ガールズバンドの佐倉くん

小鳥遊

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練習開始! 波乱のスタート!?

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次の日の放課後、俺はまた一番乗りで第二音楽室に到着した。

「おーっす! お、来てる来てるー」

「おっす、お疲れさん。相変わらず元気いいなぁ」

 机で頬杖を突いて落書きだらけの黒板を眺めていると、また昨日と同じように、黒田が一番に教室へ駆け込んで来た。

「で、今日は何するの?」

「そうだなぁ、個人的にはギターの練習をやりたいところだけど……取りあえずあいつらが来てから決めようぜ」
「だね。あ、お菓子もってきてるから食べてようよ」

「お、サンキュー」

 黒田はバッグからいくつかのお菓子を取り出し、棒状のチョコ付きプレッツェルの箱を開けて俺に差し出した。
 ふたりでぽりぽりと食べ進めていると、何を思ったのか、黒田が食べる手を止めてこちらをじっと見つめてくる。
「どうかしたか?」

「いやさぁ、チョコプレッツェルと言えばあのゲームだよなぁって思って」

「ん? チョコプレッツェルが登場するゲームってあったか? ハードは?」

「いやそっちのゲームじゃなくて、お互い両端から食べていって、先に口を離したほうの負けってやつ。暇だしやってみない?」

 得意分野のテレビゲームの話だと思って聞いてみたが、まったくジャンル違いのとんでもないゲームだった。

「やらねぇよそんな恥ずかしいチキンレース!」

 にやにやと悪戯に話しかけてくる黒田に危機を感じ、思わず椅子から立ち上がった。

「ええー私じゃ駄目? もし私に勝ったらいいものあげるのになぁ、あんたも絶対喜ぶ特別なやつ。ほら、チョコのほう譲ったげるから……」

 とうとう黒田はチョコプレッツェルを口にくわえ、向かいの席から身を乗り出して顔を近付けて来た。
「ふっふー、逃がすか!」

 席を立って逃げようとした途端、菜月は机に飛び乗り、まだ机に残っていた俺の左腕を、両腕で抱き付くようにがっちり掴み、全体重をかけて逃げるのを阻止してきた。

「お、おい、やめろって」

 必然的に腕に当たる柔らかい胸の感触に戸惑いながら、口元に迫り来るチョコプレッツェルを必死に回避していると、廊下から恵と山吹の声が聞こえて来た。助かった。いや、この光景を見られてしまうのはどうなのだろうか……。 

「やっほー、お疲れ様……って、なななっ⁉ 何やってるのふたりとも⁉」

 考えているうちにとうとう恵たちが教室に入ってきてしまい、黒田に抱き付かれているところを見られてしまった……。

「いや、これは黒田が俺にチョコプレッツェルを食わせようとしてきて!」

「おー、メグにアヤ。暇だからチョコプレゲームしてたんだ。ふたりもやる?」

 なんの恥ずかしげもなく誘ってくる黒田に、ふたりは顔を真っ赤にして困惑している。

「あーもういいから、さっさと活動始めるぞ!」

「はーい。ふふん、次は逃がさないからね」

 最後にウインクを交えながら気がかりな言葉を聞かされたが、その場はなんとか収まった。

「はぁ……さて、今日はどうする? できれば俺はギターを練習したいと思ってるけど」

「んーいいんじゃない? なっちゃんとアヤちゃんは?」

「それでいいよ。ギターなら私も練習手伝うよ」

「じゃあ、私は佐倉君のギター聴いていいかな? 曲が思い浮かぶかもしれないし」

「よし、決まりだね! さあ気合入れて頑張ろう!」

 恵の勢いのいいかけ声を合図に、俺たちはそれぞれの課題に取りかかった。

 俺と黒田は椅子を持って黒板の前に行き、それぞれギターとベースを担いで向かい合わせに座った。山吹は黒板の下の教壇に座ってノートを準備した。

「じゃあ、取りあえず基本のピッキングからやってみようか」

「ピッキング? そんなの上からジャラーンってやるだけじゃないのか?」

「だけじゃないんだなぁこれが。ピッキングは弦を押さえる左手よりも重要なんだよ。ま、一回弾いて見せてみ?」

 黒田にそう言われた俺は、覚えたてのEのコードを弾いてみせた。

「……どうだ?」

「うーん、不合格! 弦の押さえ方は合ってるけど、なんか物足りない感じしなかった?」

「確かに、この前カラオケ屋で鳴らしたときとは違う気がしたなぁ。アンプ通してないからか?」

「いや、初心者によくありがちなミスだよ。弦を押さえる手に気を取られて、弾くべき弦を上手くピッキングできてないんだよ」

「なるほど、それで音が変な感じだったのか」

「もう一回、今度は右手を意識して弾いてみて」

 左手でしっかり弦を押さえた後、黒田の言うとおり、ピックを持った右手に意識を集中して弾いてみると、先ほどの物足りない音とは打って変わって、力のある綺麗な音を出せた。

「ね、上手く弾けたでしょ?」

「ああ、お前教えるの上手いなぁ!」

「当然、人に教えられてこそ一人前だからねー」

「へぇ、立派なこと言うなぁ。じゃあ、他のも頼むぜ先生」

「おう、任せとけ!」

 腕まくりをして気合を入れるような仕草を見せた黒田は、その後もピッキングの基本から上級テクニックまで、様々な技術を教えてくれた。

「うんうん、いい感じになったじゃん。あとは日々練習あるのみだね」

「おう、ありがとな。はぁー……ちょっと休憩しようぜ」

 約一時間かけてピッキングを教わり、最後に、ピッキングハーモニクスと言う上級テクニックを、七割ほど完成させたところで休憩に入った。

「てか、お前もギターできるんじゃねぇのか?」

「いやいや、昔かじったことはあるけど、コードも複雑だし、どうも思ったように音が繋げられなくてねぇ。だから、もっと直感的に弾けるベースに移行したんだ。今じゃこれが私の魂だよ」

「なるほどなぁ、それでベースじゃ使わないコードも知ってたのか」

 黒田とそんな話をして、伸びをしながら周囲を見渡してみると、教壇で俺の練習を見ていた山吹は、黙々とノートに何かを書いていた。先ほどは特に気にしていなかったが、山吹は作曲も担当しているのだろうか……。

「なぁ山吹」

「は、はい!」

 よほど集中していたのか、声をかけたこちらが驚くほど大きな返事だった。

「集中してるときに悪い。気になったんだけど、お前って作曲もできるのか?」

「あ、うん。実際に楽譜は書いたことないけど、ボーカロボって言うパソコンのソフトでよく作ってるの」

「へぇ、ボーカロボなんて使えるのか。あれって難しいんだろ?」

「うん、でも音を聞きながら感覚的に作れるから、慣れたら面白いよ。よ、良かったら教えてあげよっか……なんて」

「お、いいのか? 面白そうだし今度頼むわ。ところでそれは何書いてるんだ?」
「えっ⁉ あ、ああこれ? 曲のイメージだよ。テンポの速さとか音で表現する感情とか、なんとなくのイメージだけどね……」

「なんかプロみたいですげぇなぁ。期待してるぜ」

「う、うん、頑張る!」

 少なからず曲作りが進行していることがわかって安心した。それと同時に、少し前までおどおどしっぱなしだった山吹が、だんだん俺の存在に慣れてきているようでほっとした。

 いいチームワークが生まれそうだと安堵している最中、ふと蚊帳の外に居る恵を思い出した。そういえば、場を仕切るばかりで何をするとも言っていなかったが、あいつはいったい何をしているのだろうか?

「おーい恵、お前もこっち来て休憩しないか?」

「…………」

 机にひとり座っている恵に呼びかけてみたが返答がなく、何やら目を閉じて、一休さんのようにこめかみに人指し指を立てて下を向いている。

「おーい、聞こえてないのかー」

「メグちゃん寝てるのかな?」

 俺と山吹が恵の様子をうかがっていると、痺れを切らした黒田が、ベースを足元のケースの上に置いて立ち上がった。

「どうやらここは私の出番みたいだねぇ」

 にやりと、今から悪戯をしますと言わんばかりの笑みを浮かべた黒田が、ゆっくりと恵の背後に忍び寄って行った。

「隙あり!」

「わぁっ! ちょ、なっちゃん⁉」

 そのかけ声と同時に、後ろから恵の胸を鷲掴みにして揉み始めた。これは目のやり場に困る。

「ふっふっふー、お主もまだまだ未熟よのぉ」

「うぅ……ちょっ、くすぐったいってばぁ」

 恵はじたばたと必死に抵抗をしているが、黒田は一向に手を離さない。

「このC未満の小ぶりな胸も悪くないぞよぉ。さぁさぁ佐倉殿も揉みたまえ」

「揉むかあほ! 何時代のおっさんだお前は!」

 ふざける黒田に鋭い突っ込みを入れると、隣で顔を赤くしていた山吹がくすくすと笑い始めた。それを見た黒田はさらに調子に乗り始める。

「おっさんは時代を超えるのだよ」

「意味わかんねぇ」

「さぁ、姫を解放してもらいたければ私にチョコプレッツェルを与えよ。当然口移しで」

「助けてマー君! 私の胸がなくなる前に!」

「あーもう、俺ひとりじゃさばききれん。山吹、あとはお前に任せた」

「えっ、私⁉ じゃ、じゃあ……みんなでおやつにしよっか」

 どんな突っ込みが飛ぶのかと少し期待していた俺も居たが、山吹の判断は賢明だった。

「はーい。あ、私面白い味のポテチ買って来たからみんなでたべようよ」

「はうぅ、やっと開放された……」

 さっきまでまったくやめる気配のなかった黒田が、山吹の一声であっさりと悪戯をやめた。ようやく開放された恵もほっとした様子を浮かべている。

「なんなんだよこの差は……山吹、次も頼むわ」

「あ、うん……ふふふ」

 やっとひと休みできると思った矢先、黒田の取り出した大袋入りのポテトチップスのパッケージを見た瞬間、もうひと嵐来そうな予感がした……。

「開けるよー」

 黒田がバリッと勢い良く袋を開けた途端だった……。

「うわっ、何この臭い、なっちゃん何買って来たの⁉」

 突然発生したその臭いに、近くに居た恵はすぐに手で鼻と口を覆った。周囲に居た俺たちも、次第に臭いを遮る仕草をし始める。食に対して失礼だが、これは本当に悪臭だ。

「うっはー、これはきついねー。ココナッツドリアン味なんて珍しいから買って来たけど、味の感想まで辿り着く気がしないねーこれ。あははっ」

「こういうのはやっぱりトップバッターが必要だよね、マー君?」

 恵がそう言うと、みんなの視線が徐々に俺に集まって。

「いやいや俺を見るな。てか、ポテチの果物味って時点で罰ゲームだろこれ」

「佐倉君なら大丈夫……きっと」

「山吹まで⁉ あーもうわかったよ!」

 覚悟を決め、強烈な臭いに耐えながら恐る恐る口に運ぶ……。

 パリッと言う音と同時に口の中に広がったのは悪臭ではなかった。マンゴーとバナナを足して割ったようなフルーティーな甘さの後に現れるポテトチップスの絶妙な塩加減。そして、最後に鼻を抜けるココナッツのふわっとしたほのかな香り。食べる前の嫌なイメージとは裏腹に、その味は南国気分を味わわせてくれる素晴らしいものだった。

「固まっちゃったね。おーい、マー君大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫だ。みんな……何も言わずに食ってみろ。ほら、恵」

「なんなのその『みんな』の後の微妙な間! その何かを悟ったような真っ直ぐな目が逆に怖いよ!」

 難を逃れようとやかく言う恵だったが、しばらくポテトチップスの袋を差し出していると、不安げな表情で恐る恐る袋に手を伸ばした。

 小さめの一枚を取り出した恵は、目を閉じて一気に口に放り込んだ。

「うぅ……あれ、何これ⁉ すっごく美味しいよ!」

 先ほどまでの不安そうな顔がぱっと明るくなったのを見て、他のふたりも恐る恐る袋に手を伸ばした。

「……わ、本当に美味しい! なっちゃんも食べてみて」

「えー本当にー? こんな強烈な臭いのポテチが美味しいわけ……ほんまや!」

 山吹に続き黒田も食べ、ふたりとも驚きの様子を見せた。

「だろ? トップバッターの俺に感謝してくれよな」

「ちょっ、佐倉スルーなの⁉ 出っ歯な司会者の伝家の宝刀出したのに!」

「あえてスルーしたんだよ。あの神がかった領域に踏み込む勇気はねぇ」

 すぐに笑いのほうに走ろうとする黒田を軽くあしらった後、ポテトチップスの予想外の美味しさに魅了された俺たちはどんどん食べ進め、あっと言う間にひと袋完食してしまった。

 その後、黒田が他に持ってきていたお菓子も食べ終え、半分お菓子パーティーのようなバンド練習はお開きとなった。

 衝撃的なお菓子に気を取られてすっかり忘れていたが、あのとき恵はいったい何をしていたのだろうか? 思い出したのは次の日のバイトの最中だった。恵みのことだから深い意味はなさそうだが、次にあの行動を見かけたときにでも聞いてみよう。

 恵のそれとは関係のない話だが、あのポテチを食べた日の夜は、俺も含む全員が、一晩中腐った玉ねぎのような口臭にうなされたらしい……。
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