20 / 40
本編
悔悛する国王
新教皇には、ペドリーニ枢機卿が即位した。
先教皇葬儀後の十二人の枢機卿による教皇選挙は混迷したが、聖女リリアーヌに神託が降りた出来事が最後の決め手となった。
聖地神託調査官による公式記録によれば、神託の内容について聖女は『主神フレイアは重要な選択について語られた』という。
『重要な選択』とは、もちろん教皇選挙のことである。
聖女は神託が降りるとすぐにペドリーニ枢機卿との面会を望み、葬儀の直前に二人だけの話し合いの時間を持った。
後になって、ペドリーニ新教皇はその時のことを振り返り「主神フレイアから、人々を導くための精霊が下った」と話した。
教皇戴冠式は、大聖堂宮殿で厳粛に取り行われた。
中原に限らず大陸中の様々な国々から多くの信者たちが集まり、大聖堂前広場に詰めかけて、新教皇の誕生を歓迎する。
やがて新教皇がバルコニーに現れ「聖地から世界へ」ではじまる在位最初の祝福を人々に与えた。
「聖地から世界へ。奇跡の業を行う者に注意しなさい。それが主神フレイアから来る者なのか、邪神から来る者なのか、見極めなければなりません。邪神から来る者を警戒し、彼らを決して信じてはなりません――」
プロヴァリー国王夫妻も、教皇即位戴冠式に列席し、その後帰国の途に着いた。
「ジェレミー、どうして私に、あの女が懐妊したことを話してくれなかったの?
馬車で旅している間、ずっと一緒に居たのに!」
「話そうとは思っていた。
何度も言おうとして……、でも言えなかった」
「私は、新教皇からその話を聞かされたのよ。
なんの心の準備もなく!
私がどんな気持ちだったか、分かる?」
帰りの馬車の中で、はらはらと泣くリリアーヌを前に、ジェレミーは心底後悔していた。
「悪かった、謝る。
君が傷つくだろうと思うと、どうしても言い出せなかった。
帰国する前までに、話そうとは思っていたんだ」
思わぬ謝罪の言葉にリリアーヌは驚いて、ジェレミーを見た。
「本当は、僕は君との子供を望んでいた。
でもそれが叶わないのなら、こうするしかなかった」
「ジェレミー……?」
突然のジェレミーの悔悛と告白に、リリアーヌは戸惑う。
「エレオニーは遠ざけるし、生まれた子は君の子として育てよう」
リリアーヌは信じられない思いで、ジェレミーの話を聞いていた。
ジェレミーが、エレオニーをあっさり捨てようとすることへの不安も感じた。
彼の言う事を真に受けたら、また傷つくのではないか、とも思った。
「そんな簡単に……」
(子供が欲しくても授かれなかった私の悲しみを、ジェレミーも感じて理解してくれていたのかしら。もしそうなら、やっぱり嬉しい)
夫の言葉に今まで心に淀んでいた、澱が溶けていく気がした。
ただ、ものごとは単純ではない。
「エレオニーを遠ざけるなんて、本当に出来るの?」
「少し前から考えていた。
彼女には公爵位と、城を一つ与えよう。
宮廷を去った後も、次期王位継承者の生母として体面を保った暮らしが出来るように。
再婚を希望するなら、それも許す。
それでこちらの誠意も分かるだろう」
リリアーヌは、ジェレミーがこの場の思い付きで寵姫を遠ざけると口にしたのではなく、きちんと考えていたと知る。
「でも……彼女は納得するかしら」
「叔父が教皇になったんだ。
今の公妾の立場は、教会の教義では不貞にあたる。
このままではまずいと、エレオニーも分かっているだろう」
「ーー生まれて来る子を、取り上げてしまうのは……」
母としてそれがどんなに辛いことか、と自分の身に置き換えてリリアーヌは考えた。
「庶子では正当な王位継承者として、認められない。
子供のためにも、君が母親になって育てて欲しい」
ジェレミーは席から身を乗り出し、向かいに座っているリリアーヌの手を握った。
彼女よりしっかりした男らしい手で、華奢な両手を包み込む。
「もう一度、僕たちはあの浄化の旅をしていた頃の気持ちに戻って、やり直そう」
「――本当に? 本当に、信じていいの?」
「ああ」
彼が王になってから感じていた心の隔たりを、一気に取り払らわれ――。
ジェレミーの端整な顔がリリアーヌに近づく。
黄金の前髪がかかった緑柱石の瞳は、真剣な眼差しでこちらを見つめている。
リリアーヌは、昔の純粋な王子だった頃の彼を思い出して、胸が詰まった。
「――それで結局、リリィはジェレミーを許すことにしたんだ?」
気まずそうに話すリリアーヌに、ニコラは複雑な気持ちを抑え、茶化すようにお道化て見せた。
「ニコラにはたくさん心配かけて、申し訳なかったと思ってる」
「俺はリリィが幸せなら、いいんだよ。そんな顔しないで。
丁度良かった、これから祖国に行って色々調べようと思っていたから。
リリィを置いて行くのが不安だったけど、ジェレミーが改心して、しっかり守ってくれるなら安心だ」
あれからニコラは、リリアーヌから神託の内容をくわしく聞くと、祖国に行くことを決断していた。
自分たちの一族、ラグランジュ侯爵家について調べるために。
「でもニコラが一人で、祖国へ行くのは心配だわ。
なるべく早く、帰って来てくれるわよね?」
「ああ、もちろん。俺はリリィの守護聖騎士だからね。
これまでも、これからもずっと」
しばしの別れを惜しむリリアーヌとニコラだったが、もう一人、この離別に納得のいかないエレオニーがいた。
「許さない、絶対に許さない……!」
身重のエレオニーは癇癪を起し、ガシャン、ガシャンと次々にテーブルの上の茶器や、暖炉の上の飾り棚に置かれた花瓶や燭台を床に叩きつける。
床は割れた陶器の破片や水が散らばり、壁に飾られた絵画はペーパーナイフで切り裂かれ、豪奢な部屋は燦々たるありさまになっていく。
侍女たちはすっかり怖れをなして、逃げ出した。
「見ていなさい、王妃リリアーヌ。
決してあなたたちを、幸せになんかさせないから!」
あなたにおすすめの小説
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。