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第二十話 進撃の駄狼

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 ああ、いい湯だ。今日はリリスが行方不明になってどうなることかと思ったが、無事見つかって良かった。これからは、もっと気を付けなければな。

 アニソンでも歌おうかとしたら、風呂場の扉をノックする音が。ユコだろうか。やや気恥ずかしいが、まあ背中流してもらうぐらいならいいか。

「入っていいぞ」

 一声かけると扉が開かれ、そこに見えたものは……。

 狼 の 耳 だ っ た。

 光の速さで扉に飛びつき、渾身の力を込めて閉じようと試みる。

「生憎だが、ここは満員だ!」

「ウソつけー! 今入っていいって言ったゾ!! 子供作ろー!!」

 力と力のせめぎ合い! マルコの力は強いが、負ける訳にはいかない。十四の身空で貞操を散らされる訳には!

「ベル! ベルは居ないのか!? 誰でもいいからベルを呼んでくれ!!」

「べルならリリスの面倒見てる!! 諦めてオレと子供作れ!!」

 いかん、腕が痺れてきた。かくなる上は!

「光輝の魔弾よ、深淵の魔よりいでし力よ、壁を穿て!」

 魔法で扉の反対側の壁をぶっ壊し、逃走経路を確保! 手ぬぐいを腰に巻き付け、満天の星空の下をほぼ全裸で猛ダッシュ!

「待て! 逃げるなーっ!!」

 バスタオル一枚姿のマルコも高速で追ってくる! 何か四つん這いで走ってるし。せめて人間らしく! しかし負けぬ! 負けられぬ! ここまで必死に走ったのは生まれて初めてかも知れん。せっかく風呂に入ったばかりなのに、汗だくである。

 このケダモノを制止できるのはベルだけだ。何としても、彼女のもとまで逃げ延びる必要がある。今しがた、リリスの面倒を見てるとマルコが言っていた。この時間は、ラドネス語の勉強をしているはず。すると、居間か!

「うはははははは! 子供ーッ!!」

 目を獣欲で爛々と輝かせながら、駄狼が猛追してくる。このままでは居間どころか玄関に着く前に追いつかれそうだ。ならば!

「光輝の魔弾よ、深淵の魔よりいでし力よ、大地を穿て!」

 地面に光の矢を喰らわせ、土煙を大量に立てる。この世界の土の粒子の細かさを利用した煙幕作戦だ! どうよ!?

「分かる! 分かるぞ~、ニオイでオマエの位置がー!!」

 何ですと!? 目を瞑りながら、正確に俺をトレース&爆走してくるじゃないか! だが、数秒は稼げたはずだ。スピードの世界では、この数秒が明暗を分けるのだ!

 見ろ、玄関だ! 勢い良く扉を開けると、居間まで突進した。

「ベル! マルコを止めてくれ!」

 居間になだれ込んだが、ベルもリリスも居ない! フォルが目を丸くして俺を見ている。

「ルシフェル様、何事ですか……?」

「ベルはどこに居る!?」

「リリスが眠そうなので、寝かしつけてくると……」

「うむ、あい分かったぁッ!」

 身を翻して階段に向かう。その勢いで腰の手ぬぐいも翻った気がするが気にしない。「さすがです、ルシフェル様……」とかいう呟きが聞こえた気もするが、気にしないったら気にしない! こんな時までノルマ達成しなくて宜しい!

 階段に到達すると、玄関から突撃してくるマルコと目が合った。ヤバイ、あの目は完全に理性を失っている!

 階段を一気に駆け昇り、リリスの部屋のドアを開け放つ。

「マルコ、伏せ!」

 マルコに組み敷かれそうになる刹那、光景ですべてを察したベルが命令を下し、駄狼は犬のように伏せをする。まさに、間一髪であった。安心感で急に全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。リリスが、びっくりしてこちらをまじまじと見ている。疲れた。もう寝よう。

 こうして、風呂場は壁の穴を板で塞ぐまで使用不可になり、マルコは朝食抜きの罰に処されましたとさ。
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