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囚われの君3
しおりを挟む「陛下をお止めするんだ!」
侍従が近衛騎士の二人、シェルトとカトリナに声を掛けると、彼らはハッと我に返って窓辺へと駆け出した。
ディーデリックは、レオを主塔の塔頂階の窓から地上へ落とそうとしている。
「レオ――――っ!!」
エステルは無我夢中で窓枠に膝を載せ、レオの身体にしがみついた。
ぐらり、と重心が傾き、一瞬だけエステルと王の視線が合う。
「余より、その人形を選ぶのなら、もういい。好きにしろ」
好いたはずの女が目の前をすり抜け、窓の外へ身を投げ出すのを、ディーデリックは冷めた目で傍観する。
「エステル!!」
シェルトが魔力を使い、駿足で駆けつけて手を伸ばした。
エステルを掴もうとするが、わずかに届かない。
エステルとレオは、固く抱き合ったまま、塔頂から遥か下、地上へと落ちる――。
空中でエステルは、必死にレオの身体にしがみついていた。
そうして身体に魔力を巡らせ肉体強化の力を発動して、落下の衝撃に備えようとする。
ところが。
――魔力が封じられている! 強化スキルが使えない……。
せめてレオが壊れてしまわないようにと、エステルは、レオを守るように受け身の形を取る。
地上に落ちるまでのほんの数秒が、永遠のように長く感じられた。
レオと出会ってから今日までの出来事が、走馬灯のように浮かんでくる。
初めてレオに会った時、煌くクリスタルの瞳に魅了されたこと。
闘病生活の辛い日々を常に傍らに居て、共に過ごし、笑い、愛し合った日々の数々。
――ああ、私は死ぬのだな……。
――エステル……! 何てことを。君のその身体は、あまりにも脆く儚いのに――。
レオの悲嘆の声が、エステルの頭の中に響く。
もはや成すすべもなく、無力感に打ちのめされたレオは、諦めたように目を瞑った。
落下の風によって前髪が吹かれて、いつもは隠れていた白い額が露わになる。
額には何か文字のように見える光が浮かび上がっていた。
――古代語? この文字は私でも知っている。だって、これはあまりにも知られている……。
「ロキ、凶神の名だ」
するとレオのクリスタルの瞳が、カッと見開かれた。
落ちて行く二人は、塔の周囲を取り囲む広葉樹の中に突っ込っんだ。
ザザッ、ザザザァ――――。
バキバキと密集した枝がぶつかり、折れていく。
傷だらけになりつつも、木々が落下の衝撃を緩和する。
そして、ついにドンッ! と落下の衝撃が、エステルの全身を襲った。
エステルの腕の中に固く抱きしめていたレオが、衝撃によって放り出される。
落ちたのは花壇の中で、柔らかい土がさらに衝撃を和らげた。
それでも身体中の骨が砕け、バラバラになったような激痛が襲いかかり、意識が遠くなる。
――レオ……?
目が霞み、辺りがどんどん暗くなっていく。肺に折れた骨が刺さり、呼吸ができない。
ヒューヒューと息が漏れる音がして、口の中に血の味が広がり、喉に血が流れ込んでむせた。
エステルは身動きも出来ず、ただ、最期にレオの無事だけを願った。
――ひと目でもいい。もう一度だけ、レオの顔を見て、声を聞けたら……。
花壇に咲く真白き花々が、エステルの鮮血で真紅に染められていく。
身体が急速に冷えていき、すべての感覚が失われようとしていた。
……ガサッ。
少し離れた場所で、レオの動く気配がした。
――ああ……レオは生きてる……神々よ、感謝します――。
ゆっくりと目を閉じるエステルの側に、レオは跪いた。
「エステル、君は。命を懸けて、僕を救ってくれた」
――ふふ。レオ、これまで、ありがとう……。もう、眠くて……さよなら、だ。
「駄目だ――逝くな!」
エステルの唇にレオの唇が重なり、命の息吹が吹き込まれる。
すると死にかけていた身体の中に、新たな生命力が漲っていくのを、エステルは信じられない思いで享受した。
内側から細胞が再生され、すべての痛みも苦しみも消えて行く。
――いったい……? まさか蘇生魔法をレオが?!
そんな失われた古代魔法を、レオが使えるはずがないと、おそるおそるエステルは目を開けた。
心配そうにのぞき込むレオの白髪は射干玉の漆黒へと変わり、サラサラと長く伸びて肩から零れ落ちる。
瞳は月のように白銀に輝いていた。
「……レオ? 本当にレオなのか?」
「ああ、そうだ。エステル、君が僕の封印を解いてくれた」
エステルが自分の身体を確かめるように見れば、落下した衝撃で大怪我をした身体は完全に癒え、血に濡れた皮膚はすでに傷もなくなめらかだった。むしろ、以前よりも身体が軽く魔力に満ちているようだ。
そして、破れた服から見える胸元には、王家によって刻まれた誓約紋も消失していた。
レオが手を貸して、エステルを立ち上がらせる。
隣に立つレオは、前よりも背が高くなっていて、肩幅も少し広くなっていた。
完全無欠のどこか中性的なその顔は、造形こそ変わっていなかったけれど、人形じみた無表情はすっかり無くなっている。それどころか今のレオは、大きく感情が揺さぶられて、嵐のように激情が渦巻いているようだった。
しっかりとその腕の中にエステルを抱きしめ、見降ろす瞳は爛々と輝き、頬は紅潮していた。
「その姿が、本当のレオ? 人形じゃない……のか」
おずおずと手を伸ばして頬に触れれば、レオの身体は温かく、作り物の肌ではなくなっていた。
「その人形と女騎士を捕らえよ! 抵抗するなら殺せ!」
塔頂からディーデリック王の命令じる声が、魔力によって拡声されて辺りに響いた。
わらわらと現れた兵士や騎士たちが集まり、 槍を向けてレオとエステルを取り囲んだ。
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