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第一章 黒翼の凶鳥王編

第十四話 魔導剣士ロイ、師匠を訪ねる

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 あの魔城から帰還した日の夜、俺達は青い三日月亭例の宿で、夕食を食んでいた。帰路は、疲労困憊した体に鞭打って村経由で戻り、やっと人心地つけた次第である。とにかく肉! 肉を食ってリキをつけたい! 今日ばかりは、腹ペコ・サンの同類だ!

「ロイさん、あの杖どうするんですか?」

 同じく、胃袋に必死に肉を詰め込んでいるフランから、疑問が挙がる。くだんの杖は、放置しておくのもあれなので、回収して手元に置いてある。

「それについて、丁度いい相談相手を考えてある」

 ジューシィなチキンの塊を、ごくんと飲み込む。

「今回、俺たちの力不足を実感した。よって、修行をして鍛え直したいと思う!」

「修行っスか?」

 義妹いもうとが、眉をひそめる。お前、そういうの嫌いっぽいもんな。

「そう、嫌そうな顔をするな。このへんで。地力を底上げしたいんだ。俺の師匠に、みんなを会わせたい」

「兄貴のお師匠さんっスか?」

 マイシスターも少し興味が出たようで、顔を覗き込んでくる。

「ボク、ちょっと修行楽しみです」

 修行が楽しみとは、マジメちゃんだな。パティのそういうところ、好きだぜ。

「うむ。明日、向かうとしよう」

 チキンのおかわりを女将さんに頼みながら、皆に告げる。

 明日も早い。食事が終わったら、今日はゆっくり休もう。


 ◆ ◆ ◆


 翌朝、俺達はルンドンベア近郊の森を進んで行く。この先に、師匠のお住まいがあるのだ。

「この森、鳥の鳴き声とか蝉の声が、全然しませんね」

 隣を歩いていたクコが、耳を澄まし音を拾おうとする。

「通称を『静かの森』と言ってな。ここの生き物たちは、不思議なぐらい静かなんだ」

「変わった所ですね……」

 さすがのエルフでも、こんな森は珍しいのだろうか、キョロキョロとあたりを見渡している。

「危険な生物も特にいないから、安心してくれ」

 さらに森を進んで行くと、ログハウスが一軒建っている、開けた場所に出た。

「着いたぞ。ここが師匠のお住まいだ。はて、『兄貴』はいないのかな……?」

 『兄貴』は、どこかほっつき歩いているのだろうか。ともかくも、ドアをノック。

「師匠、ロイです! お話があり、戻りました!」

 すると、一拍空いて、ドアが誰に操作されたわけでもなく、スッと開いた。一同が、驚きの声を上げる。

 中に入ると、薬品の臭いが立ち込める中、紫のバラをあしらった黒いとんがり帽子に、黒のジャケットと、白い異界でいうアラビアンパンツを身に着けた、「いかにも魔女です」と言わんばかりのスレンダーな、長い黒髪を持つ女性の後ろ姿が、フラスコやら謎の液体やらと、格闘していた。

「すまんが、今取り込み中でな。茶はいつもの所に置いてあるから、向こうでくつろいでるといい。お友達には、失礼するね」

 彼女が振り返り、皆に会釈する。二十代前半に見えるその美貌には、都会でも珍しい黒下角縁の眼鏡がかかっていた。

「はい、待たせていただきます。みんな、こっちだ」

 皆を食卓に案内し、薪をくべてヤカンで湯を沸かす。子供の頃から、師匠に茶を淹れるために幾度となくやってきた、手慣れた行為だ。

「ロイさんのお師匠様というから、もっとこう、いかつい方を想像してましたけど、お若い女性なんですね」

 パティが、意外そうに話す。

「それが、実はああ見えて、百年近く生きてらっしゃるようでな」

「百!?」

 これにはみんなびっくり。どういう魔法かカラクリか知らないが、エルフでもないのに、あの若々しい外見で百近いのだ。ちなみに、「小娘であるまいし、今さら歳など気にせんよ」とは、いつぞやのご本人の弁。

 そんな話をしている内に、師匠がこちらにいらした。

「よっこいせ。待たせたね。彼の師である、ローズマリー・ベラドンナだ」

 皆が挨拶を交わす。どうでもいいけど、よっこいせは年寄り臭いです、師匠。いやまあ、実際百近いんだけど。

「しかし、ロイ。お前ここを出る時、漢臭いパーティーを作るのだ! とか、息巻いておらなんだか?」

「いえその、まあ色々と、紆余曲折ありまして」

 思わず目が泳ぐ。ううむ、どうにも師匠には敵わない。ヤカンから湯気が吹き出したので、皆のために茶葉の入ったティーポットに湯を注ぐ。

「で、どの娘さんを嫁にめとるんだい?」

「あっづ!!」

 師匠の唐突な一言に、思わずヤカンを落としそうになり、すんでのところでキャッチした……はいいが、左手を火傷してしまった。

「師匠! 茶を淹れてるときに、変な冗談言わないでください!」

 クコの治癒魔法を受けながら、師匠に苦情を入れる。

「すまん。そこまで動揺するとは、思わなんだ」

 彼女が、申し訳無さそうに詫びた。本当に、この人には敵わないな。

 治療も終わったので、改めて茶を注ぐと、ハーブティーのこうばしい香りが食卓に漂う。

「お前のことだから、ただ顔見せに帰って来たわけではなかろう?」

 全員に茶を注ぎ終わり着席したのを見計らい、師匠が問うてくる。

「はい。ひとつは魔物相手に大苦戦をしてしまい、力不足を痛感したため、改めて修行をしに戻りました。もうひとつは、これです」

 荷物から例の杖を手渡すと、師匠はそれをまじまじと観察する。

「これは、天魔の杖ではないか。どこで、こんな代物を手に入れた?」

 やはり、ご存知でいらっしゃった。彼女の問いに、古城での経緯いきさつを説明する。

「ふむ。そんなことがなあ。よし、しばしお前たちの面倒を見てやろう。杖についても、任せておけ」

「ありがとうございます。ところで、『兄貴』の姿が見えないようですが?」

「食料を採りに行ってるよ。噂をすれば、ほら」

 屋外から、地響きが聞こえてくる。俺と師匠を除いた皆が、地震かと顔を見合わせていると、小屋の入り口が開かれ、向こうから巨大なハムスターがこちらを覗く。一同、これにはびっくり。

「ロマちゃん、ただいまなのーだ。ごはんがいっぱい採れたのーだ!」

「おかえり。紹介するよ、彼はハムロータ。私の使い魔さ」

「お客さんなのーだ! よろしくなのーだ! けへっ!」

 彼は、人語を喋ることができる。体もでかいから、声もでかい。師匠が魔の先生なら、ハムロータ兄貴は武の先生である。

「早速修行を……といいたいところだが、もうすぐ日が暮れてしまうね。ハムロータも頑張ってくれたことだし、久しぶりに、お前の手料理を振る舞ってもらおうかね」

「喜んで。さて、材料は……ふむふむ。師匠、例のアレ・・にしましょうか?」

「おお、アレ・・か! それは楽しみだね」

 二人の間でだけ通じる謎のアレ・・に、一同は興味津々。

「兄貴、アレってなんだよ!?」

 特に、サンは気になってしょうがないようだ。

「まあ待て。今作るからな。他の皆は、これの皮を剥いて一口サイズに刻んでくれ」

 ハムロータ兄貴の採ってきた食材から、じゃがいも、人参、玉ねぎの山を取り出し、桶に入れる。

「俺はその間、香辛料のすり下ろしと調合だ。クコ、一緒に頼む。こういうの得意だろう?」

「はい、得意な方だとは思いますけど」

 一体何を作るつもりなのかと、不思議そうな表情を浮かべながらも、同意してくれる。

「あとは……パンを焼いておく必要があるな。これはナンシアにお願いしよう」

 ナンシアも了解し、起立する。

「では、調理開始!」

 ぽんと手を叩き、一同に号令を下すと、皆、それぞれの配置についていった。


 ◆ ◆ ◆


「いいかい、クコ。これから言うものを、一緒に入れていこう。トウガラシ、胡椒、ニンニク、ジンジャー、ターメリック……」

 種々様々な、乾燥したスパイス類を、次々にすり鉢に入れていく。これらを磨り下ろし調合していくと、スパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。

「なんだか、この時点で美味しそうですねえ」

「完成品はもっと美味いぞ」

 ごりごりとすり鉢と格闘すること、体感三十分。いい感じに粉が挽けた。

「皮、剥き終わりましたよ~」

 そこへ、丁度いい具合に、皮剥き隊が仕事を終えて戻ってきた。

「よしよし、じゃあこいつらを鍋に入れてだな」

 などと、上機嫌でバターを溶かして、野菜たちを炒める。十分火が通ったら、先程のスパイスと水を投入。ぐつぐつと煮立てていく。

「何だこれー。うまそーだなー」

 サンが、今にもよだれを垂らしそうに、鍋を覗き込む。

「パン、焼き上がりましたー」

 ナンシアがかまどから、ロールパンを取り出す。これまた、ナイスタイミング。

「よしよし、パンが温かい内に、こっちのスープも頂くとしようじゃないか。俺がよそうから、師匠を呼んできてくれないか、パティ」

 さあさあ、実食と行こうじゃないの。
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