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第一章 黒翼の凶鳥王編

第十三話 魔導剣士ロイ、激闘する

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 苦しいことも楽しいこともあった、バーブルの旅からルンドンベアに帰還した翌日。いつもの青い三日月亭で、皆と朝食を食んでいると、不意にガタガタという音が響く。すわ地震かと思いきや、震源は対面に座している、フランの貧乏ゆすりであった。

「どうした? 珍しいな、そんな行儀悪」

「いえ……何でもありませんわ」

 注意されて一旦はめたが、少し経つとまた貧乏ゆすりを再開する。ううむ、落ち着いて飯が食えないではないか。

「ほら、最近アンデッド倒してないじゃないですか」

 右横に座っているパティから耳打ちされる。ああ、なるほどね。ストレス溜まってんのか。意図的に遠ざけてたからなあ。

「よし、フラン! 今日は一発アンデッド退治と行こうじゃないか!」

「行きましょう、行きましょう!」

 身を乗り出して、物凄い食いつきぶりだ。こっちまで鼻息が届きそうだよ。また狂態を見せられるのかと思うとアレだが、メンバーのストレス発散も、リーダーの努めだからな。


 ◆ ◆ ◆


 そのようなわけで、依頼人のいるルンドンベアから二日ほど歩いた村を経由して、依頼票に書かれた古城にやって来た。

 蔦が這い、ところどころ崩れており、実に不気味。この城に、動き回る白骨死体が湧いたのだという。廃城であり一文の価値もない物件だが、近隣住民が怯えてしまって仕事にならないとのこと。

「さあ! ぶちのめしましょう、そうしましょう!」

 王都から、こんな調子のフラン。

「どう、どう! 隊列を組むぞ。フラン、パティ、サンが先行して、中衛がクコ、殿しんがりは俺とナンシアが持つ。これでいいな?」

 荒馬をなだめるように神官サマを抑えながら、隊列の提案をする。本当は、彼女は後衛に回してナンシアと入れ替えたいのだが、どうせ突撃するしなあ、このヒト。まあ、もともと彼女のストレス発散のために受けた依頼だし、好きなだけ暴れさせてあげようじゃないの。

 全員で扉を押すと、きしみながら重々しく開く。松明で照らしつつ侵入すると、中は埃臭く、蜘蛛の巣があちこちに張られていた。注意すべき点は、ところどころ蜘蛛の巣が壊されているということ。やはり、ここで屍体が動き回っているというのは本当のようだ。

 虱潰しに城内を探索し、クリア・・・していく。ううむ、緊張感を覚えた割に、一向に死霊と出くわさないではないか。などと拍子抜けした状態で大広間の扉を開けると、社交ダンスを繰り広げている白骨死体の群れとご対面エンカウント! 出たあぁッ!!

「うばぁしゃああああああっ!! オルナウわたくしに、もっと輝けと囁いていらっしゃいますわッ!! 死霊浄化術ピュリファイ・アンデッドォォォッ!!」

 神官サマが、人間のものとは思えない雄叫びを上げながら聖印の刻まれた盾から聖光を放ち、アンデッドを十体ほど光の粒子にして消滅させる。しかし、屍体の群れはまだまだたくさんいる。こいつぁ骨が折れそうだ。向こうも我らを敵と認識し、襲いかかってくる!

「半獣化します!」

 ナンシアもまた人ならざる獣の咆哮を上げ、人狼の姿をあらわにする。そういやローライズのパンツに履き替えたのは、しっぽが出せるからなんだな。今の変身を見て、合点が行った。

 ナンシアが得意の飛び膝蹴りを叩き込むと、死霊は頭蓋骨を砕かれ動かなくなった。俺も負けてられんな。

「ロイさん! これ、バラバラにしても復活しますよ!?」

 前に出ようとしたとき、パティの悲鳴が耳に入る。そちらを見れば、彼女が手斧で粉砕した骸骨が、逆再生のように復活しているではないか! サンも同様に苦戦している。

 もう一度ナンシアの方を見てみれば、彼女が倒した骸骨はピクリとも動かない。これは一体、どういうカラクリか?

 脳内の魔物辞典を繰り、こいつらの正体を突き止めようと試みる。よくよく観察してみれば、死霊どもはうっすらと瘴気のようなものをまとっている。フランの神聖魔法とナンシアはやつらを倒せて、パティにはそれができない。瘴気をまとった骸骨……。

 ピンときた! あれに違いない!

「みんな、そいつはワイトという魔物だ! 屍体に取り憑く霊体で、倒すには魔法か銀の武器が必要だぞ!」

 正確には、同種の非魔法耐性を持つ魔物、もしくはより上位の魔物の打撃も有効なのだが。ナンシアの攻撃が効いている理由は、これだ。

 それはさておき、種さえ割れてしまえば対処のしようはある。パティとサン、ついでにフランの武器に賦術火炎刃バーン・ブレイドをかけ、自分は銀の小剣を抜剣する。

 ちなみに、賦術火炎刃バーン・ブレイドはこんな名前だが、打撃武器にも炎をまとわせられるし、弓やスリングにかければ矢弾のほうが燃え盛って飛んでいくという優れものだ。

「ありがとうございます!」

「兄貴の愛を感じるっス!」

 パティとサンから、感謝の声が上がる。神官サマはそんな余裕もなく、燃える鎖付き棘鉄球モーニングスターを振り回して奇声を上げながら別の意味で燃えている。その姿はまさに狂戦士。

 もう、この人は好きにさせておこう。ああ、諦めるって楽になれるんだな。この歳十五で、こんなこと知りとうなかった……。

 ついに、最後の一体を倒し終えた。すると、広間全体におぞましい声が響き渡る。

「お前たちは何者だ。わしの舞踏会を台無しにしよって!」

 周囲を見渡せば、天井近くの宙に、瘴気をまとい王冠を被った巨大な髑髏どくろと、白骨化した両手が浮かび上がっているではないか! しかも、右手にはねじれた漆黒の巨大な杖を持っている。この禍々しい圧、かなり強力な魔物と見た!!

「フラン! こいつには。お前の今の力では死霊浄化術ピュリファイ・アンデッドは通じないと見た! 賦術火炎刃バーン・ブレイドをかけた飛び道具で倒すぞ!」

「ええい、死霊アンデッド風情が忌々しいですわねッ!」

 さすがに彼我の力量差を理解してか、おとなしく弓を手に取る神官サマ。そういう、多少理性が残ってるところはありがたい。他の者も、予備武器であるスリングや弓、クロスボウを手にする。

「散開!」

 全員の武器に賦術火炎刃バーン・ブレイドをかけ、四方に散る。

 分散したのは、魔法でまとめて攻撃されるのを警戒したからだ。杖を持っているというのが、非常に怪しい。あとは、多方面から攻撃を加えることで、防御を難しくするという狙いもある。

厄禍呪言殺カース・ワード ……!」

 仮称・ワイト王が重々しく暗黒魔法を唱える。禍々しい字面の魔法文字を避けられず、命中すると、左手先がただれ、腕も焼けるように痛む!

「ぐぁッ!!」

命活癒術草ヒーリング・ハーブ!」

 クコの魔法によって痛みが一気に引き、ただれも癒える。我々も燃える矢弾で攻撃を加えるが、どうにもこいつは耐久力が高過ぎる。

「痛撃裂殺痕《ペイン・アート》……!」

 今度はクコに、不気味に鈍く紫色に光る、奇妙な模様が襲いかかる! 命中した左半身の皮膚が裂け、悲鳴とともに激しい血しぶきが上がる!

「クコ!!」

命活癒術草ヒーリング・ハーブ!」

 自らの傷を魔法で癒やすクコ。彼女の触媒と体力スタミナも無限ではない。早期決着が必要だ。

 魔法と同時攻撃を行ってくる王の左手をかわしつつ、矢を叩き込む。

 王も消耗しているはずだが、何ぶん骸骨なので疲労の度合いがわからない。ただ、矢弾が命中した白骨が徐々にひび割れており、ダメージが確実に蓄積されていることは伺える。

 いっそ撤退も選択肢のひとつかも知れない。皆の命を守るのがリーダーの役目だ。逃げることは恥ではない。

 いや、弱気でどうする! 勇気を振り絞れ!! 険しきを冒す者、それが冒険者ではないか!

「うおおおおおッ! 雷衝撃滅波ライトニング・ウェイブ!!」

 クコの消耗を考え、意を決して短期決戦を挑む。腰のバインダーから魔導書を手に取り、必殺の思いを込めて十八番おはこの魔法を叩き込んでやる。

 まばゆい雷光が王を焼く! すると、ついにやつの左手がぜ、砕け散った!! いける、いけるぞ!!

小癪こしゃくな……!  兇貪暴黒牙グラットン・ファング ……!!」

 王の呪言が、鋭い牙を持つ漆黒の巨大なあぎとを生み出す! そいつが、パティの鎧を噛み裂いた! 魔法に対しては、基本鎧というのは役に立たない。彼女のような重戦士にとって、最も厳しい攻撃になる。

 悲鳴を上げるパティに、クコの回復魔法が即座に飛ぶ。これは、あまり悠長にしていられない。

「フラン! 何か神聖系のダメージ魔法はないのか!?」

「使えるかどうか、まだ試したことしかないのしかありませんわよ!」

「構わない! やってくれ!!」

 どうせこのままではジリ貧だ。やるだけやってみようの世界である。

聖王曙光輪キング・ヘイロー!!」

 彼女が盾に持ち替え、それを高く掲げ祈りを捧げると、白く輝く巨大な光の輪が、ワイト王の頭上に出現する。その輪が回転しながら下降し、王を擦り潰していく! 名前と見てくれの割にエグい攻撃だな!

「俺もそいつに相乗りだ!! 雷衝撃滅波ライトニング・ウェイブ!」

「わしは……わしは王なのだ! 本来ならば、貴様らごときが触れることすらかなわぬ……ぬうぅっ! ぬわあああああぁっ!!」

 さらにそこに、いつもの魔法を上乗せで叩き込む。これで俺はもう、体力スタミナを使い果してしまった。禍々しい絶叫を上げながら蒸発していく王が、ブラックアウトしていく視界に映る。みんな、後は任せた……。


 ◆ ◆ ◆


 何だろう、この柔らかい感触。頭の後ろに、とても柔からな感触がある。

 そうだ、ワイト王だ! 王はどうなった!?

 まぶたを開けると、心配そうに覗き込む人状態モードナンシアと、クコの顔が目に映った。

「ナンシア? あいつはどうなった……!?」

「勝ったんですよ、私たち。フランさんとロイさんの同時攻撃で」

 そうか、勝ったのか……。吉報を確認するため、ゆっくり身を動かすと、どうやらナンシアに膝枕されていたらしいことに気づき、慌てて体を起こそうと試みる。

「お、おお!? すまん!」

「いいんですよ。もっと休んでてください」

 といって、ナンシアの手で、再び膝枕体勢にされてしまう。いやはや、抵抗する余力も残ってないとは。

「砂糖水です。少しは体力が回復すると思いますよ。飲めますか?」

 クコが、コップを差し出してくる。口をつけてゆっくり中身を飲む。ああ、甘いなあ。染み渡る。

 膝枕のまま周囲を見渡すと、フランも同様にサンとパティに介抱されていた。あんな大魔法ぶっ放したら、そりゃ昏倒するよな。

 糖分を補給したら、起き上がるぐらいの元気は出てきたようだ。上半身を起こし周囲を確認すると、ワイト王のいたあたりに一本の杖が転がっていた。サイズこそ人間用だが、漆黒でねじれており、王が持っていた杖に酷似している。

「あれは?」

「あの魔物が消滅したら、小さくなって落っこちたんです」

 クコが説明をしてくれる。

「取ってくれるか?」

 そう言うと、クコがぱたぱたと拾いに行き、手渡してくれたので礼を述べる。

 手にとって確かめると、何やら魔法文字が刻まれているようだ。

「何なに……天・魔・の・杖? ……天魔の杖だとォッ!?」

 いかん、大声を出したら急に血圧が下がってまたぶっ倒れ、膝枕状態に逆戻りしてしまった。何てこった。魔王ザファーとやらの、復活用アイテムの一つじゃないか。とんでもない物を拾ってしまったぞ。やれやれだな。

 このあとは、俺とフランのコンディションが最悪なため、城内で一夜明かしてから帰還することになった。
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