上 下
8 / 60

第八話 つよつよお姉さん

しおりを挟む
 淡い光に包まれた雲の上の純白の円卓を、男四人、女三人という構成の六枚羽根を持つ天使たちが、取り囲んで座っていた。

「セクンダディも随分入れ替わりましたね、ミカエル」

 緩くウェーブのかかった青い長髪の女天使が左右を見回し、透き通る声で言う。

「そうだな、ガブリエル……。天使の全体数も、この数日で九割に落ち込んでしまった。それはさておき、ベツレヘム、ヴィクター、ケルビエル、ベアトリーチェ。南方の平定大儀であった。主も喜ばれることだろう」

 燃えるような逆立つ赤髪の天使の言葉に、シスターのような格好をした、ずっと目を瞑っている女性天使。ヒゲを蓄えた、笑顔の天使。純白のローブを纏う、尖った金髪の天使。幼い印象を与える、前髪を切り揃えたブロンド長髪の女天使が頭を下げた。

「それと、皆に伝えておくことがある。主が、あれ・・の封印を解くことをお決めになられた」

 ミカエルの言葉に、ざわめく一同。

あれ・・って、まさかあれ・・!? 封印するのにどれぐらい苦労したと思っているのさ! 僕は反対だよ!?」

 嫌そうな顔で吐き捨てる、金髪の優男風天使。

「主がお決めになられたことだ、ラファエル」

 苦虫を噛み潰したような顔で重々しく告げるミカエル。そう念を押されると、ラファエルも何も言い返せない。

「主が、お決めに、なられたことだ……!」

 うつむき、拳に力を込め、血涙を滲ませながら繰り返す。嗚呼。悲しきかな、中間管理職。

 ◆ ◆ ◆

 マルコ・インパクトから三日経った昼。

 ベルが言うには東に馬で三日行った所に、ひと月ほど前天使に滅ぼされた商業都市・パダールがあるとのこと。四方に大きな街道が伸び、河も近い交通の要所だそうだ。次はここの開放を目指すことになる。今は、俺たち攻略チームの旅支度の最中である。

「オレも、オマエといっしょ行く!」

 マルコがきらきらした瞳ですがり付こうとしてくる。彼女に付けた首輪のリードを引っ張るベル。人の尊厳とは何だろうと考えさせられる光景である。

「マルコ、あなたはお留守番です! 我儘を言うと晩ご飯抜きですよ!」

「それでもいい! オレ、ぜったいコイツといっしょ!!」

 尻尾を振りながら、抱きつこうとするマルコ。やれやれ、すごい熱意だ。

「ベルよ。後方が心配なのは分かるが、我々の戦力の充実も重要であろう。マルコを加えてやってもよいのではないか?」

「ルシフェル様が仰るのでしたら……」

 ため息を吐いて、リードから手を離すベル。その時、敵襲を知らせるラッパの音が鳴り響いた――。

 ◆ ◆ ◆

 試作型の望遠鏡がすでに使われているので、今回は陣形の展開に余裕があった。例によって例のごとく、お供獣二体の召喚と、魔法の撃ち合いが展開される。

 今回はセクンダディと思われる天使が三人もいる。シスターのような格好をした、六枚羽根の目を瞑っている女天使。ヒゲを蓄えた、巨大なハンマーを持った笑顔の六枚羽根の天使。そして、金髪ショートヘアの、長身無乳の六枚羽根の女天使。

 この中で、特に三人目から強力なオーラのようなものを感じる。こいつは間違いなく強いと勘が囁く。しかしこの天使、さっきから何もせず、キョロキョロと戦場を見渡している。何なんだ、こいつは?

「ねー! ルシくんどこー!?」

 無乳天使が大声を上げる。は? 何を突然言い出すんだ? ルシくんってひょっとして俺のことか?

「ルシフェル・アシュタロスのことか!? それならば我よ!」

 堂々と名乗りを上げる。何のつもりか知らんが、受けて立とうじゃないか。

「ルシくーん! 会いたかったよ~っ!!」

 すると、無乳天使が何を血迷ったのか、俺目がけて文字通り飛びついてきた。何だ!? 詠唱妨害とは姑息な!

「お姉ちゃん、ルシくんにすっごくすっごく会いたかった! これからはずっと一緒だよ!」

 あまつさえ頬ずりしてくる。いや、誰だお前。ほんと何なんだ、この馴れ馴れしい天使は!?

「サタン! 何をやっているのですか! 真面目に戦いなさい!!」

 シスター天使が一喝する。ええ~! サタンかよこいつ……。

「嫌! ルシくんは将来を誓い合った仲だもの。私、神と改めて戦う!」

 ぷくっと膨れてシスター天使にぶーたれるサタン。訳が分からん。誰か説明をプリーズ。

「やはり、裏切りの蛇は蛇ですか。やむを得ませんな。ベツレヘム、まとめて始末しましょう。ふん!」

 ヒゲ天使が笑顔を崩さずハンマーをぶん投げてくる! ハンマーは激しい雷光をまとい、俺とサタンが展開する障壁魔法陣に激突して、ヒゲ天使の手元に戻って行った。

「いやはや、さすがに硬い。このミョルニルは、神を騙る異教の者を滅ぼして奪い取った逸品なのですけどねえ」

「ヴィクター、わたくしも本気を出します。偽りの生命よ! 地の命脈姿かたちどりて、我が命に従え!」

 ベツレヘムと呼ばれたシスター天使が、開眼して呪文を詠唱すると、地面から無数の土塊つちくれの巨人が出現し、襲い掛かってきた。魔導師隊が破壊しても、次から次に湧いてくる。いかんな、サタンにかまけている場合じゃないぞ。

「おいサタン、邪魔だ。離れよ」

「あ、ごめんねルシくん。お姉ちゃん、つい興奮しちゃって」

 サタンがハグから開放してくれた。案外素直だぞ、こいつ。

「お前も、共に戦ってくれるのだな? ならば、それを示してみせよ」

「もちろん! お姉ちゃん頑張っちゃうんだから! 光輝と深淵の混沌よ! 事象の全ての混在よ! 力となりて敵を滅せよ!!」

 ガッツポーズを向けた後、サタンが飛翔し、手を突き出しながら詠唱すると、掌から一条の光がほとばしり地上を薙ぎ払った。爆炎が上がり、膨大な数の土巨人が消し飛ぶ。

「ふ、強いな……。我も負けていられぬか。遊離するいかずちの子らよ、一つの束と集いてはしれ!!」

 俺の目の前に展開された魔法陣から、極太の雷光がヴィクターと呼ばれたヒゲ天使目がけてほとばしる。ヴィクターはそれをミョルニルで受けたが、ミョルニルは粉々に砕け散った。

「くっ……! さすがルシフェルとサタン! ベツレヘム、こうなれば我らの命燃やしつくしましょうぞ!!」

「ええ、よくってよ!」

 ヴィクターとベツレヘムが手を高く掲げ、重ね合わせる。そこから、まばゆい光が生まれ始める。

「あの二人、自爆する!!」

 サタンが叫ぶ。そして、寂しそうな、何ともいえない顔で俺を見ながら言った。

「ルシくんは……ううん、ルシくんたちはお姉ちゃんが護ってあげるからね……!!」

 サタンが魔導師隊の前に進み出て、巨大な障壁を展開する。

「待て、サタン! サターン!!」

 轟音とともに、壮絶な爆発が起こった。眩しくて目が開けていられない。振動が、地を通して伝わってくる。閃光が収まり目を開けると、土煙がまだもうもうと立ち込めていた。見た所、多少混乱が起きているが、魔導師隊には被害はないみたいだ。サタンはどうなった!?

 魔導師隊を掻き分け前に進むと、最前列から十数メートルほど先に、倒れている人影を見つけた。サタンだ! 駆け寄って、抱き起こす。

「サタン! 大丈夫か、サタン!」

 彼女が薄っすらと目を開けてこちらを見る。六枚あった翼のうち、四枚がもげており実に痛々しい。

「ルシくん……大丈夫? 他の人も無事……?」

「ああ! ああ! 無事だとも! だからしっかりしろ!!」

 しかし、彼女は優しげに微笑むと、力なく目を閉じてしまう。

「サターン――ッ!!」

 頬を涙が伝い、俺の絶叫が辺りに響き渡った。
しおりを挟む

処理中です...