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電車のサラリーマン

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 怒鳴られた俺は降車することをすっかり忘れて、S男と相対した。
 じーっと、彼の瞳を見つめる。
 怒ってる。すごい怒ってる。めちゃめちゃ怒ってる。
 さて、どうしたものか。穏便に済ますのであれば、このまま無視して降車するのがいいんだろうが……。
 まあなんだろう。俺は何もしていないのに、二度も足を踏み抜かれた挙句、こうして怒鳴られたことには納得がいかないし、このまま黙ってやり過ごすのも癪に触るというものだ。
 厄介なことになるとわかっていても、やられっぱなしというのは性に合わない。
 騒然とした車内で俺はついに口を開いた。
「クソガキですけど、別に舐めてないっすよ」
 そう言うと、彼は目を見開いて捲し立てた。
「その態度が! その目が! 舐めてるって言ってんだよ!! ガキのくせに調子乗ってんじゃねぇよ!!」
「だーかーら! 舐めてないって言ってんじゃないすか! アンタみたいなやつ、興味ねえって!」
「その言い方が舐めてんだよ!! そもそもなぁ!! 年上に口答えしてんじゃねえよ!! クソガキの分際でよ!!」
 うーん、ダメだ。話にならねえ。
 俺は色々と諦めて、降車しようとしたのだが……。
『ドアが閉まりま~す』
 プシュー……っと、無慈悲にも発車してしまった。
 どうしたものか。このまま逃げたかったが、気まずいことに取り残されてしまった。
 こうなったら数分間黙ってやり過ごそうと思っていたのだが……。
「おい!! テメェ!!」
 と、S男が胸ぐらを掴んできた。
 彼を見やる。――正気を疑うほど怒り狂ってるようだった。白眼に夥しい赤い線が走っている。
 怒りにあてられた俺は頭に血が昇っていくのを感じて、一つ、深呼吸をした。――落ち着け。ここで感情的になったら負けだ(何に負けるのか知らねえけど)。
「あのよ。アンタに……あなたに興味なんかないって言ってるじゃないすか。それ以上絡んでくるようだったら通報しますよ?」
 これで引くだろう。――そう思った俺が浅はかだった。
「テメェクソガキがぁっ!!」
 彼は胸ぐらを掴み上げ、俺の足をもう一度踏み抜いた。それも、ぐりぐりと何度も捻って。
 んで、こっからが俺の悪いところだったのだが、つい、カッとなってしまった。彼から無遠慮にぶつけられた激情と痛みがトリガーになったのだろう。
 俺は腕を払い退けると、両手で胸ぐらを掴み上げた。掴み上げて、そのまま身体を持ち上げた。
「くっ!!」
 S男が浮いてから数秒後――「き、君! やり過ぎだって!」
 人の良さそうなサラリーマンに言われて、俺は冷静さを取り戻した。
 S男を下ろすと、彼は膝から崩れ落ちてへたり込む。次いで頭を床に伏せて、信じられないことに――泣き始めた。
「「……」」
 唖然とした。彼以外みんなそうだった。――あそこまで啖呵を切っておいて、少しやり返されただけで泣くか?
 うめき声と嗚咽が交互に繰り返される。――もう、よく分からなかった。
『次は~新御茶ノ水~。新御茶ノ水~』
 うずくまって、ハゲ散らかした頭をアピールするS男。
 そんな彼を横目に、俺は罪悪感とイライラを抱きながら降車したのだった。
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