カンブリアン・アクアリウム

みなはらつかさ

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第二十九話 ニュース

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「ただいま……」

 ふらふらと、自室に戻ってきたまりん。

「遅かったな。……って、顔、真っ青じゃないか!」

 死人のような形相の彼女に、仰天するあくあ。

「うん、ちょっと、色々あって……」

「なんだよ、アタシに話して、楽になることなら話せ!」

 どうしようかと、悩むまりん。多分、自分が黙っていても、明日の朝礼で、アクアリウム全職員の知ることとなるだろう。

「あのじろうがね、様子がおかしいの。で、ドクターに診てもらったら、研究所でMRI撮ろうって話になって……」

 ゴクリと、固唾をのむあくあ。

「大丈夫! きっと元気になって、帰ってくるって!」

 こういう気休めが、逆効果なのかどうか。でも、自分にはこれしか言えなかった。

「それより、飯食え、飯! 夕飯は片付けられちまったけど、まだ外出時間間に合うから、コンビニでなんか買ってこい! な!」

「そうだね。行ってくる……」

 元気という言葉のかけらもない様子で、寮長室に向かうまりん。そして、外出する。

 ややあって、寮に戻ってきた。

 食欲が全然湧かないが、適当に選んだサンドイッチを、無理やり口に詰め込む。

「シャワー、浴びてくる」

 入浴セットと着替えを、ゾンビのようにひっつかみ、とぼとぼと浴場へ向かう。

 あくあにはもう、かけてあげられる言葉が、思いつかなかった。


 ◆ ◆ ◆


 朝食タイム。相変わらず死人のようなまりんに、心配の視線を向ける、いつもの四人。

「あのあと、なにかあったの?」

 昨日の、様子のおかしさを見た奏が、やんわりと問う。

「あのじろうが……」

 口を開きかけた時、「えーっ!?」と、寮生の一部から、悲鳴が上がる。彼女らの視線の先には、大型デバイスがあった。皆の注意が、そちらに向く。まりんも例外ではなかった。

「水族館の人気者、緊急手術」

 というテロップと、アクアリウムで泳いでいる、あのじろうの資料映像が映し出されている。

 ニュース番組だ。

「……MRIで検査した結果、腫瘍が見つかり、より正確に診断するため患部を覆う殻を開き、マーカーで調べたところ、悪性腫瘍であることが判明しました。幸い、発見が早かったのでステージは1から進んでいませんが、なにぶん世界初の、アノマロカリスの手術となり、また高齢であるため……」

 研究所の責任者が、淡々と衝撃の内容を発表する。

 まりんは、倒れた。


 ◆ ◆ ◆


「……? そうだ、あのじろう!」

 目が覚めると、自室のベッドの上だった。

 慌ててデバイスで時刻を確認すると、始業時刻どころか、すでに昼前。

(とんでもない大遅刻だ!)

 慌てて着替え、アクアリウムにダッシュする。


 ◆ ◆ ◆


「大変申し訳ありません! 遅くなりました!」

 案内課には、誰もいなかった。急いで制服に着替えると、課長のデバイスに、「大変申し訳ありません! 遅くなりました! これから仕事に入ります!」と、メッセージを送る。

 少しして、返信が届く。

「話は聞きました。とても、まともに仕事ができる状態とは思えません。今日はもう、帰りなさい。アノマロカリスの担当も、別の新人に代えます」

 ショックで、その場にへたり込んでしまう。課長を、完全に失望させてしまった。

 きっともう、一生アノマロカリスを任されることはない。

 そんなネガティブ思考に、脳が支配される。

 どのぐらい、へたりこんだままだったか。

 よろよろと立ち上がり、着替え直す。

 そしてとぼとぼ、寮に戻るのであった。


 ◆ ◆ ◆


 終業後。

「雁州さん、大丈夫?」

 自室のベッドにくるまっている姿を見て、奏が心配する。

 返事はない。

「わたしから、課長には掛け合ってみるから! なんとかしてみせるから!」

 返事はない。

「雁州さん……」

 返事はない。

「食事だけは、しっかり食べてね」

 返事はない。

 奏は部屋の電気を消し、そっと扉を閉めた。

「だめっぽいですね……」

 部屋の外で様子を見ていたあくあたちが、ため息をつく。

「退職など、しなければいいが……」

 らいあが、懸念を口にする。

「とにかく、わたし課長に必死に掛け合う!」

「署名、集まらないわね」

 「案内課職員・雁州まりん、アノマロカリス担当復帰願い」の電子署名を募った里愛だったが、現在賛同四。つまり、自分たちだけである。

 まりんの場合、嫌われているというより、交友関係の狭さが祟っている感じだ。そもそも、多くの職員にとって、「誰それ?」状態。

 また、アノマロカリス担当を一度勝ち取ったことで、一部新人から、逆恨みも買っている。

「わたしが、もっと雁州さんの人脈を、広げる手伝いをしてたらな……」

「奏のせいじゃない」

 らいあが、奏の自責の念を、払おうとする。

「アタシたちまで倒れたら、それこそ問題です。夕飯、食べましょう」

「そうね」

 重い気持ちで、箸を動かす四人であった。
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