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第二十六話 将軍シェム・ハザーのヒミツ

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 エテメンアンキを探すといっても、ヴェイヴァルは広い。途中に帝国の元拠点も多数ある。そこで、ついに魔導師隊・三十万人からなる大部隊が投入されるに至った。いやはや、晴天のもと、見渡す限りエロコス着た若い女だらけで壮観である。あとは、旗持ちとして力のある男が少数混ざっているぐらいだ。神を倒すためのヒントエテメンアンキが示された以上、ここが勝負どころだと考えたのだろう。

「シェム・ハザー、陛下の命により、帝都よりまかり越しました」

 長身貧乳で金髪ポニーテールな魔導師隊服の女性が、俺とベルの前でうやうやしくひざまずいた。胸に付けた大量の勲章が、彼女の能力と立場を物語っている。

「ご苦労、将軍。ルシフェル様、彼女はシェム・ハザー将軍。まだ二十歳ですが、用兵に優れています。彼女が帝都から動いたということは、皇帝はこの戦にすべてを賭けているのでしょう」

「ほう、それは心強い。期待させてもらうぞ」

「もったいなきお言葉にございます」

 うーん、この人どうにも堅っ苦しいな。まあ、マルコみたいのばかりでも困るんだが。足して二で割れればちょうどいいのに。

「ルシフェル様、殿下。将兵を一日休ませ、明日出立するよう手配します。それでは、これにて失礼致します」

 将軍はより深く頭を下げ一礼すると、軍隊的な美しい所作で立ち去って行った。

 ◆ ◆ ◆

 うーむ、眠れん。少し散歩でもするかな。

 夜中に館を抜け出して、広場の方へぶらぶらと歩いていくと、テントが篝火かがりびに照らされてタケノコのように生えていた。ここに三十万の軍勢が居るわけか。見張りの兵と出くわすと、もれなく敬礼と「異常ありません」の声が返ってくる。どうも、俺が監視して回っているとでも思っているようだ。散歩しに来ただけなんだがなあ……。さすがに大戦おおいくさの前だけあって、空気がピリピリしているな。

 そんな調子で練り歩いていたら、ひときわ大きなテントに出くわした。誰か、偉い人のテントなのだろうなあ。

「ちゅーちゅんはかわいいねぇ~~」

 道を変えようとした時、テントの中からものすごい猫なで声が聞こえてきた。何ぞ!?

「シェムはちゅーちゅんとずっと一緒だよぉ~」

 将軍のテントだったか! しかし何者なんだ、ちゅーちゅんというのは……。彼女のペットか何かか?

「はぁ~ちゅーちゅんほんといい匂い……」

 何をやってるんだよ……凄く気になるじゃないか。かくなる上は、ダイナミックお邪魔しますしよう。

 ◆ ◆ ◆

「ルシフェル様、異常ありません!」

 テントの正面に回ると、見張りである魔導師二人がビシッと敬礼する。

「将軍と話がしたい、構わぬか?」

「しばしお待ち下さい」

 そういって片割れがテントに入っていくと、しばらくして戻ってきて、中に入るよう勧められた。

「ルシフェル様、このような夜分にどのような御用でしょうか?」

 ひざまずいて、行儀よく応対する将軍。ふーむ……。見たところ、テント内に動物がいるようには見えない。

「……ちゅーちゅん」

 ボソリと一言呟くと、彼女の顔がこわばる。

「どこでそれを……!」

「テントの裏で偶然聞いてしまった。どうにも気になっていかん。良ければ何のことなのか教えてくれ」

 シェムはしばし逡巡した後、人払いをし、チェストボックスの中から三十センチほどの大きさの、ふっくらとした青いセキセイインコのようなぬいぐるみを取り出した。

「……これがちゅーちゅんです。子供の時からずっと、寝所をともにしてきました」

 耳まで真っ赤にしながら、俺から目を逸しつつ、紹介する。

「ほう、可愛いじゃないか。堅物かと思っていたが、こういう側面があるとは意外だったぞ」

「仰らないでください……。いい歳してぬいぐるみ遊びするような女なんです。お恥ずかしい限りです」

「お前は、ちゅーちゅんと戯れることが精神の保養になるのだろう。何も恥じることはない。可愛らしくて実にいいと思うぞ」

 大きく頷きながら彼女の趣味を肯定する。

「本当ですか……? 父からはいい歳をしてやめろと、小言を言われてばかりです」

「ならば、そんな了見の狭い親父は我が叱り飛ばしてやろう」

「いえ……っ! そこまで大事おおごとにされては困ります!」

 目を見開いてちゅーちゅんを抱きしめるシェム。

「いや、冗談だ。まあ、そんな生真面目なところも可愛いがな」

「失礼しました! 冗談とは気づかず……」

 そう言う彼女の顔は真っ赤だった。しかも、この視線には見覚えがある。ユコとかフォルとかサタンが向けてくる、恋する乙女の眼差しだ。どうやら俺は、初日で将軍も落としてしまったらしい……。
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