働き者の手

みなはらつかさ

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働き者の手

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 ぼくの妻の手は、とてもきれいだ。

 あかぎれはもちろん、ささくれ一つない。

 なぜなら、働き者の手だから。

 今、妻はぼくの背後でソファに座り、文字通り「手入れ」をしている。手にクリームを塗り、爪をヤスリで研いでいる最中。

 一方、ぼくはというと、幼い娘に手作りのご飯を、あ~んさせているところ。

 この場面だけ切り取ったら、さぞ悪妻に見えることだろう。

 でも、繰り返すけど、彼女は働き者なのだ。

 妻は、「手タレ」という仕事に就いている。

 ほら、よくハンドクリームとか洗剤なんかのCMで、手だけ映すシーンがあるよね。

 あれは、顔出ししてる女性タレントじゃなくて、妻のような手タレ、「手のタレント」のものなんだ。

 あかぎれはもちろん、ささくれの一つも許されない。冬場はもちろん、夏場も、手袋で保護している念の入れよう。

 だから、妻の手は、とても良く手入れが行き届いた、働き者の手というわけだ。

「ごめんなさいね。何から何まで、家事任せちゃって」

「いいのいいの。大事な手だもん。ねー?」

 彼女が、いつものように申し訳無さそうに言うので、大丈夫だよと返し、娘に同意を求める。返事は、「ぱー!」だった。

 ぼくはというと、専業主夫で、結婚して二人の収入を比べたとき、なるべくしてこうなった。手タレというのは、実は馬鹿にならない稼ぎになるのだ。

 主夫業はある意味楽しく、ある意味大変だけど、嬉しくも切ないのは、娘が「ママ」より先に、「パパ」を覚えてしまったことかな。ほかの専業主夫家庭も、こうなのだろうか?

 それはともかく、ぼくの手は水仕事で、ガサガサで、あかぎれていて。娘や妻の柔肌に触れるのが、ちょっとためらわれるときがある。

 ぼくの手もまた、働き者の手だ。
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