ子で、一族の長となる立派な兄には、それこそ教養があり、容姿も所作も美しく、強い鬼でなければ釣り合わないと力説していたようなのだ。
つまりは重度のブラコンである。
「アレはとんでもないお転婆でな……放っておくと村の男達を片っ端から延してしまう。戦闘の能力だけでいえば当代随一なんだが、いかんせんお転婆がすぎて…」
(お転婆って二回言った…)
もう少し落ち着いて欲しくてほかの村へ留学みたいな形で出していたが、都度、紅蓮の花嫁候補を見つけ出してきては、その気がない紅蓮が相手に詫びるということを繰り返していたので、今回月夜と婚姻を結べたのも、ある意味渡りに船といった状況だったらしい。
「おにーちゃん大好きなんだね…」
「それは有難いんだがもう少し落ち着いてほしい…あとほかの事が壊滅的なのもなんとか……」
おっと、これはラノベなどでよく見るお約束なヤツだ。ほんとにあるんだなこういうの。月夜は思わず笑ってしまった。
「笑い事ではないんだぞ」
「ごめんごめん」
兄としては切実だったのだろう。少し拗ねた顔に、ますます笑えてしまった。
「でも、素直ないい子だったよ。話をしたら受け入れて貰えたみたいだし、きっと大丈夫じゃないかな 」
「だといいんだが」
それにしても、だ。
月夜は婚姻の儀の衣装をしげしげと眺める。普段着の着物もそうだが、形と成り立ちはほぼ人界のものと同じと言っていいだろう。質もよく、こういった物作りの文化は同じ系譜を辿っているのか、と不思議に思う。
「この着物、すごく質がいいけどどうやって作ってるの?」
「ああ、これは妖蚕の糸を紡いで作った絹織物だ。妖蚕の糸は細い割に強くて、武具や防具にも使われることがあるくらいでな。……そういえば、この絹織物を作り始めたのは、ずっと昔にこっちに迷い込んできた人間だったという話を聞いたことがあるな」
「えっ」
「とは言ってももう何百年も前の話だから、本当かどうかもわからんが…」
なるほど、とすると、着物文化も向こうから持ち込まれたものかもしれない。もし、向こうの世界の人間にはこちらの世界の制約が効かないと仮定したら、筆まめな日本人だ、なにかしら書物を遺している可能性がある。
「ねえ、落ち着いたらでいいんだけど、この絹織物を作ってるところに行ってみたいんだ。できるかな?」
「ああ、それなら、この織物は青鬼領で作られているから、婚礼の儀の時に来る男に頼んでみたらいい」
「青鬼の…?」
「俺の昔ながらの友人でな、気の良い奴だ。赤鬼が武に秀でた一族だとしたら、青鬼は商に秀でた一族というか…まあ、地理的に各地の名産物が集まってくる村なんだ。いや…もう村というよりも街というべきか…とにかく、こちらの世界に飛ばされてきた人間の情報なんかも手に入りやすいかもしれん」
なるほど、この村の中にいたから気が付かなかったが、領地同士でそれなりに交易も成り立っているのか。少し遠いが鬼の村はいくつかあるそうだから、それぞれの村で迷い込んできた人間から技術や知識を継承している可能性もある。行ってみる価値はありそうだ。
「当日は、各領地からも来賓がある。興味があるなら、儀の後に引き合せるが」
「それはもうぜひ!!」
言語学の楽しいところは、各地の文化とも密接に関わりがあるところだ。
今更ながら、拾われたのが領主の紅蓮のところで良かったなどと、月夜は自分の幸運にあらためて感謝した。…ちょっと現金だけれど。
「兄様、ちょっといいかしら」
では寝る前に今夜の読みの勉強を、と最近新しく作り始めた冊子を取り出したところ、丁度のタイミングで声がかかる。
「また来た……」
げんなりしている紅蓮の様子を見ると、どうも今日1日引っ付いてまわられていたらしい。
「お前、今日はもういいだろう?」
「嫌よ!だってレンカ、まだ月夜お兄様とあんまりお話出来てないもの!」
「……『月夜お兄様』……?」
この時の紅蓮の顔は、実に面白かった。
「まあいいじゃない。レンカちゃんいいよ、入っておいで」
いつまでも廊下に居させるのも可哀想だ。中から呼んでやれば、レンカは可愛らしい寝巻き姿でいそいそと部屋に入ってきた。
「紅蓮兄様ったら、ちっとも月夜お兄様とお話させてくれないんだもの!」
ぷりぷりと頬を膨らませる姿は、年相応の女の子といった感じだ。
これで稀代の実力者というのだから、鬼は見た目でわからないものである。
(見た目は、15~6ってところかな)
女の子は精神的な成長が早いから、世話焼きだったり、大人びた物言いをするのはそのせいだろう。
「あらためてご挨拶するわね。私、レンカ!今は緑の鬼の村で武者修行してるの!」
「花嫁修業だろ…」
「花嫁なんかならないわよ!私、この赤鬼族の筆頭戦士になるんだから!ねえ月夜お兄様今の聞いた?紅蓮兄様ったらいつもこうやってレンカのことバカにして!」
「四人兄弟でレンカちゃんだけ女の子でしょ?態度には出さないだけで、きっと可愛いんだよ」
「可愛いと思うならもうちょっと丁寧に接して欲しいものだわ!」
「だってさ、紅蓮」
まあなんとも口の立つ娘である。紅蓮はげんなりと肩を竦めた。
「ねえ月夜お兄様、みんなから聞いたわ!お兄様は異世界の色んなお話を知っているんでしょう?私にも聞かせて欲しいの!」
おや、興味はそちらだったか。月夜は手の中の冊子に目を落とした。
「…今から紅蓮と、読みの練習をする所だったんだ。よかったらレンカちゃんもやる?」
「紅蓮兄様、文字を読めるの?!」
「…月夜は今、俺の文官のような仕事もしているからな。俺も文字を読めた方が何かと都合がいいんだ」
大きな瞳がきらきらと輝く。何にでも興味を持つ、明るくて楽しい子だ。
「レンカもやるわ!文字が読めるってすごいことだもの!」
「じゃあ、短いお話からいこうか。今日はまず聞いていて」
紅蓮に冊子を渡し、自分も同じものを開く。
(あとでもう少し増やしておかなくちゃ)
この冊子は、ガリ版を使って作ったものだ。先日紙を使って結界陣を作った時、たまたま雁皮紙の存在に気がついた。
出処を聞いてみると、赤鬼の領地の一角に、紙の生産に向いた地があるのだという。周辺の村々で使われている紙はだいたいそこで作られているというから、比較的生産力があるのかもしれない。
こちらの世界では、紙は高価だ。
紅蓮の住む屋敷ではそこここに紙を使った建具…ふすまや障子がある。さすがに領主の家ともなれば賓客を招くこともあるから
そのような造りになっているが、一般庶民の住む家は、ほとんど木製または竹製の建具である。
それはともかく、だ。
見つけた雁皮紙に蝋引きをすればロウ原紙として使えそうだったため、技術屋に頼んでガリ版の道具を一式揃えてもらった。
これから読みを広めていく上で必要となる教科書を作るには、なるべく手軽に書物の複製ができる必要がある。
そういう点で、板を掘らなければならない版画よりははるかに手軽なため、重宝しているというわけだ。
その日から夜の勉強会にはレンカが参加するようになり、それに誘われるようにヒバナとヒオウも来ることが増えた。
家族みんなで何かをわいわいやるのは、一人っ子だった遙にとってとても新鮮で楽しい。
時々はじまる兄弟喧嘩をいさめるのも、案外おもしろいものだった。
「ねえ月夜お兄様、紅蓮兄様の名前に文字を当ててくれたのでしょう?レンカの仮名にも文字ってあるのかしら?」
ある夜、人界の話をきかせていたとき、レンカがそう問うてきた。
「ああ…名前に字をあてたいのかな?」
「そうなの!自分の名前に文字がついてるの、いいなあって…」
もじもじするレンカは、年相応でとても可愛らしい。その隣に座っているヒバナも、満更じゃなさそうだ。
「…ねえ紅蓮、字を当ててあげてもいいかな?」
一応の確認で長兄たる彼に問えば、紅蓮は特にしぶることもなく、むしろ宛ててもらえと答えた。
「じゃあ考えようか!えーと、辞書は……ああ、あった」
最近忙しくて、辞書を開く暇さえなかった。少し懐かしさを覚え、表紙のエンボス皮を撫でる。
「じゃあ、レンカちゃんからいこうか。まず、とくにひねらずに考えたら、この字……蓮華の花っていう意味の漢字になると思うんだけど…」
こうして名付けを行った結果、三人はそれぞれ、蓮迦、燈發、飛凰と、文字持ちの鬼となったのだ。
名の形を得たことで、どんな能力が発現するのだろうか。まだわからないけれど、楽しみである。
さて、紅蓮の両親と二番目の弟は、婚礼の前日に屋敷にやってきた。
豪勢な牛車から悠々と降りてきた三人に、月夜は思わず背筋をぴんと伸ばし、直立不動してしまった。
というのも、だ。
「お前が我が息子の伴侶となる鬼か。…“ヒト”から転化したと聞くが、今の“ヒト”はまるで枝のようだな。昔見た“ヒト”はもう少し逞しい見た目をしていたように記憶しているが」
「ほんにずいぶんときゃしゃな……そのからだで、ややをなせるのかえ?」
客間にて、上座に両親、向かい合った下座に紅蓮と月夜、そして次男。さらに後ろに燈發と蓮迦。
悪気は無いのだろうが、物珍しげにじろじろと見られるのは、今更ながらになんだか落ち着かなかった。
なにせ、紅蓮父がでかい。
多分、3メートルくらいはある、絶対。
顔立ちも人よりは物語で見るような鬼に近くて、紅蓮は母親似なんだな、と、月夜は考えていた。夜中に廊下で会ったらさすがにちょっと怖いかもしれない。
それにしても、今とんでもない事を言われた。
(やや……ああ、子供かぁ~)
いやいや、気が早すぎませんかねお母様。月夜は顔に張りつけた外向けの笑顔を固まらせた。
「ええと…こ……子供は……どうなんでしょう……?俺も鬼になったばかりなので、まだ最低限のことしかなんとも……」
というかやっぱり子供は望まれるのはどこの世界も同じらしい。まあ、あまり実感は無いが紅蓮は神羅の若様なわけだし、そう言われるのは仕方がないのかもしれない。
それにしたって、紅蓮父と紅蓮母もどうやって子供を作ったのか、物理的な意味で非常に気になった。
紅蓮母もたしかに大きいのだが、紅蓮よりは小さいので、その体格差は計り知れない。
紅蓮母は、すっと切れあがった目と真っ赤な紅、それに、肉感的な身体がなんとも艶やかな美女である。
男でも女でも見惚れてしまいそうというか、綺麗すぎて逆に手を出せなさそうというか。童貞非処女の自分には、とてもではないが太刀打ちできる相手ではない。
それと、言葉があまりに優雅である。身分が高そうというか…実際高いのだろうが、ちょっと聞きとるのに難儀する。昔のお公家様のよう、というべきだろうか。
「まあよい。それよりもぬし、みおやのおにとおなじちからがあるそうだな」
うむ、やはり聞き取りにくい。最後までしっかり聞いてからでないと会話が詰まってしまいそうだ。
「あっ、はい。俺もまだ詳しくは分からないんですが、村人達から聞いた話によると、どうもそのようで…」
「ふむ…どれ、こちらへきや」
紅蓮母がこちらへ来いと手招きするので傍によってみると、角を触られた。
わあすごい、お高い香の香りがする。月夜はどぎまぎしながらされるがままになっていた。
「…たしかに、でんしょうのとおりじゃのう」
「金黒曜の角に黒い髪、黒い瞳…まさかこの目で御祖の鬼に近しい姿の者を見ることになるとは思わなんだ」
「すがたかたちがにているというだけでも、われらおににとってはじつにおもきことよ。紅蓮、おのれでえらんだつれあいじゃ、だいじにするがよいぞ」
「はい、それはもちろん」
納得…は一応してくれたのかもしれない。基本的に両親はあまり子供達の判断に口出しをすることが無いらしいので、紅蓮的にはあまりその辺の心配はしていなかったそうだ。むしろ親戚や家臣たちが煩いので、そちらの方が厄介なのだという。
「…ときに月夜どの」
「はい」
「おぬし、わがむすこらのかりなにじをあててくれたそうだな?」
「…えっと…はい……」
親の立場からしたら、気分が悪かったかな?そりゃ、一生懸命願いを込めてつけた仮名だろうから、それを他人にどうこうされるのは嬉しくないかもしれない。月夜はふとそう思い、少し冷汗をかいた。だが、紅蓮母の意図はそうではなかったらしい。
「われらおにぞく、なはあってもなのかたちがない。かたちというのはだいじなものぞ。よければわれらのなにもかたちをあたえてもらえまいか」
前言撤回、非常に理解のある親御さんであった。
父はハバキマル、母はヒトヤベヒメ。
「実に歴史のありそうなお名前で…」
こういう名前を聞くと、ついつい文学好きの血が騒いでしまう。
聞けば、紅蓮の家系は母方が古くから続く名家の本家筋にあたるのだそうで、元は罪人を捌く役目を請け負っていた一族なのだという。父親は当時の軍の大将をしており、ある戦で大きな武勲をあげたことでヒトヤベヒメとの婚姻が成されたのだという。
「……なるほどそれでヒトヤ……」
ヒトヤとは、獄と書く。つまりは牢獄のことだ。
「わらわはうまれおちたそのときより、ひとやのしはいしゃとしてのうんめいをさだめられておる」
「なるほど…だとしたら…こういう字ですかね」
その話を聞いたら、これしかないと思う。
『獄部姫 』
実に強い鬼らしい名ではないだろうか。でも多分、意味も字も、これで正解だろうと思う。
さて、あとは父君のほうである。
「ちなみに、お……お父様のお名前の由来は……?」
お父様。なかなかどうして、非常に呼びづらい。まさか、お前に父と呼ばれる筋合いはない。などと怒られるだろうか。
しかしながら、父君の反応は穏やかなものだった。
「…もう500年は昔になるか。俺がまだ母の腹の中にいた頃、戦に巻き込まれ窮地に陥った母を、刀のハバキが守ったというところからこの名がついた。放たれた毒矢が運良く守刀のハバキに当たったそうでな。それにあやかって、ハバキマルと」
「なるほど…」
人…いや、鬼にも歴史があるものだ。
「そうなると、素直に鎺の文字を使ってもいいんですが…お父様は赤鬼族を象徴する存在でしょうから、鬼の字を入れてこうしましょうか」
そうしてさらさらと書き付けた『鎺鬼丸』の字。
…なかなか、良いのではないだろうか。月夜は二枚の紙を2人の前に差し出し、反応を伺った。
「ほう…わらわのなはこのようなかたちをしておるのか」
「威厳のあるよき形だ」
どうやら満足いただけたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
さて、あとは、だ。
「ええと…弟さんは…」
「…俺の名はムケン。絶え間なく長く続くという意味の名だ」
「ああ……なるほど。では、こうですね」
『無間』。その字を書いて、ふと思う。
無間に紅蓮。兄弟揃ってこれではまるで仏教の地獄の名ではないか。
(…まあ、地獄には鬼がいるし、あながち間違いでも……ない…?いやいいのか…?)
しかし、年子だというこの弟、容姿もわりと紅蓮に似ている。いうなれば、大人しめな紅蓮といった感じだ。別の地域で防人のようなことをしていると言っていたので、多分、紅蓮と同じように危険度の高い地区の防衛などをしているのだろう。きっといずれは紅蓮とともに、この領地を引き継ぐのだと思う。
それにしても、だ。
鎺鬼丸、獄部姫、紅蓮、無間は、この鬼の家族の中で格が違う気がする。
単に成熟しているからというだけなのか、立場が明確だからなのか。
少し離れた位置でそわそわしている燈發と蓮迦は、弟妹だというのに、とても対等に話に入って来れるような立場には見えなかった。
そして迎えた翌日、婚姻の儀は滞りなく執り行われた。
驚いたのは、神羅領の各集落から集まった祝い品の数々と、招待された各領地からの品の豪華さだ。
「これは……言葉に制限があるからどうだろうと思ってたけど、想像以上に発展してるのかも……?」
目録のようなものはやはり無かったが、記録できるものが無ければそれに適したように進化したのだろう。鬼達の記憶力の凄まじさには舌を巻くものがあった。
月夜自身、片っ端から本を読んでいた事もあり記憶力にはそこそこ自信があった。図書館では司書さんよりも本に詳しいと自負していたくらいだ。
でも、それよりもずっと凄い。
「此度の婚姻、まことにおめでとうございます。紅蓮殿と月夜殿の末永きご多幸をお祈り申し上げる」
「丁寧な祝いの言葉、有難く存じます。今宵は宴の用意もあるゆえ、ゆるりとお過ごしください」
堅苦しい挨拶の応酬も、それぞれの村の特使の服装や装束を見ているとまったく気にならない。
赤鬼族は和服にかなり近い服装が多いが、青鬼族は褐色肌で装飾品が多く、オリエンタルな雰囲気がある。黄鬼族は赤鬼族よりも肌が白く、西洋的な雰囲気。緑鬼族はナチュラルだが自然モチーフの刺繍と色彩が華やかで、紫鬼族は中華っぽさというか、導士のような出で立ちだ。
それだけでも、種族ごとにまったく違う発展をしていることがわかる。
ほとんどのことは紅蓮がやってくれたので特に何もすることはなく、月夜は時折横に席を設けられている紅蓮の父母と言葉を交わすくらいで、ただ黙って座っているだけだった。
とはいえ、だ。
(めっちゃ見られてるよなぁ~……)
神前式のように、祭壇の前でなにやら祝詞のようなものを詠んでもらったりしたが、視線が痛い。
中には紅蓮に思いを寄せていた女鬼達もそりゃあいただろうけれど、多分これは自分に対してだ。
値踏みするような視線と、言うべきだろうか。
(いやごめんねほんと、俺もまさか彼女ができる以前に童貞のまま鬼と結婚することになるとはこれっぽっちも思って無かったし、まして自分が伝説の鬼みたいな感じで転化?するなんて想像もつかなかったよ。でも不可抗力ってことでここはなにとぞ……!)
しれっとしているように見えるだろうけれど、元々研究時以外はあまり表情を表に出さないタチである。
不安や恐怖感よりも興味の方が前に出ちゃうんだもん…などと心の中で長々と言い訳を並べてみるが、驚くべきことにここまでの心の内は、一切表情には出ていない。
(それに……紅蓮のことは、結構好きなんだよ)
一人の男としては大変大変、大っ変に残念なことではあったが、まあ、一生童貞でもいいかぁ、なんて思ってしまうくらいには愛されている、と思う。…いや、些か愛が重すぎるような気もするけれども、鬼ってみんなこんなものなのだろうか。
そういえば昔、母親が「愛される方が女は幸せ」と言っていたが、それもなんとなく分かるような気がする。…まあ、月夜は男なのだけれども、閨事は受け側なので似たような立場と仮定しておこう。
式後の会食も豪華なものであったが、こうして並んでいる顔ぶれを見ると、神羅領も案外周辺の領地との繋がりがあることがわかる。
なかには社交辞令で顔を出しているところもあるだろうが、みんなそこそこ良好な関係を結んでいそうだ。
赤鬼族は武に秀でている、紅蓮はそう言ったがまさに言葉通りで、このあたりは安全に使える土地が肥沃なわけではないため、農業はそこそこである。まして周囲も悪鬼の森に囲まれているという、地理的にあまり外界と交流をもてない状況でもあるため、必然的に鬼達自身が直接の産業にならざるを得なかったようだ。
日々戦いにあけくれる歴史が長く続いたため、赤鬼族の鬼達は総じて高い戦闘能力を獲得することになったということらしい。
それを利用して傭兵や警備兵として各地に出稼ぎに行き、資金や物品を得ているというわけだ。
つまりは、ここに集まった鬼たちはほとんどが取引相手ということになる。
「紅蓮、まさかお前が一番に嫁さんをもらうことになるとは思わなかったぞ」
酒も入り、みなが和気藹々としてきたころ。浅黒い肌の鬼が紅蓮に話しかけに来た。
「すまんな、急な事で」
「まったくだよ。女を紹介しても素っ気ないし、浮いた噂もほとんど出ない。こりゃあ下手したら生涯独り身かと思ってやきもきしてたのに」
どかりと腰を下ろし、大徳利で提供されたらしい酒をほら飲めよと猪口につぐ。
「別に、その時が来れば伴侶を取るつもりだったし、いらん心配だ。現にお前より先に伴侶を得ただろ。次はお前の番だって急かされるんじゃないのか」
「そうなんだよなあ。俺もそろそろ真面目に相手を探すか… 」
よほど気心が知れているのだろう。紅蓮はその青鬼と軽口を叩きあっている。
「…そうだ月夜。こいつがさっき話していた、青鬼領の若頭、リュウソウだ」
紅蓮を介して紹介され、リュウソウという青鬼は改めて月夜に向き直った。
「月夜様、お初にお目にかかる。青鬼族、セイガ領の次期領主、リュウソウと申します。紅蓮とは子供の頃からの親友で、今でもなにかと交流があります」
「親友?悪友だろ」
「まあ、そうとも言う」
リュウソウと名乗った男は、浅黒い肌に堀の深めな顔立ち、青い髪をしていた。
身長は高いが、筋肉でがっちりした紅蓮とは違い、線が細くしなやかな印象だ。
(人間界でいうなら、なんか中東系…?な雰囲気って感じ?)
ははあ、種族って人種みたいなもんか。服装もそっちの雰囲気だし。月夜は一人、納得する。
「月夜?」
「あっ…」
しまった、ついしげしげと観察してしまった。このすぐ物思いにふける癖は、ほんとうにどうにかしないといけないかもしれない。
「ええと…、初めまして、月夜と申します。青鬼領については、紅蓮から聞きました。経済の中心地のようになっているとか」
「経済……?はは、いやいやそんな大層なものではないですよ。地理的に、他領に移動しやすいという利点はありますが」
「でも、他のみなさんと親しくしてらっしゃる様子ですし、よく周囲と交流がなければそうはなりませんよ」
「…」
リュウソウの目が、面白そうに細められる。品定めされているようだなと感じたが、まあ、親友の伴侶がどんなものなのかはそりゃあ気になるところだろう。
「月夜が、お前のところの絹織物の由来に興味があるようでな。よければ後で話を聞かせてくれないか」
「絹織物…?ああ、そうか。月夜殿は人間から転化したんだったな。いいぞ、後でお前の部屋に行けばいいか?」
「ああ。よろしく頼む」
思ったよりもあっさり話が通り、少し拍子抜けだ。でも、向こうの収益源である産業の裏側の話を聞くのだから、きっとタダでとはいかないだろう。自分から出せる手土産はないだろうか。…もし、養蚕業を持ち込んだ人間が書いた文書などがあれば解読するのだけど。
月夜がくるくると忙しく考え事をしているうちにも、宴は大変盛り上がった。
各領主達との顔合わせ、近隣の村の客人たちへのお披露目もすんだところで、今日のところはお開きとなる。
ほとんど何もすることが無かった婚姻の儀だったが、最後の挨拶だけは月夜の仕事だ。
月夜はぴんと背中を伸ばすと、一段下でこちらを見てくる賓客一同を見渡し、口上を述べた。
「この度は、婚儀の宴にご参加くださりありがとうございました。私は人から鬼に転化したばかりで、まだこちらのことはよく知りません。ですが、せっかくこうして神羅の若君と伴侶になったこともございます。皆様にも今後、なにかとお付き合いいただくことがあるかもしれませんが、その際は何卒、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
婚姻の件もそうだが、今後各地と関わることが必要となるはずだ。ここでしっかりと顔を売っておくことは必要事項だろう。
月夜は深々と頭を下げたあとで、にっこりと微笑んでみせた。
-----
客人を客間や宿に案内するのは使用人たちにまかせ、部屋へ戻った月夜は、着物を脱いでほっと息をついた。
あまり気にしていなかったが、 礼服はやはりそこそこ重さがある。
(肩こったなぁ~!)
動くよりも動かない方が疲れるとはよく言ったものだ。
「月夜」
「ああ、紅蓮。お疲れ様」
「1日大変だったろう」
「うん、でも色々面白かったよ」
「面白かった…とは…?」
その返答に、紅蓮は妙な顔をした。
紅蓮は客人を招く主催側だから気を回さなければならないことも多かったが、逆に月夜は常に壇上に据え置かれてお人形のようにされていた。人間からの転化ということで何かと勝手が分からぬだろうと、燈發と飛凰が左右で周囲に睨みをきかせていたこともあり、誰かと何か話せるでもなく、暇を通り越して退屈だったかもしれない。
それなのに面白かったとは、一体?
「うん、結構人間関係……いや鬼間関係?が見えて面白かったよ」
「…」
座りっぱなしで痺れが取れない足を自分で揉みほぐしながら、月夜は続ける。
「リュウソウさんとこはどことでも仲良くやってるみたいだったけど、紫鬼族(しきぞく)のシユウさんとはそうでもないみたいだよね。黄鬼族(おうきぞく)のオーランさんとは仲がいいように見えたけど、あれは商売人同士で一悶着ありそうな感じだった。……オーランさんとこには鉱山があるんだったよね。噂で最近鉱石が出にくくなってるって聞いたから、それも関係してるのかな。あと、緑鬼族(りょくきぞく)のスイさんとこは、リュウソウさんにあたまが上がらないみたい。農地が多いわりに不作って言ってたから、貸付でも受けてるのかな」
「…」
なんでもないようにさらりと答える月夜に、紅蓮は舌を巻く。
「…いやはや、恐れ入った」
「あ、当たってた?」
事実そうだ。
紅蓮はリュウソウと昔から仲が良かったためにお互い持ちつ持たれつやっていたが、リュウソウは昔から商売においての争いごとではほぼ負け無しだ。それはもちろん、他領に対しても。
「それと、ずっと思ってたんだけど」
次にどんな言葉が飛び出してくるか、紅蓮は少し身構える。
「丹慶はさ。一見田舎のなんでもない村に見えるけど実はそうでも無いよね。いわゆる公共の施設みたいなものはきっちり作られてるし、村の人達も身綺麗だしある程度教養もある。お金のない組織はわりとギスギスしててトップに…ええと…権力者に対して敵意が見えるものだけど、ここではそういうこともない。ということは、村人達に余裕があるってことだ。それから一番気になったのは、東の砦までの距離があまりに近いこと。東の砦って言ってるってことは、最低でもあと一つはほかの砦があるはずだよね。だけど俺は行ったことがないし、普段の会話にもほとんど出てこない。でも守りの戦士は派遣してるみたいだし、定期的に村人の数が増減してる。だから思ったんだよね。この村はあくまで赤鬼の村の新規開拓地区の一つなんじゃないかって。他にも似たような村がいくつか存在していて、それぞれが個別に軍事力を持って各地の砦を守ってるんじゃない?この神羅領は広大で、今は結界の関係でひとつにこそ出来ないけど、そこが解決されたら、他領よりも大きな規模の…まさに、国になる。リュウソウさんはそれもあって、紅蓮と…というか、神羅とは仲良くやりたい、みたいな感じ?」
長々と自分の見解を語った月夜は、どうかな、と紅蓮を見る。
紅蓮は苦笑いすると、いやまいった、と感嘆の声を上げた。
「お前が俺の伴侶になった以上は説明しておこうと思ったんだが、先を越されてしまった」
「わ、ちょっ……」
かなわないなと腰を引き寄せられ、胸部が重なる。
「お前の言う通り、この丹慶の村は神羅東部の新規開拓地区にあたる。たまにまだ生きている結界が見つかることがあって、そこを起点に村を作るという形で開拓をしているというわけだ。…もっとも、長いこと放置されていた場所には強力な悪鬼もいる。だから新規開拓部には手練が派兵されて、そのままそこが軍事起点にもなっている」
せっかく説明してくれているのに、30センチ以上も大きな紅蓮のしっかりした腕に抱きしめられると、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。頭に入ってこないからちょっと離して欲しい。
「神羅自体は他領よりも広いんだが、如何せん瘴気の森の方が多くて、まともに暮らせる場所はごく一部なんだ。当然、村同士の連絡も楽では無い。少数で森を抜けるのは危険だから、隊を組んで移動するようにしているという経緯もある。村人が増減しているように感じるのは、そのせいだな。…できるなら、この不便さを何とかできたらいいんだが」
なるほど。村人の定期的な増減は、そういう理由からだったか。
不思議に思っていたことの答えがわかり得心がいった。他領の関係性についても大体お察しの通りだと言われ、神羅の立ち位置についても理解できた。
武力に秀でた一族に、鬼の象徴たる御祖の鬼(もどき)が血族として加わる。これは、状況によっては勢力図が一気に書き換わってしまう可能性が否めないということ。
やはりとんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれない。月夜はしみじみそう考えていたが、その思考は紅蓮のじゃれつきによってぶつりと途切れてしまった。
「ね、ちょっと……まって、今からリュウソウさん来るんだから……」
着物の胸元にするりと忍び込んできた手を掴んで静止するも、今度は裾に手を差し入れ、際どいところを触ろうとしてくる。
まったく、気を抜くとすぐ事に及ぼうとするのだから困ったものだ。
「少しくらいいいだろう?番同士が懇意にしていたところで文句は言われん」
「そ、そうなんだけどさ…んっ…!」
「…今夜は初夜だというのに、俺の伴侶は随分とそっけない」
「…し…初夜とか関係なしに毎日してるのに…!というか今はダメ、ちゃんとあとで…んむっ…!」
遠慮なく唇を吸われ、舌を食まれ。
うっかり流されそうになったところ、襖の外から声をかけられ我に返った。
「紅蓮、来たぞ」
「!!」
「ああ、入っていいぞ」
いやちょっと待って、外向きの顔を作らせて!そう思ったけれどもう遅い。
すらりと襖があいて、リュウソウが顔を出した。
「悪いな、来てもらって。まあ座れよ」
「……それは大丈夫な状況なのか」
どう見てもお楽しみの最中だったろう。リュウソウは呆れたように笑いながら、促されるまま部屋に入ってきた。
先程も感じたが、よほど気心の知れた間柄なのだろう。リュウソウは適当に座布団を引っ張ると、どかりと腰を下ろした。
「さて……。あらためて、結婚おめでとう。あまりに急なことだったから焦ったぞ」
「状況が状況でな」
「ああ…まあ、そうだろうな。御祖の鬼が現れたなんて、近年ところか歴史に残る大事件だ。即座に婚姻関係を結んだのは英断だったと思うぜ」
「別に謀ったわけでもないんだけどな。たまたま全ての偶然が重なってそう動いたってだけで」
「ふぅん…」
なんだか釈然としない反応。そりゃそうだろう、長年の友人がいきなりよく知らない相手と結婚したのだから。
それに、いくら容姿が似ているからといっても、月夜としては、自分が御祖の鬼だとはとても思えないのだ。
月夜はリュウソウの視線をさけるように、近くの茶櫃から茶碗と急須を取り出し、茶葉を測った。
囲炉裏にかけられた鉄瓶から湯を注いだ茶碗は、ほどなくしてよく温まる。茶を入れるには、いい温度になったろう。
「どうぞ、お茶です」
「これはどうも」
綺麗な翡翠色のお茶は、間違いなく緑茶だ。こちらの世界にも同じものがあって非常に安心したのは記憶に新しい。
大学にいた頃、教授の趣味に付き合って色々なお茶を研究のお供にしていたから、この辺はちょっとこだわりがあるのだ。
茶碗3つとも均等な色合い。我ながらきっちり綺麗にいれられたと月夜は思う。
口にはしないが満足気に茶碗に口をつけた月夜をじっと見ると、リュウソウは何か合点がいったように膝を打った。
「ははぁ、なるほど。……紅蓮お前、惚れたな?」
「ぐっ?!」
同じように茶碗に口をつけた紅蓮は、お茶が変なところに入ったのか急にむせかえる。うっかり吹きこぼしたお茶を拭こうと布巾を探す二人を眺める視線は、実に生ぬるいものだった。
「妙だと思ったんだよなあ。これまで女とは割り切って遊んでたお前がいきなり結婚だなんて……しかも出会って間もない相手で、元人間だなんて」
「いや、だからそれは…」
「成り行き?バカ言うなよ。お前が利害だけで動かない奴だってことは俺が一番よく知ってるよ。そんなお前がこんなアホみたいに早く行動起こすなんて。しかも、一番上等な衣装を用意しろだなんて言ってきて、よっぽど逃がしたくない相手なんだろうと思ってたが……さっきの会話も納得だ」
「さっきの会話……?」
茶を啜ったリュウソウは、イタズラをする子供のように、ニヤリと笑った。
「随分と仲がよろしいようで?」
やっぱり聞かれてた~!
月夜はあまりの恥ずかしさに、真っ赤に染まった顔を両手で覆うのだった。
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