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第二章 南海の海魔王編

第二十九話 魔導剣士ロイ、奇妙な依頼を受ける

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 シャックスの情報が売れたおかげで、今回の北征の収支はプラスとなった。災い転じて福となるとは、このことだな。

 しばし、依頼票にも美味い募集がなく、また、あんな大惨事の後だし、しばらくのんびりしたいということもあり、のんべんだらりと過ごしていると、珍しい客が、我々を訪れた。

 メイドさん。

 それも、際どい格好の。

 こんな格好をメイドにさせる人物は、一人しかいない。そして、彼女に見覚えがある。

「ええと、メイさんでしたか。モロオ卿のお住まいでお勤めの」

「はい。その節は、主人ともどもお世話になりました。主人より、『茶話でもひとつどうかな?』との言伝を預かり、こちらに参りました」

 ふむ。暇っちゃあ暇だし。「俺は賛成だが、どうだろうか」と皆に問うと、皆も同意したので、ぞろぞろとおなじみモロオ邸にお邪魔することになった。


 ◆ ◆ ◆


「やあやあ。しばらくここルンドンべアを離れてたそうじゃない。で、最近はくつろぎモードだとか」

 本日の茶菓子はチョコレートケーキ。チョコレートというのは、なんでこうも絶妙に甘旨いのか。脂肪分がとろけるのよなあ。

「はい。これが、予想外に厳しい冒険行となりまして……」

 茶話がしたいというのが彼の希望なので、波乱万丈の北征を劇的に伝える。卿は、大いに愉しんでくださった。

「いやー、そりゃ大変だったねえ。シャックスのことは、直接ベイシック卿から伺ったよ」

 かの凶鳥王の存在は、すでに学者や冒険者の口の端に上るようになり、ベイシック卿は発表者として、その名声を大いに高めている。

「ベイシック卿と、お知り合いなのですか?」

「まあね。商売、ネットワーク大事だから。でさ、君たち今、暇なわけだよね」

 身を乗り出してくる卿。

「はあ。幸いなことに余裕があり、こうして伺っている次第ですが」

「うんうん。そこでさ、ちょーっと頼まれごとを、引き受けてくれないかな?」

 やや。急に、茶話がしたいなどとおっしゃるから伺ってみれば、そういうことですか。

「お話次第になりますが」

「そうだね。僕を贔屓にしてくださっている貴族に、ハイプライド卿という方がいらっしゃるんだけど、知ってるかな?」

「知ってるも何も、騎士団長ですね。有名人ではないですか」

 高潔にして勇ましい人物と、話に聞いている。

「彼の一人娘さんがねー。騎士を目指しているんだけど、それ、諦めさせてくれないかなぁ」

 こりゃ、なんとも変わった依頼だな。

「やはり、一人娘に危険な道は歩ませたくないと?」

「もちろん、それもあると思うんだけどね。その……僕の口からは言いづらいな。とりあえず、引き受けてくれるなら、紹介状と彼の私邸までの地図を用意するけど、どう?」

「報酬はいかほどでしょう?」

 まあ、ここ一番大事よね。簡単そうな依頼だけど、どうも変なニオイがするんだ。

「それは、直接ハイプライド卿と交渉してもらいたい。今、ご在宅じゃないかな」

「断る余地はあるわけですよね?」

「もちろん。ということは、降り・・かな?」

 ちょっと、残念そうだ。

「いえ。まずはお話を詳しく伺いませんと。というわけで、ハイプライド卿への紹介状、お願いします」

「やー! ありがたい! 恩に着るよ! じゃあ、書斎に行ってくるから、ゆっくりお茶とケーキでも愉しんでて」

 そう言うと、今度は上機嫌で応接室を出ていく。ふーむ、これ、意外と大きな話に発展しないだろうな?

 まあ、騎士を諦めさせるというのが、それほど大事おおごとになるとは思えないが。


 ◆ ◆ ◆


 ここが、騎士団長殿の私邸か。さすがにご立派ですなぁ。

 門衛に止められるので、紹介状を取り出すと、得物を預け、応接室へ通される。

 立って並んでいると、精悍という言葉を絵に描いたような中年男性が、入室してきた。

「お初にお目にかかります。『スィング・ホーネット』のロイ・ホーネットと申します」

 一同、ご挨拶。

「ダディーノ・ハイプライドだ。かけてくれたまえ」

 卿に促され、着席。お茶菓子が出されるが、まだ手を付けないでおこう。

「モロオ君から、話は聞いているね?」

「ざっくりと、ですが。騎士を目指すお嬢様を、諦めさせたいとか」

「うむ……。親の私が言うのも何だが、あれは戦いの才能というものが欠片もなくてなあ。騎士になどなったら、間違いなく命を落とす。なので、なんとか断念させようと、数々の説得を試みたが、意思が固くて、まったく折れてくれん」

 眉間をつまみ、唸る卿。いやはや、雲行きが怪しくなってきた気がするな。

「そこで、天魔の杖を回収し、シャックスを倒すなど、名声高い君らの言うことなら、娘も聞く耳を持つだろう、と考えた次第だ」

「や、それは褒め過ぎというものです。とはいえ、大変失礼ですが、お嬢様は少々難しい人物とお見受けます。報酬は、いかほどいただけるのでしょうか」

「成功報酬になるが、金貨でこれだけ払おう」

 紙とペンを取り、スラスラと金額を書き込む彼。……って。

「こんなにいただけるのですか!?」

「大事な一人娘だからな。頼む」

 頭を下げる卿。

「そんな! 頭をお上げください! そうまでおっしゃられては、自分としては引き受けたいですが……」

 仲間を見回すと、みんな異存はないようだ。

「一同、賛成のようです。では、この額で引き受けさせていただきます」

 互いに、契約書にサインする。

「では、契約成立ということで。ときに、お嬢様はどちらに?」

「今頃、懲りもせず中庭で打ち込みをしているはずだ。案内させよう」

 というわけで、若い下男に案内される。

 いやはや。お嬢様、いかほどの難物であろうか。
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