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第二十八話 あのじろう
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「いいんですか!?」
課長から、アノマロカリス水槽の単独担当を命じられて、興奮気味に再確認するまりん。
「ええ。この閑散期なら、修練を積むのにちょうど良いでしょうから」
一部同期の視線が痛いが、それよりも嬉しさが勝った。
「ありがとうございます! 誠心誠意、務めさせていただきます!」
こうして、二週間限定で、念願のアノマロカリス担当になった、まりんであった。
◆ ◆ ◆
「こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」
淀みなく、お客様に解説するまりん。研修日のような、ミスもない。
お客様の細々した質問にも、しっかり答えていく。
満足して、次の水槽に移るお客様たち。
(やれる! アノマロカリス水槽、ちゃんとやれる!)
内心ガッツポーズして、あのじろうを見上げる。
(……?)
なにか、おかしい。はっきりわからないけど、あのじろうの、なにかがおかしい。
注意深く、観察する。
泳ぎだ。泳ぎ方が、なんか変だ。
さらにじっくり見ると、薄紫のタグの付いた、ヒレの動きが妙にぎこちない。
(なんだろう。嫌な予感がする)
冷や汗が、頬を伝う。
「あの、なにやってんですか?」
「はい!」
水槽にへばりついて、じっと眺めている変な案内員に、突っ込む客。
「大変失礼しました! こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」
気を取り直して、解説モードに入る。
取り越し苦労で済ますには、やはり、どうしても気になる。
しかし、自分も案内のプロ。今は、頭の片隅に追いやり、接客に専念するのであった。
◆ ◆ ◆
終礼が終わると、奏から「一緒に帰ろう」と誘われるが、「すみません、今日はやることがあるので!」と、飼育課に向かう。
「おう、案内課のお嬢さんが、珍しいな」
珍客の登場に、面食らう飼育員。
「あの! あのじろうのヒレの動きが、変なんです! 詳しく見てもらえませんか!?」
鬼気迫るまりんの様子に気圧され、複数人の飼育員が、あのじろうを観察する。
「上からだと、わかりにくいですね」
「ちょっと、潜るか」
飼育員の一人がダイバースーツに着替え、水中ビデオカメラを手に潜る。
待つことしばし……。
「たしかに、変だぞこれ!」
飼育員が水槽から上がり、ビデオ映像をスロー再生する。
波打つように、スムーズに動かなけれないけないヒレ。
しかし、タグの付いたヒレだけが、妙に動きが悪い。
「タグのせいですかね?」
「気づくまで、普通に泳いでたんだぞ? 先生に診てもらおう」
デバイスを起動し、医療課にコール。ドクターに、あのじろうの異常を説明すると、「すぐに向かいます」と通話が切れる。
ややあって、白衣の男がやってきた。病気や怪我をした、カンブリアン・アクアリウムの生物の治療を引き受ける、ドクターだ。
「これを見てください」
ビデオカメラのスロー映像を、ドクターに見せる飼育員。
「……MRIが撮りたいですね。たしかに、普通じゃない。研究機関に回すので、搬送の準備をしてください」
こうして、あのじろうは研究所に、緊急搬送されることとなった。
「あのじろうを、どうかお願いします!」
深々と、ドクターに頭を下げるまりん。
「顔を上げてください。まずは、MRIで診断しないと。今のぼくにできるのは、研究所への緊急手配だけです」
申し訳無さそうに、頭を下げ返す彼。
「お嬢さん。お嬢さんにも、オレたちにも、先生にも、今できることはないよ。遅くならないうちに、帰った方がいい」
「せめて、搬送まで見届けさせてください……!」
飼育員は肩をすくめ、他の動物の世話に戻った。
しばらく待っていると、搬送用プールが飼育課に運び込まれる。
エレベーターで上げ、アノマロカリス水槽のそばに運ぶと、あのじろうを傷つけないように、慎重に移す。
そして、あのじろうは運ばれて行った。
「あのじろう……」
ぽつりとつぶやくと、飼育員の皆さんとドクターに「ありがとうございました」と頭を下げ、制服から着替えるため、案内課に戻るのであった。
課長から、アノマロカリス水槽の単独担当を命じられて、興奮気味に再確認するまりん。
「ええ。この閑散期なら、修練を積むのにちょうど良いでしょうから」
一部同期の視線が痛いが、それよりも嬉しさが勝った。
「ありがとうございます! 誠心誠意、務めさせていただきます!」
こうして、二週間限定で、念願のアノマロカリス担当になった、まりんであった。
◆ ◆ ◆
「こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」
淀みなく、お客様に解説するまりん。研修日のような、ミスもない。
お客様の細々した質問にも、しっかり答えていく。
満足して、次の水槽に移るお客様たち。
(やれる! アノマロカリス水槽、ちゃんとやれる!)
内心ガッツポーズして、あのじろうを見上げる。
(……?)
なにか、おかしい。はっきりわからないけど、あのじろうの、なにかがおかしい。
注意深く、観察する。
泳ぎだ。泳ぎ方が、なんか変だ。
さらにじっくり見ると、薄紫のタグの付いた、ヒレの動きが妙にぎこちない。
(なんだろう。嫌な予感がする)
冷や汗が、頬を伝う。
「あの、なにやってんですか?」
「はい!」
水槽にへばりついて、じっと眺めている変な案内員に、突っ込む客。
「大変失礼しました! こちら、アノマロカリスになります。カンブリア時代、最大級の生物として有名で、かつてカナダのバージェス頁岩で発見された、エビの胴部ような化石に端を発し――」
気を取り直して、解説モードに入る。
取り越し苦労で済ますには、やはり、どうしても気になる。
しかし、自分も案内のプロ。今は、頭の片隅に追いやり、接客に専念するのであった。
◆ ◆ ◆
終礼が終わると、奏から「一緒に帰ろう」と誘われるが、「すみません、今日はやることがあるので!」と、飼育課に向かう。
「おう、案内課のお嬢さんが、珍しいな」
珍客の登場に、面食らう飼育員。
「あの! あのじろうのヒレの動きが、変なんです! 詳しく見てもらえませんか!?」
鬼気迫るまりんの様子に気圧され、複数人の飼育員が、あのじろうを観察する。
「上からだと、わかりにくいですね」
「ちょっと、潜るか」
飼育員の一人がダイバースーツに着替え、水中ビデオカメラを手に潜る。
待つことしばし……。
「たしかに、変だぞこれ!」
飼育員が水槽から上がり、ビデオ映像をスロー再生する。
波打つように、スムーズに動かなけれないけないヒレ。
しかし、タグの付いたヒレだけが、妙に動きが悪い。
「タグのせいですかね?」
「気づくまで、普通に泳いでたんだぞ? 先生に診てもらおう」
デバイスを起動し、医療課にコール。ドクターに、あのじろうの異常を説明すると、「すぐに向かいます」と通話が切れる。
ややあって、白衣の男がやってきた。病気や怪我をした、カンブリアン・アクアリウムの生物の治療を引き受ける、ドクターだ。
「これを見てください」
ビデオカメラのスロー映像を、ドクターに見せる飼育員。
「……MRIが撮りたいですね。たしかに、普通じゃない。研究機関に回すので、搬送の準備をしてください」
こうして、あのじろうは研究所に、緊急搬送されることとなった。
「あのじろうを、どうかお願いします!」
深々と、ドクターに頭を下げるまりん。
「顔を上げてください。まずは、MRIで診断しないと。今のぼくにできるのは、研究所への緊急手配だけです」
申し訳無さそうに、頭を下げ返す彼。
「お嬢さん。お嬢さんにも、オレたちにも、先生にも、今できることはないよ。遅くならないうちに、帰った方がいい」
「せめて、搬送まで見届けさせてください……!」
飼育員は肩をすくめ、他の動物の世話に戻った。
しばらく待っていると、搬送用プールが飼育課に運び込まれる。
エレベーターで上げ、アノマロカリス水槽のそばに運ぶと、あのじろうを傷つけないように、慎重に移す。
そして、あのじろうは運ばれて行った。
「あのじろう……」
ぽつりとつぶやくと、飼育員の皆さんとドクターに「ありがとうございました」と頭を下げ、制服から着替えるため、案内課に戻るのであった。
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